音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
明るい医務室は静かで、暖かい空気に満ちていた。昼休みなのか、遠くから子供の喋り声が聞こえている。
目が覚めて、しばらくは体がずっしりと重たくて動けなかった。呪文の後遺症という様子ではなく、単純に寝すぎの気だるさのように感じる。
少しして、布団の中で軽く手足を動かしてみると、まだ痺れは残っていたものの、神秘部から戻った直後に比べれば随分と感覚が戻っていた。肘をついて身体を起こすことも、まったく難しくない。どれだけ眠らされていたのかは分からないが、休息の効果はあったらしい。
改めて周囲を見渡したが、ほかのベッドに友人たちの姿はなかった。全員、もう退院したのだろうか。だとしたら、少なくとも一日以上は昏倒していたことになりそうだが……まったく、スネイプ教授も手荒な真似をしてくれる。
マダム・ポンフリーを呼ぼうか? ……それとも、勝手に外に出てしまおうか。そう迷っているところで、病棟の扉が開いた。顔を向け、入ってきた人の姿に思わず目を見開く。そこにいたのは、ナルシッサ・マルフォイその人だった。
母は起き上がっている僕を見るなり、目を見開いてその場で足を止めた。
髪も衣服も普段どおりきちんと上品に整えられていたが、顔色はひどく悪かった。目元には隈がはっきりと浮かんでいて、まともに眠れていないことが窺える。夫が逮捕されてしまったのだから、無理もないだろう。
それにしても、どうしてここに? ダンブルドアが呼び出してくれたのだろうか?
尋ねるより先に、母は素早くベッドへ近づいてきた。
「ドラコ……」
呼びかけに答えようとしたところで、背中へ腕が回され、そのまま強く抱きしめられる。
その手が伸びてきた瞬間に、意図せず身体が強張ってしまった。まずいと思ったときには遅く、緊張は察されててしまったようだ。母はすぐに腕の力を緩め、そっと僕から離れた。
そのまま乱れていたらしい寝間着の襟を直し、ずり落ちていた掛け布団をかけ直してくれる。いつものように、僕の反応を咎める気配は全くなかった。
……僕は昔から、こうして母に遠慮をさせてきた。幼い頃、前世の記憶に引っ張られて、うまく自分の反応を隠せなかったせいだ。それでも、こんなときくらい、何も気にせず息子を抱きしめさせてあげられないのか。空っぽの胃に罪悪感が満ちていく。
今からでも抱きしめ返せばいいのだろうが、それがなお恐ろしい。寝起きの倦怠感という言い訳に、僕は不誠実にも甘えてしまった。
母が僕の顔を覗き込んだ。何か言わなければ、また具合が悪いのかと心配させてしまうだろう。どうにか口元に笑みを作り、何事もなかったかのように口を開いた。
「母上、ご無事でしたか」
母は一瞬言葉に詰まったようだったが、すぐに普段どおりの穏やかな口調で答えた。
「ええ、大丈夫よ」
とてもそうは見えなかったが、少なくとも大きな怪我をしている様子はない。ひとまず、その言葉に乗ることにした。
母は忙しなく視線を動かし、僕の身体中を確認していた。
「あなたは? まだ痛むところはあるの? 手足の痺れは?」
「もう大丈夫です。ちょっとだけ違和感は残っていますが、寝る前よりずっと楽になりました」
安心させるつもりで答えたものの、母は僕の顔をしばらく見つめていた。
それでも、もう一度身体に触れて確かめようとはしなかった。
「そう、それは……よかったわ」
それ以上、体調について尋ねる言葉が続くことはなかった。
しばし黙り込むと、母は何かを決意するように小さく息を吸った。
「神秘部へ向かわれる前に、お父様からすべてを聞きました。……ごめんなさい、ドラコ」
目を潤ませつつも、母は僕から目を逸らさずに言った。
「お父様も、私も、あなたの親なのに、あなたを守ることができなかった……それどころか、あなたに私たちを守らせてしまったわ」
母の頬を、堪えきれなかった涙が一筋だけ伝った。
声は震えていなかったが、母はそれを拭おうともせず、ただまっすぐに僕を見ていた。
僕は、その涙を見なかったことにした。そうでもしなければ、これ以上まともに言葉を返せそうになかった。
