音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
セブルス・スネイプは多忙を極めていた。
ただでさえ、教員としての職務に加えて、死喰い人側と不死鳥の騎士団の双方で役割を果たさなければならない身だ。最近ではさらにその上に、二人の規格外に手のかかる生徒の子守りまで加わり、この魔法薬学教授の頭痛の種となっていた。
彼らが入学する前の自分に言えば、とうてい信じず鼻で笑ったことだろうし、今も大変認め難くはあったが──そのうちの
ポッターの閉心術はナメクジのような進み具合ではあるが、確かに前進が見られた。元々どうにも忍耐力のない──スネイプは、その原因の多くが自分にあるとは決して認めなかった──子供だが、八ヶ月近くも時間を費やしたおかげで、少しは心への侵入を防げるようになっていたし、そうでなくともヴォルデモート卿の精神と繋がった際に、大きく取り乱すことはなくなってきていた。
もっとも、その分だけ開心術の強度を上げているため、本人はほとんど自らの進歩に気付いていないだろうが──調子に乗らせるつもりもないので、スネイプからそれを伝える気はない。そもそも、スネイプがポッターの閉心術に寄与している部分があるなどということは、誰に知られてもろくな結果を招かないだろう。
相変わらず取るに足らないことでぐちぐちと悩むナイーブさには心底辟易するが、とにかく、ハリー・ポッターに関しては、先行きがまったく望み薄というわけではなかった。
一方、入学前にはまさかここまで空前絶後の問題児だとは考えもしなかったのが、ドラコ・マルフォイだった。
この子供は、ルシウス・マルフォイが持つ保身の才を耳かき一匙分も受け継がなかったらしく、自殺志願者としか思えない勢いで死喰い人の活動に関わるようになっていた。正確に言えば、その能弁さを活かせばいくらでも安全なところにいられただろうに、愚かにもその能力を、愚昧な父と死喰い人どもが罪を犯さないよう手を回すことにばかり使っている。
昨年の夏、あれだけ自省を促し、言い聞かせたにもかかわらず、まるで行動に改善が見られないのは一体どういうつもりなのだろうか。あのときは確かに手応えがあったのだ。自分の行動が引き起こしかねない被害について、動揺している様子も見られた。
それなのに、八月の末からというもの、奴はまるで切り立った崖へ突っ込んでいく猪のごとくだ。どうやら犠牲に心を痛める精神は十二分に持ち合わせているくせに、それを抑え込んでなお、自分にできると判断すれば何でもやってしまう短慮まで併せ持っているらしい。
隙あらば闇の帝王と魔法大臣の両方に取り入り、誘導し、調停し、できる限り人的被害の出ないところへ話を着地させる。呆れたことに、開心術までホイホイと使って! その舐め腐った企みの意図が露見すれば、闇の帝王はすぐにでもあの子供を処分するだろうに。
スネイプ自身にとっては、ドラコ・マルフォイがどれほど悲惨な結末を迎えようが知ったことではない。しかし──大変に認め難いことではあるし、実際、奴は間違いなく自分にできることを過大に見積もっているが──彼の働きが死喰い人の過激化を抑えていることは事実だった。
もう少し無能の仮面を被るか、身の程を弁えさえすれば、遥かに安全に、そして長期にわたって、見咎められることなく事を運べるだろう。しかし、あの出しゃばりは白黒思考で加減というものを知らない。最悪なことに、それが功を奏してしまっている。闇の帝王は配下の者どもに「慎重さ」を弁えさせる意義を、前の戦争の頃より遥かによく理解しているらしかった。
さらにスネイプの頭痛の種になっているのが、マルフォイが誑し込んでいる周囲の人間の存在だった。
絶対に本人に悟られるなと厳命されているから明かせない。しかし、どれほどダンブルドアが奴のことを気にかけているか!
