音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
冬休み前最終日の前日。ハリーはカーテンを閉め切ったベッドの上で背中を丸め、膝に乗せた羊皮紙にメモを書いていた。一月以降の「実践訓練会」の計画アイデアを考えていたのだ。
今日行った最終訓練の様子を踏まえて、一月はもっと効率的に進めたい。新しく講師がトンクスになってから「闇の魔術に対する防衛術」の授業も実践的になってきたし、授業内容を予復習する時間を取れば、ちょっと習得に時間がかかる人も助かるだろう。
カーテンの外では、ゴトゴトと他の生徒が帰省の荷造りをしている音がする。
「僕の靴下知らない?」というロンの声が耳に入り、ハリーは手を伸ばしてしっかりとカーテンを閉め直した。
今年、ハリーはホグワーツに残る予定だった。モリーおばさんから「隠れ穴」へ招かれていたが、ロンとの関係がこんなことになっている今、その好意に甘えるわけにはいかない。フレッドとジョージ、ジニーからは散々気にするなと言われたものの、O.W.L.試験の勉強がしたいという理由をつけて、誘いを断った。
本当は、もう一つクリスマスを過ごせるかもしれないと期待を持っていた場所があったが、それも当てが外れてしまった。
十二月に入ってすぐ、シリウスから手紙が届いた。丁寧で優しい言葉が並んでいたが、スリザリン生たちのことにはまったく触れられていなかった。
手紙によれば、グリモールド・プレイスは騎士団員の出入りが激しく、ハリーが滞在すると不都合が生じるかもしれないらしい。その知らせを残念に思う一方で、どこかほっとしている自分がいることも無視できなかった。二、三週間もあの屋敷でシリウスと顔を合わせ続けて、うまくやっていける自信はあまりなかった。
幸いなことに、クラッブとゴイルは学校に残るらしい。(うちの親はまったく子供に関心がないから、いてもいなくても関係ない、と言うのが二人の言い分だった。)この二人がいるなら、「必要の部屋」で実践訓練をすることができる。この長い休みを練習に充てることができることに、ハリーの心は浮ついていた。
シリウスはまったく喜ばないだろうが、近頃のハリーはますます「勉強会」の活動に没頭していた。クラッブやセドリックといった同格ぐらいの相手と練習するのは本当に力になるし、やればやるだけ成果につながる呪文の練習は自信として、ハリーの心の拠り所になっていた。
今日の最後の訓練も、本当に上手くいった。ハリーはついに、無言呪文で守護霊を出すことに成功したのだ。普段めったに感情を顔に出さないクラッブも、これには目を丸くしていた。ここまで出来る生徒は七年生にだって一人もいないと、セドリックも太鼓判を押してくれた。
しかし、「勉強会」でのでき具合に反して、閉心術はさっぱり進歩が感じられなかった。やはり、練習すればするほど心の壁を作りづらくなっているように感じるのだ。
おまけに、訓練のたびに過去の嫌な記憶──主にダーズリー家で過ごした最悪の日々──を掘り返される。時には、スネイプがその記憶をわざわざほじくり返すようにあげつらった。そのため、訓練を受けた夜はすっかり寝つきが悪くなっていた。
そんな無力感を振り払うのに、「勉強会」はうってつけだ。最近のハリーは、少なくとも防衛術に関してなら、ハーマイオニーにも負けないほど勉強しているという自負があった。
羽根ペンの先が羊皮紙を引っかく音だけが、カリカリとやけに大きく響いている。ふと気づけば、カーテンの外はすっかり静まり返っていた。
一月いっぱいの予定も、ひとまず形になった。もう眠った方がいいだろう。ハリーは羊皮紙を丸め、杖の明かりを消すと、眼鏡を枕元へ置いた。
防衛術のことを考えながら眠る。それが悪夢を遠ざけるいちばん確かな方法だと、最近のハリーは信じていた。
しかし、ハリーは夢を見てしまった。
