Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Evil influence

 朝の間に鈴井さんから手に入れた情報は体罰なんかよりもよっぽどヤバいものだ。もちろん彼女の証言だけで動いたところで握りつぶされるのがオチだろうが、放っておくともっと不味いことになりかねない。

 

「……どうしたもんかな、これ」

 

 坂本君にこれを伝えれば間違いなく激昂してしまう。最悪は暴力沙汰になって今度こそ退学を言い渡されかねない。こんなときこそ他の大人に頼れば、とも思うけれど坂本君にとってこの学園の大人達は肝心なときに自分を助けてくれなかった人間という認識だ。簡単に頼ったりはしないだろう。実際、校長先生すら鴨志田先生にあまり強くは言えない。これまで運動部で実績を挙げてきた陸上部が落ち目になった後、もう一つの目玉としてバレー部をインターハイ常連に押し上げたのは鴨志田先生なのだから。それを鴨志田先生自身も自覚しているのがより一層質が悪い。

 鈴井さんが去った後の生徒会室でコーヒーを飲みながらスマホを弄る。こうなったら強行手段に出るのもやむ無しだろうか。このスマホの中には昨年の鴨志田先生が陸上部で坂本君に拷問じみた練習を課している姿や、バレー部で指導の範疇を越えた行動をしている姿が収められている。昨年はこれを鴨志田先生と校長先生に突きつけて陸上部の廃部を思い止まらせたのだ。動くつもりが無いなら全てをSNSにぶちまけてやると迫って。元メダリストの醜聞だ。真偽はどうあれマスコミの格好のネタになる。不本意な形で秀尽学園の名を広めることになりたくないだろうと言えば、二人も流石に黙るしかなかった。

 とはいえ、これは自爆戦術でもある。こんなことすれば鴨志田先生のシンパからのバッシングは今までの比じゃなくなるだろうし、告発者の自分もマスコミに追われて平穏な学生生活とは別れを告げる必要が出てくる。

 

「でも見て見ぬふりは流石に出来ないよなぁ」

 

「何を一人でぶつぶつ言ってるのよ?」

 

「ふへぁ!?」

 

 誰もいないと思っていた生徒会室に突然僕以外の声が響いて思わず情けない声を上げてしまった。声の主を確かめてみれば、そこには麗しの生徒会長が驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。

 

「急に変な声出さないでよ、ビックリしたじゃない!」

 

「ビックリしたのは僕の方なんですけど」

 

「ちゃんと挨拶はしたわよ。何も反応が無いから近づいて声かけただけで」

 

 おっと、これは僕の分が悪そうだぞ。どうやら思考に没頭しすぎて新島さんに全く気付いていなかったらしい。ごめんごめんと謝り、新島さんの分のコーヒーを用意する。

 

「ありがと。それにしても今日は早いのね。まだHRまで30分以上はあるわよ?」

 

「んー、たまには三文の徳をしてみようかと思ってね」

 

「へぇ、それで急いでどこかで転んだりしたのかしら?」

 

 そう言う新島さんの視線は机の上にある救急箱に注がれていた。おっと、片付けるのをすっかり忘れていた。

 

「まさか、副会長として生徒会室の備品整理でもしておこうという殊勝な心がけだよ」

 

「……また何か面倒なことに首を突っ込んでいるんでしょう」

 

 新島さんの目がスッと細められる。美人が凄むと怖いからやめてください。新島さんは僕が去年色々やらかしたのを直接目にしてきただけに、すぐに何かを嗅ぎ付けたらしい。お姉さんが確か検事さんとか言っていたし、やっぱり事件とかには敏感なのかな。そして曲がったことや間違ったことを嫌う性分の彼女を誤魔化すのは骨が折れる。ただでさえ教師陣から雑用を振られて忙しい上に、こんな重たい案件を彼女に背負わせるのは酷だろう。僕? 僕はまあ、人生2周目ってことでノーカンで。

 

「まあ面倒っちゃ面倒だけど。何とでもなるよ。所詮学生レベルの悩みごとだしね。ちょっと人には言えない所におできができちゃった、みたいな感じ」

 

「誤魔化し方が適当すぎるわよ……。私には聞かせられないってわけ?」

 

「うーん、デリケートな問題故にあまり大勢を巻き込みたくないというか、そんな感じかなぁ」

 

 新島さんが呆れたような顔でカップに口を付ける。だってこんなこと言ったら絶対に鴨志田先生に直談判しに行きそうだし。生徒会長と副会長両方が明確に敵だと鴨志田先生に認識されるのは良くない。他の教師陣を抱き込んで処理しきれない雑用を投げられてこっちをパンクさせようとしてくるか、あるいはもっと直接的な手段に訴えかけてくるかもしれない。学園の理事にも顔が利く鴨志田先生を正面から敵に回すのは得策じゃないのだ。去年の段階で正面切って喧嘩した自分が言うことでもないけど。

