音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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手紙と裏切り

 地獄の四者面談の翌週から、僕はとんでもない量の仕事に忙殺されることになっていた。

 文句は言うまい。そもそも、すべてこちらからファッジに提案したことだし、資料作成を超急ピッチで進めているのも、完全に自分の都合だ。

 しかし、それにしてもやることが多い。3年生の時の安全管理マニュアル作りを毎日繰り返すようなペースで作業を進めなければ、短期間で成果を上げることなど到底できない。できるだけ早く、どんな形であろうと闇の帝王の手駒の一つに数えられるようになるために、今の僕が取れる最大の手段がこれなのだ。

 まだ自分一人で仕事を進める段階で、この有様だ。委員会メンバー候補の選定や、既存の教育関係組織への根回し、大臣周辺の職員の懐柔……そうした他の人間と関わらなければいけないフェーズに入って、果たして僕は生き残ることができるのか。どう足掻いても、地獄を見ることになりそうだ。

 まあ、やれることをやるしかないのだが。

 

 そんなわけで、学校の、とりわけ子供たち周りのことに関しては、確認がかなり疎かになっていた。ハリーについては、情報を仕入れてしまえばヴォルデモートに報告せざるを得なくなる、という事情もある。

 とはいえ、流石に大まかな動きくらいは見守っている。ハリーとクラッブは、僕が大臣の執務室で予想した通り、自分たちで防衛術の腕を磨く方に舵を切ったようだ。残念ながら、直接手助けする余裕は全くないし、間接的にもあまりできることはない。

 

 夜、寮の部屋で、今ある分だけの「闇の魔術に対する防衛術」の指導要領試案を渡し、手伝う余裕がないことをクラッブに伝えると、彼は呆れたように目をすがめた。

「別に、お前が監督する必要はまったくない」

 ずいぶんと冷たい物言いだ。反抗期再びか? 少し肩を落として見せると、クラッブは深々とため息をついた。

「というか、むしろ監督しないほうがいいだろう。面倒なことにはしたくない」

 その声色には呆れと気遣いが滲んでいた。クラッブは()()()()()を分かっているし、僕の立場を慮ってくれているらしかった。……正直なところ、本当に助かる。

「……そうだね。ついでに言うと、ファッジ大臣にも知られると面倒だ。おおっぴらにやらず、表向きはできるだけ地味にしてもらえる?」

 追加された注文に、クラッブは唇の端を上げてニヒルな笑みを浮かべた。

「もちろん。会の名前はO.W.L.対策勉強会だ。6年生以上が入ってきたらN.E.W.T.の字もつけるさ」

「格好つかないな」

 思わずふっと笑うと、クラッブは肩をすくめた。

「それがいいんだよ。能ある鷹は爪を隠す、だろ」

 どうやら、知らぬうちに僕の友達は、ずいぶんと頼りがいのある男になっていたようだった。

 

 しかし、勉強会の発起人のもう片方は、そこまで安定しているようでもなかった。

 一番の親友と絶交状態になって平然としていられる人間も、そうはいないだろうが……やはりハリーはしばしば苛立ちを表に出していた。

 その原因はロン以外にもあるらしい。僕は気づいていないふりをしていたが、ハリーは二週間に一度ほど、スネイプ教授に居残りを言いつけられているようなのだ。表向きの理由さえこちらに流れてこない時点で、その中身についてある程度の想像ができる。

 いまハリーがヴォルデモートから身を守るうえで、最大の穴になっているのは、二人の精神的なつながりだ。さらに言えば、スネイプ教授は優秀な閉心術士でもある。

 居残りの目的は、閉心術の訓練と見てほぼ間違いないだろう。しかし、それは……安全なのだろうか?

