音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
ハリーはドラコの腕を自分の肩へ回し、壁を支えにして立ち上がらせた。最初の数歩はドラコも自分で足を動かしていたが、すぐに力が抜け、体重がほとんどそのままハリーへかかってくる。
ハリーはドラコの足が床を擦るのを感じつつ、しっかりとその腕をつかんで自分の体の前に回し、エレベーターの外に出た。
階下での争いが嘘のように、アトリウムは静まり返っている。先ほどと全く変わらず、金の噴水は水を吐き出し、磨き上げられた黒い床にその光を映していた。
エレベーターホールの反対側にある暖炉の列へと向かうため、ハリーはずり落ちるドラコを抱えなおしながら、必死で歩いた。
背後で、再び機械仕掛けの大きな音がした。
身を捩って振り返ると、別のエレベーターが下からせり上がり、金の格子扉が開いたのが見えた。
中から息せき切って飛び出してきたのは、ルシウス・マルフォイと、バーテミウス・クラウチ・ジュニアだった。
ハリーは絶望的な思いに駆られながらも、ドラコを支えたまま、身体ごと向き直った。そのまま、ドラコの脇に回している腕でポケットから杖を引っ張り出す。
──不利すぎる状況だが、やってやるしかない。相打ちになったとしても、こいつらだけは倒す。内心で勇気を奮い起こし、決意を固めた。
しかし、走り寄ってくるルシウスが握る杖は、もうこちらに向けられていなかった。
「ドラコ!」
ルシウスが苦しげに叫んだ。ハリーの肩の上で、ドラコがわずかに顔を上げたのを感じる。
「父上……」
声とも呼びがたい、掠れた音が唇からこぼれた。ハリーは再び、どうしようもなく泣きそうになったが、なんとかこらえ、杖を構え続けた。
ドラコの腕をさらにぎゅっと握り、ルシウスを睨みつける。
「……ちょっとでも息子を思う気持ちがあるなら、こっちに来るな!」
ハリー自身にも整理しきれていない言葉が口から飛び出した。ただただ、もううんざりだった。このバカだってドラコが大事じゃないわけはないんだろう。でもそれなら、なぜ追ってきた? なぜ逃してくれないんだ?
ルシウスの足が止まった。ハリーの腕の中で、ドラコの身体がわずかに強張るのが伝わってくる。その隣で、クラウチもためらうように立ち止まった。
ルシウスは息子の名を呼んだきりそれ以上は何も言わず、もがくように胸を押さえた。しばらくしてようやく、掠れた声を絞り出す。
「ポッター、予言はどこだ。……予言を渡せば、全て済むことだ」
ハリーは奥歯を噛みしめた。
「まだ、そんなものを欲しがっているのか!」
叫んだ拍子に身体がわずかに動き、ローブのポケットの中にあるガラス玉がドラコの脇腹に当たった。感触で分かったのだろう。腕の中で、ドラコの身体がぴくりと動く。しかし、ドラコは何も言わなかった。
それにもまた胸が苦しくなりながら、ハリーも何も言えなかった。
下手に話せば、この二人に予言のありかを教えることになる。それとも、予言を盾に取った方がいいのだろうか? ドラコがどんな顔をしているのか確かめることもできず、ハリーは不恰好に杖を構えて二人の死喰い人を睨みつけていた。
不意に、ルシウスの視線がハリーから逸れた。その目が怯えに見開かれる。隣のクラウチも同じように何かを凝視していた。
ハリーはその視線の先に振り返った。
ついさっきまで誰もいなかったホールの中央に、
そこにいたのはヴォルデモートだった。
無駄だということは分かっていたが、それでもハリーは杖をそちらへ向け直した。暖炉までの距離を横目で測る。ドラコを抱えたまま走り切れる距離ではないことも、見る前から分かっていた。
赤い目がゆっくりと動き、その場にいる人間を鎌首をもたげるかのように見た。
