音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
十二月に入って最初の土曜日。僕は今学期に入ってから初めて、なんの用事もない穏やかな休日を迎えていた。
……ここ数ヶ月、本当に、本当に大変だった。
朝は魔法省から届いた手紙の確認に始まり、授業中は指導要領の試案を作りながら、関係各所を説得する文言をひねり出す。昼に余裕があれば教授陣のもとへご意見伺いに赴き、放課後は魔法省でファッジに進捗を説明するか、魔法大臣付次官から赤の入った法案草稿を回収する。
夜は残った資料を取りまとめ、休日になれば委員候補を懐柔し、その隙間を縫って、『日刊予言者新聞』に載せてもらうファッジ名義の教育改革論まで代筆した。
あまりにも頻繁に魔法省に出入りすることになったため、寮の自室と魔法省の暖炉をつなげてもらったほどだ。
いやー、死ぬかと思ったね。
予想していた通り、後半になるにつれて関係者との交渉はどんどん増えていった。しかも、一人増えるたびに、すでに話をつけた相手との利害まで調整し直さなければならないし、そのためにまた聞こえのいい言葉を捻り出さなくてはならず、考えることは指数関数的に膨れ上がっていった。 去年、「闇の魔術に対する防衛術」の指導要領試案を作った際に得たツテもあったが、それでも初めて顔を合わせる相手の方が圧倒的に多い。そして、会う前からこちらに良い印象を持っていない人間も相当いた。特に大臣付次官の皆様は、大臣の周辺をちょこまかと動き回るガキの存在に大いに苛立っておられた。そりゃあそうだ。
しかし、そんな中で思いがけず助けになったのが、パーシー・ウィーズリーだった。彼は今年の夏、魔法大臣付下級補佐官に昇進している。ホグワーツを卒業して二年目という若さを考えれば、どう見ても裏のある人事だった。もっとも、本人がひどく生真面目なこともあって、その地位に見合うだけの仕事はきっちりこなしていたようではある。
僕が「ダンブルドアのもとで旧態依然としていた学校制度」を改革しようとしていると聞きつけると、パーシーは進んで協力を申し出てきてくれた。どうやら、ファッジへの忠誠を示す絶好の機会だと考えたらしい。たまに魔法省で父親とすれ違うところを見かけたが、二人はろくに目を合わせようとしなかった。アーサー・ウィーズリーのひどく苦い顔を見る限り、ウィーズリー家は今、なかなか厄介な状況にあるようだ。
まあ、それでも、僕にとってパーシーの助力はありがたかった。他の官僚の人となりを教えてもらってからは、交渉をずいぶん進めやすくなった。
とにもかくにも、これで「魔法学校教育法」は成立した。関係各所との軋轢をできる限り抑えながら、三ヶ月でここまで持ってきたのだ。かなりのスピード立法だったんじゃないだろうか。
魔法教育委員会の設置、ホグワーツ学習指導要領の制定、教科書検定、教員資格・人事制度の整備。この四つを柱とする法律によって、これまでダンブルドアが事実上単独で握っていた権限は、法的な制限を受けることになる。一方で、校長の権限そのものも法律に明記されたため、魔法省や理事会が勝手に奪うことはできなくなった。委員会にも、校長の席はきちんと用意されている。
これをファッジとヴォルデモート卿には、ダンブルドアを法の下に置く制度として、ダンブルドア寄りの委員候補には、魔法省の恣意的な介入から校長と学校を守る制度として、世間にはより質の高い教育を保障する制度として説得する。……まあ、なかなかうまくやった方じゃないだろうか。
委員が正式に任命され、制度が動き始めるのは年明けからだ。そこから先、学習指導要領や検定基準を具体化するのは委員会の仕事になる。もちろん、僕もファッジを通じて口を出すことにはなるだろうが……ひとまず、僕が先頭に立って走り回る段階は終わった。
ああ、長く苦しい戦いだった。
単純な過労に加え、ヴォルデモート卿から受ける精神的な負担も甚大だったが、今回の働きについては、おおむねお気に召していただいたと見て問題ないだろう。
