音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
長かった冬も遠くなり、五月が過ぎ去ろうとしていた。ハイランドの山々にもようやく緑が増え、湖の周りには春らしい景色が戻ってきている。
日もずいぶん長くなり、夕食の時間になってもまだ空は明るい。去年までなら清々しい空気の中、散歩でもしたいところだったが、今のハリーにはそんな余裕はなかった。
ホグワーツには張り詰めた雰囲気が漂っていた。より正確に言うならば、五年生と七年生の間にである。
今後の進路を左右する、人生の岐路とも言えるO.W.L.とN.E.W.T.が目前に迫っていた。優等生から落第生まで、誰もが必死になって教科書を読み、呪文や魔法薬の材料を頭に叩き込もうとしている。最近では試験のことを考えすぎてノイローゼになり、医務室へ運び込まれる生徒が毎日のように出ているほどだ。
重要な試験を前にして、少しでも生徒の杖の振り方をマシにしようと先生方もおおわらわのようだ。もっとも、その中でハグリッドだけは、何か別のことに精を出しているようだった。もちろん授業はしっかりと行なってくれているが、以前にもまして最近はしょっちゅう禁じられた森に籠っている。
ハリーたち三人も何をしているのか気にはしていたものの、その理由がアラゴグの子供のオムツ替えだとか、さらにはそれを手伝えなどと言われた日には目も当てられない。今は試験前で忙しいこともあって、ハグリッド本人が何かを切り出さないのであれば、基本的には関わらないようにしていた。
こんな様子なので、試験直前になれば「勉強会」の参加者もほとんどいなくなるだろうと、ハリーは考えていた。
しかし、その予想は大きく外れた。むしろ評判を聞いて新しくやってくる生徒までいて、以前より参加者のリストは長くなっていた。その中でも増えていたのが、「闇の魔術に対する防衛術」を練習したがる生徒だった。
決して教師そのものがダメだったわけではない。しかし、問題は彼らの本職だった。
一月にアズカバンからの脱獄事件があって以来、闇祓いであるトンクスは一気に仕事が忙しくなり、授業を自習にすることが何度かあった。その後を三月から引き継いだジェマも闇祓い見習いだ。常に多忙な様子で、授業以外ではまったくホグワーツにいない。
そうなると、どこで呪文の練習をするのか、と困る生徒が出てくる。その受け皿になったのが「勉強会」だった。
最初はファッジの目があるだろうと慎重になっていた「防衛術」の扱いだったが、魔法省職員がこうも不在であれば問題ないのではないか──そもそもトンクスもジェマも騎士団員なので、学校にいたところでハリーたちへの監視になるわけもないが──という話が出るまで、そこまで時間はかからなかった。
そうして、当初はほとんど扱っていなかった「防衛術」の呪文も、少しずつ「練習会」で扱うようになっていた。
O.W.L.とN.E.W.T.がいよいよ来週に迫る中、今日が試験前最後の「練習会」だ。
授業を終えたハリーとロン、ハーマイオニーは、先に練習会が始まっている空き教室へ向かった。普段使わせてもらっている教室の中では、一番広いところだ。ところが、教室の前まで来たところで、ハリーは違和感に気づき足を止めた。たくさんの生徒がすでに集まっているはずなのに、妙に静かなのだ。
ロンとハーマイオニーも異変に気付いたのか、三人で一瞬顔を見合わせた。しかし、すぐにハリーが取っ手に手をかけ、扉を開いた。
その瞬間、理由はすぐに分かった。──消音呪文だ
扉の向こうから、それまで閉じ込められていた歓声が一気に押し寄せてきた。教室には大量の生徒が集まっていた。喝采、囃し立てる声、それに時折混じる怒号。まるで試合の時のクィディッチピッチをそのまま持ってきたかのようだ。
その中心には、光る赤い線が大きな円を描いていた。円の中には、いくつかの机や椅子がばらばらに転がされている。そして、その間で二人の生徒が杖を向け合っていた。──ルーナ・ラブグッドと、コリン・クリービーだった。
コリンが先に呪文を放った。