 

 ダンブルドアがスネイプ教授を信頼しているのは分かっている。けれど、彼もまた僕と同様──いや、僕以上に頻繁に闇の帝王と顔を合わせなければならない立場にある。当然、閉心術の訓練についても、闇側へ一定の情報が伝わっていると見て間違いないだろう。

 正直、スネイプ教授がどんな思惑でハリーを鍛えようとしているのか、さっぱり分からない。ハリーの心中を覗き、精神的な障壁を弱らせることでヴォルデモートの歓心を買おうとしている、という方がまだ納得できる。

 僕がハリーのケアに回れればいいのだが、現状それはあまりにも危険だ。せめてロンがハリーと仲直りしてくれれば、まだ安心できるのに……今のところ、二人の間の断絶を修復する糸口は、まったく掴めずにいた。

 

 もっとも、勉強会そのものは順調に回っているらしい。二人に加え、もちろん最初からハーマイオニーとゴイルが参加していたようだし、他のウィーズリー兄弟やセドリック、パンジーとザビニも、どうやら加わっているようだ。しかも、座学のプリントを集会のたびにしっかりと用意し、アリバイ作りにも余念がないらしい。普通に今年度の彼らの成績は劇的な上昇を見せることだろう。

 その分、孤立を深めているロンのことを含め、僕はすべて見て見ぬふりをし、ファッジに対し隠蔽した。

 

 まあ、子供たちの動きに関わるのを避けているとはいえ、ホグワーツで資料作成だけをしていたわけでもない。

 あの悪夢の土曜日、帰ってきてからすぐ今後の資料作成の計画を立て、そこへその日の経緯を書き添えた上で、マクゴナガル教授を経由してダンブルドアにも情報を共有した。返信不要としたため、反応を言葉では確認できなかったが、翌月曜、朝食の席で見たダンブルドアの瞳は、久々に輝いていたように思う。

 さらに翌週には、早くもドーリッシュの授業が試案に沿ったものに変わった。これはファッジが手を回してくれたのだろう。ドーリッシュは面倒くさそうにはしていたものの、そこまで露骨に不服を表に出すこともなかった。

 

 ところが、ここで少し予想外のことが起こった。誰かに吹聴したわけでもないのに、僕がファッジに働きかけ、「闇の魔術に対する防衛術」の授業を改めさせたという噂が、あっという間に広まったのである。

 その字面だけ見れば事実なのだが、噂とは尾鰭がつくものだ。さらに翌週には、僕が直接ドーリッシュを叱りつけて授業のやり方を変えさせただの、教科書を指定した人間は、着任前に僕が始末しただの、荒唐無稽な話が出回っていた。

 

「だけど、根も葉もない話ってわけではないでしょう?」

 変身術の授業中、隣に座らせたパンジーは、僕の手元で出たり消えたりする小さなカタツムリを見つめながら、言い訳するように囁いた。当然のように、彼女は噂を最も熱心に広めている人間の一人だった。

「そこまで凶暴な人間になった覚えはないんだけど」

 囁き返すと、パンジーは下唇を突き出した。

「そうかしら? 普段は猫かぶってるだけじゃない」

 あんまりにもな言い様に気持ちがぶれ、次に手元に出現させたカタツムリは殻だけになっていた。杖も呪文もなしに生き物を出現させるのは、めちゃくちゃ難しいのだ。パンジーを少し睨むと、彼女は杖を自分のカタツムリに向けながらニヤッと笑った。

「あなたの影響力を高めてるんだって思って欲しいわね」

 

 とはいえ、パンジーも噂を制御できているわけではない。一人歩きする名声というのは、果たしていいものなのだろうか。

 おまけに、方針を変えたドーリッシュの授業も、そこまで質が高いものではなかった。彼自身の実戦的な才能は確かだが、生徒への関心も職務への熱意も薄い。初学者の理解に合わせて段階的に教えるという試案の方向性とは、あまり噛み合っていないのだ。

 ロックハートには、少なくともある程度の熱心さと、観客の反応を見ながら見せ方を変える技術があったのだと、今になって思い知った。

 今後派遣されてくるほかの闇祓い講師のためにも、授業をうまく回す方法を、もう少し詳しく考える必要があるのかもしれない。ただでさえ山積みになっている仕事が、また一つ増えてしまった。

