音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
二月のクィディッチの試合の後、しばらくは平穏に日々が過ぎていった。
あれから僕は賢者の石に関係ありそうな事件を新聞なんかで片っぱしから調べたが、ホグワーツに結びつくものはなかった。強いて言うなら去年の七月の末、僕とハリーがダイアゴン横丁で出会った日のグリンゴッツの強盗事件がタイミング的にも話題性的にも疑わしい。しかし、もしそこで移送されたものが賢者の石だったとして、それを今ハリーたちが気にする理由が分からない。もう直接彼らに聞いてしまえばいいのかもしれないが、ハリーはスネイプ教授の監視がベッタリで、どうにもうかうかと近づくことができなかった。
状況もわからないまま生半可に首を突っ込んで
……だから、三人組と僕らの間で事件が起こったのは完全に偶然だった。
ある朝、朝食を終えて大広間の外、大階段に続く廊下で偶然彼ら三人を見つけた。どうにも隅で何やらコソコソとしていたが、だからと言って露骨に避けて回れ右するのも変だ。何食わぬ顔でそのまま通り過ぎようとしたところ、偶然漏れ聞こえた言葉に思わず足を止めてしまった。
「だって…………ドラゴンの卵が孵る……………………何度も見られると……………………」
「…………また面倒なことに…………でも、ハグリッドがしていることが……………………」
何だって? 話されている内容のとんでもなさに衝撃を受けていると、ハリーがパッと顔を上げこちらに気づいた。彼は慌てて話を続ける傍らのグレンジャーとウィーズリーを黙らせる。僕を見た彼らの顔色の変わり方は明らかに話を聞かれたのがまずいことだったと克明に告げていた。
廊下に沈黙が落ちる。僕は何も言えず、ただ軽く会釈して廊下を階下へと通り抜けてしまった。
……いや、ドラゴン?
そんな、まさか……いくらハグリッドが魔法生物好きだからといって、そんな危険なものに手を出すなどありえるだろうか? これにハリー・ポッターが絡んでいなかったら僕は一笑に付して忘れていただろう。けれど、主人公が、つまり物語中最強の問題発生因子が関係しているとなると、エピソードとしての実現可能性は跳ね上がってしまう。
勘弁してほしい。魔法界の常識からしたって、子供の学舎に最強の危険生物を放つなんて常識外だろう。
それでもしばらくは静観の姿勢を取った。事態を現実のものとして捉えるのに抵抗があったのかも知れない。しかし、彼らが忙しなく校庭の隅の小屋に通っていることや図書館でドラゴン関係の本を漁っているらしいことに気づいては、もう何もしないということも難しかった。このまま放置してドラゴンに主人公が吹き飛ばされましたなんてことがあったら何もかもお終いなのだ。朝食の席でウィーズリーの手が2倍に膨れ上がり、さらにその後の昼食の席では倒れそうになっているのを見て、僕は流石に状況の把握に動いた。
その日の午後、スリザリンの授業がないときに僕はウィーズリーが運び込まれた医務室に向かった。マダム・ポンフリーにウィーズリーが持っているはずの図書館の本を借りたいと申し出ることで僕は彼のベッドのそばに行く権利を手に入れた。僕の顔を見たウィーズリーは露骨に嫌そうに眉を顰めたが、いつものような元気はその顔にはない。本当に体調が悪そうだ。やっぱりドラゴンにやられたのだろうか?