スネイプがダンブルドアに報告する内容の三分の一がマルフォイに関することだと、果たして本人は知っているのだろうか? まあ、これに関しては現状、「予言」に関すること以外の死喰い人の動きは、多くがマルフォイの提言に基づいて行われているからではあるが……
それにしても、ドラコ・マルフォイがいつでも
マクゴナガルも、逐一奴の動きを知りたがっている。あんな自殺志願者にその真心は絶対に必要ないと言えてしまえば、どんなに良かったか。けれども、流石のスネイプも常に気丈な彼女の漏らす苦悩を前にして、それを口に出すことはできなかった。
そして、三月末日のマルフォイ邸。あの阿呆に誑し込まれたもう一人の人間が、実に白々しく偶然を装ってスネイプに近づいてきていた。
バーテミウス・クラウチ・ジュニアである。
先ほどまで何人かの死喰い人が行き交っていた廊下も、会議が終わってしばらく経った今では人影はない。それでもクラウチはすぐには口を開かず、玄関ホールへ向かうスネイプの横を無言で歩いていた。
その不自然な沈黙に耐えかねたわけでもないだろうが、やがて彼は、いかにも思いつきで尋ねただけという調子で言った。
「スネイプ……ドラコ・マルフォイは、ポッターとまだ親しくしているのか?」
思わず、スネイプは鼻で笑いたくなった。他の人間であれば、この優秀な死喰い人の思惑を看破することはできないかもしれない。しかし、スネイプはマルフォイとクラウチが去年持った関わりの多くを知っていた。
「マルフォイは魔法大臣の御機嫌取りに精を出していて、校内のことに関与できておらん。先ほど報告の場で伝えたはずだが?」
内心をおくびにも出さず、そっけなく返した言葉に、クラウチはわずかに眉を顰めた。
「そうか……しかし、生徒がそこまで足繁く魔法大臣の元へ通っていることについて、ダンブルドアはどう考えているんだ? まさかマルフォイの動きについて、全く考慮に入れていないはずがないだろう」
クラウチはまだ粘るつもりらしい。応接室の扉を開け中に入ると、暖炉への道を遮るようにスネイプの前に立った。
スネイプは苛立ちを隠さずにため息をついた。
「それも、我が君の御前で申し上げた通りだ。ダンブルドアは、ファッジを唆している者ではなく、ファッジ自体をどうにかせねば根本的解決にならぬと考えている」
話を続ける気のないスネイプに、クラウチは尚も食い下がった。
「それでも……マルフォイは目立つ生徒だ。私が去年見た限りでは、ずいぶんと目をかけているようにも見えた」
スネイプは今度こそ、隠すことなくせせら笑った。
「随分と、ダンブルドアがマルフォイへ関心を寄せているか気にしているのですな。まるであの子供が、ダンブルドアの庇護下に入ることを期待しているかのようだ」
一瞬、クラウチの目が見開かれた。しかし、わずかな動揺はすぐに瞳の奥に沈められてしまった。
「……そういった話をしているのではない。ダンブルドアが本格的にマルフォイを監視下に置けば、魔法省との連絡にも、こちらへの情報提供にも支障が出る。それを案じていただけだ」
随分ともっともらしい理由を並べたものだ。確かに正論かもしれないが、それならばクラウチが
スネイプは彼の言葉を否定する代わりに、わざと肩をすくめた。
「別にあの程度の子供一人、いなくなったところで問題はあるまい? 他に我が君に献策する人間など、君も含めいくらでもいるだろう」
案の定、クラウチの表情がわずかに強張った。
「……スネイプ、あなたも分かっているだろう。神秘部への監視が必要な今、ドラコの策が最善だと。彼がいなくなってベラトリックスが重用されれば、我が君の願いは果たされないかもしれない」
未だ取り繕っているが、もはやクラウチは感情を隠しきれていなかった。スネイプを信用してのことなのだろうか? なんとも迂闊なことだ。
ただ、クラウチが自ら差し出した次の話題には、喜んで乗ってやることにした。
「ベラトリックスのやり方にご不満でも?」
クラウチは一度口を閉ざした。
ここから先は、ダンブルドアの動向を案じているという言い訳では済まない。そう理解しているのだろう。それでも話を打ち切る気にはならなかったらしい。
「彼女は……過激に走りすぎている。純血以外を攻撃しようとするあまり、真に我が君の益になることを、熟慮していない。あまつさえ、自分の甥すら目の敵にするようになっている」
なるほど。
ベラトリックス・レストレンジの短慮について、スネイプ自身に異論はない。彼女は闇の帝王への忠誠という一点において疑いようもなく優秀だが、それ以外では感情を抑えるということを知らない。マルフォイに対する敵意についても、寵愛を奪われた子供のようで、甚だ滑稽だった。
しかし、それをクラウチがこれほど問題視する理由はまた別の話である。
スネイプは口元を歪めた。
