音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第十一話 禁じられた森

 

 

 ドラゴン事件の翌日になっても、僕の生活は全く変わらなかった。監督生に減点を受けたのは注意されるかもしれないと思ったが、僕はその何倍も授業で点数をもらっていたから何も言われることはなかった。そもそもスリザリン生は夜に出歩くことを躊躇しない子が多い。見つかったことは未熟さの証だが、それ自体の善悪は全く問題ではないのだ。僕が減点を受けたということ自体、ほとんどの寮生は知らなかったか知っていてもどうでもいいことだと考えただろう。

 一方、ハリー・ポッターの状況は真逆だった。彼はまさに針の筵というべき視線に晒されるようになってしまった。一晩で150点の減点など前代未聞だし、元からの人気もかえって災いしたのだろう。どこから漏れたのか噂はあっという間に広まり、自寮のみならずハッフルパフやレイブンクローまで彼を遠巻きにして大声で陰口を叩く始末だった。

 

 一夜明けた朝、大広間で病棟から退院したらしいロン・ウィーズリーが僕を見つけるや否や怒りで顔を真っ赤にしながらこちらに向かってきたが、スリザリンのテーブルにたどり着く前に残りの二人に取り押さえられ元の場所へと引っ張っていかれていた。その間、ハリーもグレンジャーも目を伏せて一度だってこちらを見ようとしなかった。二人の顔色は至極悪い。まだ朝になったばかりだというのに、周りの人の視線で一杯一杯になっている様子だった。

 

 もう、僕は本当にやらかしてしまったらしい。何もしなければ一夜の冒険で済んでいたかも知れなかったエピソードでしかなかったのかも知れないのに……軽率に告げ口を選んでしまったがために、初年度にして主人公の周りは敵ばかりだ。主人公の交友関係に影響が出る、なんて程度じゃ済まないだろう。この失敗はあまりにも手痛かった。

 事態をこのままにしておくわけにはいかない。その日の放課後、僕は授業が終わるとマクゴナガル教授のところへ飛んでいった。彼女との間にうっすらとあった軋轢も気にしている余裕はない。ただ自分の過ちを正すため、またしても来訪の理由を図りかねている教授を前にして僕は必死でハリーたちを擁護した。

 「教授、どうかお願いです。今からでもあの三人の処分を軽くしていただけませんか? あなたも彼ら……特にグレンジャーがドラゴンのことに好き好んで関わるような子供ではないとご存じのはずです。偶然ドラゴンのことを知ってしまって、見捨てることもできないままハグリッド氏を庇ってしまったのではないでしょうか? 入学してまだ1年も経っていない子どもが、仮にも職員の立場にある人間を密告するのは心理的な障壁があったはずです。公正の観点から情状酌量の余地を考慮していただきたいんです……」

 「それを踏まえての150点です。マルフォイ」

 マクゴナガル教授の口調は厳格そのもので、交渉の余地がないことが如実に表れていた。

 「そんな……僕のせいで、彼らは校内一の嫌われ者ですよ。出来かけた友達だって失ってしまったかもしれない。まだホグワーツに入って一年も経っていないのに!」

 思わず、懇願の声が大きくなってしまった。大声を出してしまったことで少し冷静になって教授の様子を窺う。教授の唇は相変わらず一文字に結ばれていた。しかし、その目は随分前に見たような輝きがのぞいているような気がした。

 生徒に怒鳴りつけられたというのに、マクゴナガル教授はなぜか口調を少し和らげ、しかし宥めるわけではないように僕に語りかけた。

 「であれば、あなたが彼らと友人になってはいかがでしょうか。マルフォイ」

 「……今はそう言った話をしているわけではないと思います。冗談を楽しめる状況ではないのですが」

 「いいえ、あなたはそういう話をしているのですよ」

 教授は今度こそほんのわずかにだけ唇の端を上げ、話を切り上げた。

 「あなたも外を出歩いていたのですから、彼らと一緒に処罰を受けてみてはいかがですか。ミスター・フィルチにお伝えしておきます。そこで、彼らと話す機会もあるでしょう」

 