「ルシウス」
声は低く、ほとんど囁きに近かったが、冷たさが染み渡るかのようにホールの隅々まで届いた。
「予言はどこだ」
「──我が君、あと少しでございました。ポッターはすでに──」
「あと少し。お前はいつも、俺様の本意を成し遂げない」
肩の上で、ドラコの身体が固くなった。その表情を確かめたかったが、ヴォルデモートから目を離すわけにはいかなかった。
「バーテミウス」
今度は、ヴォルデモートはクラウチへと語りかけた。
「ドラコは後で回収しろ。まだ、させたいことがある」
視界の端で、クラウチが動いた。ハリーたちの方へ一歩近づくが、その視線はドラコへと向けられていた。
赤い瞳がハリーを見下ろしていた。
「──ポッター。予言を渡せ」
「持ってない」
考えるより先に口が動いていた。
「嘘をつくな」
嘲り笑いの滲んだ言葉が返ってくる。ヴォルデモートの杖が上がり、こちらに向けられた。
首近くにドラコの震える息を感じる。ハリーは杖を構えたまま、動けなかった。
向けられた杖先から閃光が飛んだ。しかし、それはハリーに届かず、横から来た別の光にぶつかって霧散した。
同時に、噴水の水盆に立っていたはずの魔法使いの像が一人でに動き出し、台座からすべり降りる。金色の魔法使いの像は素早くヴォルデモートとハリーたちの間に回り込んで、背中を向けた。
さらに水盆の中から、金属が石を擦る音が響いた。魔女、ケンタウルス、小鬼、そして屋敷しもべ妖精が、次々と噴水から降りてくる。そのうちの何体かが、ルシウスとクラウチを取り囲んだ。
光の飛んできた方向へと振り返る。そこには、アルバス・ダンブルドアが立っていた。
全身から力が抜けそうになるのを、ハリーはかろうじてこらえた。ドラコの体をもう一度抱え直し、足に力を入れてしっかりと立つ。
ダンブルドアはまっすぐこちらへ歩いてくると、ハリーの腕の中を一目見た。それから視線をルシウスとクラウチのほうへ移す。その目には軽蔑の色がありありと現れていた。しかし、ダンブルドアは、死喰い人たちには一言も言葉を投げかけなかった。
そのまま、ダンブルドアはヴォルデモートの前へ進み出た。
「今夜ここに現れたのは愚かじゃったな、トム」
ダンブルドアは静かに言った。
「闇祓いたちが間もなくやって来よう──」
「その前に、俺様はもういなくなる。そして貴様は死んでおるわ!」
そう吐き捨てると、ヴォルデモートは死の呪文を放ったが、ダンブルドアは簡単にそれを逸らし、杖を複雑に動かした。得体の知れないオーラのようなものが迸り、ヴォルデモートに襲いかかる。しかし、宙から取り出された銀色の盾がそれを遮った。
ヴォルデモートは怯まなかった。
「俺様を殺そうとしないのか? ダンブルドア? そんな野蛮な行為は自分に似合わぬとでも?」
ヴォルデモートの嘲笑に、ダンブルドアは全く揺るぎを見せない。
「トムよ。その先を見ず、
ダンブルドアは落ち着きはらってそう言いながら、ヴォルデモートに向かって歩いた。
「自分を慕う者も、忠実な者も、お前は同じように使い捨てる。その先に何が残るのか、考えたことはあるかね?」
ダンブルドアが話す中、ハリーはドラコを抱えてじりじりと暖炉の方へと動こうとしていた。今のうちに、ドラコを連れて逃げてしまいたい。
しかし次の瞬間、ヴォルデモートがダンブルドアに視線を向けたまま閃光を放ち、暖炉ホール側の床板が爆ぜた。ハリーはドラコを抱えたまま身を捩り、どうにか転ばずに踏みとどまった。
「惜しむのは、失う者のすることだ。俺様は惜しまぬ。それに、俺様のために費やされること以上の栄誉があるとでも?」
ヴォルデモートは冷ややかに笑って言った。それでもダンブルドアはまっすぐにヴォルデモートへと歩み寄った。