 しかし、ここで最大の戦力になるであろうビンクを頼ることは控えたかった。3年生や4年生のとき、どれだけ助けられたかを思えば、今回も手を借りたいが……ヴォルデモートとの接触が増えるであろう僕のそばに置くより、ファッジについていたほうがはるかに目をつけられにくい。それに、魔法大臣の懐へ潜り込んでもらうことで得られる利益は、計り知れないものだ。

 代わりにならないかと自動速記羽根ペンを買ってみたこともあるが、ゴミのような捏造文章をぺらぺらと書き連ねる代物に当たってしまった。というか、どうやらそれが標準仕様らしい。何のための道具なのだろう。そのペンは、すぐに書き損じと一緒に屑籠へ放り込んだ。

 

 

 そんなこんなで、しばらくは平穏な日々が流れていった。あの日以来、マルフォイ邸でヴォルデモート卿と顔を合わせる機会もない。まあ、知らぬ間に水面下で何か企みを進められているほうが嫌なので、これはこれで安心できる状態ではないのだが。

 週末ごとに、一区切りついた資料をファッジのもとへ持っていき、確認してもらう。さらに必要に応じて、ファッジを通してほかの人々にも働きかけてもらった。話は至って順調に進んでいた。

 しかし、10月に入ってすぐ、その平穏は崩れた。

 

 その日は、ファッジへの定例報告の日だった。今回は、各教科の指導要領の枠組みと、その作成の参考にした過去数年分の授業内容資料を持ってきていた。枠組み自体はかなり簡略化したものではあるが、シラバス程度の役割は果たせるはずだ。

 ノックのあと執務室に入ると、今回もファッジ大臣はいなかった。机の上では、いつものようにビンクが手紙を仕分けている。

 

 時間潰しがてら資料を見直していると、「あら」とビンクの何気ない声が聞こえた。

 顔を上げると、彼女の手にはくすんだ色合いの封筒が握られていた。

「どうしたの?」

「この手紙、ハグリッド教授からですわ。ファッジ大臣閣下宛に」

 ビンクはそのまま、その手紙を仕分け済みの束に重ねる。すぐに別の封筒がその上に積まれていった。

 ……ハグリッドから大臣に? 巨人の調査に出ている彼が、大臣へ何か知らせようとしている。つまり、巨人について何か動きがあった可能性が高い。

 僕はほんの一瞬だけためらい──立ち上がって、ビンクへ手を差し出した。

「ごめん、その手紙……少し見せてくれるかな」

 

 ビンクは戸惑ったように眉を下げた。その目に浮かんでいるのは非難ではなく心配だ。だが、彼女は手紙の山から封筒をすばやく引き抜き、こちらへ差し出してくれた。

「ありがとう……」

 思わず小さくなった礼の声に、さらにビンクの顔が曇る。その封筒に触れた瞬間に分かった。機密性の高い手紙なら普通は施されている封印の呪文が、これにはかけられていない。ハグリッドがそういったたぐいの呪文を使えないことくらい、僕はこの二年間で嫌というほど知っている。いや、そもそもそこまで重要なものではないのかもしれない──

 残念ながら予想は外れた。封筒は土の上で扱われたかのように、泥で薄汚れている。ファッジ大臣の宛名の上には、見覚えのある大きな字で「至急 すぐ開けろ」と殴り書きされ、念を押すように二本の下線が引かれていた。

 

 開けてはならない。

 頭の中に響く言葉を無視し、跡が残らないように封蝋を変身術で変性させる。慎重に口を開き、中の便箋を取り出した。

 

 これまた泥汚れのついた便箋に書かれていた内容は、予想よりずっと短い。ハグリッドなりに丁寧に書こうとしたと伝わる字が、小さい紙に並んでいた。

 

 

