音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
これで、準決勝の顔ぶれが揃った。残ったのは、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人とクラッブだ。結局、控え室にいるのはいつもの面子だった。
最初の試合はクラッブ対ロンだ。名前を呼ばれたロンは生唾を呑み込み、そのまま仏頂面のクラッブと一緒にリングへ向かった。二人が向かい合うと、準決勝まで勝ち残った者同士の試合だからか、周囲からは今まで以上に大きな歓声が上がる。
「クラッブ! 勝て!」
クラッブへ飛んでくる応援は、なぜか妙に野太い。
「ロン! お前に七シックル賭けてるんだから絶対勝てよ!」
ハッフルパフの上級生から飛んできた言葉にロンの顔が赤くなったところで、二人が杖を構え、銅鑼が大きく鳴り響いた。
ロンは当然、これまでの試合で何度も見せつけられたデパルソを警戒しているのだろう。最初からクラッブとの距離を大きく取り、常に正面から射線を通されないように動きながら、浮遊呪文で近くにあった机を浮かせ、それを盾代わりにした。
「デパルソ!」
クラッブの呪文がその机を直撃し、勢いよく跳ね飛ばされた木の破片が周囲へ散る。赤い線の外では、観客の方へ飛んできたものを防ぐため、フレッドとザビニが慌てて追加の盾の呪文を張っているのが見えた。それでも観客は逃げるどころか、派手な光景を楽しんでいるのか、むしろ一層大きな歓声を上げている。さらにその騒ぎの後ろでは、パンジーがいつの間にか『ズル休みスナックボックス』を売り歩いている姿まで見えた。
「もう一発!」
「クラッブ、机を全部壊せ!」
周囲から勝手な声が飛ぶ中、ロンはまた別の机を浮かせたが、それにも構わずクラッブは次々と閃光を放ち、リングの中では机が飛んでは防がれる派手な応酬がしばらく続いた。
しかし、そうして二人の動きを見ているうちに、ハリーはクラッブの呪文の撃ち方が少しずつ変わっていることに気づいた。ただ闇雲に猛攻をかけているように見えるのだが、それにしてはあまりにも、
外から落ち着いて試合を見ているハリーには、クラッブの作っている隙があまりにも分かりやすすぎた。おそらく、わざとだ。
問題は、外から見ているハリーには分かるその不自然さに、あのデパルソの猛攻を直接受けながら戦っているロンが気づけるかどうかだった。
クラッブがまたデパルソを放ち、盾にしていた机が大きく跳ね飛ばされた──その直後、ロンが素早く杖を振った。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
先ほど飛ばされた机の一つが再び宙へ浮かび、そのままクラッブの頭めがけて飛んでいく。反射的にそちらへ顔を向けたことでクラッブの視線が切れた瞬間、ロンは待っていたとばかりに杖を突き出した。
「エクスペリアームス!」
鮮やかな策に観客からワッと声が上がったが、クラッブの反応は、まるで初めからこの瞬間を待ち構えていたかのように早かった。
「プロテゴ!」
即座に展開された盾の呪文が武装解除呪文を弾き返し、上がったばかりの歓声が一瞬悲鳴に変わる。それを飲み込むように、今度はクラッブを応援するウオーッという低い声が教室中に響いた。
予想していなかった反撃にロンの体勢が崩れたところへ、クラッブは間を置かず、再び杖を向ける。
「デパルソ!」
鋭く胴体めがけて飛んできた呪文を、ロンは何とか直撃だけは避けようと身体を横へ捩った。幸い呪文そのものは身体を掠めるだけで済んだが、避けることに精一杯だったロンの足は、その勢いのまま赤い線を越えてしまった。
ほとんど同時に銅鑼が鳴り、クラッブの勝利が決まった。歓声の向こうでは、パンジーがもう「この試合でクラッブに賭けた人はこっち!」と叫びながらシックルを配り始めていた。
喧騒の中、クラッブとロンは何やら二人で話し込みながら控え室へと戻ってきた。二人とも眉間に皺を寄せたまま身振りまで交えて話していたため、ハリーは一瞬、負けたことを巡って喧嘩でも始めたのかとひやっとしたが、近づいて聞こえてきたのは予想とはまったく違う会話だった。
