Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

14 / 60
Mercy of Death, kindness of the Pope

「うん、もう傷も無さそうね」

 

「本当にお世話になりました、武見先生」

 

 僕の前でカルテに何やら書き込んでいる女医に向かって頭を下げる。白衣こそ纏っているものの、ごっついチョーカーを首に巻いて真っ赤で太いベルトをしているパンクな姿は一見して女医とは思えない。

 そんな奇抜に過ぎる服装をしてはいるものの、彼女はこの辺りでも腕が確かと評判な医者だった。僕も知り合いの紹介でここを訪れてからは何度かお世話になっている。

 

「いきなりボコボコの顔でやってきて事情も聞かずに手当てしてくれだなんて、まともな医者だったらまず頷いたりしないわよ」

 

「いやはや先生にはお世話になりっぱなしで……」

 

 鴨志田先生に滅多打ちにされた日、僕はボロボロの姿で彼女の医院を訪れた。彼女は目を丸くしていたものの、事情を伏せて欲しいという僕の要望を聞いて何も聞かずに治療にあたってくれた。

 

「まあこっちも新薬の有益なデータが採れたから良いけど」

 

「おっとこの先生急にマッドなこと言い始めた。何を投与されたんですか僕は」

 

 確かに良く分からない飲み薬を処方されたけども! 疑いもせず飲んでしまったけども! 

 

「コンセンサスを取らないのは違法では?」

 

「そっちのワガママを聞いたんだし、こっちの要求を飲んでくれても良いんじゃない?」

 

「普通に頼まれれば了承してたんですけど……?」

 

 しれっと流す武見女医。いやこれは見逃してはいけないのでは……? でも先生には助けてもらった恩義もあるし、うごごご。

 頭を抱えてうんうんと唸っている僕を、武見先生はクスクスと笑って眺めていた。

 

「あー、最近は新しいモルモットちゃんも入ったし、君もいるし。研究が捗って助かるわ」

 

「モルモットちゃん? 他にも犠牲者を出してるんですか……」

 

「あら、きちんとした取引よ? 私が専属で治療してあげる代わりに治験に協力してもらうっていうね」

 

「何故僕に対してはそのワンクッションが出来なかったんですか……!」

 

「色々と無理言ってくれるし、こっちも無理言っても良いと思うのよ。去年のこともあるし?」

 

「……何も言い返せない」

 

 武見先生には去年の鴨志田先生とのゴタゴタのときからお世話になっている。その時から色々と見て見ぬふりをしてもらったりもしているため、それを持ち出されると何も言えない。それに先生が本当に危ない薬を黙って投与したりすることは無いと信用もしている。そうでなければ四軒茶屋の人達が慕って通いつめたりはしないだろうし。

 

「はぁ、次からは一言言ってくださいね。僕だってお世話になってる先生に協力するのは吝かじゃないんですし」

 

「フフ、ありがとね、モルモット君」

 

「モルモットになった覚えはありませんが!?」

 

 しれっと人を実験動物扱いするのは止めていただきたい。そう伝えるものの、武見先生は面白そうに笑ってハイハイと流すばかりだ。

 

「ちょうど男女の比較データが採れるわね、助かるわ」

 

「話が勝手に進んでいく……」

 

 顔も知らぬモルモットちゃんと並んで、僕は武見先生の実験データ採取のテスターになったらしい。

 

「ちょっとくらいバイト代出してくれますよね?」

 

「あら、受付もしてくれるなんて優しいのね」

 

「あ、治験はロハなんですね……」

 

 こういうときに美人は得だと思う。だって武見先生にお願いされたら大抵の男はホイホイ頷くだろうし。センスがやや奇抜なのには目を瞑るとしても。

 僕は検診のために脱いでいたシャツを羽織ると席を立つ。とりあえずもう怪我はなんとも無いし、今日だって怪我の経過観察と言いながら本当は薬の効き目を確かめたかったんだろう。この後はバイトもあるし、そろそろ出ないと。

 

「それじゃ、僕はバイトもあるんでそろそろ行きますね。お代は……」

 

「ああ、お代は良いわ」

 

 僕は財布を取り出したのだけれども、武見先生はそう言ってお金を受け取ろうとはしなかった。

 

「え? でも……」

 

「色々言ったけど、試験薬を出したのは確かだしね。データ採ってお金まで取るのは貰いすぎでしょ」

 