しかし、ルーナは意外なほど素早く身をかわした。赤い閃光が背後の机を掠め、光る赤い線で霧散する。
ルーナはそのまま机の間に潜るように身を隠し、合間から狙いをつける。
「エクスペリアームス!」
すぐに返された武装解除呪文がコリンに命中し、手から離れた杖が宙を舞う。次の瞬間、教室中から大きな歓声が上がった。
どこからか、試合終了の銅鑼が響く。二人の頭上、三メートルほどの高さには、光る文字の書かれた黒板が浮かんでいた。
『決闘トーナメント 〜四年生〜』
その下の文字が切り替わる。
『ルーナ・ラブグッド 勝利 払い戻し 2.8倍』
ハリーは瞬きをして、その黒板を見上げた。
どうやら自分たちの知らないところで、訓練会はずいぶん楽しそうなことになっていたらしい。
「いったい何事なんだ?」ロンが黒板を見上げたまま、呆れたように頭を振った。
そのとき、人混みを縫うようにしてフレッドとパンジーがこちらへやってきた。
「ようやく注目選手たちのお出ましだ!」
フレッドはそう言うなり、ハリーの肩をがっちりと抱いた。
隣では、ハーマイオニーがすでに何もかも察したような顔をしている。眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
「どういうつもり?」
「あら、見ての通りよ」
パンジーは悪びれもせず肩をすくめた。
「試験前に、みんな今までの努力の成果を試す場が必要じゃないかと思って!」
「信じられない!」
ハーマイオニーの声が一段高くなる。
「危険だし、生徒同士で戦わせて賭け事なんて! しかも試験前だわ!」
「でも、みんな息抜きが欲しかったみたいよ?」
パンジーは見せびらかすように教室中を手で指した。実際、周囲では次の試合を待つ生徒たちがとても楽しそうに騒ぎながらシックルやクヌートをやり取りしている。試験前の緊張への反動なのだろうか? もはや熱狂と言うに相応しい雰囲気が充満していた。
パンジーは胸を張ってにっこりと笑った。
「それに私たち、『ズル休みスナックボックス』の開発で、かなーり外傷の治癒には詳しくなったわ!」
「誇らしげに言わないでちょうだい」
額に手を当てながら、ハーマイオニーが即座に返した。
パンジーは気にした様子もなく、今度は少し声を潜める。
「それにね、ここで『訓練会』のメンバーが腕が立つところを見せられれば、いい広告になるでしょう?」
そう言って、ぼけっとしていたハリーに視線を移した。
「ハリーだって、今、魔法省にこき下ろされてばっかりだもの。あなたをバカにする奴らに、目にもの見せてやったらいいのよ。私たちの仲間を集めるためにも」
ハーマイオニーの口がへの字に結ばれた。ハリーの目には、彼女の頭の中で高速回転する逡巡が見えるようだった。
しばらくして、ハーマイオニーは地獄の釜から漏れるようなため息を吐いた。
「……本当に安全なんでしょうね?」
「もちろん」
フレッドが即答して、教室の中央を指差した。
「あの赤い線、見えるだろ? あれを引くのは本当に大変だったぜ。『盾の呪文』の応用で、まあ、ホグワーツ生がかける程度の呪文ならシャットアウトできる」
「あれを引くのに二週間もかけたのよ!」
パンジーが手首の腕時計をちらりと見た。
「でも、あと二時間くらいで切れちゃうわ。だからさっさと試合を進めなきゃ!」
そのとき、教室の中央で再び大きな銅鑼の音が響いた。
どうやら四年生の決勝戦が始まったらしい。歓声が一段と大きくなり、生徒たちが赤い線の周りへ集まっていく。
「さあ、そろそろ五年生のトーナメントが始まる」
フレッドがハリーたち三人を見回した。
「君たち三人も参加してくれるんだよな?」
正直なところ、ハリーはかなり乗り気だった。こういった形式の決闘は、自分が一番得意とするところだ。隣を見ると、ロンもすでに腕まくりをしている。
「……私はいいわ」
ハーマイオニーだけが渋い顔で首を振った。
「そんなこと言わないでよ!」
パンジーがすぐに食いついた。
「もうオッズも出しちゃったのに!」
「君、ハリーとクラッブに次いで三番人気なんだぞ」
フレッドも加勢した。
「ここで引くなんてないぜ!」
「勝手に人を賭けの対象にしないで!」
