音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第十二話 アルバス・ダンブルドア(1)

 

 子供の犇く学校に賢者の石が隠され、校庭そばの森では不審者がユニコーンの生き血を啜っている。その上どんな手を使ったか知らないが、おそらく「例のあの人」が校内に忍び込んでいる。

 やっぱり魔法界はおしまいだ。無法すぎるだろう。

 しかも単なるシンパではなく本人だというのが最悪だ。もしスネイプ教授のような日常で僕の振る舞いを知っている人間がその手先だった場合、僕がスリザリンの寮風に従順な人間じゃないのは既にばれてしまっているということじゃないか。僕は入学した段階でもっと慎重になるべきだった。でも、ホグワーツに入学したその年に本体が出張ってくるとか予想する方が無理じゃないか? ……無理じゃないな。知らずのうちに僕は「ハリー・ポッター」の世界を随分と見くびっていたらしい。

 

 さらに言えば、ハリーに賢者の石のことを喋ったのはハグリッドだろう。星を見て予言を行うケンタウロスが知り得たならば、そのそばで生活している森番が知っていても何もおかしくない。それにしたって口が軽すぎる。三人組の持つグリフィンドールの勇敢さが彼らを賢者の石防衛に突き進ませているとはいえ、頼むからそもそもそんな状況に置かないで欲しい。

 

 いよいよハグリッドは主人公のそばにいて欲しくない危険人物であると明らかになってきた。しかし、彼を雇っているのはダンブルドアだというのが厄介だ。校長が事態を看過していることは問題がより複雑になることを告げている。

 今回のドラゴン事件が大ごとにならなかったのも、ハグリッドのところに魔法法執行部がつめかけていないのも、間違いなくダンブルドアが関わっている。果たしてダンブルドアはどのような思惑でこんな真似をしているのか。何か考えあってのことであればいいが、ただの耄碌だったとすれば最悪だ。

 僕はできる限り角が立たないハグリッドの追い出し方に頭を悩ませることになった。おそらく彼は根っからの悪人ではなく、主人公の友人ポジションに一時はいられる立場の人間なのだろう。追い詰めすぎて変な挙動を起こされても困る。今回盛大に問題を悪化させてしまったことで、主人公周りの人間関係に手を入れるのは慎重になるべきだと身に沁みて実感した。

 その一方で、僕は賢者の石そのものの守りについてはあまり心配していなかった。容疑者が何故いまだに排除されていないのか、ようやく予想がついたからだ。

 ユニコーンの血すら啜って命を繋ぐヴォルデモートは今とても虚弱だが、その反面、この10年間捕まらなかったことから見ても逃走技術に長けているのだろう。僕がドラゴンを輸送する瞬間を狙ったように、ダンブルドアもホグワーツに罠をかけ待っているのだ。ヴォルデモートが実体を取り、すぐさま逃げることのできない瞬間を。正直学校でやらんでくれとは言いたくなるが、校長職にある以上ダンブルドアの膝下はここ、ホグワーツ魔法魔術学校だ。ハグリッドのような人間がペラペラ内情を生徒にしゃべっているのは甚だ問題としか思えないが、彼が戦いの場をここに用意してしまった理由も一応は分かる。

 ハリーポッターシリーズの長さを考えれば、ダンブルドアはここで奴を取り逃すことになるのだろう。けれど少なくとも賢者の石自体を奪われるようなつもりは毛頭ないということだ。

 

 「賢者の石」を核とした物語の結末はうっすら見えてきた。グリフィンドールの三人組が何だかやつれているのを横目に、僕は少し肩の荷を下ろした。

 学年末は刻一刻と近づいている。六月のホグワーツでは試験に向けて準備する学生があちらこちらで額を突き合わせていた。僕もまた、初めての試験に向けて先生方の元に質問に行くことが増えた。

 

 気持ちよく晴れた放課後、いつものように二階の研究室へとマクゴナガル教授を尋ねる。ノックに応じて開いた扉の先、そこには予想もしていなかった人物──アルバス・ダンブルドアがいた。

 初夏の陽光に真っ白な髭を輝かせながら、初めて相対する校長は僕に向かってにっこりと笑いかけた。

 「こんにちは、ミスター・マルフォイ」

 「こんにちは、校長先生」

 内心かなりびっくりしていたのだが、先生に対する礼儀をオートでやってくれる自分の体には感謝した。校長もマクゴナガル教授に用があったのだろうか? 室内を見渡してみても当の本人は見当たらない。

 状況を測りかねている僕を前に、ダンブルドアはいかにも優しげなおじいちゃん、といった体で微笑むばかりだった。

 「僕はマクゴナガル教授に変身術について質問したかったのですが……」

 「そうじゃろうとも。しかし、今は不在にしていらっしゃるようじゃ。代わりにというわけではないが、このおいぼれに少し時間をもらえんかのう」

 なんだろう。やっぱりルシウス・マルフォイの息子は一回締めとくとかそんな感じだろうか?