金の像が背を向けたままハリーをぐいと押した。押されるまま数歩下がると、背中が壁に当たる。像はそのまま二人の前に立ち、両側から小鬼と屋敷しもべ妖精の像が回り込んできて、ヴォルデモートとの間の壁となった。
ダンブルドアは気軽な、しかし静かな口調で続けた。
「その自惚れこそが、お前の考えの浅はかさを表しておる。限りある命の意味を、お前はちっともわかっておらぬ」
「それが貴様の弱さだ、ダンブルドア! 貴様は死を受け入れることを賢しさと思い込み、俺様はそれを越えた!」
ヴォルデモートの気炎にも、ダンブルドアはわずかにも動じなかった。
「死よりも恐るべきことは、いくらでもあると理解できぬのが、まさに昔からお前の悪癖じゃった」
返事の代わりに、緑の閃光が飛んだ。
ダンブルドアが軽く杖を振ると、噴水の水盆から水が壁のように立ち上がり、閃光を呑み込んだ。水は形を崩さぬまま向きを変え、そのままヴォルデモートへ襲いかかっていく。視界の端で、黄金に輝くケンタウロスと魔法使いが、ルシウスとクラウチに踊りかかり押さえつけているのが見えた。
ダンブルドアとヴォルデモートは、ほとんどその場から動かなかった。杖を振るたびに床板が裂け、壁から石が剥がれ、作り出された炎が縄のように伸びて宙を走る。
ハリーは壁に背を預け、ドラコを抱えたまま座り込んだ。像の脚越しに、戦いの光だけが見えている。
ダンブルドアが優勢に進めていたように見えたが、一瞬、ヴォルデモートがハリーの方を向いた。
そのとき、ローブのポケットが軽く引かれた。
気づいたときには、中にあったはずのガラス球はもう宙にあった。青白く光りながら、まっすぐヴォルデモートのほうへ飛んでいく。
ハリーは手を伸ばしたが、ドラコがずり落ちるのを支えたために、指先を玉はすり抜けていった。
ヴォルデモートの細長い指が、飛んでくる予言を掴もうと開く──
しかし、その寸前で玉は弾け飛んだ。ダンブルドアは飛ぶ玉に向けて正確に閃光を放っていた。
破片が霧のように散り、その中から白いものが立ち上る。人の形をしたもやの口は動いているようにも見えたが、ダンブルドアが操る水音にかき消され、何を言っているのかは分からなかった。床板の裂ける音と、呪文の弾ける音に、声は溶けて消えていった。
あれが何だったのかは結局分からずじまいだ。けれど、ヴォルデモートが一年かけて欲しがっていたものは、たった今砕けてなくなった。ハリーの口から、思わず引きつったような笑いが漏れた。
ヴォルデモートの顔が憤怒に歪んだ。立て続けに緑の閃光が飛び、ダンブルドアの前で弾ける。どれも受け止められ、逸らされ、そのたびに壁や床板が抉られていったが、それでもヴォルデモートは杖を振り続けた。呪文の間隔がどんどん短くなっていく。
ハリーは息を詰めて、ドラコの体を掴みなおした。
やがて、ヴォルデモートは呪文を放つ手を止め、次の瞬間、その姿はホールから消えていた。
姿くらましだろうか? ハリーはしばらく、何が起きたのか分からずにその場所を見つめていた。
ダンブルドアのほうへ視線を移して、ハリーは動けなくなった。
その顔に浮かんでいたのは、恐怖だった。死の呪文を前にしても少しも揺らがなかった表情が、今ははっきりと強張っている。 杖を握る手が下ろされないままに止まっていた。ダンブルドアが見つめているのはハリーだった。
そのとき、ハリーの額にはまっぷたつに割れたような痛みが走った。それは、これまでのどんな痛みを合わせたよりも激しいものだった。傷そのものから頭の内側へ火が流れ込んでくるように、ハリーには思えた。
ハリーは呻き声を漏らし、ドラコを抱えたまま床へ膝をついた。視界が白く飛び、像の金色も、ダンブルドアの姿も、一瞬すべて消える。
