Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Who is the detective?

 たっぷりと絵を鑑賞して楽しんだ翌週、月曜日には丸喜先生の赴任が全校集会で知らされた。まずは直接鴨志田先生の被害にあっていたであろうバレー部員を中心にカウンセリングを進めていく予定らしく。丸喜先生は赴任初日から忙しそうにしていた。

 その一方で僕はといえば、何事もなく週明けを過ごして明くる日も穏やかに日中の時間が過ぎていつも通り放課後を迎え、のんびりと校内散歩をしながら生徒会室に向かっていたときのことだ。

 

「こんなふざけたサイトを作ってるのはあなたね! 一体誰が怪盗団なのか知っているんでしょう!」

 

「し、知らないよ! 急に何なんですか、もう!」

 

 聞きなれた声が聞き慣れない調子で中庭から響いてきたのに胸騒ぎを感じて声のする方を覗き込んでみれば、常ならぬ剣幕の新島さんが三島君に詰め寄っているのが見えた。

 スマホの画面を怯える三島君に突きつける新島さんの姿はお世辞にも生徒会長として他の生徒に見せて良い画ではなかった。僕は半ば走るように二人へと寄っていった。

 

「はいはいストーップ! 落ち着こうか、新島さん」

 

「っ!? 海藤くん……」

 

「副会長!」

 

 僕の声を聞いた二人の反応は見事に対照的だった。不味いところを見られたと言わんばかりの苦々しげな表情と、地獄に垂れた蜘蛛の糸を見つけたときのような顔だ。もちろんどっちがどっちなのかは言うまでもない。

 僕は二人の間に割り込み、三島君を背に庇うようにして新島さんに向かい合った。

 

「穏やかじゃない雰囲気だったからね、強引かもしれないけど割り込ませてもらうよ」

 

「退いてくれる? 私は今三島くんに話を聞きたいの」

 

「話を聞くっていうよりもはや尋問だよ、それは」

 

 そんな剣幕じゃ話したくても身が竦んで話せないでしょと言えば、新島さんは一度目を閉じて深呼吸し、心を落ち着かせようとした。

 しかし依然として目には剣呑な光が宿ったままだ。彼女の手に握られているのがスマホで良かったと思おう。あれがメリケンサックだったりした日には骨の一本や二本じゃ済まなかったかもしれない。

 

「この怪盗お願いチャンネルなんていうふざけた裏サイトを作ったのが三島くんだって噂があるのよ。そのことについて話を聞こうとしているだけ」

 

「だ、だから知りませんって!」

 

「だそうだけど?」

 

 僕の背中に隠れながら叫ぶように否定する三島君。けれどもその見る者の同情心を誘う哀れな姿も、今の新島さんには通用しなさそうだ。

 

「教室で他の生徒にこのサイトを勧めていたって聞いたわ。三島くんから聞くまでは誰もこのサイトを知らなかった。アクセスカウンターも全然伸びてなかった出来立てのサイトなんて立ち上げた本人かそれに近しい人じゃないと知らないはずでしょう」

 

 新島さんの鋭い指摘。僕は肩越しに振り返って三島君の様子を伺う。彼は身体を縮こまらせて僕の背に隠れていたが、僕と目が合うと必死に顔を横に振った。それは知らないって意味なのかあるいは知ってるけどそのことを新島さんにばらさないでって意味なのかどっちなんだろう。いや、多分後者なんだろうなぁ。彼、絶望的に隠し事が下手くそそうだし。

 これ以上三島君に喋らせると新島さんのフラストレーションも溜まるだろうから、僕が代理人として彼女に立ち向かうことにする。

 

「三島くんは頑なに否定してるね。知らないのか、あるいは知ってても新島さんの欲しい情報は持ってないかのどっちかだと思うよ」

 

「怪盗団なんて鴨志田の件があるまではネットに欠片も存在していなかったわ。それが鴨志田の自白があってからこんなサイトが出来たってことは立ち上げたのはこの学校の関係者の誰かよ。それも怪盗団を積極的に支持するような立場の人間。容疑者は自然と一番鴨志田の被害を受けていた人間の誰かになるわ。例えばバレー部で鴨志田の憂さ晴らしにシゴキを受けていた三島くんとかね」

 

 困った。新島さんは将来めちゃくちゃ有能な検事か弁護士か刑事になるよ。確かお姉さんもとても凄腕な検事なんだったか。姉妹揃って弁論強すぎませんか? 