 そんなサービス精神に溢れていたのか、この人。いっつも仏頂面だったし今日ほど話せたこともあんまりなかったものだから意外だった。美人はしかめっ面でも絵になるけども。

 僕のそんな失礼な内心を察したのか、武見先生の目がすっと細められる。

 

「何か失礼なこと考えてなかった?」

 

「いえそんな、滅相もございません」

 

 じとっとした目で睨む武見先生。高巻さんといい新島さんといい武見先生といい、ここ最近は美人に睨まれる機会が多い僕である。

 

「……ま、良いわ。言っておくけど、あんまり怪我ばっかりするんじゃないわよ。あんたを心配してる人もいるんだから。そういう人達のためにも、無理はしないこと」

 

「そうですね……、耳が痛いです」

 

 ぺこりと頭を下げる。新島さんにも謝ったけれど、僕は自分が抱えた案件は全部自分で片付けようとしてしまいがちだ。なんというか、同級生に頼るのも良くないかと思ってしまうのだ。これもいまいち信用ならない前世の記憶の弊害かもしれない。とはいえ、僕の自意識がどうであろうと対外的には高校生であることには変わりない。僕が一人で出来ることなんかたかが知れていると今一度戒めておかないといけない。

 

「お大事に……」

 

 その言葉と共に見送られて僕は武見医院を後にした。なんだかんだと優しい人なんだろうな。モルモットとか言い出さなければもっと良いんだけど……。

 

 


 

 

「海藤君ごめん! 今日はホール入ってくれないかな?!」

 

 バイト先のファミレスに着いた途端、店長が顔の前で両手を合わせて僕を拝み倒してきた。話を聞けば、今日シフトに入っていた子が病欠で急に来られなくなったらしい。キッチンは経験者ばかりで回せそうなのでホールのフォローに入って欲しいとのこと。

 とても珍しいことに僕が来るまでは店長がホールに入っていたらしい。この人が働くなんて今日は本当に代わりの人が見つからなくてやばかったんだろうな。

 

「分かりました。チケットの恩もありますし」

 

「流石副店長!」

 

「だからしれっとバイトに変な役職名を付けないでください!」

 

 腰に縋り付いてくる店長を引き剥がしながら制服に着替えると、学校帰りであろう学生達で賑わうホールに足を踏み入れた。

 店長はぜえぜえ言っていたものの、めちゃくちゃ忙しいかと言われればそこまででもない。金曜日ということもあっていつもより人は多いけれども、捌けない程度じゃないだろうとせかせかと働いていると、新たな来客を告げるベルの音が耳を打つ。

 

「いらっしゃいませー。何名様でしょうか」

 

 もはや反射で口から出るようになった定型句を言いながら入り口に向かってみれば、入ってきたお客さんは何も言わずに突っ立ったままだった。何だろうと視線を上げてみれば、目に入ったのは癖のある黒髪と大きな眼鏡。

 

「えっと……」

 

「おや、こんなところで会うなんて奇遇だね雨宮さん。一人?」

 

「うん」

 

「じゃあこっちの席にどうぞ」

 

 僕はそう言って雨宮さんを空いた席に誘導する。学生鞄を肩にかけたままのところを見るに、学校帰りに寄ったというところだろうか。

 

「試験勉強かな?」

 

 そう尋ねてみれば彼女はこくりと頷いた。それなら隅の方の席が良いだろう。席に着いた彼女はドリンクバーとポテトを頼んでさっさと教科書とノートを机上に広げ始めた。

 

「それじゃごゆっくり」

 

 チェーンのファミレスなのでよくアニメなんかであるような一品サービス、なんてことは出来ない。マニュアルしっかり決まってるし、たかがバイトにそんな権利は無いのだ。なので僕は一声かけるだけに留めて仕事に戻る。

 それからしばらくはホールを歩く傍らチラチラと様子を伺っていたけれど、彼女は淡々と勉強を進めているようで特に困った様子も無さそうなので秀尽学園の授業についていけていない、というわけではないようで安心した。

 その後、僕は僕で客足が落ち着いてきてからはキッチンに呼ばれたので奥へと引っ込んでしまったのでそれ以上雨宮さんを見ていられる状況でも無くなってしまった。

 

「それじゃ、お疲れさまでしたー」

 

