Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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感想で頂いた質問でストーリーや設定に関わりそうなものは出来るだけ本編での描写で答えるつもりですので、今しばらくお付き合いいただけますと幸いです。更新が遅くて申し訳ないですが……




An omen of resistance

 昼休みを告げるチャイムの音に目を覚ます。気がつけば眠っていたらしい。スマホで時間を確認すると、新島さんからメッセージがいくつも届いていた。

 

「しまったな。心配させちゃったかな」

 

 保健室登校ならぬ生徒会室登校しているよ、と返信しておく。この姿を見られるといっそう心配させてしまいそうだけど、このまま無視していても心配をさせてしまうだろうし。そこでメッセージアプリの宛先にいた坂本君の名前が目に入った。情けなくて泣きたくなるが、ここは彼にも話しておこうか。放課後に屋上に来るように彼にメッセージを入れておく。雨宮さんにも声を掛けてもらうように頼むのも忘れない。彼らも彼らで動いている以上、情報を共有しておくべきだろう。

 メッセージを打ち終わったところで生徒会室の扉が開く。鍵を掛けておいたので入ってこれるとすれば関係者しかいない。それもこのタイミングでここを訪れるとすれば思い当たる人物は一人だ。

 

「新学年早々サボりなんて……って、どうしたのその怪我!?」

 

「やあ、新島さん。怪我のことは気にしないで。ちょっと転んだようなものだから」

 

 扉を開けて僕の姿を見て立ち尽くしている新島さんにそう声をかける。誤魔化せていないのは重々承知の上だけど、正直に事情を話すのも躊躇われた。彼女の性格を考えれば鴨志田に対して怒ることは確実で、何かしらのアクションを起こすだろう。それによって鴨志田や、それだけでなくそのシンパ、校長が動き出すことが怖い。自分の知らないところで自分が原因で被害が出るのはごめんだ。

 

「そんな下手な言い訳が通じると思って?」

 

「それはそうなんだけどさ。確かに面倒なことにはなってる。でもそれに新島さんを巻き込むのはね」

 

「それでもっと酷い怪我をしたらどうするつもり?」

 

 僕の前に立って腰に手を当てて凄む新島さん。高巻さんといい新島さんといい、最近は美人に凄まれることが多いな。僕は彼女をどうどうと宥めながら、彼女を言いくるめる方便を頭の中でまとめ始める。

 

「事情が事情だからね。出来れば新島さんはしばらく僕と距離を置いて欲しいんだ。僕がどうなっていても関係ない顔で無視して欲しい」

 

「あのねぇ、そんなこと言われてはいそうですかって頷くと思う!? せめて事情くらいは話してよ」

 

「話したら無関係な顔出来なくなるでしょ?」

 

 新島さんには出来るだけ今回の件を知らせたくなかった。というのも校長が僕に対して敵がい心を剥き出しにしている以上、僕が彼から大人側の事情を教えてもらえる可能性は今後はほぼゼロになったと言って良い。そうなったとき、新島さんが何も知らないと知れば彼女にすり寄りに行くことは容易に想像できる。

 要は、僕は新島さんを、僕の代わりに大人達の裏事情を知るためのパイプ役に仕立て上げようとしているのだ。客観的に見て僕は今朝の校長と変わらない思考をしている。つまりは僕が校長を責める言葉は全て僕に返ってきている。そのことに気付いて僕は自嘲するように笑った。

 

「なに笑ってるのよ」

 

「いや、ごめんね。僕も相当卑怯な人間だと改めて自覚しちゃったからさ。でも、どうか今回ばかりは見逃してくれないかな。この件が片付いたら絶対に事情を話すからさ」

 

 そう言って両手を合わせて彼女を拝む。そんな僕を剣呑な目付きでしばらく睨んでいた新島さんだったが、やがて呆れたようにため息をつくと一度だけ頷いてくれた。

 

「……美味しいコーヒーのお店探しといてよ」

 

「もちろん。とっておきの隠れた名店を探しておくよ」

 

 とても優しい交換条件で彼女は渋々承諾してくれた。その優しさに下げた頭がますます下がっていく。去年といい今といい、彼女には二度と頭が上がらなくなりそうだ。それと今度の休日に喫茶店巡りをすることも確定した。彼女を唸らせるようなコーヒーを出す店を探しておこう。

 

「ああもう、そこまで頭を下げなくても良いわよ!」

 

「いやホントにありがとう。でも新島さんってそんなにコーヒー好きだったっけ?」

 

 新島さんに肩を押さえられ、頭を上げさせられる。そこで僕はふと浮かんだ疑問を口にした。生徒会室ではインスタントコーヒーをよく飲んでいるのを見かけるが、喫茶店探しまでして飲むほどのコーヒー党だとは初耳だ。

 

「誰かさんがずっとコーヒーばっかり飲んでるせいでね。私もブラックコーヒーの味が少しは分かるようになったのよ」

 