 

「2年の転校生絡み?」

 

「当たらずとも遠からず」

 

「なるほどね。あの噂が関係してるってことね」

 

 坂本君と雨宮さんが動いているから雨宮さん絡みの問題といっても良いだろう。新島さんも良い感じに勘違いしてくれているし。

 

「これでも私は会長なんだから、少しは頼ってくれても良いと思うのだけど?」

 

「それを言うなら僕も副会長ですし。あんまり友達を面倒なことに巻き込むのも申し訳ないじゃない」

 

「その友達は蚊帳の外にされている方が辛いと思ってるわよ……」

 

「うーむ、それを言われると辛い。とりあえず一段落したらまた話すよ。本人のプライバシーも関わるから巻き込みすぎるわけにはいかないってのは本当だしね」

 

 個人の問題にあまり踏み込むのは良くないと考えたのか、新島さんは尚も納得いかないとこちらをジト目で睨んでいたが反論することはなく押し黙った。

 

「ちゃんと聞かせてよ?」

 

「りょーかい。それじゃ、HRまで健康的に散歩でもしてくるよ」

 

 机の上の救急箱を棚にしまうと、生徒会室を後にする。そのまま向かうのは2年の教室。この時間だとそろそろ坂本君がきているはずだ。

 そう思って教室を覗けば、一目で分かる金髪が目に入る。彼も彼なりに動こうとしているのか、クラスメイトから情報を聞き出そうとしているみたいだが、進捗は芳しくないであろうことはその表情を見れば分かった。少しの間それを観察していると、ようやくこちらに気付いた坂本君が表情をパッと明るくさせてこちらに駆け寄って来る。

 

「おはよ、坂本くん」

 

「おざっす! 何か分かったっすか?」

 

 坂本君の質問には答えず、ちょいちょいと手招きをして人気の無い廊下の隅を示す。それだけであまり楽しい話ではないと察したのか、坂本君の表情が険しくなった。

 

「ま、お察しの通りあんまり良くない話だよ。ちょっとデリケートな話だからここでは話せないけど」

 

「やっぱり体罰っすか」

 

「まあね、そんなとこ。ただバレー部から聞き出すのは少なくとも僕らじゃ無理だ。僕は去年の騒ぎでバレー部員からの印象は良くないし、坂本くんも特に仲の良い友達とかもいないよね? だから正攻法で聞き出すのはまず出来ないと考えよう」

 

「でも、それじゃどうすれば……!」

 

「落ち着いて。僕らじゃ無理なら聞き出せそうな人にお願いするしか無いよ。昨日は任せろ、なんて言っておいて情けない限りだけど何かアテはあったりするかな?」

 

 もどかしさから声を荒げそうになった坂本君を落ち着かせる。出来れば巻き込む人は少なくしたい。けれど坂本君に何か打開策があればそれを頼るのも一つの手だ。

 坂本君は少し考え込んでいたが、思い当たる人物がいたのか、閃いたと言わんばかりの表情で顔を上げた。

 

「高巻!」

 

「高巻さん?」

 

「そうっす! 高巻はバレー部の鈴井と同じ中学だったんすよ。二人はめっちゃ仲良かったですし、高巻から話を聞いてもらえれば……」

 

「……なるほど、それじゃそっちは任せても良いかな? 僕も僕の方で動いてみるから」

 

 恐らく坂本君の作戦は失敗するだろう。今朝の鈴井さんの様子を見れば、多分だけど互いが互いを守ろうとして自縄自縛に陥っている。多分鴨志田先生から巧妙に脅しつけられているんだろう。

 

 高巻さんには鈴井さんをレギュラーにしてほしければ自分の言うことを聞くように。

 

 鈴井さんには高巻さんに手を出されたくなければ自分の言うことを聞くように。

 

 親友であるからこそ互いを庇おうと互いに相談することが出来ない状態になっているはずだ。けれどそれを坂本君に言ったところで折角の希望をふいにしてしまうのは避けたかった。僕の考えすぎで、実は高巻さんが聞けばあっさりと鈴井さんも話してくれるようであれば問題も解決しやすいからだ。それとは別にこちらでもフォローをする必要があるというだけだ。

 

「了解っす! こっちは任せてください、センパイ!」

 

「頼もしいね。それじゃあ転入生のこともよろしくね? 少なくとも今日は僕もあんまりそっちには構えないと思うから」

 

 そう言って坂本君と拳を合わせる。さて、今日の放課後は鈴井さんから目を離さないようにしようか。坂本君達が鴨志田先生を刺激した結果、鴨志田先生が怒って彼女に何かしでかさないとも限らない。