 ファッジ大臣へ

 巨人のことで、急ぎ知らせる。

 こっちでワルデン・マクネアを見た。忌々しい危険生物処理委員会の男だ。見間違いじゃねえ。

 あいつはほかの魔法使いども何人かと一緒に、巨人たちに接触しようとしているようだ。カーカス、いや、元のかしら(ガーグ)が殺されて、新しい長に代わってから、巨人たちの間はゴタゴタしとる。このままじゃ、奴らにけしかけられた巨人が、人間を襲いに出てくるかもしんねえ。

 魔法省の職員が、なんで巨人たちにこそこそ会おうとしてるのか、誰に言われて動いてるのか、すぐに調べてくれ。

 ルビウス・ハグリッド

 

 

 ……ダンブルドアは、ハグリッドの評価を高めるため、魔法大臣へ直接手紙を送るのをよしとしたのだろう。半巨人であるハグリッドが、巨人に接触せんとする不審な動きを適切に報告できたなら、それ自体が信用につながる。それに、ダンブルドアからファッジに話して反目されるよりは、ハグリッドから伝えた方がまだ利があるとお考えになったのかもしれない。

 

 この報告がファッジに届けば、巨人──つまり、闇側が()()()()()関わりを持っている議題で、ファッジとダンブルドアが再び議論することになる。しかも、マクネアは現職の魔法省職員だ。当たり前だが、闇側の動きが露見する可能性は高まる。そこからうまくヴォルデモートの考えを誘導できなければ、死喰い人の活動がさらに過激な方向に進むことも考えられる。

 

 ここで死喰い人による巨人への接触を断つことができれば、大規模な戦争に発展した場合の人的被害はずっと少なくなる。ハグリッドの立場が強くなれば、迫害が強まるであろう他の混血の人々も守れる道筋がいくつか見えてくる。

 

 まだ僕には、闇の帝王を説得できるだけの力がない。

 この報告を邪魔すれば、ハグリッドを裏切ることになる。

 

 ────死喰い人の活動が過激化すれば、父もそれに駆り出される。

 

「ビンク」

 案じるように顔を覗き込んでいた彼女に、手元にあった冊子のうち一冊だけを残して渡した。

「この資料に目を通して、十分にわかりやすいか確認していてもらってもいい? ────そして、僕が戻るまで、仕分け済みの郵便物を大臣の机に持って行かないで。僕がこの手紙を持って戻ったら、束の一番下に入れ直して。

あと……僕は資料を忘れたから取りに戻っていると、大臣に伝えて」

 何か言いたげにこちらを見る屋敷しもべ妖精を残して部屋を出て、僕は再び緑色の炎の中に飛び込んだ。

 

 

 煙突飛行ネットワークの出入り口となっていた応接室では、椅子に座って父が待っていた。浮かべられた普段通りの微笑みが、こちらの様子を見て訝しげなものに変わる。

「ドラコ、何かあったか?」

「あの──ワルデン・マクネアを今すぐに呼び出す方法はありますか?」

 気が急いて単刀直入すぎる言い方をしてしまった。あまりに唐突な言葉に、父は目を瞬かせる。

「なに、マクネア? 彼がどうかしたのか?」

「ワルデン・マクネアは任務中ですよね? どうやらダンブルドア側の巨人調査隊に見られたようです。これが報告書です。このままではファッジに目撃情報が入ります」

 差し出したハグリッドの手紙を受け取ると、父は素早く中身に目を通した。たちまちその表情が険しくなる。

 少し考えたのち、父は顔を上げた。

「……お前は部屋に戻っていなさい」

 不機嫌になるであろう闇の帝王の前に、息子を立たせたくないのだろう。嬉しい心遣いだが、今それは役に立たない。

 

「僕も説明の場にいた方がいいと思います。我が君はどうやってこの手紙を手に入れたのか不思議に思い、経緯を知れば父上が親心ゆえに僕を同席させなかったとお考えになられるでしょう」