ただ、一つだけ引っかかることがあった。闇の帝王は、僕があれこれ仕事を増やしてダンブルドアを多忙に追い込んでいること自体はお喜びになった。ところが、そのためにダンブルドアを魔法省へ呼びつけるのはやめろと、わざわざ釘を刺されたのだ。
理由として思い当たるのは、夏休みに父が通い詰めていた神秘部のことしかない。やはり、あそこにある何かが闇の陣営の標的になっているのだろう。だからこそ、ダンブルドアが魔法省へ出入りし、計画の気配を嗅ぎつけることを嫌がっている。そう考えるのが一番自然だ。
……もし神秘部が今年の「鍵」なら、やはり本来なら存在しなかったであろう「魔法学校教育法」で魔法省をかき回している僕は、元のストーリーラインをかなり崩してしまっていることになる。
いや、五年目にもなれば、さすがに自分がいろいろやりすぎた自覚はあるよ? 今さら原作を気にしたところで、とっくに手遅れなのも分かっている。
それでも……今年は、毎年恒例のアレ────ハロウィーンの騒動がなかったのだ。
今まで一度も外れなかったパターンがここまで明白に崩れると、さすがに恐ろしくなってくる。その夜は不安で一睡もできなかった。まあ、そもそもこの数ヶ月、まともに寝ていないけどさ。
あれから一ヶ月以上たつのに、代わりになりそうな事件も起きていない。先日のクィディッチ初戦も、僕の頭がかち割れたくらいで、つつがなく終わった。
しかも、肝心の主人公であるハリーと神秘部との接点が、今のところまるで見えてこない。ハリーは魔法省へ行ったことすらないらしい。ならば、神秘部という場所ではなく、その中にある何かが彼と関係しているのだろうか。
せっかく自由な時間ができたのだ。久しぶりに腰を据えて調べてみよう。
そう決めて、僕は「勉強会」へ向かうクラッブとゴイルと別れ、一人で図書館へ向かった。
朝の廊下は静まり返り、吐く息が白く曇る。歩きながら窓の外へ目をやると、校庭は一面の雪に覆われていた。その隅で、小屋の煙突だけが、黒い煙をもうもうと吐き出している。
……つい最近、ハグリッドがホグワーツへ帰ってきた。
もちろん、帰ってきたと知ってすぐに会いに行った。留守の間どれほど寂しかったか、また魔法生物飼育学の授業を受けるのをどれほど楽しみにしているか、僕は何もなかったような顔で、いつもどおりに話した。
少なくともハグリッドにとっては、本当に僕との間に何もなかったのだろう。黒いコガネムシのような目は、いつもと変わらずきらきらと輝いていた。そこには予想していた失望も怒りもなかった。
……ダンブルドアは、僕の事情をハグリッドに話さなかったらしい。僕から教えるつもりもない。今さら感情に任せて打ち明けたところで、何の役にも立たない。
何の役にも立たないのだ。
休日の朝っぱらから、わざわざ勉学にいそしもうという若者は少ない。図書館には、生徒の姿もまばらだった。
あらかじめ目星をつけていた分野の棚へ向かい、背表紙を順に追う。
……『霊魂研究をめぐる学説と論争』……『肉体死後における人格同一性の残存条件』……『保管された未来――予言保存術の発達史』。
こんなところか。
ひとまず十冊ほど抜き出し、人の寄りつかなさそうな隅のテーブルへ運んで腰を下ろした。今日は禁書棚の閲覧許可を取っていない。まずは一般書架だけで、広く当たりをつけていこう。
目次と索引をぱらぱらとめくり、《それっぽい》項目を探す。
「霊魂」「精神」「生命力」の用語的混乱……幽霊による財産所有をめぐる判例……ポルターガイストによる器物損壊の責任主体……
……これはハズレだな。開いていた本を左側へ置き、未読の山から次の一冊を手に取った。
何冊か同じ作業を繰り返したところで、向かいの椅子が引かれた。誰かが腰を下ろす。ほかに席はいくらでも空いているというのに。
誰なのかは、だいたい見当がついていた。というか、椅子を引かれる前から、こちらに向けられていた《視線》には気づいていた。本からちらりと顔を上げると、予想どおり、そこにはアストリア・グリーングラスが座っていた。