痛みの奥で、何か冷たいものがとぐろを巻いていた。それは胸から喉へゆっくりと這い上がり、頭の裏側を支配した。
そして、ハリーの口が勝手に開いた。
「さあ、ダンブルドア。俺様を殺せ。死が何物でもないなら……」
自分の声だった。自分の喉から出ている。
「殺せ。それとも、別の死が見たいか……」
自分の口から声が出ているのは分かったが、何を言っているのかはほとんど頭に入ってこなかった。痛みが思考の全部を塗り潰していた。
ぼやけた視界の中で、ハリーには自分の右手がゆっくりと動いているのが見えた。ドラコの脇腹に回しながら握っていた杖が床に落ちる。腕を握っていた左手も肩を滑り、ドラコの首へと回る。両手の指が喉の脇に触れ、そのままするりと巻き付いた。
そこで初めて、ハリーは自分が何をしようとしているのかを理解した。力はまだ入っていないが、それでも、目前に結果は迫っている。
やめろ、と願いながら腕を引き剥がそうとしたが、自分の手は全く別人のものになってしまったようだった。
ハリーの顔が動き、腕の中のドラコの顔を覗き込んだ。目を逸らすことはできなかった。
首に巻きついた指にゆっくりと力が込められ始めた瞬間、ドラコの身体が一度だけ強張った。しかし、すぐに肩から力が抜け、ハリーの腕へもたれかかる重さだけが戻ってくる。ドラコは、わずかにも逃れようとしていなかった。
目を閉じることもなく、灰色の瞳はまっすぐハリーへ向けられたまま、一度も外れなかった。血の気のない顔は、ただ静かにハリーを見上げていた。
そのとき、ハリーの胸の奥にどうしようもなく熱い何かが溢れた。
喉が詰まり、目の奥が焼けた。額の痛みとは別のものだった。名の付けようのない何か耐えがたく熱いものが、身体全体へと満ちていった。
頭の裏側にあったものが、身を捩るのがわかった。
それは熱から逃れるように胸を這い下り、喉を通り、そして、かき消すようにいなくなった。
額の痛みが、嘘のように去った。
ドラコの首に巻き付いていた指から力が抜けた。ハリーは自分の両手を見た。血の気が引いて震えて、指先まで冷えきっている。
膝から力が抜け、ハリーはドラコに覆い被さるように崩れ落ちた。
震える手を、そのままドラコの背へと回した。ハリーはドラコを引き寄せ、額を肩口へ押しつけて、しばらく動けなかった。
ホールの中央で空気が撓むような気配がした。
ハリーが顔を上げると、ヴォルデモートがそこに立っていた。何か不可解な感情を湛えた、赤い目がこちらを見ていた。
そのとき、暖炉ホールの方から緑色の光が差し込んだ。
コーネリウス・ファッジと、数人の闇祓いが暖炉から次々と姿を現す。しかし数歩も行かないうちに、ファッジの足は止まった。そのまま、まるで石になってしまったかのように動かなくなる。
赤い瞳が一瞬だけそちらへ向けられたが、次の瞬間、ヴォルデモートは金の像に押さえつけられたクラウチのそばに移動していた。
杖が一度だけ振られると、クラウチを掴んでいたケンタウルスが音を立てて砕けた。ヴォルデモートはクラウチの腕を掴み、二人の姿はそのまま空気に溶けるように消えた。
そのそばには、魔法使いの像に組み伏せられたままのルシウスが残された。
「遅いお着きじゃったな、コーネリウス」
ダンブルドアは振り返って淡々と言ったが、ファッジは何も答えられないようだった。
エレベーターの方から、もう一つ人影が飛び込んできた。走り寄ってきたのは、シリウスだった。
「な、なんだ──シリウス・ブラック!?」
ファッジの声がアトリウムに響き渡る。何人かの闇祓いが反射的に杖を向けかけたが、ダンブルドアが片手を上げるとその動きは止まった。
シリウスはヴォルデモートの消えた場所にも、自分へ向けられた杖にも目をくれず、まっすぐハリーの方へと走ってきて、そのまま床へ膝をついた。