 前回の二の舞は踏まない。父が息子を過剰に大事にしていると、これ以上ヴォルデモートに知らしめるような言動は避けたい。

「先日の話の後に僕が報告しないとなれば、不敬にも対面から逃げたと捉えられかねません」

「しかし……」

 それでも父は気が進まないようである。最悪の場合、マクネアへの叱責に巻き込まれるとも思ったのかもしれない。だが、ここで譲ることはできない。

「どうか、一緒にお伝えさせてください」

 父は眉を寄せたが、深々とため息をついて頷いた。そのまま、左の袖口を捲り上げる。そこには今までなかったはずの、口から蛇が這い出した髑髏の黒々とした刺青があった。

 ──闇の印だ。やはり見えないようにしていただけで、ずっと持っていたのか。無意識に父上の腕から視線を逸らしてしまった。

 少しだけためらいつつ、父はその刺青に指を押し当てた。

 

 闇の帝王は不気味なほど静かに、応接室へと姿を現した。

 その表情には、今までのような取り繕われた鷹揚さもない。彼は首を僅かに傾け、父の方を向いた。

「ルシウスよ。俺様を呼びつけたということは、何か得られるものがあったということなのだな」

 放たれたプレッシャーに対して、父は意外なほど落ち着いていた。怒りの矛先はマクネアに向くだろうからか? いや、父もまた、覚悟を決めたのかもしれない。

「恐れながら我が君、マクネアについてでございます。こちらをご覧ください」

 手渡された手紙の内容を見て、闇の帝王の瞳が赤々と輝いた。封筒が彼の手の中で燃え上がるような錯覚を一瞬覚えたが、嬉しいことに、そうはならなかった。

「呼び戻せ」

 低い、温度のない声だった。命じられた父はすぐさま窓際の書き物机へ向かい、鍵のかかった引き出しから掌に収まるほどの小さな鏡を取り出した。何の変哲もない手鏡に見えるが──連絡のために使うなら間違いない。あれは両面鏡だ。とても珍しい道具だが、遠隔地とのやり取りでこれ以上のものはない。

 父は置いてあった付箋に何かを書きつけると、その面を鏡へとかざした。

 

 しばらく、部屋に重たい静寂が満ちた。マクネアがやって来るまで、果たしてどれほど時間がかかるのだろうか? 数時間もかかるなら、非常にまずいことになる──そこまで考えたところで、部屋の隅からバチンと大きな音がして、黒い口髭を生やした筋肉質な男が現れた。

 目に見えて怯えた男は、主人が自分の方へ歩み寄ると、すぐにその場に膝をついた。 
「我が君、私は──」

「マクネアよ。それを見ろ」

 ヴォルデモートが投げてよこした手紙を、マクネアは目を忙しなく動かしながら読み取った。その瞳孔は見る間に大きく広がっていく。
「どうか、お許しを……」

「お前は見られたと気がついていたのか?」

 ゼエゼエと喘ぐような言葉が耳に入っていないかのように、詰問が投げかけられた。

「い、いや、しかし……」

「気がついていたのかと聞いている」

 ヴォルデモート卿の瞳が妖しく光る。どうにか言い訳をしようとしている部下に対し、今や明確な殺気が放たれていた。

 

 一挙手一投足たりとも、ここで間違えるわけにはいかない。下手に動いて機嫌を損ねれば、取り返しのつかないことになるだろう。

 しかし、ことは一分一秒を争う。

「──恐れながら我が君、どうか、しばしお時間をいただけないでしょうか」

 沈黙を破って、思ったより大きくなってしまった声が響く。隣で父が息を呑んだ気配を感じながら、僕はまっすぐ闇の帝王に向き合った。

「罰をお与えになる前に、彼にはすべきことがあります」


「……ほう。俺様に対し、失態の償いをさせるより急くことがあると言うか」
 口調には嘲りがありありと現れているが、怒りの火に油を注いだ様子では、()()ない。

 