ハーマイオニーが言い返した、そのときだった。
「ハーマイオニー、頑張って!」
すぐ近くから声が飛んだ。
振り向くと、何人かのレイブンクローの下級生がこちらを見ていた。勉強会でハーマイオニーに何度も教えてもらっていた生徒たちだ。
「絶対勝てるよ!」「応援してる!」
次々とかけられる声に、ハーマイオニーは困ったように口を結んだ。
ハリーには、彼女がだんだん断りづらくなっているのが分かった。
しばらく抵抗するように首を振っていたが、やがて観念したように息を吐く。
「……ああ、もう。出ればいいんでしょう。出れば!」
その瞬間、レイブンクローの生徒たちから歓声が上がった。
「よし! 決まりだ」
フレッドも満足そうに手を叩いた。
「じゃあ、参加者は教室の前に行ってくれ」
フレッドに促され、ハリーたち三人は生徒をかき分けて教室の前方へ向かった。
壁には、『五年生部門 優勝オッズ表』と大きく書かれたポスターが貼られている。数字はまだ確定していないらしく、今も忙しなく変化を続けていた。
『ハリー・ポッター 1.9』 『ビンセント・クラッブ 2.5』 『ハーマイオニー・グレンジャー 3.4』 『グレゴリー・ゴイル ──』
その下には、小さく『準々決勝開始時に優勝オッズ確定』と書かれている。
「……まったく、その魔法に使う労力を、勉強に注ぐべきだわ」
ハーマイオニーが低い声で呟いた。
教室の前方には、いくつかの机を並べ、その周りをカーテンで囲っただけの簡易的な控え室が作られていた。ハリーがカーテンを開けると、中にはすでに五年生がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
一番入り口側にいたクラッブは、ハーマイオニーとそっくりな表情で口を引き結んでいた。どうやら彼も、この状況に全面的に納得しているわけではないらしい。その隣ではゴイルが呆れ半分、微笑ましさ半分という表情で微笑んでいた。
赤い線で囲まれたリングへ続く出口の机の上には、羊皮紙を握りしめたジョージが立っていた。
「ルールをもう一度確認するぞ!」
控え室の中に声が響く。
「呪文は、自分の学年までで習ったもののみ! 相手の手から杖を飛ばすか、赤い線の外に出たら負けだ!」
そこで一度、ジョージは全員を見回した。
「あと、怪我には気をつけろよ!」
「救護班はいないのかよ?」
誰かが笑いながら声をかけた。
その直後、控え室の外から大きな歓声とドラの音が響いた。どうやら四年生の決勝戦が終わったらしい。
ジョージがにやりと笑い、手元の羊皮紙へ目を落とした。
「じゃあ、五年生部門の第一試合は──」
一拍置いて、声を張り上げる。
「シェーマス・フィネガンとパドマ・パチル!」
試合はかなりの速さで進んでいった。何試合かしたところで、ロンとジャスティン・フィンチ=フレッチリーの名前が響き渡った。名前を呼ばれたロンは、さっきまでの勢いが消え、緊張した面持ちでリングへ向かっていった。
ハリーとハーマイオニーもその後についていき、リングへの出口のところに立っていたジョージに声をかける。
「これ、いつから計画してたの?」ハリーはロンの様子をカーテンの隙間から見ようと首を伸ばしながら聞いた。
「結構前からね」
ジョージは手元の羊皮紙に何かを書き付けつつ答えた。
「卒業するにあたって、何のイベントも無しじゃ名が廃るってもんだろ」
「こんなに大規模にやって大丈夫なの?」
ハーマイオニーが周囲を見回した。教室の中は相変わらず人でいっぱいで、歓声も止む気配がない。
「だから、ちょうどいい日を見計らったのさ。今日は試験直前の打ち合わせとやらで、先生方が結構少ないんだ」
ジョージがそう言ったところで、リングの方からひときわ大きな歓声が上がった。
「……終わったぞ!」
見ると、ジャスティンの杖が床を滑っている。
ロンは真っ赤な顔をしながら杖を握りしめ、そのまま控え室へ戻ってきた。
その後、ハリーはノットと、ハーマイオニーはスーザン・ボーンズと戦った。二人とも『練習会』で何度も一緒になっているので、呪文が上手なのは知っていたが、実際に戦ってみると、ハリーもハーマイオニーもかなり余裕をもって勝つことができた。そこからさらに数試合を終え、三人とも無事に勝ち残った。