 

 


 

 

 そして訪れた放課後。僕は掲示物の更新という名目で再度2年の教室が並ぶ階にやってきていた。手に抱えた紙の束を一枚ずつ掲示板に貼り付けていく。同時に耳は廊下の会話を聞き漏らすまいと集中させる。さっさと帰る生徒、部活へ向かう生徒と様々だが、高巻さんが足早に帰っていく姿を横目に作業を進める。

 しばらくしてから鴨志田先生が現れ、誰かを探すようにキョロキョロとしていたが、お目当ての人物がいなかったのか小さく舌打ちをこぼすとどこかに行ってしまった。さて、ちょっと虫の居所が悪そうだぞ。これはもしかするともしかするかもしれない。

 僕は掲示板横の机に紙の束を置くと鴨志田先生の後ろをそっと尾行する。何かボロでも出してくれれば良いのだけれど。鴨志田先生はそのまま体育教官室へと入っていってしまった。体育教官室は鴨志田先生の聖域だ。中から鍵を掛けられてしまうと今の僕じゃ入れなくなってしまう。僕は扉にそっと近づくと耳をそばだてる。

 

「高巻のやつ……いや、今からでも……」

 

 やっぱり探していたのは高巻さんか。今からでも、ということは彼女に連絡でもするつもりかもしれない。連絡の声は遠ざかっていってしまったからそれ以上何を言っているのかは分からないが、良くない兆候だ。

 

「とりあえずいつでも突入できるようにしておかないといけないな」

 

 僕は急ぎ足で職員室を目指す。鴨志田先生があまり周到でないことを祈るしかない。

 

「失礼します。定期の予備鍵確認しに来ましたー」

 

 職員室に入ると、それだけを告げて入り口に一番近いところにいた先生に話しかけ、キーBOXの鍵を借りる。これも本来は先生方の仕事なのだが、セキュリティの観点から定期的に教室、体育館、教官室を含めた鍵の予備が全て揃っているか、マスターキーがあるかをチェックする必要がある。いつからか生徒会の雑用の一つになっていたが、その幸運に今日ほど感謝したことはない。

 予備鍵が入っているキーBOXを開け、手早く確認していく。体育教官室、体育教官室……あった。お目当ての鍵を手に入れると、タグを取り外し、ポケットに入っていた別の鍵とタグを付け替える。こっそりと確保していた屋上の合鍵だ。タグを付け替えてしまえば見分けなんかつかない。予備鍵なんて年に一回使うかどうかだし、教師陣が気付くことも無いだろう。また何か理由をつけて交換してしまえば良い。

 

「予備鍵揃ってました。ありがとうございました」

 

「おう、いつもご苦労さん」

 

 キーBOXの鍵を返しに行くと先生はパソコンの画面を見ながらこちらを一瞥もせずにおざなりに労いの言葉を掛けてくる。今は助かるけれど、これはどうなんだろうな。社会人としてもこの管理体制は良くないと思わないんだろうか。あるいは僕がそれだけ信用されているということか。

 まあそんなことは今はどうでも良いことだと頭から追い出すと、さっさと職員室を出る。再び体育教官室へと向かう。その道すがら、腕に湿布や絆創膏を貼った男子生徒が深刻そうな面持ちで歩いているのを見かける。確か三島君だったか。

 その表情にただならないものを感じた僕は、彼に声を掛ける。三島君は肩を跳ねさせると、こちらを怯えたような表情で見てくる。

 

「あ、副会長……」

 

「や、三島くん。元気無さそうだけどどうしたの? バレー部の練習がキツくて疲れてる?」

 

「あ、はぁ……そんなところ、です」

 

 まず間違いなく練習の疲れじゃないだろう、その顔は。今日はそもそもバレー部の練習は休みだ。だから練習でボコボコにされたわけじゃない。だとすると何か鴨志田先生にまた無茶振りされたんだろうか。

 

「そういえば今日は練習休みだったね。というとまた鴨志田先生に面倒なこと頼まれた?」

 

「え、あ……」

 

 三島君の目が泳ぐ。頼まれた、という言葉に反応したな。

 

「ボール磨きでも言われた? 手伝おうか?」

 

「い、いや、違います……。何もないですから!」

 

 三島君はそう言うと逃げるように走って行ってしまった。向かう先は昇降口だ。ということは頼まれ事は既に終わったか、あるいはバレー部とは関係無い何か。それとさっき体育教官室で漏れ聞こえた鴨志田先生の言葉。

 嫌な予感が急速に胸に広がっていく。これは、本当に取り返しのつかないことになっているのかもしれない。

 

 今まで校則を破ったりしたことはない優等生だった僕だけど、今日このときばかりは廊下を走らずにはいられなかった。


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