このスリザリンの三年生は、去年から変わることなく……いや、以前にも増して距離を詰めながら、たびたび僕の後をついてきていた。
ユール・ボールの一件で懐かれてしまったことは分かっている。今振り返れば、考えなしに優しくしてしまった自覚もある。ただ、彼女から向けられる好意は……びっくりするくらい、嬉しくなかった。
ここまであからさまに好意を向けられて初めて気づいた。なんだろうな。アストリアはあの日のことだけを見て、僕を優しい人間だと思っているんだろう。その期待ありきで向けられる気持ちって、応えられる気が全くしないんだよな。
アストリアは相変わらず友達が少ないらしく、姉のダフネの嘆きも時たま耳に入っていた。僕にばかりついてこないで、もう少しいろいろな人と関わってほしい。そして、その中でもっと真っ当な相手を好きになって、もっと真っ当な恋愛をしてほしい。
「……『勉強会』には行かないの?」
本に目を落としたまま尋ねると、向かいでアストリアがパッと顔を上げた気配がした。
「一緒に行ってくれるの?」
顔を上げて見ると、アストリアは目をきらきらと輝かせていた。何でそうなる。行かないよ。
「……三年生のスリザリン生も、たくさん参加しているらしいけど?」
「ああ、そうね」
アストリアはたちまち興味を失い、持っていた羽根ペンを指先でくるりと回した。まったく、一筋縄ではいかない子だ。
適当なところでページをめくり、できるだけ軽い調子を作って口を開く。
「あそこにはたくさん生徒が参加している。……僕のそばにいても、ちゃんとした人間関係は作れないよ?」
軽く言ったつもりだったが、口にしてみると思った以上に突き放した響きになった。それでも、言っておくべきことだった。
しかし、帰ってきた声はいたって平然としていた。
「まあ、そうね。でも、『勉強会』があればみんなあなたを置いていってしまうでしょう? 私としてはラッキーだわ」
な、なんてデリカシーのない……。
思わず顔を上げてアストリアの方を見る。彼女は屈託なく笑っていた。その瞳には、一切の翳りもなかった。
そういう繊細さのないことを平気で口にしなくなるためにも、交友関係を広げて欲しいんだけど? ……いや、あれか? 逆にこのまま放流する方がまずいのか?
だんだん、アストリアについて真剣に考えるのが馬鹿らしくなってきた。
「……それで、アストリア。さっきから本を読もうという気がないようだけど、図書館に何しにきたの」
「一応、魔法史のレポートを書きに来たのよ」
そう言うと、アストリアは得意げに横の椅子に置いていたカバンから羊皮紙の束を引っ張り出した。
「あなたが見てくれたら、私、とっても嬉しいんだけど」そう言って、題名しか書かれていないレポートを、僕が読んでいた本の上へ滑らせてくる。
……一瞬、棚から持ってきた本をすべて借りて寮の自室へ戻ろうかと思った。しかし、これだけの本を借り出す手間を考えると、ここで片づけてしまった方が早い。しかも、この調子では、図書館へ来るたびに同じ目に遭いそうだ。
大きくため息をつきながら、右隣の椅子を引いた。アストリアは顔を輝かせ、弾むように隣へ移ってきた。
助言をしながらアストリアがレポートの三分の二ほどを仕上げたところで、僕を呼ぶ声がした。振り返ると、ノットが立っていた。
「マルフォイ、マクゴナガルが呼んでたぞ。闇の魔術に対する防衛術の研究室に来てほしいって」
これはちょっと、いや、かなりありがたい。
素早く荷物をまとめ、杖をひと振りして、積み上げていた本を元の棚へ戻す。アストリアも当然のように立ち上がり、羊皮紙を鞄へしまい始めたので、先回りして口を開いた。
「ノット、この子を『勉強会』に連れて行ってあげてくれる?」
アストリアの眉間に、ぎゅっとしわが寄る。
「私、行きたくないわ」
「五回行ったら、一回宿題を見る。どう?」
表情に迷いが浮かぶ。その返事を聞かないうちに、僕は足音を忍ばせながら、できる限りの早足で図書館を出た。
まったく、本当に扱いに困る後輩だ……。