「いや、砂糖もミルクもあるんだから入れれば良いのに……」

 

「良いから! 約束ね?」

 

「うっす! あざっす姐さん!」

 

「誰が姐さんか!」

 

 最後の最後にふざけてみたら頭にチョップを喰らってしまった。鉄拳でないだけ有情かもしれない。

 

 


 

 

 放課後、僕は帰りのHRを全て聞き流してさっさと教室を後にすると屋上へと向かう。屋上を出てすぐの場所には同級生が育てている野菜のプランターが置いてあり、プランターの持ち主が休憩するための椅子も設置してあるのでそこに腰かけて坂本君達が来るのを待つ。スマホを見て時間を潰していると、屋上の扉が軋むような音と共に開かれ、目的の人物が姿を現した。

 

「急に呼び出したりしてごめんね、坂本くん。でも情報共有しないでいるのもどうかと思って」

 

「いえ大丈夫ッス。それより、追加でもう一人話を聞かせてやってもいいッスか?」

 

「ん? 君達が良いなら良いんだけど……」

 

 坂本君の申し出を承諾すると、彼は屋上の扉の影に隠れていた子に手招きをする。出てきたのはある意味予想通りの人物だ。

 

「えっと、その……」

 

「こんにちは、高巻さん」

 

 現れたのは気まずそうに頬を掻きながらこちらを見ている高巻さんだった。この様子だと昨日に何があったのかを鈴井さん経由で知ったのかもしれない。

 ということは、一緒にいる彼らも僕がこうなった理由を感付いているのかな? 

 

「坂本くんも雨宮さんも、それに高巻さんも僕のこれに関する説明は必要かな?」

 

 そう言って僕は白いガーゼが当てられた自分の顔を指差す。三人とも大体は察していそうな顔だが、雨宮さんが聞かせてくれと言うので昨日の出来事をかいつまんで語る。僕がいかに鴨志田から殴られたか、などというのはどうでも良いので省くとして、鈴井さんが襲われそうになったこと、僕がそれを止めて鈴井さんを逃がし、鴨志田と一悶着あったこと、そして今朝の校長とのやり取りで教師達の介入は期待できそうに無いことを告げる。

 話を聞いた彼らの顔に浮かんでいたのは一様に義憤に駆られた表情だった。坂本君が腰かけている机に自身の拳を打ち付ける。

 

「っざけんな! 揃いも揃って腐りきってやがるじゃねえか! ここまでセンパイが身体張って証拠出したっつうのに!」

 

「信じらんない……! こんなのもう警察に言っちゃおうよ! 私も、志帆も証言するし!」

 

 坂本君も高巻さんも鼻息荒く言い募るが、僕はそれを手で制した。

 

「いや、警察に言うつもりは無いよ。少なくとも今はまだね」

 

「……どうして?」

 

 僕の言葉に、黙って話を聞いていた雨宮さんが小さく呟く。眼鏡の奥にある黒い瞳からは彼女の思考を読み取ることは出来ない。ただ凪いだ海のような目で彼女はこちらを見据えていた。

 

「一つ目の理由としては出来るだけ事を荒立てたくない、ということ。この事実を公表すれば少なくとも数年は秀尽学園の評判は地に墜ち、学生は色々と苦労することになる。そういうときは得てして本来責任を取るべきところ以外に怒りの矛先が向いてしまいがちなんだよ。この場合はそれこそ鈴井さんとかにね。特に同じようにバレー部で厳しいしごきに耐えてきた子達は余計に暴発する可能性が高い。推薦を勝ち取るために厳しい練習を我慢してきたのに、それが目の前で無為になるっていうのは耐えがたいだろうし。心ない誹謗中傷に彼女を晒すわけにはいかないからね。それと二つ目は校長の謎の自信だよ」

 

「自信?」

 

「そう。校長室で話していたときの事を思い返してみると、校長の言葉はかなり奇妙に思えるんだ。鴨志田の所業が未来永劫明るみに出ないなんてあり得ない。在校生だけじゃなく卒業生だって声を上げられるんだよ? それに生徒の親が全員バレー部の実績に目が眩むわけでもない。なのに鴨志田の行いを揉み消せると確信しているような口ぶりだった。学生が暴露するだけならまだしも、親まで巻き込んだら相当な騒ぎになるのに、それすらもどうにかなると思ってるみたいでね。端的に言うと、校長はこれがどんなルートで公になろうとも揉み消せるような伝手を持っているのかも、と思って」

 

 それは生徒会室で少し冷静になることが出来たから考え付いた可能性。たかが一学園の校長に公権力をどうこう出来る力なんて無いとは思うけれど、例えば高校や大学の同級生にそうした所に影響力を持った人物がいて、力を借りられるのかもしれない。校長は良くも悪くも小心者の商売人だ。本当にリスクが大きいところは避けるはず。それがああまで強硬な態度になるということは僕が全てをバラすことを考慮してもなお鴨志田をここに留めておくことのリターンが高いということ。そうなると最悪の想定として僕が持っている証拠をどうにか握りつぶす手段があることも視野に入れておかないといけない。