「必要の部屋」で──クラッブが眉を顰めてこちらを見る。「テレビを踊る蜘蛛に変えられないなんて、腕が落ちたんじゃないか?」──クラッブが杖を振ると、積み上げられていたテレビは何匹ものブルドッグに変わり、牙を剥いてこっちに来た──ハリーは慌てて木の上に登った。向こうで、ダーズリー一家が笑っている──バーノンおじさんの背がにょきにょき伸び、黒い影に、吸魂鬼に変わる。ペチュニアおばさんの悲鳴がこだまする────いや、母さんの──
──何かが吠える声がする。顔を上げると、大きくて真っ白な犬がまっすぐこっちに走ってきていた。気がつけば、吸魂鬼はどこかへ行ってしまった。犬はハリーの足元に頭を擦り付けると、尻尾を振って歩き出した──
次の瞬間、犬の姿は溶けるように消え──その先には、暗い、石造りの廊下があった。
ハリーは冷え切った床の上をうねりながら、滑るように進んだ。目は見えづらいが、なぜか温度で身の回りはわかる……静寂に包まれた空気を鼻腔に感じながら、冷たい鉄格子の間を身をよじらせて潜り抜け、角を曲がった……。
その先には扉があった。扉の横には、温かい、大きな肉の塊がある。どうやらそれは、座り込んでいる男のようだった。ハリーは舌を伸ばし、空中に漂う男の臭いを味わった。
……生きている。居眠りをしている。今なら、簡単にその首に噛みつき、温かい血を味わうことができる……けれど、その衝動を抑え込まなくてはならない。ハリーには大事な仕事があるのだから……。
しかし、横を通り過ぎようとしたとき、男は大きく身動きした。急にその温度が高く立ち上がるのがわかる。気づかれてしまった──なら仕方ない。
ハリーは床から体を飛び上がらせ、牙を男の腕に突き刺した。二度、三度──男が体を折ったところで、胴にも深々と噛み付く。芳しい血がハリーの口内を満たした。
男は喘鳴を漏らし、床に倒れ込んだ。口元から血がだらりと垂れる。そして、ぴくりとも動かなくなった。飛び散った血がハリーの体を濡らした。
額がひどく痛む……このまま傷跡から裂けてしまいそうなほどに……
「ハリー! ハリー!」
ハリーは目をこじ開けた。身体中が冷たい汗でじっとりと濡れていた。まだ額は焼きごてを当てられ続けているかのようだ。
ロンがひどく驚いた顔で、カーテンを開けて立っていた。その後ろにはネビルやディーンもいる。
体を起こすと、胃が痙攣を起こしたように痛んだ。堪えきれず、ハリーはベッドの端に胃の中のものを吐き出した。
「ハリー、大丈夫か」
背後からロンの怯えきった声が聞こえる。ハリーは額を手で押さえつけながら、なんとか声を絞り出した。
「君のパパが……君のパパが襲われた」
ネビルに呼ばれたマクゴナガル先生に起きたことを話すと、ハリーとロンはすぐに校長室へと連れて行かれた。
ダンブルドアは机に向かい、寝巻き姿で書類をまとめていた。悪夢で見たことをハリーに起きたことを詳しく尋ねると、ダンブルドアは素早く肖像画の校長たちに指示を出し始める。その間、ダンブルドアはちらとでもハリーの方を見ようとしなかった。
やはり、自分とヴォルデモートの間にある精神の繋がりが強くなったから、ハリーは蛇になってしまったのだろうか? だから、ダンブルドアはハリーと──ハリーの心の中にいるヴォルデモートと目を合わせないために、こちらを見ないのだろうか。
空っぽになった胃のなかに、恐ろしい罪悪感が込み上げてくる。僕がやったんだ。僕が、ウィーズリーおじさんを襲ったんだ
数分して黒髪の肖像画が戻り、現場で──魔法省でおじさんが見つかったことを知らせた。すぐ後に銀髪の魔女の肖像画も帰ってきて、おじさんがひどい状態で聖マンゴに運び込まれたと告げる。ロンの顔には怯えが明確に表れていた。
またしばらくして、ジニーとフレッド、ジョージがマクゴナガル先生に連れられ、校長室へと来た。このまま聖マンゴと同じロンドンにあるグリモールド・プレイスへ、煙突飛行ネットワークで向かうことになったのだ。
ハリーは躊躇した。自分が行って大丈夫なのだろうか。また蛇と一体化してしまったら、どうしたらいいのだろうか。
暖炉に踏み込む前、何か言ってくれないかとダンブルドアを見て、そして目を合わせた一瞬──傷跡が燃えるように痛んだ。何も考えられないのに、胸の内から自分のものとは思えない黒い憎しみが湧き上がってくる。──噛み殺してやりたい。喉を食いちぎり、その血を味わいたい──。