「ハリー、大丈夫か?」
ハリーは何とか頷いた。
「みんなはどうなったの?」
発された声は、思ったよりもずっと掠れていた。
「無事だ。全員生きてる」
シリウスは一度息を継いでから続けた。
「あっちの死喰い人は全部押さえた。──遅れてすまない。奴らを片付けてきたんだ」
それから、シリウスはハリーが抱きしめたままのドラコへと視線を落とした。
腕の中で、ドラコの身体がぎこちなく動いた。
顔を上げてみると、噴水のそばで闇祓いたちが像を退かせ、ルシウスの両腕を掴んで引き立たせているところだった。
それを見て、ドラコがもがいた。立ち上がろうとしているのだと分かったが、ほとんど力は入っていなかった。ハリーが肩に手を置くだけで、動きを抑えることができた。
「……違うんです、大臣……」
ドラコが絞り出すように声を出した。父親のほうではなく、ファッジのほうを向いて話をしている。
「父上は……違う、僕が、僕が行くと言ったんです……いや、父上は僕のせいで……」
見たことがないくらい、ドラコの口からは支離滅裂な言葉がこぼれ落ちていた。
ハリーは何も言わなかった。言いたいことは山ほどある気がしたが、それを口にするだけの力がもう残っていなかった。
ファッジがこちらを見た。その顔色が変わるのが、遠くからでも分かった。
連れて行かれようとしているルシウスは、何も弁明しなかった。闇祓いに引かれて歩き出す直前、ただ、一度だけドラコを痛みに満ちた目で見た。
「……すまない」
「……父上……」
ドラコが返せたのはそれだけだった。次の瞬間、ハリーが支えていた肩から、ドラコの身体がずるりと落ちた。
ダンブルドアはファッジとハリーたちの間を遮るように前へ出た。
「君は間違っていた、コーネリウス」
ダンブルドアは静かに言った。
「ヴォルデモート卿は戻ってきた。君はそれを認めることを恐れ、一年ものあいだ現実を拒み続けた。そろそろ、その目を開くときじゃ」
ファッジは半分ベソをかきながら、顔をピンク色に染めていた。
そのとき、ダンブルドアの脇から顔を覗かせるようにして、ファッジがこちらを見た。
ドラコはもう動かなかった。父親の連れていかれた方向をただ見つめたまま、ハリーの腕の中で身動きひとつしない。ファッジは力なく項垂れるドラコを見て一瞬言葉を詰まらせた。
「大丈夫か、ドラコ……しかし、いったい何なんだ──あれは──あの──いや、そこにいるブラックは!」
「その件についても、今一度きちんと話す必要があるじゃろうな」
ダンブルドアが平坦に言った。ファッジは口を開きかけたが、二、三度ぱくぱくとさせるだけで、結局何も出てこなかった。
「今夜、わしの時間を三十分やろう。それだけあれば、ここで何が起こったのか、重要な点を話すのには十分じゃろう」
ダンブルドアは話しながら、床に落ちていた金の破片の一つへ杖を向けていた。「ポータス」と唱えると、欠片は青く光り、一瞬だけ大きな音を立てて震えたが、また動かなくなった。
「ちょっと待ってくれ、ダンブルドア! 君にはその移動キーを作る権限はない!──それに、ブラックを逃がすつもりか!」
ダンブルドアは、もうファッジに背を向けていた。
ダンブルドアの手から、破片がハリーに渡される。ハリーはドラコを抱え直して空いた手でそれに触れ、さらにドラコの手も引っ張ってくっつけた。ドラコは何も言わなかった。シリウスが横から手を伸ばす。
「三十分後に会おうぞ」
ダンブルドアは静かに言った。
「いち……に……さん……」
ハリーは何も見ていなかった。ずり落ちるドラコを抱え直すことだけに気を取られていた。
臍の裏側を鉤に引っかけられたような感覚がして、アトリウムが消えた。