マクゴナガル教授の用件には、心当たりがあった。来週からドーリッシュの後任が着任する予定なのだ。てっきり明日来るものと思っていたが、どうやら週末を荷解きに充てることにしたらしい。
人けの増え始めた廊下を抜け、四階へ続く階段を上る。研究室の扉は開け放たれており、中から何か重いものを引きずるような音が聞こえてきた。
開いた扉を一応ノックすると、すぐに「入って!」と声が返ってきた。
研究室の中は、ずいぶんと物にあふれていた。床には蓋の開いたトランクや木箱が並び、机の上にも本や羊皮紙、どこかで見たような器具が積み上がっている。これまで何人もの教師がこの部屋を使うところを見てきたが、荷解きの最中ということを差し引いても、いちばん雑然としていた。
ドーリッシュはほとんど私物を持ち込んでいなかったから、久しぶりに、使う教師の《色》が見える部屋だった。
「片づいてなくてごめんね。座る場所はあるかな?」
大きな木箱を杖で壁際へ滑らせながら、奥から若い魔女が姿を現した。髪は短く、目の覚めるような鮮やかなピンク色。頬骨のはっきりした、顎の細い顔立ちをしている。こちらへ向けられた黒っぽい瞳には、隠しきれない好奇心がきらきらと浮かんでいた。
「初めまして──トンクス教授」
そう。新しい特別講師は、母の姉アンドロメダの娘で、僕の従姉にあたるニンファドーラ・トンクスだった。
もっとも、これまで一度も会ったことはない。アンドロメダはマグル生まれの魔法使いと結婚してブラック家を勘当されており、僕の家とは親戚づきあいがなかった。おまけに、トンクス自身も僕がホグワーツへ入学する直前に卒業している。
「あら、
そう言うと、彼女は杖をひと振りした。テーブルの上に載っていたコートが宙を飛び、別の荷物の山へ着地する。
トンクスは空いた椅子を指し、僕に座るよう促した。少なくとも、想像していたよりずっと気さくな人間らしい。
トンクスは近くに積まれていた羊皮紙をひと束つかむと、向かいにもう一脚椅子を引き寄せ、腰を下ろした。
「いやあ、資料をいろいろありがとう。どんなふうに授業を進めようか、結構悩んでたんだよ」
ニンファドーラ・トンクスは、教育法の成立後、最初にホグワーツへ派遣された講師だ。彼女の授業がうまくいくかどうかは、改革そのものの評判にも響く。なんとしても成功してもらいたい──そんな思惑もあって、着任前からファッジを通じ、指導案や授業資料をまとめた冊子を渡していた。
「いえ。差し出がましいかとも思いましたが、お役に立てればと思って。もっと面白そうなやり方があるなら、ぜひそちらを試していただきたいです。せっかく現役の闇祓いに来ていただいたんですから」
僕の言葉に、トンクスはわずかに唇を尖らせた。
「いや……当面は、そのまま使わせてもらうわ。ドーリッシュの件もあって、ファッジも防衛術の授業に注目してるし。それに、これは本当によくできてるよ!」
そう言って笑い、こちらが渡した冊子を手のひらでぽんと叩く。
ただ、周囲に積まれた大量の荷物を見る限り、彼女には彼女なりの授業の構想があるようだった。
「……この道具、以前にもこの部屋で見たことがあります。この闇探知器は去年、ムーディ教授が置いていらっしゃったものです。そちらのグリンデローの水槽は、二年前にルーピン教授が使われていました」
冊子を叩いていたトンクスの指が、一瞬だけ止まった。それでも、返ってきた声はいたって平然としていた。
「ああ。君の指導案は、これまで防衛術を担当した先生たちの授業を参考にしてるでしょう? だから、前任者たちにもアドバイスをもらったのよ。アラスターは、闇祓いとしての私の師匠でもあるしね」
「君のことも、いろいろ聞いたのよ? すごくマルフォイらしくない子だって。……まあ、ハリーに近づいているところだけは、いかにもマルフォイだという意見もあったけどね」
トンクスは冗談めかして笑った。しかし、その瞳はまっすぐ僕に据えられ、少しも揺れない。……どうやら、僕は試されているらしい。