 それからは大きな波乱もなくその日のシフトを終えた僕は休憩室でぐでんとしている店長に一言挨拶をしてお店を後にする。今日も一日頑張ったし、駅前のレンタルショップで寝る前に見る映画でも借りようか。そう思いながら階段を降りていくと、僕の前に店を出ていたのかくるくるとした黒毛が階段の下に立っているのが目に入る。足音で振り返った彼女も僕のことに気付いたようだ。

 

「今から帰るところ?」

 

「副会長、バイトお疲れさま」

 

 そう言って労ってくれる雨宮さんの横に並ぶ。帰り道が一緒だし、もう辺りも暗い中で女の子を一人で帰らせるのも良くないだろうと歩調を合わせて駅に向かう。

 

「転入して初めてのテストだけど、どうかな。大丈夫そう?」

 

「多分大丈夫かな」

 

「そっか、参考になるかは分からないけど去年のテストで良ければ残してるから必要ならまた言ってね」

 

「ありがとう。また頼らせてもらう」

 

 初めて会ったときからそうだったけれども、雨宮さんはあまり表情も変化しなければ口数も多くない。それでも坂本君や高巻さんと一緒にいるようになってから、彼女の雰囲気が明るくなってきていることは分かる。言ってしまえば三人とも学校では"浮いている"存在なので、彼女らが仲良くなるのは半ば当然の事だったのかもしれない。

 他愛ない話をしながら、四軒茶屋駅で降りる彼女に従って僕も電車から降りる。どうせなので嫌じゃなければ家の近くまで送ると言えば、雨宮さんも恐縮したように肩を縮めながらも頷いてくれた。というか人がまだ多かった渋谷ならともかくこの辺りの方が人通りも減ってきて一人で帰すのが不安になる。どうせ自分の家もそこまで遠くないので彼女と友好を深める良い機会だと駅から二人で歩くこと数分、彼女が今住んでいるところだと示したのは細い路地に面した喫茶店だった。

 

「喫茶ルブラン……?」

 

 喫茶店で居候なんてなにかのドラマみたいな展開だ、などと頭に浮かんだ感想を振り払う。何の気負いも無くドアを開けた彼女に促され、店内に入ったは良いものの、お邪魔する気は無かったのに何をしているんだ僕はと自問する。

 カウンターの中で新聞に目を通していた店主らしき男が、ドアに取り付けられたベルの音に顔を上げて僕達を視界に捉えた。

 

「お、やっと帰ってきたか。あんまり遅くなるんじゃ……って誰だ? 悪いがもう店仕舞いなんだが」

 

「学校の先輩。時間も遅いからと送ってもらった」

 

 ひょろりと背が高く、やや後退した前髪、整えられた髭と眼鏡の奥で落ち着いた光を放つ瞳。ゆったりとした時間が流れる店内と、少し草臥れたような猫背の彼の雰囲気はよくマッチしていた。こういうところでコーヒーを飲みながら読書をしたりこの人と世間話をする時間はかなり魅力的かもしれない。我ながら年不相応な枯れた趣味だと自覚はしている。

 

「はじめまして。秀尽学園3年の海藤と言います。僕のバイト先に雨宮さんが来ていて、ちょうど上がりの時間と彼女の帰る時間が一緒だったので近くまで送ろうと思って」

 

「ああ、そうだったのか。手間かけちまったな、ありがとよ。俺は佐倉惣治郎、いちおうコイツの保護者、みたいなもんだ」

 

 そう言って佐倉さんは頭を掻きながら新聞を折り畳む。

 

「いえ、気にしないでください。女の子を一人で帰らせるのも良くないですし」

 

「ごもっともだな。お前も遅くまでうろちょろしてんじゃねえぞ」

 

 佐倉さんの咎めるような視線に雨宮さんは気を付ける、と苦笑を返す。

 

「コーヒーならすぐ出せるが、飲んでいくか? お代はいらねえ」

 

「良いんですか? それじゃあお言葉に甘えさせてもらいたいです」

 

「あいよ、ならちょっと座って待っててくれや」

 

 佐倉さんは薄く笑うとサイフォンの下にあるアルコールランプに火を灯す。大のコーヒー党の僕としてはこういう隠れ家的な喫茶店で出てくるコーヒーには期待が膨らんでしまうものだ。雨宮さんは荷物を置いてくると店の奥にある階段から2階に上がっていってしまい、壁際に備え付けられたテレビから流れるニュースの音と、お湯が沸くポコポコという音だけが店内を支配する。

 

「海藤くんって言ったか。お前さんは、あの子の事情を知ってるのかい?」

 

