Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Expected afraid

「取り敢えず昼休みも終わるし、職員室までの道すがら簡単に紹介するね」

 

 そう言って彼女と並んで廊下を歩きながら、中庭を見せたり、道中の教室や階段を示して簡単に案内する。本格的な案内は放課後にするからと、最初は雑談に徹する。玄関口の初対面はなんとかクリアしたが、そこから更に距離を縮めるのは中々骨が折れる。何より相手がまだこちらを警戒しているのだから。その理由は僕が異性だから、というだけではない。

 

「ねえ、あれって......」

 

「あれが保護観察中の......」

 

「あんな顔してるけど、相手に酷い怪我させたらしいよ......」

 

 周囲から聞こえてくる無遠慮な囁き。それが彼女を過剰に萎縮させていた。せっかく僕が緊張を解そうとしたのに、校舎に一歩入るだけでこれだ。こんな噂を広めてくれたあの体育教師にこめかみが痛むような気がしてくる。自分のカリスマを保つためといえ手段を選ばなさすぎだろう。

 多くが知り得ない秘密を自分は知っていると喧伝し、その影響力を暗に示す。そうすることによって人は意識的、無意識的を問わずその人物を自身より上だと感じてしまうのだ。特に学校のような階級層、年齢層が歪な環境ではその効果は絶大だ。

 

「......っ」

 

 周囲から投げ掛けられる排他的な視線。一人二人ならまだ耐えられても、周囲全員がそうとなると耐えられる人間はそういない。その証拠に、雨宮さんは周囲と視線を合わせないように俯き、陰口が耳に入るたびに僅かに肩を跳ねさせている。これは、どうしたものだろうか。

 

「あ、そうだ。雨宮さん」

 

「っ、はい......」

 

 もうすぐ職員室に着く、というところで僕は彼女に声を掛け、手招きをして進路を変える。目指すは階段の先、もう時間的にそこまで遠くには行けないが、このまま教師に彼女を預けるのも気が引けた。

 

「職員室行く前に最後にここだけは紹介しておこうと思ってね」

 

 僕が案内したのは生徒会室。別に今すぐに遅刻の理由を問い質そうなんていうわけじゃない。

 

「ここは生徒会室なんだけどね。放課後は大体僕か生徒会長がここにいるんだ。なにか困ったことがあったらここに来てね」

 

「え、っと......はい、ありがとう、ございます?」

 

 きょとんとした様子だけど、おずおずと頭を下げる雨宮さん。うーん、まあこれだけじゃ意図が伝わるとは思っていなかったけれども。

 

「んとね、何かこっちの手違いで守るべき個人情報(プライバシー)が守られていなかったからさ。少なくともここに来れば周りの鬱陶しさからは切り離されると思うんだ。色々と言われたりもすると思うけど、最初、はもう坂本くんか。二番目にこの学園で知り合った仲として、いつでも相談に乗るよ」

 

 自分で言っていて小っ恥ずかしくて顔が熱くなりそうだが堪える。というか見ようによっては初対面で口説いてるように見えないかこれ? いや落ち着け、これは生徒会副会長として当然の気遣いだ。転入生が男女どちらであっても同じことをしていたはずだ。

 そう自分に言い聞かせて気恥ずかしさを抑える。人生推定2周目であっても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。これで雨宮さんにドン引きされていようものなら結構な精神的ダメージを受けることは間違い無しなので反応を見ないように彼女の前に立って改めて職員室を目指す。

 

「それじゃ、気を取り直して職員室に行こうか。担任の川上先生を紹介するよ。放課後にまた詳しく校内を案内するから、また教室に迎えに行くね」

 

 足音でついて来てくれているのは分かるが、何も反応が返ってこない。うーん、やはりこれは外してしまった。まあ言ってしまったものは仕方ないし、と気を取り直すして職員室まで連れていき、現国教諭の川上先生に案内を引き継ぐ。げんなり顔をされてしまったが、仮にも担任なんだから初対面くらいは取り繕ってくれないかなぁ。それを直接言っても誰の得にもならないから口をつぐみ、職員室を後にする。すれ違いざまに精一杯のエールを視線に込めて雨宮さんとアイコンタクトを交わしておく。とりあえず放課後までは頑張ってほしい。生徒会室でインスタントコーヒーくらいは淹れてあげられるから。

 校長先生から与えられた仕事はこれで半分終わった。放課後までやることもないし、大っぴらに授業をサボるのもこれくらいにして午後からは真面目に授業に出ておこうか。職員室を出た足でそのまま自分の教室へと向かう。