「父上も母上も、悪くありません。僕が自分で決めたことです」
実際、そのとおりだ。人質になると決めたのも、全部終わった後にヴォルデモートのもとへ行こうとしたのも僕だ。父は僕に助けを求めたわけではないし、母に至っては何も知らなかった。二人が責任を感じるようなことではない。
しかし、母は納得してくれなかったらしい。何かを言いかけて、結局、小さく首を振った。
「あなたが私たちを大切にしてくれていることは、よく分かっているのよ。ただ、あなたが……そうしなければならなかったのは、私たちのせいだわ……」
その言葉に答えるべきものを何も思いつかず、僕は母の顔から視線を落とした。
落とした視線の先で、掛け布団の上に置かれた母の手が目に入った。爪の先が欠け、指にはいくつも擦り傷がついている。いつも白魚のような手をしている母には珍しいどころか、こんな有り様を見たのは初めてだった。しかも、そこまで深い怪我ではないのに癒しの呪文をかけた跡もない。
何かに引っかけただけならいい。しかし、父から事情を聞いていたというのなら──
「母上、その手は……闇の帝王に傷つけられたのですか?」
小さく囁いた言葉に、母は目を丸くし、すぐに首を振った。
「いいえ!」
それから僕の視線を追って自分の手を見ると、傷を隠すように布団の上からさっと引いた。
「これは……大丈夫よ」
無意識のうちに、僕は母の瞳を通じてその思考を探っていた。
……少なくとも、今の否定に偽りはない。母はヴォルデモート本人に逆らったわけではないらしい。
ひとまずほっとしたが、しかし何もなかったというのなら、あんなふうに手を隠す必要はないだろう。もっとも、母の言うように、拷問を受けたふうの傷ではない。むしろ、何かを無理やりこじ開けようとしたかのような……
……もしかして、父から話を聞いて何かしようとした母は、それを誰かに止められたのではないか。マルフォイの屋敷でそんなことをしそうな人間には、大いに心当たりがあった。
「……ベラトリックス伯母上ですか」
その指摘に、母の唇が僅かに開いたが、そこから言葉が続くことはなく、母は引っ込めた手をもう片方の手で覆った。しかし、その反応は、ほとんど答えを返したようなものだった。
けれど、何があったにせよ、母は話す気がないらしい。少なくとも闇の帝王に直接逆らってはいないと確かめられたので、それ以上問い詰めることはやめておいた。
「それから、ドラコ。夏休みのことなのだけれど……」
母は少し声の調子を改めた。
「お父様について……近いうちに、屋敷にも魔法省の捜査が入ることになっているの。当分、あなたはこちらに帰ってこないほうがいいわ。ダンブルドア校長も、あなたをウィルトシャーに戻すことに強硬に反対していらっしゃって……その代わり、彼が夏休みの間、安全に過ごせる場所を用意してくださるそうよ」
「……ダンブルドアが?」
「ええ。ほとぼりが冷めるまで、あなたには彼の指示に従ってもらうしかないわ」
どこへ行きたいかという希望は聞かれていないらしい。魔法省まで承知しているとなれば、勝手に帰宅するのは難しいだろう。
そもそも、校内を抜け出そうとしただけで死ぬほど揉めたのだ。マクゴナガル教授から話を聞いているであろうダンブルドアが、夏休みになった途端、自由にしてくれるとも思えなかった。
……歯痒いことこの上ないが、まあ、僕のことはいい。それよりも、確認しておかなければならないことがあった。
「母上も、屋敷を離れるのですか?」
「いいえ。私は残るわ」
「大丈夫なのですか」
「魔法省の捜査が続いている間は、心配ないわ。屋敷で何かあれば、すぐに世の中に知られることになりますから」
確かに、魔法省の職員が出入りしている屋敷で、わざわざ騒ぎを起こすのは得策ではない。闇の帝王にしても、母一人に構って余計な面倒を増やしたくはないだろう。しかし、それでは一時しのぎにしかならない。
「捜査が終わった後は?」
母は答えなかった。僕に向けた目に不安が浮かぶのを見て、こちらまで口を閉じてしまった。その後については、母にもどうなるか分からないのだろう。 だからといって、一緒に屋敷を離れればいいとも言えない。息子はダンブルドアに留め置かれ、妻まで逃げ出したとなれば、マルフォイ家が揃って離反しようとしていると受け取られかねなかった。そうなっては、アズカバンにいる父まで危うくなる。