「ならばそのように君が、我が君に進言されればいい。他でもない、闇の帝王の帰還への、最大の貢献者の君が!」
ついにクラウチは返す言葉を失った。
事実として、闇の帝王は十一人の脱獄囚のうち、クラウチが戻ったことを何より喜んでいるように見えた。去年の悍ましい活躍もあり、他の死喰い人とは比べ物にならない信頼を得ているはずだ。
それでもできない理由があるとすれば。
スネイプはわずかに声を落とした。
「……それとも、闇の帝王に心中を明かすのは恐ろしいか? ドラコ・マルフォイを特別に思っていると──」
「そんなつもりではない!」
即座に返された言葉が、何よりも雄弁に心中を表してしまっていた。もちろん、クラウチ自身もそれに気付いただろう。苛立たしげに視線を逸らした。
「……闇の帝王にそう取られかねないので、申し上げたまでのことだ」
スネイプはため息をなんとか抑え込み、それ以上追求する代わりに、今度は幾分実用的な助言をくれてやることにした。
まったく、どいつもこいつもあの愚か者に心を割きすぎる。奴に心を配ることほど無意味な試みはないと、なぜわからない? そもそも
しかし、忌々しいことに、マルフォイが
ならば、今はこいつを焚き付けておくのが吉だ。
ええい、面倒くさい。
「我輩にあれをしろこれをしろと指図する前に、ご自分に何ができるのか、その頭でお考えになればよろしい。我輩よりも、むしろあなたの方ができることは多いだろう」
吐き捨てるようにそう告げ、スネイプは再び暖炉へ向かった。
しかし、この日はそれで終わらない。今度はもう一人の問題児の保護者──シリウス・ブラックと、不死鳥の騎士団の会合で顔を合わせねばならないのだった。
マルフォイ邸を辞したスネイプは、その足で騎士団の会合へと向かった。
集まっていたのはマクゴナガルをはじめ、ブラック、ルーピン、トンクス、それにジェマ・ファーレイら数名だった。先月をもって闇の魔術に対する防衛術講師としての任期を終えたトンクスに代わり、現在ホグワーツでその役目を担っているのがファーレイである。もっとも、今日のところは学校の話をするために集まったわけではない。
とはいえ、騎士団の話し合い自体は驚くほど早く終わった。
それもそのはずだった。マルフォイが血反吐を吐きながら東奔西走している甲斐あって、死喰い人はいまだ大規模な攻勢に出ていない。神秘部への監視を続けながら、魔法省内での工作と人員の確保を進めてはいるものの、騎士団側が即座に対処しなければならない動きはほとんどなかった。
各々が持ち寄った情報を確認し、今後の警戒について二、三言交わしたところで、早々に会合は締めくくられた。
スネイプに異論はない。ただでさえ忙しい身なのに、何も起きていないことについて延々と議論する趣味はなかった。
さっさと帰ろうと席を立ったところで、その進路を邪魔する人間さえいなければ。
「おい、スネイプ」
聞くだけで気分の悪くなる声に、スネイプは足を止めた。
振り返れば、ブラックがこちらを睨みつけている。幽閉生活で再び精神を弱らせたのか、身なりには以前ほど構わなくなったらしく、微かに酒のすえた匂いが漂っていた。
ルーピンとトンクスはまだ席を立っておらず、ファーレイも手元の資料をまとめながら、何事かと二人へ視線を向けている。ブラックはそんな周囲を気にする様子もなく、険しい顔のまま口を開いた。
「開心術にかこつけて、私の名付け子をいじめているんじゃないだろうな?」
スネイプは、今度こそ遠慮なく顔を顰めた。
先ほどまで、あの子供の身を案じて遠回しな詮索を続ける男の相手をしていたというのに、今度は別の子供の保護者から、その子供を虐めているのではないかと詰め寄られるとは。
なんとも素晴らしい一日だ。
「そんなくだらんことに割く時間などない。訓練について来られんというのなら、それは単にポッターが軟弱だからだ」
案の定、ブラックの眉間に深い皺が寄った。
「本当にそうか? お前がわざとハリーの防御を崩して、彼の心から情報が漏れやすくなるように仕向けているんじゃないだろうな」
今度こそ、スネイプはあからさまに顔を歪めた。実のところ、闇の帝王からの指令はまさにそれだ。しかし、その指令と実際のポッターへの訓練の均衡を、どれだけ苦労して取っているのか、この馬鹿には当然分からないだろう。
スネイプは深々とため息をつき、苛立ちを露わにしているブラックの瞳を見据えた。
「むしろ他でもない貴様自身が、誰よりもポッターの閉心術の訓練を邪魔しているのだがな、ブラック」
「──どういう意味だ?」
ブラックの声音から怒気がわずかに引いた。
当然、心当たりがあるのだ。宿敵の怯みに、スネイプの唇は皮肉っぽく歪んだ。
「そのままの意味だとも。貴様がくだらん喧嘩を吹っかけるたびに、あのナイーブな子供はそのことで頭をいっぱいにして授業へやって来る。