 実のところ、突然目の前に現れた魔法界最強に僕は恐々としていたが、それでも尋ねたいことがいくつかあったのも事実だった。

 

 「はい。いえ、是非。

 きっと僕も……あなたにお話しすべきことがあるんだと思います」

 

 

 先に切り出したのは校長だった。彼は笑みを少し消し、真剣な雰囲気で口を開く。

 

 「君はこの度、ハグリッドのことで多大なる理不尽と謂れのない扱いに晒されたと思う。まずはそれを謝罪させていただきたい」

 僕の前で校長は深々と頭を下げた。思ってもみなかった角度からの言葉に対応を一瞬見失う。流石にドラゴン事件の存在については知っていただろうが、僕がそれに関わっていることまで聞いていたとは。そしてそれを自身の落ち度だと考えわざわざ対処しに出てくるとは。アルバス・ダンブルドアはこういった校内のいざこざは枝葉末節だと考えていると思っていた。半ば超越的な立場にいるはずの人にいきなり「誠実な学校の先生」のような態度を取られて僕は面食らってしまった。

 

 「……校長先生が直接関係なさったことではありません」

 「しかしわしの責任じゃ。君も分かっているとおり」

 校長は微笑んでいたが、悔悟の態度を崩さなかった。

 けれど、その言葉は僕が──ドラコ・マルフォイが今回の事件を以て校長の責任問題を問う可能性があると看破している、と言外に告げていた。

 

 「今、君は正当な権利と目的を持って、ハグリッドをホグワーツ理事のお父上に告発できる。わしの君への用とはそれじゃ。────お父上に、今回の件を黙っていてもらいたいのじゃ。せめて、今学年の間は」

 ダンブルドアの真摯な姿勢に反して、その提案は誠実さに欠けていた。

 元々、父に告げれば事態が荒れに荒れることは目に見えていたので、僕はもっと当たり障りのない手法を探そうと思っていたのだが────その言葉には不信感を覚えざるを得なかった。

 

 「……時間が経てば今回の事件の証拠は消え、僕の告発は信用してもらえなくなるでしょう。校長先生、子供に正しいことをするなとおっしゃっていることはお気付きですよね?」

 ダンブルドアはしっかりと頷く。そこに誤魔化しや侮りの色はない。

 話している内容とは裏腹に、目の前のただの一年生の子供に対して校長は随分と誠実な……いや、腹を割った態度を見せていた。

 

 「わしは君に理不尽を強いておる。代わりにはならないじゃろうが、学期末を終えればその時、君が望むなら、わしはあらゆる手で以ってハグリッドの愛する愛玩動物たちの不始末を証明するとこの杖に誓おう」

 何故この人はこんなにも僕に協力的なんだろう? 正直意図が見えずかなり恐ろしい。校長の不気味なまでに真摯な姿勢に僕は気圧されていた。

 

 「……ハグリッド氏を雇用し続けるのに納得できる説明があるのであれば、今学期末期までと言わず、いつまででも口をつぐみますよ。でも、今だって彼の扱う魔法生物が生徒を害する可能性はあるのでしょう? 自分の扱っているものの危険性に対し無理解なまま、ハグリッド氏を放置すれば同じことが繰り返されるのではないですか」

 「おお、確かにわしは君の視点からハグリッドを完全に擁護することはできぬかも知れぬ……。わしがハグリッドを見張り致命的なことが起こらないようにしておると、君に誓うことしかできぬ。事実、今までわしの目の届く範囲でハグリッドの友人が生徒を致命的に害したことはない」

 「……過去起こらなかったからといって、未来が約束されるわけではないでしょう」

 ダンブルドアは深く頷く。この人は、僕のあらゆる反論を織り込み済みで話を進めているのだろう。しかも、もともと今回の件の対処に困っていた僕には最初からメリットしかない。もう校長は僕の稚拙で迂遠な計画に代わり、確実にハグリッドの処分に協力すると約束してくれてしまったのだから。

 それでも納得できないことは残っている。そもそも何故ダンブルドアがこのような提案をし出したかだ。

 「……なぜ、今学年なのです?」

 「それは、わしが君にハグリッドのことを黙っていてくれるよう頼むために用意した、教えてあげられることのうちの一つじゃ」

 「一つ?」

 「最初に伝えるべきは────そうじゃな、クィレル先生とスネイプ先生、君がどちらに気をつけるべきかということじゃ」

 いよいよ僕は慄いていた。「物語」のことについてまでは察されていないだろうが、一応は平穏なこのホグワーツで僕が危機意識を持って生活していることがバレてしまっている。この人に内情を暴かれるような機会は一切なかったはずなのに、なぜそこまで読み取ったのだろうか?