 

 

 数日後の夜十一時、僕らは罰則のため人気のない玄関ホールに集められた。いつもだったら夜中に出歩いた罰として夜中に出歩かせるようなダブルスタンダードはやめて欲しいとか、深夜に子供を起こしておく罰則の規定は悪用すれば容易に子供を虐待できてしまうのではないかとか、くだらないことを考える場面だが……憤怒に燃えるウィーズリーとしょげ切ったグレンジャー、硬い表情を崩さないハリーの前で他のことに思いを巡らせる余裕はない。重たい沈黙が支配する場で、僕はここに来てしまったことを後悔していた。

 管理人のフィルチ氏は、なんと城の外へ僕らを連れ出すようだった。流石に危ないのでは……と抗議しようとしたが、この雰囲気の中ウィーズリーに視線で黙れと告げられては口をつぐまざるを得ない。

 五月も終わりとはいえ夜の野外は肌寒い。相変わらず言葉もないまま、僕らは真っ暗な校庭を禁じられた森の方へと向かった。この罰則のことをダンブルドアはご存知なのだろうか? つまり、主人公の安全は保証されているのだろうか? いつもの心配性が頭を擡げるが、もう止める気力がない。よっぽど子供嫌いなのであろうフィルチ氏が脅すようなことばかりヒソヒソと話すのを流しながら、僕はただ地面をじっと見つめて歩いた。

 

 さらに悪いことに僕らは小屋の近くで止まり、そこにはやはりあの大男が立っていた。今回の元凶でもあるハグリッドは三人へ弱々しくも気さくに挨拶した後、僕を何か穢らわしいものを見るような目で一瞥してフィルチ氏と話し始めた。罰則はハグリッドが引率するようだ。予想していなかった状況に少し頭が痛くなってくる。マクゴナガル教授は今夜何をするのか知らなかったのかも知れない。四人でトイレ掃除とかならともかく、この状況では会話も何もないだろう……。

 フィルチ氏が城へ戻り、いよいよ僕らは森の中へと行くようだ。流石に状況を把握しておきたい。できるだけ高慢に聞こえない声を心掛けて、僕らを先導するハグリッドに問いかけた。

 「夜に禁じられた森に入ることはダンブルドア校長もご存知なのですか?」

 たちまちハグリッドの巨体が怒りで膨れ上がったのを感じ、僕は声を出したことを後悔した。

 「なんだ、ダンブルドア先生に脅しでもしたいのか? え? これがホグワーツのやり方だ。とろとろしてないで歩け! でなけりゃお前さんは退学だ。お前の父さんが、お前が追い出された方がマシだって言うんなら、さっさと城に戻って荷物をまとめろ! さあ!」

 彼は完全に怒り心頭だった。話し方を間違えた……というか、話しかけること自体が間違いだったようだ。僕はマクゴナガル教授にあのドラゴンがどんな処分のされ方をしたのか確認しておくべきだったと強く後悔した。そこに、意外なことに助け舟が出された。

 「ハグリッド……。もう、行きましょう」

 グレンジャーはハグリッドの隣に立つと、視界に僕が入らないよう、彼を引っ張って行った。もう何もいうまい。僕は黙ってその後に続いた。

 

 森の入り口につき、ハグリッドは僕らに向き直って説明を始めた。怪我をしたユニコーンの捜索を二手に分かれて行うのが罰則らしい。森に侵入できるような熟練の密猟者の仕業だった場合、僕らは成す術なく殺されるしかないような気がするのだが大丈夫なんだろうか。もうこの子達を連れて帰りたいが、そんなことを言い出したらハグリッドは今度こそ密告者をその辺の堆肥にするだろう。僕は大人しく彼の犬とハリーと一緒に木の根や岩で凸凹の森を歩き始めた。

 