「ああくそ、あの顔の動かし方はわざとだったんだな」
「当たり前だ。お前を釣るためには工夫をしなきゃな」
「そうか、もう一回机を挟めばよかったか? いや……」
どうやら二人はもう先ほどの試合について振り返りを始めているらしい。ロンは負けたこと自体は悔しそうだったが、それ以上に自分がどこでクラッブの策に引っかかったのかが気になっているようで、クラッブも特に作戦を隠すつもりはないらしく、二人の話はまだしばらく続きそうだった。
「ハリー、次は私たちの番よ」
声をかけられて振り返ると、すぐ後ろでハーマイオニーが杖を握って立っていた。表情こそ普段通りに見えるが、かなり緊張しているらしく、杖を握る手にはいつもより少し力が入っているように見える。
二人がリングに入ると、周囲からまた大きな歓声が上がった。特に騒がしいのは、先ほどハーマイオニーに声をかけていたレイブンクローの下級生たちで、きゃあきゃあと甲高い声を上げながら、揃ってハーマイオニーを応援している。
二人が向かい合って杖を構えたところで銅鑼が鳴り、試合が始まった。
……正直なところ、ハリーはハーマイオニーのことを少し見くびっていたのかもしれない。呪文についての知識では到底敵わないだろうが、こうした実際に相手と杖を向け合う決闘なら、自分の方がずっと慣れていると思っていた。そのため、試合が始まるまで頭の中には、ハーマイオニーがどんな呪文を放ってきて、それにどう対処するかということしかなかった。
ところが、ハーマイオニーが最初に杖を向けた先はハリーではなく、近くに転がっていた机だった。木製の机は呪文を受けるとぐにゃりと形を崩し、一瞬のうちに大きな鷲へと姿を変える。その鷲は大きく翼を広げると、そのまままっすぐハリーめがけて飛びかかってきた。
「ステューピファイ!」
咄嗟に放った赤い光が鷲を直撃し、勢いを失った身体が床へ落ちる。しかし、その向こうではすでにハーマイオニーが次の呪文を放っており、今度は砕けた机の破片から数羽の小鳥が生まれ、散らばりながらハリーの方へ飛んできた。
「インセンディオ!」
ハリーが炎を放つと、飛び交っていた鳥たちは燃え上がり、黒い塵となって周囲に降り注いだ。炎のついた羽がリングを囲む壁に当たっては小さな音を立てて消えていく中、その合間を縫うように、ハーマイオニーがこちらへ杖を向けるのが見える。
「シレンシオ!」
ハリーはほんのわずかだけ躊躇い──そのまま呪文を受けた。
レイブンクローの生徒たちからひときわ大きな歓声が上がり、ハーマイオニーの顔にもわずかな安堵が広がる。けれど、これはハリーにとっても期待通りの展開だった。
ハリーは声の出ないまま杖を振り、頭の中だけで呪文を唱えた。
エクスペリアームス。
無言で放たれた赤い光が、未だ空中に残る火のついた羽の間を通ってハーマイオニーへ飛ぶ。完全に不意を突かれたらしく、驚いたハーマイオニーの目が大きく見開かれた次の瞬間、その手から杖が離れ、高く宙を舞った。
銅鑼が大きく鳴り響き、ハリーの勝利が決まった。
ハーマイオニーは少しの間だけその場から動かなかったが、やがて大きくため息をつくと、拾い上げた杖をハリーへ向ける。
「フィニート──ああ、もう!」
ハリーにかかっていた呪文を解きながら、ハーマイオニーは忌々しそうに頭を振った。
「わざと受けたわね! でも、私だって気を抜いたわけじゃないのよ。小鳥で視界が悪くて──」
言い訳を続けるハーマイオニーに、ハリーはニヤリと笑って肩をすくめた。客席では、先ほどまで彼女をきゃあきゃあと応援していたレイブンクローの下級生たちが、一様に肩を落としている。
これでいよいよ、決勝のカードが決まった。ハリーとクラッブだ。
名前を呼ばれて再びリングへ向かうと、今度はこれまでの中で一番大きな歓声が上がった。クラッブには相変わらず野太い応援が飛んでいる。
向かいに立つクラッブを見ながら杖を構えたハリーは、先ほどのロンとの試合を思い返しながらどう戦うべきかを考えた。強烈なデパルソはもちろん警戒しなければならないが、それだけを相手にしていればいいほど単純な相手ではないことは、もう十分に分かっている。