 

 ダンブルドアは沈黙に僕の恐れを察知したのか、軽い口調で話を続けた。

 「君はこの一年、ちょっとばかり目を惹く存在じゃった。入学直後から見せる類い稀なる聡明さと、理論武装された反抗心。それに──わしは君をクィディッチ観戦のときに見かけたのじゃが──君は試合に足繁く通うのに、グリフィンドールとハッフルパフの試合の間、あまりにも選手に興味がなかったようじゃの」

 クィレル教授とスネイプ教授を観察していたのを見られていたのか。というか、そうだよな。学校内、つまり主人公のそばで目立つということは、物語に関わる敵味方両方の目に入るところで目立つということなのだ。

 自分の失態に気づき、思わず言葉を失う。そんな僕を優しげに見つめてダンブルドアは話を続けた。

 「スネイプ先生はわしが最も信用する人間の一人じゃ。彼がハリー・ポッターの命を真に害することはない。そう誓おう」

 「……『命を真に』は必要なのですね」

 言葉尻を捉える僕に、校長は少し悲しげに頷いた。

 「そうじゃのう。君の思う通り、彼は自他の心の傷を軽視する傾向にある」

 ダンブルドアをもってしてもスネイプ教授の矯正は叶わないという事実がその口調には現れていた。

 思わずため息が出そうになりながら、僕は話の続きを促す。 

 「それでは、クィレル教授が闇の帝王の配下なのですね?」

 ダンブルドアは僕の表情を具に確認するように目を細めた。

 「君は、クィレル先生がユニコーンの血を飲んだことの意味はわかっているのかね?」

 禁じられた森で遭遇したのはクィレル教授だったのか? てっきり闇の帝王その人だと思っていたのだが……教授の身体を通して復活しようとしているのだろうか。

 新しく入ってきた情報に意識がとられながら、僕は確信を持てないまでもダンブルドアの言葉に一応頷いた。

 「非常に弱っていて、呪われてでも力を取り戻したい。賢者の石を手に入れ、生命の再生を叶えるために────今この時も、血を飲み続けているかも知れない闇の帝王は少しずつでも力を取り戻しているのでは?」

 ダンブルドアは深く首肯する。

 「まさに。そして、わしはそれを待っておる。今、ヴォルデモートは霞のように弱く……それゆえ、掴もうとする手をすり抜けてゆきかねん。奴が十分な実体を持つとき──そのときを待つ必要があるのじゃ」

 「つまり、賢者の石を手に入れるときですか? 生命の水を飲むのなら、ヴォルデモートは体を持っていなければならないはずですから」

 「君はそこまで辿り着いておったのじゃな。……その通りじゃ」

 ダンブルドアは感嘆したように目を閉じた。なんだか居た堪れなくなり、僕はケンタウロスから聞いたので、と小さく呟きを返した。

 

 「でも、だったらやはりハグリッド氏は危険です。ハリーにペラペラと闇の帝王に関わってしまうような情報を────」

 そこまで喋り、ようやく今学年という不可解な期限が今までの話と結びついた。闇の帝王は力をつける。ダンブルドアはそれを待っている。それまで、危険な情報をばら撒くハグリッドを手放すわけにはいかない。闇の帝王が体を取り戻すまでに、その事実を知ってほしい人物がいるから────そういうことだ。

 

 「あなたは、彼の言葉でハリーが真実に近づけるようにした。そうなんですか?」

 

 ダンブルドアはようやくわずかに残っていた微笑みを顔から消し、深く頷いた。その目には優しさの代わりに厳格さが宿っていた。

 それでも理由がわからない。まだ一年生のハリーを千尋の谷に突き落として良いことなどあるだろうか?