ムーディの弟子であり、ブラック家を離反した家系の出身。しかも、人狼であるルーピンとの関わりを否定しない。ファッジは知らないことだが、今回の着任にもダンブルドアは快く同意している。トンクスが「光側」の人間であることは、まず間違いないだろう。
そうするならば、彼女がわざわざ僕を呼んだ目的は、なんとなく見えてきた。
「……そうですか。僕は《本物の》ムーディ教授とは、ほとんどお話ししたことがないのですが」
こちらも平静を装い、さりげなく探りを入れる。しかし、トンクスはまずいことを口にした様子も見せなかった。
「アラスター以外からもいろいろとね。自分で気づいてる? 君は本当に顔が広いよ」
「へえ。ほかには、どなたから? 例えば……シリウス・ブラックとか」
「あら、どうしてそこでシリウスが出てくるの?」
かなり踏み込んだはずだが、トンクスの瞳にはまったく動揺が現れなかった。さすがは現役の闇祓い、といったところだろう。
ただ、不審さも含めて反応が全くないことで、かえって手応えは感じた。《明らかにこの人は、僕からシリウスを庇おうとしている》。
「去年、『三大魔法学校対抗試合』のときに彼がハリーのところに来たのは、知っていますよ。……別に居場所を探るつもりも、魔法省に知らせるつもりもありません」
しばらく沈黙したあと、トンクスは長いため息をついた。
「……はあ。聞いてた通りの子だわ、君は。まったく……」
そう言って杖を振り、周囲の音を遮る呪文をかけた。それが彼女の返事らしかった。
改めて、テーブルを挟んで向かい合う。トンクスの表情には明らかに渋さが滲んでいた。
「シリウスはお元気ですか?」
「正直、元気とは言えないわね」
おや、そうなのか? 光側で活躍していると思ったのだが。首を捻る僕に、トンクスは言葉を続けた。
「君のことも頭痛の種の一つよ。自分の名付け子がマルフォイの息子と親しくしているのが、よほど心配らしいの。私にも君の様子を見てこいって、しつこく言っていたわ」
トンクスは少しだけ呆れたように肩をすくめた。
「おや。ハリーは、シリウスが僕を警戒していることを知っているんですか?」
「知ってるし、納得もしてない。だから問題なのよ。分かるでしょ?」
ああ……そりゃあまずいだろうな。しかし、残念なことにシリウスの僕に対する印象はすっかり元に戻ってしまったようだ。彼とコネクションを作ることができたら、取れる選択肢はかなり増えただろうに、本当に残念だ。
気落ちしつつ、トンクスに向かって微笑みを浮かべる。
「では、ここにいらっしゃる数か月の間に、ぜひ僕の人となりを見極めてください」
しかし、トンクスは少し呆れたように笑った。
「そういうところ、ちょーっと……いや、かなり胡散臭いわよ」
……どうやら、僕は新任講師からの第一印象を改善するのに、失敗したらしかった。
それから話を授業へ戻し、来週の進度や実技で扱う内容について一通り打ち合わせた。トンクスは渡した指導案の余白に赤インクでメモをいくつか書き込み、最後にそれを荷物の山とは別の場所へ置いた。少なくとも、紛失される心配はなさそうだ。
話が済んだところで、僕は椅子から立ち上がった。
「それでは、よろしくお願いします」
「こちらこそ。資料、助かったわ」
鞄を持って扉へ向かいかけてから、足を止める。
「そういえば、最後に一つだけ」
トンクスが首を傾げた。
「神秘部に重要なものがあるとしたら、何だと思いますか?」
彼女の顔からすっと笑みが消えた。ほんの一瞬だったが、今度ばかりは隠しきれなかったらしい。その反応は、知りたいことを十分に教えてくれた。
「ああ。やはり、あなたたちもご存じなんですね」
なんだ。ダンブルドアはちゃんと気づいているじゃないか。僕が知らせるまでもなかったらしい。少しだけ肩の力が抜けた。
トンクスは眉を寄せ、しばらく僕を見つめたあと、深く息を吐いた。
「あなた、本当に気をつけた方がいいわよ。こんな探り方をして……どう受け取られるか分かってるの?」
「まあ、ある程度は。ご忠告感謝します」
最後にできるだけ神妙な顔を作って会釈し、僕は研究室を後にした。