ダンブルドアが目を逸らすと、意識が元に戻るのを感じた。……もう、気が狂いそうだ。
考えをまとめられないまま、ハリーは暖炉の炎に足を突っ込んだ。
緑色の炎をくぐり抜けると、グリモールド・プレイスの薄暗い厨房で、シリウスがハリーたちを待っていた。
ハリーはシリウスと、すでに事情を聞いているロンを除く三人のために、起きたことをもう一度説明しなければならなかった。みんなの不安そうな顔を見るたびに、胃のあたりが締めつけられるように痛んだ。
フレッドとジョージは、すぐにでもウィーズリーおじさんのもとへ行きたいとシリウスに詰め寄った。しかし、ウィーズリーおばさんに正式な知らせも届いていないうちに聖マンゴへ駆けつければ、どうやって事件を知ったのか怪しまれてしまう。ヴォルデモートにもファッジにも、ハリーと蛇のつながりを悟られるわけにはいかない──シリウスにそう説得され、四人は仕方なく食堂で知らせを待つことになった。
誰もまともに口をきこうとしなかった。
一度、シリウスが、夏に使っていた部屋で少し休んではどうかと勧めたが、誰も頷かなかった。
責めるような視線を向けられている気がしてならず、ハリーは食堂の隅へ椅子を引き寄せ、膝を抱えて座った。何かをして気を紛らわせたかったが、できそうなことは何も思いつかなかった。両手を固く組み合わせ、その指先へ目を落としたまま、ひたすら知らせを待った。
時折、誰かがぽつりと言葉を発した。しかし、そこから会話が続くことはなく、食堂はすぐに元の沈黙へ戻った。
厨房の小窓が薄青くなり始めた頃、扉が勢いよく開き、ウィーズリーおばさんが入ってきた。顔は血の気を失い、髪もすっかり乱れている。それでも、集まっていた子どもたちを見渡すと、疲れ切った顔に笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。お父さんは眠っているわ。午後になったら、みんなでお見舞いに行きましょうね」
アーサーおじさんの無事が分かると、食卓を囲んでいた全員の緊張が一気に解けた。フレッドは大きく息を吐き、両手で顔を覆いながら椅子の背にもたれた。ジョージとジニーは立ち上がり、ウィーズリーおばさんへ抱きついた。ロンは泣き笑いのような声を漏らすと、手元のコップに残っていたバタービールを一息に飲み干した。
ハリーも、ほっとしているはずだった。しかし、胃の底にわだかまった恐怖はなくなってくれなかった。アーサーおじさんが助かったと聞いても、牙が肉へ沈んだ感触は、まだ自分の口に残っているように思えた。
ウィーズリーおばさんが皆に何か食べさせようと朝食の支度を始め、シリウスはパンを取りに食糧庫へ向かった。ハリーは迷った末、その後を追った。
六月に、ダンブルドアからヴォルデモートとの精神的なつながりについて話を聞かされたときも、シリウスはそばにいてくれた。今回のことについても、何か分かるかもしれない。
食糧庫の中には木箱や麻袋が積まれ、壁一面の棚に瓶詰めや缶が並んでいた。シリウスが棚の奥へ手を伸ばしたところで、ハリーは小さな声で呼びかけた。
「シリウス、ちょっといい?」
シリウスはパンを抱えたまま振り返った。
「どうした、ハリー」
どう説明すれば、自分が感じたことを分かってもらえるだろう。少しだけ言葉を探してから、ハリーは声を絞り出した。
「今回のこと……僕は、アーサーおじさんが襲われるところを見ていたんじゃないんだ。僕は──僕は蛇の中にいた。僕がアーサーおじさんに襲いかかったんだ」
シリウスはハリーの顔をしばらく見つめた。それからパンを元の棚へ戻し、安心させるようにゆっくりと言葉を返した。
「ハリー。君がアーサーを襲ったわけじゃない。襲ったのは蛇だ。ヴォルデモートが、そいつの見ているものを君にも見せたんだろう」
ハリーが何を言っても、返す言葉を初めから決めていたような口調だった。胃のあたりが、また鈍く痛み始める。