 「そんな、一体どうして……危険です。ハリーが闇の帝王と鉢合わせるかも知れないんですよ」

 いや、むしろそれが狙いなのだろう。ダンブルドアは僕の言葉に一切揺らがなかった。

 「彼には守護がある。少なくとも今の霞のようなヴォルデモートがわしの手をすり抜けてハリーに危害を加えることはない」

 その保証には大いに反論したかったが、彼の誓いや言葉が重いのが憎い。普通だったら絶対に信用できないのに、彼の実績を知ってそれを疑うのは難しい。

 

 「彼は安全だから────安全な今だから、闇の帝王と対面しておくべきだとお考えなのですか?」

 「いつか、ハリーはどうしても敵と戦わねばならぬ……。魔法界を知った彼は、それが自らの敵の住む世界だということもまた知らねばならぬのじゃ」

 

 きっとそうなのだろう。彼はそれを乗り越える主人公だったのだろう。僕は多分、この世界の誰よりそれを確信している。僕は物語の全てを聞き、深く息を吐いた。そして、ゆっくり頷いた。

 

 ダンブルドアの瞳が輝いた。

 

 「わしは、君が理解してくれないかも知れぬことも当然予想していた」

 そうなったらどうしてたんだよ。その言葉から考えられる対処法は怖すぎるだろう。まさか本当にハグリッドを叩き出すつもりだったのか?

 それでも、僕は少し微笑みながら返す。

 「僕には知らないことが多すぎて────まだ判断できないんです。だから、今、ハリーが安全ならば、彼の安全を保証して下さっているあなたがそうおっしゃるのなら、今のところはそれに従います」

 この一年、僕はどこで物語が始まったかも分からないまま、大したこともできず日々を過ごしてしまった。半ば諦念ではある。しかし、ダンブルドアに任せるというのは残念ながら選べる限りでは確実性の高い選択肢だった。

 話は終わった。正直感情面では全く得心が行っていない部分が山ほどあるが────とりあえず、今のところはダンブルドアに従う。そう決めた。

 

 ところが、ダンブルドアは僕を見つめ続けた。少しの静寂があり、ようやく彼は口を開く。

 

 「最後に、一つ。君と話す中で、欲を出してしまった老人を許して欲しい」

 だから怖いんだよ。重々しい言い方をやめてほしい。

 「なんでしょう?」

 僕は内心恐々として聞いた。

 

 「君が、ハグリッドをわしの元から去るように仕向けぬようにしたい────そういう欲じゃ」

 話が読めず、無言で続きを促す。ダンブルドアは少し躊躇い、しかし言った。

 「ハグリッドは半巨人じゃ」

 

 再び言葉が途切れ、僕はようやく言葉を絞り出した。

 

 「巨人を───抱き込むためなのですか、次の戦いのために?」

 ダンブルドアは深く頷いた。彼の目には、煌々とした決意が宿っていた。

 

 返事はしなかった。しかし、それでダンブルドアには十分だったようだ。

 

 僕は、ダンブルドアが語るべきことを語り尽くしたことを悟った。席を辞そうとして、しかし聞いておかねばならないことに思い当たった。

 

 「いつから僕が……いえ、何故僕にそこまで語るのです? 僕は……そこまで信頼できる人間ではないと思うのですが」

 

 ダンブルドアの顔にこの部屋に入った時よりも親しげな微笑みが戻った。

 「それはのう、マクゴナガル先生からある話を聞いたからじゃよ」

 これまた予想だにしなかった切り口だった。目を丸くする僕に、ダンブルドアはどこか嬉しそうに頷きを返す。

 「マクゴナガル先生はわしが知る中で最も公正で信頼に足る人物の一人じゃ。今学年の初め、マクゴナガル先生はかつてわしに幾度となく忠告し、しかしもうずいぶん長くおっしゃられていなかったことを再び口に出された」

 心当たりは一つしかなかった。

 「スネイプ教授のことですか?」

 ダンブルドアはにっこりと笑った。

 

 「わしは結局、以前と同じ返事をすることしかできなかった。けれど、マクゴナガル先生はそこで終わらず、違う方法でことの対処に当たり始めたようじゃった。今までになかったことじゃ」

 それを聞いて僕はずっと張り詰めていた────いや諦めていた何かが戻ってきたように感じた。

 

 「じゃあマクゴナガル先生は────ずっと僕の申し上げたことを覚えていてくださっていたのですね」

 「わしという全くもって邪魔な存在があるにも関わらず、彼女は素晴らしい働きをしてくれておる」

 

 「スネイプ先生のことについても、ハグリッドのことについても。本当に責任があり、君たちに謝るべきなのはわしじゃ。わしが君たちに不誠実な仕打ちをしていることは否定できまい。

 じゃが、わしが心底信用に足らぬ人間であっても────マクゴナガル先生はわしとは全く違う人間であることを、覚えておいてほしい」

 

 僕はダンブルドアに深く頭を下げ、扉を開いて研究室の外へと足を踏み出した。

 

 

 


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