 ハリーの視線を背中に感じながら、黙って獣道を辿る。しばらくして、沈黙に耐えきれなかったのかハリーが独り言のように話しかけてきた。

 「狼男がいるって本当かな?」

 想像していたより彼は僕に隔意を抱いているわけではないようだ。なんだか暢気な言葉に先ほどまで張り詰めていた神経が少し解れるのを感じる。

 「どうだろう。そうだとしたらすっごく問題になると思うけど、もしいたとしても大丈夫だよ。今日は完全な満月じゃないから。狼男は満月の夜だけ変身するんだ」

 「じゃあフィルチが言ってたことは嘘?」

 なんだか小さい弟にお化けなんかいないと慰めているような気分だ。僕は少し歩幅を小さくし、ハリーの隣に並んだ。

 「あの人は子どもを脅す悪癖があるみたいだね」

 そこで会話が途切れ、再び静寂が訪れた。それを破ったのも、ハリーだった。

 「……なんでマクゴナガル先生に告げ口したの? 放っておいてくれたらよかったのに」

 単純な言葉である分、少し返事に困った。言葉を選び、ハリーが納得できるような言い分を探す。

 「……そうした方が良かったのかもしれないけど、ドラゴンってとても危ないだろう? 今回はウィーズリーのお兄さんが引き取ってくれる予定だったようだけど、それはきっと運が良かったからじゃないかなって思うんだ。運が悪ければ、危険な怪物が危険なままで育って、誰か子どもを食べちゃうかもしれない……。ハグリッドがそういう管理を一人できっちりやれるすごい人だったら安全かもしれないけど、僕は彼のこと全然知らないから」

 ハリーは何か言おうとして、でも口を閉じた。その後、すごく小さな声で、「でも、普段は優しい人なんだよ……」と呟いていた。

 

 少し時間が空き、また彼が話し始める。

 「僕らのこと、捕まえようとしたわけじゃないんだよね?」

 「まさか君たちがいるなんて思わなかったよ。ウィーズリーの手紙には君たちのことは書いていなかったし、真夜中にドラゴンを運ぶなんて目立つこと、絶対城の人に見つかるだろうから。言い訳が利くハグリッドだけが小屋から受け渡しの塔に行くんだと考えていたんだ」

 「そっか……そうだよね」

 「実際、君たちなんであそこにいたの? 受け渡しの場に君達がいてどうこうすることなんてないだろうに」

 「僕らがドラゴンを運ぶ予定だったんだよ」

 「どうやって?」

 途端に口を滑らせたと言う顔になるハリーに思わず笑ってしまう。何かやりようがあったんだな。再び沈黙が落ちるが、もう暗い雰囲気は薄れていた。

 ハリーは話題を変えたかったのか、ユニコーンについて尋ね出した。

 「ユニコーンを襲っている奴は何がしたいんだろう?」

 「さあ……単なる獣かもしれない。けど、人間だったら危険だな。密猟者ってことだから。ちょっとでも人っぽい影が見えたらすぐ逃げるんだよ」

 「…………ユニコーンって獲ったら何かいいことあるの?」

 マグルに育てられたから仕方ないのかもしれないが、彼は結構質問魔だ。

 「角も尾の毛も魔法薬の授業で使っただろう? あれは高値で取引される。血も使えるには使えるけど────」

 話の途中で、不意にハリーが立ち止まった。

 「見て…………」

 彼の指差す方に目を凝らすと、少し離れたところに木のまばらな平地がある。そこには、月明かりを受けて白銀に輝くもの──ユニコーンが倒れていた。

 ユニコーンのもとに行こうとハリーが一歩踏み出した時、どこからか引きずるような物音が聞こえた。平地の端の草木が何かに触れ揺れる。

 

 そこには、フードで頭をすっぽり覆われた「何か」がいた。

 黒い影は滑るように地を這い、ユニコーンのそばに蹲る。硬直する僕らの前で、それはすすり上げる音を立てながら血を飲み始めた。あまりの恐怖に声すら出ない。しかし呆然としているわけにはいかない。この状況はどうにかしなければならない。気付かれないよう逃げる? 犬を連れて? 絶対物音を立ててしまう。それよりも助けを呼ばなくては──僕は震える手で構えていた杖をあげ、花火を打ち上げた。放たれた大きな音に、横を歩いていたハグリッドの犬が情けなく吠えて逃げ出していく。平地も赤い光に照らされ、ユニコーンのそばの姿がさらに克明になった。──おそらく人間。成人くらいだ──当然、花火をあげてしまえばこちらの位置はバレる。その影は頭をあげ、こちらに頭を向けた。フードの下から銀色のユニコーンの血がてらてらと不気味に光っている。影はするするとこちらに近づいてきたが、そこまで速度は速くない。走れば逃げ切れるだろうか?