 そんな静かな店内で、佐倉さんがコーヒーの準備を進めながらふと尋ねてくる。雨宮さんと佐倉さんの名字が違うのにつっこまなかったから気になったんだろう。

 

「そうですね、知っていますよ。嘘か本当かは分からないですけど」

 

「なるほどね。あの子は学校でうまくやってるか? 初日から大遅刻かましやがったからどうかと思っちゃいたが」

 

「友達も出来てますし、そこまで心配されるようなことは無いと思いますよ。初日は僕が校内を案内しようと思ってたので朝来なかったことに心配しましたけど」

 

「そりゃますます頭が上がらねえな。よく気にかけてくれてるみたいで俺としちゃありがたいばかりだ」

 

 僕の答えに佐倉さんはうんうんと頷く。少しぶっきらぼうな物言いこそあるものの、佐倉さんは佐倉さんなりに雨宮さんのことを案じているらしい。そもそも、仮にも暴力事件を起こしたと保護観察処分になっている子どもを保護者として引き取るなんてよほど懐が深くないと出来ないだろうし、当然か。

 それからは学校での彼女の様子について話をする。意外にも、佐倉さんは雨宮さんのことだけでなく、学校の雰囲気やどういう生徒が多いのかといったことも気になっているらしかった。もしかしたら自分の子どもとか親戚の子が通っていたりするのだろうか。にしてはその子の名前を出して聞いてくるでもないし、学校に佐倉なんていう生徒いただろうか。

 

「佐倉さんは雨宮さんが本当に暴力を振るったと思われますか?」

 

 そう思いながらも話を進める中で、ふと僕の頭の中に湧いた疑問が口をついて出てしまった。

 

「知らねえし、知るつもりも無え。よその事情に首を突っ込むのは厄介事にしかならねえからな」

 

 保護者している時点で十分に首を突っ込んでいるんじゃないかと言いたくもあるが、言葉とは裏腹に佐倉さんの表情は何か釈然としないものを抱えているのを物語っていた。なるほど、その顔を見るだけで十分答えは得られた。

 

「ありがとうございます」

 

「なんで礼を言うんだよ。やりにくいな、お前さん」

 

 佐倉さんはそう言ってちょっと乱雑に僕の前に湯気が立つカップを差し出した。

 深く、芳醇な香りを漂わせるカップは、僕が普段生徒会室で飲んでいるインスタントなどとは物が違うことをこれでもかと主張してくる。最近はインスタントもバカに出来ないというか、美味しくなってきていると思っているけれど、これは期待出来そうだ。

 それからは会話も少なくなり、じっくりとコーヒーを味わう。店内には再びテレビの音と片付けを進める佐倉さんがサイフォンや食器を洗う音が響くなか、パタパタと足音がして上から雨宮さんが降りてくる。

 

「ごめん、遅くなった」

 

「ようやく降りてきたな。片付けを手伝ってくれ」

 

 部屋着に着替えた彼女がカウンターの中に入り、佐倉さんと並んで片付けを進めるのをコーヒーを飲みながら眺めていてふと思う。なんか父娘みたいだと。口に出すと佐倉さんが睨んできそうなので黙っているが、あれこれと洗い方を教えている佐倉さんと言葉少なながら真剣に手伝いに取り組んでいる雨宮さんを見ていると割りと間違っていないんじゃないかと思った。

 それからは特に会話も無く、コーヒーを飲むだけだったのであっという間にカップは空になってしまった。

 

「ごちそうさまでした。お代は」

 

「いらねーよ、お礼なんだから。気になるなら客としてまた来てくれ」

 

 財布を取り出そうとすると佐倉さんが笑って制する。なるほど、こんな粋なことを言われたらまた来たくなるじゃないか。言われなくとも来るつもりではあったけれど。

 

「それじゃあありがたく。コーヒー、すごく美味しかったのでまた来ますね。雨宮さんも、また明日」

 

「おう、俺も話を聞かせてもらえて良かったよ」

 

「また明日、副会長」

 

 カップを雨宮さんに手渡すと、僕は二人に軽く頭を下げて店を出る。ちょっとしたお節介のつもりが、こんなに良い思いをさせてもらえるとは思っても見なかった。

 

「喫茶ルブランか、新島さんにも教えてあげようかな」

 

 新たに行きつけになりそうな店が出来たと内心浮き足だって僕は帰路に就いたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。