準々決勝まで残ったのは、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人に、クラッブ、ミリセント、ネビル、パドマ、アンソニー・ゴールドスタインだった。
またしても最初に試合へ臨んだのはロンだった。
相手のパドマは、始まってすぐに、正確な呪文を次々と飛ばしてきた。ロンはそれを逃げ回りながらかわしつつ、「浮遊呪文」で近くに転がっていた机を浮かせた。そのまま、机をビュンビュンと振り回す。
「ちょっと!」
パドマが慌てて避ける。さらにもう一つ机が浮き上がった。
パドマがその一つを呪文で弾き飛ばそうとした、その瞬間だった。
机の陰からロンが飛び出す。
「エクスペリアームス!」
パドマの杖が高く飛んだ。
歓声が上がり、ロンは得意そうな顔でリングを出てきた。
続くクラッブとアンソニー・ゴールドスタインの試合は、最初から最後までクラッブが有利だった。
「デパルソ!」
アンソニーがかわすが。
「デパルソ!」
今度は近くにあった机がまとめて弾き飛ばされた。
アンソニーは何とか盾の呪文で凌ごうとしていたが、クラッブは構わず追放呪文を撃ち続ける。
「デパルソ!」
最後は周囲の机ごとアンソニーの身体が押し流され、そのまま赤い線の外へ飛び出した。途端に大きな歓声が上がる。
「やったわね、クラッブ! スリザリンの狡猾さよ!」観客のどこかから、パンジーの声が聞こえてきた。
隣にいたロンが、ハリーの耳元に顔を寄せた。
「どちらかと言うと、イノシシの勇猛さだな……」
しかし、それに答える間もなくハリーの名前が呼ばれた。ハリーの次の相手はネビルだった。正直なところ、ハリーは彼がここまで勝ち進んでいることにかなり驚いていた。オッズ表を見る限り、それはハリーだけではないらしい。
『ネビル・ロングボトム 48.2』
と書かれている。
ハリーとネビルがリングの中で向かい合い、杖を構えた瞬間、銅鑼が鳴った。
「エクスペリアームス!」
ハリーは今までと同じように、素早く武装解除呪文を放った。
しかし──ネビルはそれをかわした。
たまたまではない。最初からそう動くつもりだったらしく、銅鑼が鳴るとほとんど同時に横へ飛び、近くの机の陰へ滑り込んだ。
ハリーもすぐに別の机の陰へ入り、様子をうかがう。
そのとき、突然椅子がハリーの頭上に飛んできた。咄嗟に頭を下げる。
「ペトリフィカス・トタルス!」
その向こうから、すかさずネビルの金縛り呪文が飛んできた。
一瞬ひやりとしたが、床にしゃがみこみ、それも何とかかわす。
「エクスペリアームス!」
今度はハリーが呪文を放つ。正確に狙いが定められた光線はネビルの手に当たり、杖が床を転がった。
周囲から歓声が上がった。ハリーの勝利だ。
ハリーは気付かぬうちに詰めていた息を大きく吐いた。……正直なところ、かなり驚かされたと認めざるを得ない。訓練会でネビルが上達していることは知っていたが、ここまで戦えるようになっていたとは思わなかった。
リングを出ようとしていたネビルに、ハリーは声をかけた。
「ネビル、本当にひやっとさせられたよ」
ネビルは一瞬目を輝かせ、それから少し眉を下げて照れたように笑った。
準々決勝の最後は、ハーマイオニーとミリセントの試合だ。銅鑼が鳴ると、ミリセントはすぐに攻め込んだ。次々と呪文を放ち、ハーマイオニーに反撃する隙を与えないようにしているらしい。見たところ、ハーマイオニーはほとんど防戦一方だった。
しかし、集中力が切れたのか、ミリセントの呪文が一瞬途切れる。その隙をハーマイオニーは見逃さなかった。
「シレンシオ!」
ハーマイオニーの呪文が命中する。
ミリセントがすぐに杖を構え直し、何か唱えようとしたが、口をぱくぱくと動かすだけで声が出ない。
「エクスペリアームス!」
そのままハーマイオニーの杖から放たれた武装解除呪文が決まった。ミリセントの杖が手を離れ、床へ落ちた。
杖を振って呪文を解除するハーマイオニーに、ミリセントはにっこり笑い、二人は握手をした。