 

 後ずさりしたところで、目の前のハリーが額を押さえうずくまっていることにようやく気がついた。慌てて彼のそばにかがみ込むが、その顔は苦痛に歪んでいる。いったいどうしたんだ? 無言呪文か!?

 そんなことをしている間にも背後からあれが近寄ってくる気配を感じる。逃げたい! 逃げたい! 逃げたい! でも、ハリーを置いていく訳にはいかない!

 今夜ハリーがここに来たのは僕が原因なんだ。彼はここでこんなものと出会う運命じゃなかったはずなんだ。ここで彼は死ぬべきじゃないんだ!!

 

 恐怖心で息がどんどん上がる。行動を起こさなきゃならないのに、何も選ぶことができない。

 

 杖を構えて戦うべきなのか? 絶対に勝てないのに? 僕の使える呪文なんて闇の魔法使いに傷一つつけられないだろうに? それでも、この足元の悪い中、ハリーを抱えて走って逃げるよりはマシなのか?

 

 でも、この影が本当に「例のあの人」だったら? ここで「例のあの人」本人に僕の考えがバレたら? 闇の陣営につかない人間だと判断されたら? 僕どころか両親だってこの先地獄を生きることになる。いや、生きていればまだいい。あの人が戻れば真っ先に消されるかも知れない────

 

 思考に集中し空気が吸い込めなくなり、視界がどんどん狭くなる。目の端に涙が滲むのを感じる。考えは頭の中をぐるぐる回るだけで八方塞がりだ。

 

 ハリーを何とか引っ張り起こそうとして足がもつれ、僕は彼の前に倒れ込んだ。もうどうすれば良いか言葉で考えることもできず、僕はただ無我夢中でハリーを自分の背中の後ろに押しやった。

 

 

 唐突に、視界の端から何かが飛び出した。その大きなものは蹄を鳴らしながら僕らの前に躍り出る。動きを止めた影にそれは突進し、あっさりと蹴散らした。地面に叩きつけられ、影は再び森の奥へ這うように消えていった。

 

 助かった……のか? 状況は飲み込めないが、ひとまず危機が去ったらしい事実にどっと力が抜けてしまった。いまだに息は整わないが、なんとか普段の思考と視界が戻ってくる。なんとか体を起こそうとする僕に向かってに影の方を窺っていた()()が振り返る。僕らを助けてくれた大きなものは、パロミノの美しいケンタウルスだった。

 「ケガはないかい?」僕らを引っ張り上げて立たせながらケンタウルスが声をかけた。それに、もう回復したのかハリーが返事をする。

 「ええ……、ありがとう……。あれはなんだったの?」

 ケンタウルスは答えなかったが、僕らを安全なところへ連れて行こうとしてくれた。けれど、その必要はなかった。花火を見たハグリッドたちがやってくる音が背後の森から聞こえてきていた。

 

 森の奥へ戻る前に、ハリーはケンタウルスにユニコーンの血の使い道を問いかけた。────そう、呪われた延命だ。ハリーはそれと闇の帝王の存在を結びつけたようだった。

 

 

 僕はただ傍で聞いていただけなのだが、その中で聞き捨てならないケンタウルスのセリフが耳に飛び込んできた。

 ────ホグワーツに賢者の石が隠されているだって?

 

 ユニコーンの血、ホグワーツに隠された賢者の石、そして闇の帝王本人の存在。推理に必要なピースを、僕は思いがけないところで手に入れたのだった。

 

 

 


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