「まだ、挽回は間に合います。──ワルデン、あなたは今すぐファッジ大臣の元に向かってください」

 困惑がマクネアの顔に広がる。しかし、その前に立つヴォルデモート卿からは、僕に対する苛立ちは伝わってこない。

「あなたが巨人の近くにいたことは、もはや隠蔽できません。

だから動機を……すり替えるしかない」

 意図が理解できないとばかりに、マクネアの眉がぐっと下がる。ヴォルデモート卿の視線がさらに鋭くなった。

 

 込み上がる吐き気を抑えつけ、頭の中を整理しながら言葉を紡ぐ。

「あなたは危険生物処理委員会で働く方です。魔法生物の危険性は誰よりもよくご存知で……そして、去年あの森番が半巨人、つまり危険生物の血を引いていることは公になっている」

 

 ハグリッドが危険生物だと? 恥知らずな。危険なのはお前(ぼく)だ。人を騙し、操るのが大好きな、卑しい裏切り者め!

 頭に響く嘲りを無視し、努めて淡々と説明を続けた。

「残念ながら、そして不当なことに、去年ルビウス・ハグリッドが解雇されることはなかった。そこで、あなたは独断で、その危険性の調査を試みるのです。休暇すら使い、身銭を切って……

 そして見つけた。半巨人の森番が、巨人の居住地に入り込んでいるところを。彼が巨人をそそのかして、自分に都合のよい新たなかしら(ガーグ)が頂点に立つよう仕向けたことまでも判明したと、あなたは思い込んだかもしれません。半巨人による企みの尻尾を掴んだのだ、これで魔法大臣はあの森番の危険性を理解してくれるだろうと、危険生物嫌いの勤勉な職員は考える……」

 

 恐ろしくなるほど、誰も口を挟まない。しかし、ヴォルデモート卿の瞳から憤怒の色が僅かに薄れるのが見えた。

「……そして、あなたはそれをファッジ大臣に報告する。ハグリッドの手紙が大臣の目に触れるより早く。

 大臣はこう思う。ああ、この勤勉な職員は、大臣自身が黙認していた巨人との交渉を、半巨人による危険な企てだと勘違いしたのだ。

 大いに的外れだが……極秘の任務だったのだ。そうなっても仕方がないだろう、と」

 

 上手く説得力を持たせられているか? 思考の過程に無理はないか? ……これが本当に最善か?

「……職員の報告の後に、大臣はハグリッドの手紙を目にする。こちらもまた、愚かにも的外れな内容です。ダンブルドアの部下もまた、私的な調査にのめり込んだあなたのことを、巨人を扇動する工作員だと思い込んだ。……誰も悪くないが、労力が無駄になった一件として、今回のことは処理される」

 

 言い終えたところで、再び部屋に静寂が戻った。マクネアはわずかに体を震わせ、ヴォルデモート卿の顔を見上げる。しかし、闇の帝王はマクネアに一瞥もくれず、こちらを見つめていた。

 できるだけ自然に視線を外し、僕は首を垂れる。

「……このような方策がよろしいかと愚考します。……我が君、いかがいたしましょうか」

 

 ヴォルデモートはまだ冷ややかな怒りを放っている。しかし、ふっと、どこか笑うように息を溢した。

「────行け」

 マクネアは来たときと同じようにバチンと音をたて、姿を消した。

 

 

 

 今日二度目となる、執務室のドアをノックする。中からはいつも通りのトーンの魔法大臣の声がした。遅刻を謝り、和やかに簡単な挨拶をしてすぐ、今回の本題に入った。

 持ってきた資料について軽い説明をしつつ見てもらっていると、ファッジがページをめくりながら何気なく口を開いた。

「ついさっき、君が来る前に、長期の休暇を取っていた危険生物処理委員会の男が来てな」

 跳ねる心臓を完璧に抑えつけ、きょとんとした顔を貼り付ける。

 

「どのようなご用件だったのですか?」

「ホグワーツの森番が巨人のところへ行っているのを見つけたと、けたたましく騒いでおったよ。自分の休みまで使って、あの目立つ巨体をつけ回しておったらしい。まったく、熱心というか、周りが見えていないというか……」