 がらり、と扉を開けば教室内は次の授業に備えて生徒達は皆席に着いたまま、それでもガヤガヤと前後の友人達と談笑していた。席の間を縫うようにして自分の席を目指す。窓際の最後尾、学生にとっては最高の位置だ。サボるにしろ、内職するにしろ後ろの席というのは見つかり辛い、というのはただの生徒側の誤解でしかないけれど。実際は教壇から見て一番見付けやすいのは最後尾の不審な動きだったりする。そのために一段高い位置に教壇があるのだし。席に着いた自分は次の教科書とノートを用意すると、先生が来るまでの短い時間ではあるものの、気になっていた読みかけだった本を開く。けれども頭に甦るのは先の職員室ですれ違いざまに見せた転入生の不安そうな顔だった。

 

(急に知り合い一人もいない場所、それも皆が白い目で見てくる環境に放り込まれたんだもの、しょうがないよなぁ)

 

 暴行事件を起こしたと校長は言っていたけれど、第一印象からしてそんなことをするような子には見えなかった。実は話してみるとエキセントリックな思想を持っていたりするのかもしれないけれど、僕としては今のところ危険視する必要があるとは思えないし、むしろ周囲の白眼視に耐えられなくなって自分自身を傷つけたりしてしまわないかこそを気遣うべきだろう。

 

「おい、海藤。もう授業始まるってのにいつまで本読んどるんだ!」

 

 深く考え込み過ぎていたのか、教壇に立つ社会科教諭の牛丸先生に一喝される。頭を下げながら本を仕舞い、ノートを開く。牛丸先生はその様子を見て不機嫌そうに鼻を鳴らすとチョーク片手に黒板へと向き直る。あの右手から繰り出される超速チョーク投げが来ないことにホッとする。あれを避けられるかは五分五分だ。

 

 


 

 

 放課後、HRを聞き流しながら、さっきまでの授業のノートを読み返す。授業の合間に行っている簡易な復習だけれども、これが意外と馬鹿に出来ない。うちの教師陣のマニアックな知識はそれこそ授業直後に反芻して少しでも脳に焼き付けておかないとすぐに忘却の彼方に消え去ってしまうのだ。そうやってHRをやり過ごした後は手早く荷物をまとめ、階を一つ降りる。目指すは雨宮さんの教室だ。

 教室の外から見てすぐに雨宮さんの姿を見付けられた。彼女の周囲だけ人がいないのだから。まあ転入初日に連絡無しで半日も遅刻してきたし、噂もあって話しかけるのは躊躇するだろう。高校生なんてまだまだ子どもなんだし、あんまり責められるものじゃないけどここまであからさまだとため息もつきたくなる。

 僕は周囲の視線を集めるのも構わずズカズカと教室に足を踏み入れると、ぼんやりと自分の机に視線を落としていた雨宮さんに声を掛けた。

 

「雨宮さん。時間、大丈夫かな。特に用事が無ければ昼にも言ったように校内を案内しようと思うんだけど」

 

「えっ、と......よろしくお願いします」

 

 顔を上げた雨宮さんはそう言ってペコリと頭を下げる。それじゃあ行こうか、と彼女を伴って教室を出たところで、見慣れた金色とぶつかりそうになった。

 

「うわっとぉ!?」

 

「おっと、坂本くん?」

 

 教室の扉のすぐ近くに佇んでいたのか、少々大袈裟とも思えるくらいのリアクションだったけれども。

 

「坂本くん、このクラスじゃなかったよね? ああ、雨宮さんに何か用事でもあったかな?」

 

「あー、えぇっとー......そんな感じというか、何というか......」

 

 右手を頭の後ろに持っていきながら、それはもう見事に目を泳がせている坂本君。どうしたんだろうか、僕がいては話しにくい内容? 

 

「もしかして告白? 会って一日だろうにすごいね」

 

「こ!? い、いやいやいやちげーっすよ! ただちょっと今朝のことで話したくて......」

 

 僕の言葉に慌てた様子で否定してくる坂本君。それにしても今朝のこと、ということは雨宮さんと坂本くんの大遅刻はやっぱり何か事情があったということなんだろう。あちこちに目をやって気まずそうにしているし、このままここで話したくないことなのかもしれない。

 

「今朝のこと、ね。それじゃあ二人とも生徒会室まで来てくれる?」

 

「えぇっ!? なんでなんすか!?」

 

「いや、だって今朝の遅刻のことだったら僕もちゃんと事情聴取しないといけないし。鴨志田先生にもそう言って見逃してもらったわけだしね。あとは雨宮さんの案内もしてあげたいからついでに」

 

「うーん、いや、でもなぁ......」

 

 どうだろう、と促してみるも坂本君の表情は優れない。おっと、これは僕にも話せない内容なのかな。とはいえここでこれ以上話していても目立つだけだし、場所は変えたい。

 

「ま、取り敢えずついてきて。坂本くんも、ね?」

 

「......うっす」

 