「見せられたんじゃない。僕は蛇になったんだ。アーサーおじさんに噛みついた感触も、まだ残ってる」
「だとしても、君がやったことではない。自分の身に起きたように感じたせいで、見たものまで自分の罪だと思い込んでいるんだ。君が自分を責める必要はない」
シリウスは落ち着いた声で言い聞かせてくる。しかし、ハリーには、初めからまともに取り合う気がないようにしか思えなかった。怖いのは、自分がアーサーおじさんを襲ったのではないかということだけではない。
「ちゃんと話を聞いてよ。校長室でダンブルドアと目が合ったとき、僕は先生まで噛み殺したいと思ったんだ。傷跡が痛くなって──本当に頭がおかしくなりそうだった」
「それもヴォルデモートから流れ込んできた感情だ。君自身が望んだことじゃない」
シリウスは、きっぱりと言い切った。
「どうして、そんなことが分かるの?」
「君がアーサーの襲撃を知らせたおかげで、襲われて間もなく発見することができた。もっと時間がたっていたら、手遅れになっていたかもしれない。そんな君が、誰かを噛み殺したいと本気で思っているはずがないだろう」
それは結局、ハリーを落ち着かせるための気休めにしか聞こえなかった。ハリーが本心から誰かを傷つけたい人間ではないことと、ヴォルデモートに身体を乗っ取られないことの間に、何の関係があるのだろう。
焦りで熱くなっていた頭が、すっと冷えていった。
「──僕、ホグワーツへ戻るよ」
シリウスは眉をひそめ、怪訝そうにハリーを見た。
「何を言っているんだ。今、君を一人で帰すわけにはいかない」
「『必要の部屋』なら、誰にも見つからない部屋を出せる。そこに閉じこもっていれば、ほかの生徒に会うこともない。僕が誰かを傷つける心配もなくなる」
シリウスの顔が、さらに険しくなった。
「必要の部屋? あの、スリザリンの生徒たちと集まっている場所か?」
ハリーは信じられない思いでシリウスを見た。今、ハリーがどんな話をしているのか、シリウスは本当に分かろうとしているのだろうか。
声が震えないように一度息を整えてから、ハリーは口を開いた。
「……今は、その話をしたくない」
シリウスはそこでようやく、自分の失言に気づいたらしい。わずかに目を見開くと、声を和らげた。
「ああ、すまなかった。だが、君を責めたいわけじゃない。私はただ、君を守りたいと思っているんだよ。ずっと、そのことだけを考えている」
守りたい、という言葉がひどく空々しく響いた。ハリーは胸の奥に冷たい嘲りが浮かび上がってくるのを抑えられなかった。
「……本当に守りたいと思っていたなら、どうして、もっと早くアズカバンから出てきてくれなかったの?」
「何だって?」
シリウスの顔色が変わった。アーサーおじさんの無事を聞いてようやく戻っていた血の気が、また引いていく。
「シリウスがもっと早く来てくれていたら、僕は──」
そこまで言ったところで、ハリーは自分の胸元を強く掴んだ。
階段下の物置や、外から鍵をかけられた寝室が頭に浮かんだ。そんな場所で暮らしていたことをシリウスに話せば、自分がダーズリー一家にとってどれほど邪魔で、厄介で、いらない存在だったのかまで認めなくてはならないような気がした。
続く言葉は、どうしても喉から出てこなかった。
「君は、私が好きでアズカバンに残っていたとでも思っているのか?」
シリウスの声が一段低くなった。
「……ごめんなさい。僕が悪かった。今のは忘れて」
ハリーはシリウスの横を通り、食糧庫から出ようとした。しかし、シリウスが一歩先に入口へ回り込み、片手を扉の枠についた。
「今さら過去を変えることはできない。だから私は、今できることをしようとしているんだ。君を守るためにね。
だからこそ、周囲にどんな危険があるのかを君にはちゃんと分かってもらいたいだけなんだ。ドラコ・マルフォイのことも──」
身体の内側へ、再び燃え盛るような熱が集まってくる。ハリーは拳を握り、怒ってはいけないと自分に言い聞かせた。
ついさっき、ダンブルドアを噛み殺したいと思ったばかりなのだ。この怒りまで、本当に自分のものなのか分からない。冷静、冷静にならなくては──。