 大臣は老眼鏡のツルを押し上げながら、深々とため息をついた。

「それにしても、非公開の調査をダンブルドアに任せることにして正解だったな。うちの職員が巨人とおしゃべりしているところを記者にでも見つかってみろ! ダンブルドアはそこのところを分かっておらん……」

 ファッジの反応には呆れだけでなく、自分が巨人と関わっていると疑われる不安も混ざっていた。しかし、それ以上の懸念は見えなかった。

 

 

 帰り際、シラバスの様式について少し手伝ってもらいたいと大臣に告げ、ビンクと連れ立って執務室の外に出た。二人きりになった途端、彼女の眉が下がる。僕らは人通りのない通路に向かった。

 封蝋を元通りにし、他のすべての痕跡も消したハグリッドの手紙を手渡す。ビンクはそれをそっと懐にしまった。

「……ごめんね、ビンク。嫌なことをやらせてしまって。もう、()()()()に有利になるような情報を僕に……」

 そこまで言いかけて、やめた。

「……いや、今回は本当にありがとう。……このまま、色々教えてくれると嬉しい」

 絞り出した言葉を聞いて、ビンクの顔がくしゃりと歪んだ。

 

 

 マルフォイ邸に戻ると、そこにはまだ三人が残っていた。暖炉脇で待ってくれていた父、椅子に腰を下ろすヴォルデモート、そしてその傍に傅くマクネア。マクネアは息が荒く、床についた膝が震えている。大臣の元から戻ったあと、何発か呪いをくらったようだ。

「ファッジの様子を報告しろ」

 こちらを見ず、闇の帝王は無表情のまま言った。

「……どうやら、弁明は通ったようです。ファッジ大臣はマクネアの越権行為として理解し、こちら側との関連づけには至っておりません」

 そこで、ヴォルデモートはようやく僕と目を合わせる。たちまちの内に心を侵食される気配を感じた。偽りがないことを表すため、先ほどの状況を脳裏に浮かべて見つめ返す。

「……ただし、ファッジは臆病ですが、自らの保身には貪欲です。これ以上、魔法省職員の関与が疑われる証拠が積み重なれば、いずれ調査を本格化してしまうかもしれません」

 だから、証拠を曖昧にできる程度を超えて動いてはならない。決して言外にさえ匂わせなかった結論を、しかし闇の帝王は汲み取ったようだった。

 彼は今までで最も感情を読めない目で、こちらをすがめ見た。しばしの間、沈黙が落ちる。

「……いいだろう」

 ヴォルデモート卿は立ち上がり、おもむろに杖を振るった。マクネアから苦悶の呻き声が上がる。

「マクネア、跡を残さず……そして決して悟られることなく、他の者を連れて引き上げろ。できるな」

 途切れ途切れの返事を聞くと、ヴォルデモート卿はそのまま姿を消した。

 

 

 ……こうして僕は、ハグリッドを裏切った。彼の努力も、その有能さを証明する機会も、台無しにした。

 その日の夕食の時間、9月のときと同じように手紙を書き、マクゴナガル教授に手渡した。

 その足で誰もいない寮室に戻ると、僕のベッドには薄い紙でできた、カゲロウに似た虫が止まっていた。触れてみると、ほどけるように小さな紙切れに戻る。

 そこには「君の選択を信じている」とだけ、細長い字で書かれていた。

 咄嗟に破り捨てようとして──やめた。できるだけ丁寧に四つ折りにする。そのまま指で摘み、部屋の中心にあるストーブへそっと入れた。

 火元に落ちたメモは黒く焦げて縮み、煤を散らしながら燃え尽きた。

 

 

 

 

 




マクネアがマルフォイ邸に直接「姿現し」しているのは緊急事態だからです。
お褒めや励ましの言葉が本当に励みになっています。ありがとうございます。
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