ここで母に問い続けても、困らせるだけだろう。どうにかするなら、ダンブルドアに掛け合うしかない。父の捜査にどれだけ時間がかかるのかは知らないが、その間、屋敷にも魔法省の目が向き続けるようにしてもらえないだろうか。少なくとも、母が逃げたと思われずに済む方法ではある。
「分かりました。夏休みのことは、ダンブルドア校長に伺っておきます」
母を見上げて、できるだけ穏やかに答えた。まだ何も頼んでいないうちから、どうにかなると約束するわけにもいかない。ひとまず、これ以上心配を増やすようなことは言わずにおいた。
ふと母が顔を上げ、僕の目をじっと見つめていることに気がついた。唇はどこかためらうように震えている。
「ドラコ……もう、私たちのために……」
母はそこで言葉を切った。何を言われるのかと思って身構えたが、母はしばらく僕を見つめたあと、小さく首を振った。
「……いいえ。今は、きちんと休んでちょうだい」
僕は素直に頷いた。
休むだけなら、できる。二度と同じことをするなと約束させられていたら、何と答えたものか困るところだった。
母が言いかけたのもそういうことだったのかもしれないが、確かめる気にはなれなかった。これ以上踏み込まれずに済むなら、ありがたい。
「そろそろ帰らなければならないわ。長居して、あなたを疲れさせてもいけないもの」
母は乱れてもいない服の裾を整えた。その顔には、まだ不安が残っている。
僕は母の傷の残る手を取ろうとして、布団の上で指を動かした。しかし、手を伸ばすところまではいかなかった。母は僕を息子だと思っている。だからここまで心配してくれるのだと分かっていながら、その手に縋るのは、あまりに都合がよすぎるだろう。
母の視線が、僕の指先へ落ちた。何か言おうとしたようにも見えたが、結局、母は黙ってベッドから離れた。 扉のほうへ向きかけたところで、もう一度こちらを振り返る。
「自分の身体を大事にしてね。あなたに、無事でいてほしいのよ」
僕が頷くと、母は僅かに微笑んだ。
「……愛しているわ、ドラコ」
どうにか保っていた笑みが、崩れそうになった。
そんなことは、とっくに知っている。それでも、面と向かって告げられると、どうしていいか分からなくなってしまう。
「……僕もです、母上」
少し遅れて、ようやく言葉が出た。少なくとも、それは嘘ではなかった。
母は僕の顔をしばらく見つめ、それから静かに頷いた。今度は足を止めず、病棟の扉へ歩いていく。僕は布団に手を置いたまま、その後ろ姿を見送った。
扉が閉じてから、深く息を吐いた。背中を枕に預けると、ようやく肩から力が抜けた。
……まず、父の安全を確かめた上で、母のことをダンブルドアに相談しなければならない。
その後、戻ってきたマダム・ポンフリーに尋ねると、神秘部での一件から三日が経っていることが分かった。ほかの生徒たちは、とっくに退院しているという。誰にも深刻な後遺症は残っていないと聞き、ひとまず胸を撫で下ろした。
神秘部での事件は、その翌朝には新聞に載っていたらしい。頼んで見せてもらったところ、紙面はヴォルデモートの復活とハリー、そしてシリウスの話で埋め尽くされていた。僕を含め、ほかの子供たちについてはほとんど触れられていない。あの場にいたことを大々的に報じられても困るので、それはありがたかった。
さらに今日の朝刊には、シリウスがアズカバンへ送られることになった事件の真相が、随分と詳しく書かれていた。本人が語ったのだろうか? 当人しか知らなそうなことまで載っているが、情報源までは分からない。ともあれ、これでようやく彼の汚名は正式に晴れたことになる。ダンブルドアも、忙しい中でよく動いたものだ。
一方、O.W.L.は僕が寝ている間にも滞りなく進んでいた。呪文学、変身術、薬草学はすでに終わり、今日行われた防衛術にも出席は認められなかった。 もっとも、ほかにも入院のためにいくつか試験を受け損ねた生徒がいるので、学期が終わるまでにはまとめて追試の機会を設けてもらえるという。マダム・ポンフリーは何度も心配しなくていいと言ってくれたが、正直なところ、試験は今、最もどうでもいいことの一つだった。