 

「だから少し待つんだ。絶対に校長の息が掛かっていない、例えばフリーの記者とかにネタを売るとかすれば流石に握りつぶせないだろうからね」

 

 僕の考えを聞いた雨宮さんは目を閉じて少し考え込む。そうして僕の言葉を飲み下して納得したのか、一度頷いて僕の意見に賛同の意を示してくれた。

 

「分かった。でもこちらはこちらで動くことにする」

 

「動くって……、なにかアテがあるのかい?」

 

 雨宮さんの動く、という言葉に引っ掛かって思わず問い返してしまった。転校してきたばかりの彼女に早々頼れる伝手なんか無いだろうし、校内で浮き気味な坂本君と高巻さんも同様だ。でも三人とも何か考えがありげな顔をしているし、

 

「大丈夫っすよ、センパイ」

 

「志帆を守ってくれたんだもん。次は私達が何とかしますから!」

 

 自信ありげな表情で任せろとばかりに胸を張る二人。方法は分からないが、何やら効果的な案を腹に抱えているらしい。僕の方ですぐに動くことは出来ないし、ここは彼女らに任せるのも良いかもしれない。少なくとも僕以外で動いてくれる人達がいないと僕が八方塞がりになったときに本当に手詰まりになってしまう。

 

「それじゃあ、君達を信じて任せるよ。くれぐれも危ないことはしないようにね」

 

「それ、先輩が言っても説得力無いんですけど?」

 

「俺らん中で一番酷い怪我してるじゃないっすか」

 

 高巻さんと坂本君にそう言われてぐうの音も出なくなってしまう。確かにどの口で言うんだって話だ。

 

「ちなみに雨宮さん。どんな考えがあるのか聞かせてもらうことは出来るのかな?」

 

 ダメ元で聞くだけ聞いてみることにする。この三人の中で雨宮さんは一番口数が少なかったが、不思議と三人の中心になっているように見えたからだ。事実、坂本くんも高巻さんも彼女を真ん中に据えて話しているし、彼女の一言で坂本君も高巻さんも表情が変わったのだから。

 

「……後のお楽しみ」

 

 僕の問いに、雨宮さんは人差し指を唇に当ててそう返した。そのときに彼女が浮かべた表情に、僕は少し呆気に取られてしまった。転入初日は周囲の視線に怯えてビクビクとしていたのに、今の彼女は不敵な笑みを浮かべており、少し目にかかっている天然パーマの前髪の奥には好戦的な光を湛えた瞳が輝いていたからだ。

 もしかしたら、こっちの彼女の方が素の性格なのかな。坂本君と高巻さんという友人を得て、本来の彼女の性格が顔を覗かせたのかもしれない。少なくとも怯えているよりはよっぽど良いことだと思う。

 僕も笑みを浮かべると、右手をポケットに突っ込み、中に入っていたものを彼女に差し出した。

 

「分かった、楽しみにしておくよ。何か協力できることがあれば言ってくれたら力になるよ。さしあたっては、これを渡しておくね」

 

 そう言って雨宮さんの手に乗せたのはこの学校内でも人通りが少ない倉庫横の空き教室の鍵だ。僕が去年の鴨志田とのゴタゴタで生徒会室にも逃げ込めないと思ったとき、避難場所にしていた教室になる。校舎内でも日当たりが悪く、使っていない机や椅子といった備品を置いておくような物置として利用している教室で、それこそ文化祭のときやその他の行事のときくらいしか使用することが無い穴場スペースだった。

 

「そこなら滅多に人が来ないし、何か集中したいときや内緒話なんかには打ってつけだと思うよ。良ければ使って」

 

「ありがとう。これに見合うような成果を上げる」

 

「ハハッ、何だか取引みたいだね」

 

 鍵を受け取った雨宮さんが言った言葉に少し笑ってしまう。刑事ドラマの真似事をしているような気分になってきた。事態は深刻だけど、少しだけ気が晴れた心地がした。

 

「取引……。そう、取引」

 

「期待してるよ、雨宮さん」

 

 僕の言葉を繰り返してしっくりきたとばかりに呟いた雨宮さんと握手を交わし、僕は屋上を後にした。

 

 


 

 

我は汝…汝は

 

汝、ここにたなる契りを得たり

 

契りはち、

 

囚われをらんとする反逆の翼なり

 

我「大蛇」のペルソナの生誕に福の風を得たり

 

自由へと至る、なる力とならん…





ペルソナ5のアルカナ元ネタと思われるエッティラタロットより

「大蛇」

正位置:支持、援助
逆位置:建設的や本心でない援助、協力、保護

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