心を空にしろと言っても馬耳東風──まあ、本人の努力が大いに足りぬのもまた事実だが、元凶はお前だ」
ブラックの顔が強張った。
「……私は、ハリーの周りにいる人間を心配しているだけだ。お前のところの寮生がハリーに取り入ろうとしているのを、黙って見ていろと言うのか?」
その言葉で、スネイプの中に辛うじて残っていた忍耐が切れた。
「まだ分からんのか!」
怒声が部屋に響いた。
傍らで成り行きを見守っていたルーピンが僅かに身を起こす。だが、スネイプは構わずブラックを睨み据えた。
「あの子供たちがポッターに近づいているのは、貴様が想像しているようなくだらん企みのためではない! 彼らは自分たちの振る舞いが闇の帝王の耳に入れば、それだけで命を失いかねんことくらい承知している。それでもなお、自らの判断で戦うことを決めたのだ!」
ブラックは何か言い返そうと口を開いたが、スネイプはその機会を与えなかった。
「貴様とは違ってな!」
一瞬、ブラックは言葉を失った。最も指摘されたくないことだったのだろう。スネイプはそれを見逃さなかった。
「ああ、分からんだろうとも。この屋敷に閉じこもり、自らは何の危険にも身を晒さず、昔の恨みにしがみついている貴様には! 十五歳の子供たちに難癖をつけ、鬱憤をポッターにぶつけることしかできん臆病者にはな!」
ブラックの顔から血の気が引いたが、意外なことにすぐに爆発はしなかった。
「……私は、ここにいたくているわけじゃない」
喉で押し殺した呻きのような声だった。
「外に出れば、騎士団やダンブルドアも危険に晒すことになる。だからこんな肥溜めのような屋敷にいるんだ。それくらい、お前だって分かっているだろう」
「理由があれば己の惨めさを子供にぶつけてよいとでも?」
「私はハリーを守ろうとしている!」
「ならば少しは守りに役立つようなことをしろ!」
スネイプは吐き捨てた。
「ジェームズ・ポッターの幻影に囚われたままで、できることなど何もないと知れ!」
その言葉に、ブラックの表情が完全に変わった。
スネイプに視線を合わせたまま、ゆっくりと懐から杖を取り出す。
「──お前が──ジェームズの名を口にするな!」
杖先がスネイプへ向く。
スネイプも即座に杖を抜いた。
「シリウス!」
ルーピンが立ち上がり、ブラックの腕を掴んだ。同時にトンクスも反対側から肩を押さえる。
「ちょっと、やめなって!」
一方、スネイプの前にはマクゴナガルが素早く割って入った。
「セブルス。杖を下ろしなさい」
「しかし──」
「今すぐに」
鋭く言い切られ、スネイプは口を噤んだ。
それでもなお、ブラックを睨むことだけはやめない。向こうもルーピンに腕を押さえ込まれながら、同じようにこちらを睨み返していた。
その険悪な沈黙の中、ずっと少し離れたところから騒ぎを傍観していたファーレイが、書類に視線を落としたまま深々とため息をついた。
「スネイプ先生」
心底面倒そうな、気の抜けるほど平坦な声だった。
「お疲れなのは分かりますけど、ストレスが溜まるたびに味方をおちょくり回すのはやめていただけます? 周りが迷惑なんですが」
スネイプはぎろりと元教え子を睨みつけたが、ファーレイはまるで怯まない。それどころか、さらに言葉を続けた。
「先ほどおっしゃったことも、かなりご自身に顧みられるべきことですし」
あまりにも無礼な物言いに、スネイプは二の句が継げなかった。
返事がないことを訝しんだのか、ファーレイはようやく書類から顔を上げた。
「何です?」
スネイプは忌々しげに舌打ちした。この元教え子は恩師に対する敬意というものをごっそりと欠いていた。
杖をローブの内側へ乱暴にしまい込み、まだ怒りの収まらないブラックを一瞥すると、そのまま誰にも別れを告げず部屋を後にした。
ようやく自身の研究室まで辿り着き、スネイプは扉を閉めるなり深々とため息をついた。
まったく、なんという一日だ。もう今日は誰とも話すまい、そう決めて机へ向かおうとしたところで、扉が叩かれた。
スネイプは足を止めた。無視しようかとも考えたが、二度、三度と律儀にノックが続く。苛立ちを噛み殺しながら踵を返し、勢いよく扉を開けた。
そこに立っていたのは、今この瞬間、最も顔を見たくない人間だった。
「こんばんは、スネイプ教授」
ドラコ・マルフォイは、こちらの顔を見るなり平然と挨拶し、スネイプが返事をするより早く、そのまま横をすり抜けて研究室へ入って来た。
「少しお伺いしたいことがあるんですが」
「入れと言った覚えはないが」
「すぐ済みます」
ならば扉の外で話せと言う暇すら与えず、マルフォイはつらつらと話し始めた。
「開心術の件なんですけど、どうやって練習したらいいですかね? 理論はだいぶ分かってきたんですが、実際に人で試すわけにもいかないし──」
スネイプは無言でマルフォイの襟首を掴み、研究室の外に叩き出した。