 にっこりと笑みを浮かべて坂本君と雨宮さんを交互に見る。すると二人とも何故かタラリと冷や汗を流しながら頷いた。脅かすつもりはなかったんだけど、強引すぎたかな。僕は周囲がヒソヒソとこちらを見ながら話すのも無視して二人を伴って生徒会室に向かう。こういうのは周りの目を気にすると余計に怪しく見えるものだ。堂々と、なにも疚しいことなんか無いと言わんばかりに胸を張っていればいい。実際疚しいことなんて無いんだし。生徒会室に入った後は、誰も入って来られないように鍵を掛ける。

 

「これで僕たち以外にここでの会話を聞ける人はいないよ」

 

 二人に着席を促しながら、水が入っているのを確認して電気ポットの電源を入れる。カップの数が足りないから紙コップになっちゃうけど、仕方ないか。

 

「二人とも飲み物はコーヒーしかないけど、良いかな? 砂糖とミルクはあるから自由に使ってくれていいよ」

 

 沸騰したのを確認してインスタントコーヒーを用意し、砂糖とコーヒーフレッシュの入った容器を二人に差し出す。僕はブラック派だから何も入れないままだけど、坂本君は一口飲んですごい顔をしたかと思うと、砂糖をポイポイと放り込んでいた。そして雨宮さんはと言えば、

 

「おっ、雨宮さんもブラック派なんだね、珍しい。仲間を見付けたみたいで嬉しいな」

 

「......」

 

 熱いのか、チビチビと飲み進めてはいるが、彼女は砂糖もミルクも入れていなかった。カッコつけたがりな男友達には何人か無理してブラックを飲む人間もいるが、そういう人間は得てして苦味で無意識に顔が歪む。彼女にはそういった様子も無いので、自然に苦味を楽しめているんだろう。まあインスタントコーヒーだからそこまで美味しい、というわけでは無いだろうけど。

 

「どうだろう、朝に何があったのか聞かせてもらえないかな?」

 

「......信じてもらえねーと思うンすけど」

 

「学校に行こうと思ったら城だった」

 

 二人の口から飛び出した言葉に紙コップを傾けた手が止まる。

 

「......流石に初対面でそんなところに行くのは良くないと思うよ?」

 

「は?」

 

「いや、お城って......」

 

「いやいやいや、違うっすからね!!」

 

 僕が言わんとしたことを理解したであろう坂本君が顔を真っ赤にして否定する。雨宮さんも顔を赤くして俯いていた。

 

「学校まで行ったのにその学校がお城に変わってたンすよ!」

 

「学校が城に......?」

 

「実は......」

 

 そこから二人の口から語られた話はにわかには信じがたいものだった。普段通り登校してみたら学校が城に変わっていて変態的な格好をした鴨志田先生が王様みたいに振る舞っていた? 

 白昼夢を見たか、随分とハッピーな何かをキメたんじゃないかと疑いたくなる。けれど、坂本君も雨宮さんもそんなことをする子には見えないし。

 

「......なるほどね」

 

「やっぱり信じられないっすよね.」

 

 腕組みをした僕に、坂本君は肩を落としながらポツリと呟く。雨宮さんも表情が暗い。

 

「まあこの話をしたのが君達のどっちか一人だけだったら信じられないって言うところだったんだけどね。二人とも必死だし、何よりその怖がりようは嘘じゃなさそうだ」

 

 僕はそう言って坂本君の手を指し示す。空っぽになった紙コップを握る彼の手は、先ほどから小刻みに震えていた。話を聞く限り殺されそうになったらしいし、この現代日本でそんな経験をして平然としてられる人はまあ稀だ。だからこそその怯えようは嘘じゃないと思った。

 

「二人揃って変な夢を見たのか、本当に何かおかしなところに迷いこんだのかは分からない。けど、今日は帰って心と身体をゆっくり休めた方が良い。雨宮さんの案内も明日にしよう」

 

 坂本君は驚いたように目を丸くしてこっちを見る。

 

「えっと、良いんすか?」

 

「良いも何も、僕は事情聴取するってだけで別に反省文を書かせようってつもりも無いし。先生方には適当に言っておくから帰りな。帰りに寄り道でもして甘いもの食べればリフレッシュ出来るんじゃない?」

 

 生徒会室の扉を開けて二人に帰るように促す。二人はペコペコと頭を下げながら部屋を後にし、昇降口へと歩いていった。それを見送ってから、僕は生徒会室に戻って二杯目のコーヒーを淹れる。

 

「さて、これをどう誤魔化して先生方に伝えようか」

 

 二人してお城で死にそうな目に遭って命からがら逃げてきました、なんて言って大人が信じてくれるわけ無いし、さっき僕がしたのと同じ誤解をしようものなら二人の学園生活に致命的なダメージになる。

 僕はパソコンを前に、報告書の書き方をどうすべきかとしばし頭を悩ませるのだった。


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