「今ドラコのことは関係ないでしょう。それに、シリウスはドラコのことを何も知らないじゃないか」
「知っている必要があることは知っているつもりだ。あの家が何を信じ、誰に仕えてきたのかもな」
「ドラコはルシウス・マルフォイじゃない!」
思った以上に大きな声が食糧庫へ響いた。入口の向こうにモリーおばさんが現れ、心配そうに中を覗き込む。
「少し話をしているだけだ、モリー」
シリウスは振り返りもせずに言った。その口調はいたって平静で、それがかえってハリーを苛立たせた。
「父親をあれほど慕っている子が、その影響を受けていないと思う方が不自然だ。
あの子自身が善良でも、近づくことの危険は考えなくてはならない」
ハリーの口から、乾いた笑いが漏れた。
「ドラコが危険? よくも、よくもそんなことを言えるね」
嘲りの滲む口調に、シリウスは眉を顰める。
「ハリー──」
「僕が一年生のとき、禁じられた森でヴォルデモートに出くわしたときも、二年生で暴走したブラッジャーに追い回されたときも、三年生で吸魂鬼に襲われたときも、ドラコは僕を助けに来た。いつだって、危ない目に遭うのを承知で来てくれたんだ」
それまで抑え込もうとしていた言葉が、一度にあふれ出した。モリーおばさんがまだ入口の向こうにいることも、もう気にならなかった。
「そのとき、シリウスはどこにいたんだっけ? ……僕が何度死にかけても、何もしてくれなかったじゃないか!」
シリウスの平静さが、その時初めて大きく崩れた。
「……私はアズカバンにいたんだ。君に何が起きているか知ることすらできなかった。まさか、それまで私の責任だと言うつもりか?」
「ああ、そうだね。仕方がないよ。アズカバンにいたんだからね? でも、ペティグリューが生きていると分かったら出てこられたんだ」
シリウスは何かを言い返しかけたが、一度口を閉じ、大きく息を吸った。握られた手が小さく震えている。
「それまで、ペティグリューが生きていることも、私が嵌められたことを証明する手段があることも知らなかったんだ。あいつがホグワーツにいると分かって、初めて逃げ出すだけの力を保てた」
ハリーは笑いを堪えられなかった。
「ほら、やっぱりそうじゃないか」
「何がだ?」
「シリウスがアズカバンを出たのは、僕を助けるためじゃない。ただ、ペティグリューに復讐するためだったんだ」
「ペティグリューはジェームズとリリーを裏切り、二人をヴォルデモートに売ったんだぞ」
シリウスの声には、怒りよりも先に、信じられないという響きがあった。しかし、ハリーにはもう、その違いを考える余裕がなかった。
「僕のことを気にしたのだって、父さんに顔が似ていたからだろう?」
「何を言っているんだ」
シリウスの声色に動揺が浮かぶ。ハリーは残忍な気持ちを抑えられなかった。
「この前、僕は思っていたほど父さんに似ていないって言ったじゃないか。スリザリンの人たちと付き合って、シリウスの言うことも聞かなくて、がっかりしたんだろう?
中身が父さんと違うと分かったら、もうどうでもいいんだ。結局、父さんに似た誰かをそばに置きたかっただけじゃないか。大した友情だね」
シリウスの表情が変わった。
頬が引きつり、灰色の目に激しい怒りが浮かぶ。扉の枠に置かれていた手が荒々しく下ろされたが、ハリーを見る目は少しも逸れなかった。
「いい加減にしろ、ハリー! 君に、ジェームズが俺にとってどんな存在だったか分かるものか」
押し殺していた声が、次第に大きくなっていく。
「あいつはただの友人じゃなかった。家にいられなくなった俺を受け入れて、家族になってくれた。誰よりも優しく、勇敢だった。それを、息子の君が──ジェームズが命をかけて守った君が──バカにするようなことを言うな!」
ハリーは何も答えなかった。
シリウスの腕が下りた入口を抜け、心配そうに立っていたモリーおばさんの横を通り過ぎる。食卓にいたロンたちの視線が一斉に向けられたが、誰の顔も見なかった。
そのまま階段を上がり、夏にロンと使っていた部屋へ入ると、追ってくる者を拒むように扉を閉めた。