銅鑼が鳴ると同時に、今までの試合と同じようにクラッブの杖からデパルソが飛んできた。ハリーはすぐに横へ跳んでそれをかわし、そのまま武装解除呪文を返したが、クラッブは即座に盾の呪文で防ぐ。さらに続けて呪文が放たれたため、ハリーはできるだけ正面に立たないよう動き続けた。
ロンのように机を盾にすれば、それごとまとめて吹き飛ばされることはすでに分かっているし、何より赤い線の近くへ追いやられてしまえば、一発も呪文を受けないまま場外負けになることさえあり得る。
最初の数発は問題なく避けられたが、しばらく攻防を続けるうちに、ハリーは呪文が必ずしも自分自身を直接狙っているわけではないことに気づいた。右側にあった机が大きく吹き飛ばされたかと思えば、次は左側へ呪文が飛び、逃げ道にあった椅子が弾き飛ばされていく。
その都度かわすこと自体は難しくなかったものの、気づけばリングの中で自由に動ける場所が少しずつ狭くなっていた。
意図に気づいたハリーは進もうとしていた方向を変えたが、その瞬間、それを待っていたかのように目の前を閃光が横切り、慌てて足を止めることになった。
続けてクラッブの杖が動いたが、今度は呪文を唱える声が聞こえなかった。ハリーが咄嗟に身をかわすと、すぐ横にあった机が大きく弾け飛ぶ。ならばとハリーも声を出さずに杖を振り、無言で武装解除呪文を飛ばしたものの、クラッブもまた無言のまま盾の呪文を張り、それを難なく防いだ。
そこからは、二人ともほとんど詠唱をしなくなった。ハリーが杖を振ればクラッブが防ぎ、クラッブが杖を向ければハリーがかわし、時には無言の盾の呪文を挟みながら次々と攻撃を返していく。声がない分、次に何の呪文が飛んでくるのかを事前に判断するのは難しく、相手の杖の向きや身体の動きだけを見ながら対応しなければならない。
二人の間を次々と閃光が飛び交い、それが盾に弾かれたり、机や床に命中したりするたび、周囲からはそれまで以上に大きな歓声が上がった。
その応酬の中で再びクラッブが杖を振ったのを見て、ハリーは反射的に横へ避けた。ところが、予想していた呪文は飛んでこない。何をしているのかと一瞬訝しんだところで、今度こそ放たれたデパルソが、まるで最初からそこへ来ることが分かっていたかのように、ハリーが避けた先へ正確に飛んできた。
慌てて盾の呪文を張ったが、強烈な衝撃を完全には殺しきれなかった。杖を持つ腕が痺れると同時に、身体ごと数歩後ろへ押されてしまう。
どうにか踏みとどまったハリーが足元を確認すると、踵のすぐ後ろでは赤い線が光っていた。
急いで線から離れながら、ハリーは改めて策を練った。攻撃を正しく判断してできるだけ安全な方向へ避けようと考えること自体が、相手に動きを読ませる原因になっている。ならば、正攻法ではどうにもならない。
再びクラッブが杖を向けた時、ハリーの左側には半壊した机が横倒しになっていた。普通に考えれば障害物のない右側へ避けるのが一番安全だ。だからこそ、ハリーは左へ飛んだ。
倒れた机を無理やり踏み越えようとして足を引っかけ、そのままほとんど転ぶように床へ片手をついた瞬間、すぐ頭上を呪文が通り過ぎる。あまりにも危なっかしい避け方に観客から大きな声が上がった。
しかし、顔を上げたハリーの目にはクラッブの反応が、ほんの少しだけ遅れたのが見えた。流石にここまで不合理なかわし方をするとは予想できなかったようだ。
ハリーは床から立ち上がりながら杖を向け、今度はわざと分かりやすく相手の杖を狙うように構えた。それを見たクラッブはすぐさま盾の呪文を張ったが、ハリーは何も撃たず、そのまま横へ転げるように動く。
攻撃が来ないと判断したクラッブが盾を解き、こちらの動きを追うように杖を向け直したところで、その先端が再びハリーの身体へ向いた。
──デパルソが来る。相手の杖が防御から離れた一瞬を狙って、ハリーは声を出さずに杖を振った。
エクスペリアームス。
無言で放たれた赤い光がクラッブの手元へ命中し、その手から離れた杖が勢いよく高く宙を舞う。
少し遅れて銅鑼が鳴り響くと、決勝戦の終わりを待ち構えていたように教室中から一斉に大きな歓声が上がった。
ハリーの勝利だ。