僕が話し出す前に彼の方から口火は切られた。
「なんだよ、マルフォイ」
「君たち、最近コソコソ何やってるの? こんな怪我して、危ないことに首を突っ込んでるんじゃないよね」
「君には関係ないだろ!」
声を張り上げたウィーズリーはそれで眩暈がしたのか、枕にヨロヨロと頭を戻した。態度は頑なで何かを聞き出せる様子でもない。嫌われたものである。時間が経ったので僕の蛮行についてもう忘れていてくれることを願っていたが、期待は外れてしまった。
なんとか懐柔できないか考えていたところで、大声を聞きつけたのか病棟の奥のオフィスからマダム・ポンフリーが飛んできてしまった。
「ちょっとあなた、おしゃべりするために入る許可をあげたんじゃないですよ! 借りたい本はこれ? 用が済んだらさっさと出て行きなさい!」
僕はベッドサイドにあった本を押し付けられると、瞬く間に医務室から叩き出された。
そもそもウィーズリーに話を聞こうとしたのがよくなかったかもしれない。けれど、ハリーにはスネイプ教授がベッタリなのだ。ダンブルドアの下にいるということを加味したって本当に頼れる人物なのかは疑わしい。何かを嗅ぎ回っていると悟られていい段階にはないだろう。
ただ、病棟に行ったことで得られたものはあった。ウィーズリーが持っていたのは案の定ドラゴンの飼育法に関する本だったのだ。最上の収穫はそれに挟み込まれた手紙だ。その差出人はチャーリー・ウィーズリー──確かアーサー・ウィーズリーの次男だ──と書いてある。これは土曜日の零時にホグワーツへ知り合いをよこしドラゴンを引き取る計画の手引きだった。
もはや確定したと言って良いだろう。ルビウス・ハグリッドはホグワーツという守られるべき子どもの集う場で魔法使い殺しの危険生物を孵化させ、飼っている。ついでに学内に生徒の親族とはいえ見知らぬ人物を招き入れようとしている。僕は入学した当初にハグリッドに関する噂が本当だとしたら魔法界はおしまいだと思っていたが、その懸念が完璧に当たった形になってしまった。
主人公とあんなにも仲良くしている人物がこんなにも危険人物であることなんてあって良いのだろうか? ハリー・ポッターを守ろうとしているであろう多くの人々の苦労を思うと泣けてしまう。僕はハグリッドが物語上の重要人物──つまりハリーの命を救う人物でないことを願いながら、ドラゴンの存在を告発することに決めた。この手紙がある以上、ドラゴンは早晩この学校を去ってくれるのだろうが、そもそもこんなことができる人物がこんなことをできる立場にいることが根本的な問題なのだ。残酷かも知れないが、彼の行ったことは学校を管理する人間としてあまりにも不適切であり、その現実は改善されるべきだろう。
探知不可能拡大呪文などをかけられて飼育の証拠を隠されては始末に負えない。ハグリッドがドラゴンを塔に運びだす直前、最後にドラゴンの顔を見るだろう時間を狙ってマクゴナガル教授に密告することに僕は決めた。土曜になるまで、僕はハリーとグレンジャーがドラゴンの餌になっていないことを毎食確認しなければならなかった。
当日、夜の十一時半過ぎ、僕は一人2階のマクゴナガル教授の研究室へと向かった。しかし、不運なことにそこに辿り着く前にマクゴナガル教授ご本人と出くわしてしまった。僕が訪ねていく形の方がスムーズに話が進んだだろうに、これでは夜間徘徊を見つかった形になってしまう。案の定、僕を見てたちまちマクゴナガル教授の顔はぐっと険しくなった。
「マルフォイ、こんな真夜中に城をうろつくなんて、何をしているんです!」
当たり前の反応すぎる。もうちょっと慎重に、かつ確実に動けばよかった……というか普通に日中にこの時間にハグリッドの小屋へ行くよう頼めばよかった。僕は馬鹿か。
自分の迂闊さに愕然としながらも慌ててウィーズリーの手紙を取り出し、マクゴナガル教授に手渡した。
「今、教授の研究室に向かっていたところなんです! 本当です! この手紙を見てください。
ハグリッド氏はただドラゴンを飼っているばかりか、今夜城の警備を破りドラゴンを連れ出すつもりです! これから小屋に行けば、そのドラゴンがいるはずなんです!」
教授は手紙を受け取って読んでくれたものの、疑いを全く薄れさせていなかった。
「ドラゴン? そんな荒唐無稽な作り話が信じられますか? この手紙────教師を騙そうだなんて────」
「時間を忘れて寮外に出たことは何の言い訳もできないとわかっています! けれど教授は、僕がハグリッド氏を貶めるためだけに、この夜中に出歩いたとお考えなんですか? 僕は────僕は、そんなに信用なりませんか?」
自分の愚かさに情けなくなり、少し声が震えた。わずかにマクゴナガル教授の目が見開かれる。彼女は目を瞑り、大きく息を吐いた。
「────スリザリンは夜中外を出歩いたことで10点減点です。これは暫定的な処置です。このような時に────いえ、罰則は後で言い渡しましょう。真偽はこれからあなたの前で確かめましょう。私に付いてきなさい」
彼女はローブを翻すと階段を降り、ハグリッドの小屋へ真っ直ぐに歩き始めた。僕は慌ててその後を追った。
静まり返った校庭を教授の杖灯りを頼りに小走りに歩く。……もし、もうドラゴンが運び出されていたらどうしよう? いや、そもそも本当にドラゴンなどいなかったら? ウィーズリーが僕を騙そうとしていたんじゃないのか? おそらくマクゴナガル教授はそう考えているから、僕に事実を見せるために小屋へと連れて行っているんだろう。
嫌な予感だけが積もっていく。
肌に刺さる沈黙に耐え、ようやく小屋の前まで着いた。……中から声が聞こえる。僕は自分の血の気が引いていく音を聞いた。ハグリッドだけじゃない────この声はハーマイオニー・グレンジャーとハリー・ポッターだ!