 僕は半ば諦めろと促すように再び背後の三島君に視線を送ったが、彼は涙目ながらもブンブンと首を横に振っていた。なるほど、彼も怪盗団を庇うためなら今の新島さんを相手にしても口を割らないだけの根性はあるらしい。実際誤魔化すのは僕の仕事になっているのは置いておいたとして。僕はため息をつくと両手をあげる。

 

「なるほどね、新島さんの推理は良く分かった。確かにその推理で行くと一番疑わしい人物になりかねないのは三島くんかもしれないね」

 

 背後で僕の制服をいっそう固く握りしめるのが伝わるが、安心して欲しい、流石にここまできて見捨てたりするつもりはない。

 

「けれどね、いささか思い込みに走りすぎてるってことも新島さんは自覚すべきだと思うよ」

 

「思い込みですって?」

 

 僕の言葉に眉をピクリと震わせる新島さん。後ろの三島君もビビっているが、一番ビビりたいのは彼女と真正面から相対している僕の方だ。

 

「そう。だって新島さんが一番最初に疑うべき人間を疑っていないからね」

 

「私が何かを見落としているっていうの?」

 

「見落としているっていうか、優しいことに無意識に候補から外している人がいるよね」

 

 そう言って僕は徐に人差し指を自分自身に向ける。その指す意味が通じたのか新島さんは大きく目を見開いた。

 

「そんな……あり得ないわ!」

 

「そうかな? 鴨志田先生と因縁があって、予告状騒ぎのときもひと悶着起こした人間だよ?」

 

「でも、でもあなたはこんなサイトを作るような人じゃないわ!」

 

「もちろん僕はこんなサイトを作ったりなんかしてないさ。こういうのあんまり好きじゃないし」

 

 僕がそう言うと背後でピクリと反応があった。そういう反応をするからあっさり彼女にばれそうになっているのに。いや、これに関しては彼女の洞察力と行動力が高校生にしてはずば抜けていたと褒めるべきところなんだろう。

 

「だけど新島さんが知りたいのはこのサイトを作った人じゃないでしょ?」

 

「あなた、どうしてそれを……!?」

 

 新島さんが唇を震わせる。確かに彼女からは彼女が何を探っているかなんて一度も聞いたことは無いけれど、いつもと様子が違うことに加えて最近の校長の僕に対する動きの無さで色々と予想は出来る。それこそゴールデンウィーク明けに初めて怪盗お願いチャンネルを目にしたときの反応なんて露骨だった。

 

「新島さんは刑事や検察には向いてるかもしれないけど、賭け事とかは向いてないよね。いや、向かない方が良いんだけどさ。いつもと様子が違いすぎて丸分かりだったよ」

 

 僕はそう言って三島君から離れて新島さんに歩み寄ると、落ち着かせるように肩に手を置く。

 

「校長あたりに言われたんでしょ、怪盗が生徒の中にいるかもしれない。そしてその一番の容疑者は僕だって」

 

「そ、れは……!」

 

 言葉に窮した彼女の様子で、僕は自分の予想が確かだと悟った。だからこそ新島さんは僕が怪盗お願いチャンネルを見ていたときに、あそこまで血相を変えたのだろう。仮にも友人が怪盗などという胡散臭いものでないと信じている、信じたいからこそ、それ以外の可能性を必死になって探してくれたのだ。僕はやっぱり友人に恵まれている。いっそこちらが申し訳なく思えるくらいに、彼女は僕を信用してくれていたのだから。

 

「僕が怪盗なんかじゃないって示すためにサイトの立ち上げ人の最有力候補から話を聞き出そうとしたんでしょ? 半ば強引だと分かっていても」

 