銅鑼が鳴り終わると、クラッブは床へ落ちた自分の杖を拾い上げ、そのまましばらく黙って手の中で眺めていた。やがて深々とため息をつくと、向かいに立つハリーのところまで歩いて来る。
いつもの仏頂面は普段以上に険しかったものの、少し乱れたローブを直しながら片手を差し出してきた。ハリーもすぐにその手を取り、二人はしっかりと握手を交わした。
「やったぜ、ハリー!」
リングを出た途端、今度はロンが勢いよく近づいてきて、そのままハリーの肩を抱いた。自分が準決勝で負けたことはすっかり脇へ置いているらしく、何度も肩を叩きながら嬉しそうに笑っている。リングの外ではすでに次の試合へ向けた準備が始まっていた。
「ハリーに賭けた人はこっち! 一列に並んで!」
さっきまで決勝を見ていたパンジーは払い戻しに追われており、集まってくる生徒たちを相手に、机の上へ積んだシックルやクヌートを忙しなく数えている。
そのすぐ横では、フレッドとジョージがリングの中へ入り、決勝までに随分ひどい有様になってしまった机や椅子へ次々と修復呪文をかけていた。
頭上に浮いた黒板の文字は「決闘トーナメント 〜六年生〜」へと変わっていた。
観客席の方へ目を向けると、案の定、ハーマイオニーは呆れたような顔でリングの様子を眺めていた。ただし、その周囲には先ほど彼女を応援していたレイブンクローの下級生たちが集まっており、いつの間にか何やら質問攻めにされている。
「さっきの鳥って、どうやって出したんですか?」
「変身術そのものは授業でやっているでしょう? ただ、あれくらい素早く使うには、対象を決めて何度も繰り返し練習しないと駄目よ。まだあなたたちには早いと思うけど……」
そう言いながらも、ハーマイオニーは杖の振り方や練習の仕方まで細かく説明し始めていた。
その後も大会は続いたが、ハリーたちの学年ほど大きな騒ぎになることはなく、夕食直前には最後の試合も終わっていた。あれほど教室いっぱいに詰めかけていた生徒たちもほとんど帰り、残っているのは勉強会の中でも中核の面々だけだ。
大会の間に動かした机や椅子を元の位置へ戻して壊れたものには修復呪文をかけながら、明日の最終訓練についても簡単に話し合った。来週からはいよいよO.W.L.が始まるため、さすがに今日のようなことをもう一度やるわけにはいかない。
最後くらいはこれまで練習してきた内容を一通り確認して、あまり遅くならないうちに終わらせようということになった。
もっとも、話がまとまったからといって皆がすぐに今日の大会を忘れたわけではなく、片付けを続ける間も、あちらこちらで先ほどまでの試合についての話が続いていた。少し離れたところでは、ロンとクラッブが準決勝の話をまだ続けており、いつの間にかそこへゴイルまで加わって、三人で何やらかなり熱心に話し込んでいる。
ハリーも近くの机を元の位置へ戻しながら、その話を何となく聞いていた。
その時、何の前触れもなく、額の傷痕に焼けつくような激痛が走った。
あまりにも突然だったため、何が起きたのか理解するより先に身体から力が抜けたが、手をかけていた机へ縋るようにして何とか倒れるのを堪える。しかし、目の前にあった教室も、まだ片付けを続けていた仲間たちの姿も、そのまま黒く塗り潰されるように消えていった。
代わりに見えたのは、幾度となく夢で訪れた、薄暗い石造りの廊下だった。
どこなのかと考えるまでもなく、ハリーは気づいた。ここは──神秘部だ。
冷たく暗い廊下を、ハリーはしっかりした足取りで進む。前に続く扉は独りでに開いていった。
いくつもの扉を潜ったその先にあったのは、大聖堂のように広い、棚が立ち並ぶ部屋だ。棚の中にはたくさんのガラス玉が詰め込まれている。棚の間をハリーは急いで曲がり、通り過ぎていった。
その先、突き当たりの床には、何かが、いや、誰かがいた。黒い影が、手負いの獣のように蠢いている。
ハリーの胃が恐怖で縮んだ。いや、これは興奮なのだろうか?
口が勝手に動き喉が冷たい声を出した。
「それを取れ。俺様のために……さあ、持ち上げるのだ……俺様は触れることができぬ……しかし、お前にはできる……」
床の黒い影は僅かに震え、肩を上げた。黒い髪の間から血まみれの、しかし挑みかかるような瞳が見える……
そこに倒れていたのはシリウスだった。