思わず立ちすくんだ僕をよそに、マクゴナガル教授は小屋の鍵を無言呪文で開け、憤然と中に踏み入った。
「あなたたち、何をしているのです!」
この辺りの動物が全部逃げ出しかねない怒声だった。中で3人が目を見開くのが見える。教授は部屋を大股で横切り、置かれていた木箱へ杖を一振りして中を改めた。そこには、かなり大きい方の大型犬くらいの大きさの────これでもまだ生まれて間もないのだろう────真っ黒なドラゴンがいた。
マクゴナガル教授の表情の変化は劇的だった。眦がぎゅっと吊り上がり、槍のような視線がハグリッドに注がれる。
「ハグリッド────あなた────あなたは、こんな夜中に生徒を学校外に連れ出して、何をしているのですか? 生徒を見守るべき立場としてありえない愚行です! おまけにドラゴン────子供に何かあったらどうするつもりだったのですか。 一体どうやって責任をとろうと思っていたのですか? あなたを信頼してきたダンブルドア先生に一体どう申し開きをするつもりなのです! 今日ここでバレなければそれでいいと考えていたのですか? ────あまりに浅はかな振る舞いです────この、見下げ果てた愚か者が!!」
ここまで怒った大人を僕は初めて見た。マクゴナガル教授は怒りのあまり全身を震わせ、拳をきつく握り、今にもハグリッドに痛烈なパンチを食らわせるのではないかさえと思えるほどだ。凄まじい迫力のせいか、ハグリッドがいつもよりずっと小さく見える。
一息ついたマクゴナガル教授は、しかしその怒りのボルテージを全く下げないままハリーとグレンジャーの方に向き直った。
「ポッター、グレンジャー!! 一体、なぜあなたたちはこんな馬鹿な真似をしたんですか? トロールの次はドラゴン────自分達であれば扱えるとでも思ったのですか。呆れ果てたことです。ミス・グレンジャー、あなたはもう少し賢いと思っていました。ミスター・ポッター、グリフィンドールはあなたにとって、もっと価値のあるものではないのですか」
二人は叱責に沈み込む。けれど、彼女は追及の手を緩めない。
「この件にはウィーズリーも関わっていると考えていいのですね。隠し立ては許しませんよ」
二人は返事もできないようだったが、肩をびくつかせたその反応は事実を雄弁に物語っていた。
「50点。グリフィンドールから減点です」
「50点?」
「一人50点を3人です。ポッター」
「先生……、お願いですから……」
「そんな、ひどい……」
「ポッター、処分がひどいかひどくないかは私が決めます。さあ、ハグリッド! そのドラゴンを連れて校長先生のところへ向かうのです、今すぐに! 皆さんは寮のベッドに戻りなさい。グリフィンドールの寮生をこんなに恥ずかしく思ったことはありません」
彼女はきっぱりと言い渡すと、僕らを急き立て城へ向かわせた。
マクゴナガル教授は彼女の後ろにいた僕のことについて何も言わなかったが、この状況自体がどこから情報が漏れたのかを雄弁に語っていた。ハリーとグレンジャーは学校に戻るまでの間一言も話さなかった。以前のような親しさは、僕らの間から綺麗さっぱり消えてしまったようだった。