 話していて僕のささくれだった気持ちは今も校長室で忙しなく汗を拭っているであろうあの黄色いハンプティダンプティに向かっていた。なんで生徒に内偵の真似事なんてさせようと思ったのか。先生や、本来なら警察などの外部機関にさせるべきことだろうに。僕をダシにして新島さんをここまで追い詰めるとは。そうなるようにこちらが動いてしまったということもあるとは言え、一言どころじゃなく言いたいことが降り積もっていく。

 とはいえそれは今ここで言うべきではないのでグッと堪え、新島さんに対しては努めて笑顔を向ける。

 

「今の新島さんがすべきことはそうやって問題の周辺部を引っ掻くようなことじゃないと僕は思うよ」

 

「でも、でもそれじゃあ……」

 

「僕が疑わしいのなら、僕をきちんと見張っていれば良い。疑わしい行動をきちんと記録して、校長に報告しよう」

 

 躊躇いがちに目を伏せる新島さんにしゃがみこむようにして視線を合わせる。これで彼女が僕の行動を注視するようになってくれれば上々だ。僕は探られて痛い腹などあんまり無いし、三島君や他の生徒に新島さんがきつく当たって反感を買う恐れも少なくなる。

 

「私は友達を疑いたくなんか無いわ」

 

「僕が疑わしい素振りを見せなければ疑いは晴れるんだからいっそ他人よりも厳しく疑ってくれれば良い」

 

 新島さんにはとても残酷なことを強いてしまっているけれど、実際に僕を監視してその行動を報告すれば校長の溜飲も多少は下がるだろう。それで彼女が追い詰められなくなれば御の字だし、僕としても校長の弱みを握ることが出来る。

 新島さんを気遣うという気持ちもあるが、それと同じくらいに冷たい打算が僕の脳内には満ちていた。あわよくばこれで僕が最も疑わしいと見ている容疑者から目を逸らすことも出来ると。僕は怪盗団そのものを擁護する気は無いけれど、あの子達の味方ではあるつもりなのだ。

 

「……分かったわ。そこまで言うなら、私がきちんと見定める。あなたのことを」

 

「うん、ありがとう。そうしてくれると僕も助かるよ。少しでも怪しいと思ったら報告すれば良い。それで僕が君に対して隔意を抱くことは無いと誓う」

 

 新島さんは伏せていた顔を上げると、決意に満ちた目で僕を見据えた。彼女にはコソコソと探るような真似は似合わない。内偵の真似事は彼女には不得手だろうし、何よりもこうして堂々とかかってくる方が彼女らしい。

 彼女は僕の後ろにいた三島君に頭を下げると、解放してくれた。彼は僕と新島さんに頭を下げると、そそくさと帰っていく。気がつけば結構な時間が過ぎていた。

 

「さ、とりあえず下校時刻までは生徒会室でのんびりとしようか。新島刑事の取り調べも受けますよ」

 

「誰が刑事よ、フフッ。ま、良いわ。こうなったら根掘り葉掘り聞いてやりますからね、覚悟しなさい。私はあなたが怪盗なんかじゃないって信じているんだから」

 

 新島さんからの重たい信頼を感じながら、生徒会室へと向かう。彼女の信頼を利用している僕に対して、内心自嘲する。とても褒められたことじゃない。人よりも長く生きた記憶があるということは、その分だけ汚い方法や卑怯な手段も知っているということだ。僕はそれを思う存分に振るって新島さんの良心を利用している。もちろんこのまま彼女が他の生徒を際限無く疑い続けたりしないようにするためにはこの方法が手っ取り早いし、確実だと思ってはいる。けれども自己嫌悪は止まらないものだ。

 

 僕はこの時はのんきにそう考えていた。僕を信じていると言った新島さんの言葉の重みに気付いているようでいて、気付けていなかった。だからこそ僕の言葉も彼女を追い詰める一因になっていたことも知る由もない。

 そして何より、僕はこういうときの彼女の行動力というものを、どこまでも侮ってしまっていたのだ。


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