ようやく退院の許可をもらい、僕はスリザリン寮へ戻った。
医務室から出られるのはありがたいが、寮が近づくにつれて足取りは重くなった。皆が無事だと分かって安心したのは確かだ。しかし、だからといって、どんな顔をして会えばいいのかについてはとんと見当がつかなかった。
入り口の前で少し立ち止まったが、いつまでも廊下にいても仕方がない。僕は合言葉を告げ、開いた入り口から談話室へ足を踏み入れた。
四人は、いつも使っているソファのあたりに揃っていた。
最初にこちらへ気づいたのはザビニだった。目が合うなり立ち上がり、そのまま大股で近づいてくる。何か言わなければと思ったが、口を開くより先に、頭のてっぺんへ拳が落ちた。
「イタッ……!」
思わず首をすくめる。病み上がりの人間に、ずいぶんな挨拶だ。
しかし、頭を押さえる暇もなかった。ザビニの横をすり抜けてきたパンジーが、勢いよく僕に抱きついたのだ。よろけかけたところへ、反対側からゴイルの腕まで回ってくる。二人がかりでぎゅうぎゅうと締められ、僕はどうにか足を踏ん張った。
「ちょっと……苦しいんだけど」
どちらも腕を緩めてはくれなかった。
ザビニは僕の前に立ったまま腕を組んでおり、クラッブも少し遅れてソファから立ち上がった。見たところ、四人とも怪我は残っていないらしい。
とりあえずそれには安堵したが、顔を見比べるうちに、別の心配が浮かんできた。
「……君たち、死喰い人に顔を見られなかったの?」
父のお仲間には、僕の友人たちを知っている者もいるはずだ。そこで見知らぬ敵として戦うのと、身元が割れてしまうのとでは、今後の危険がまるで違う。
パンジーが、僕の肩に押しつけていた顔を上げた。
「見下さないで。あなたのせいで、私たちも変身術は結構得意よ」
その口調には、いつもの気の強さが戻っていた。
それを聞いて、なんだかお粗末なハリーの変身姿が脳裏に甦ってきた。僕は声で先に正体を捕捉していたが、あの大混乱の中ではある程度有効な策だっただろう。全員が無事に戻ったと聞いただけで安心していたが、身元まで隠してくれていたのなら、随分と話が違う。
ようやく少し息をついたところで、クラッブが口を開いた。
「俺の親父は、戦っている相手が俺だと全く気づいていなかったな」
僕は顔を上げた。
「……お父様と戦ったの?」
クラッブは、何でもないことのように頷いた。
そんなことまでさせてしまったのか。僕が父に殺されてほしくないように、クラッブにだって父親がいる。当たり前のことなのに、今言われるまで、彼らが神秘部で誰と向かい合ったのかを考えてもいなかった。
何か言おうとしたが、うまく言葉にならなかった。
僕の顔を見て、クラッブは鼻で笑った。
「お前みたいなファザコンばっかりだと思うなよ。奴が逮捕されたおかげで、家がすっきりしてせいせいする」
「でも……」
それでも、危険だったことに変わりはない。相手が息子だと気づいていなかったなら、なおさらだ。そう言いかけたが、クラッブは僕より先に言葉を続けた。
「次また同じようなことをお前がすれば、俺たちも同じことをすると覚えておくべきだな」
ザビニが横で頷いた。僕を挟んでいる二人も、まったく異論はないようだった。
それは、本当に心底困る。
もう二度と、こんな危険な真似をさせたくはない。けれど、危ないから次は来ないでくれと頼んだところで、この四人が聞いてくれるとは到底思えなかった。そもそも、その程度のことは承知で来たのだろう。僕が何を言うかまで、きっと分かっている。
どう返したらいいのか、最後まで思いつかなかった。
僕はようやく両腕を上げ、パンジーとゴイルの背中へ回した。そのまま、二人をぎゅっと抱きしめ返した。
その日の午後、廊下でセドリックを見かけた。
彼にも何か言わなければならないと思い、そちらへ足を向ける。しかし、声をかけるより先に向こうが気づいた。目が合うと、セドリックは小さく頷き、視線で中庭の方を示した。どうやら、彼の方も僕に用があるらしい。
外は穏やかな陽気だった。中庭の芝生には明るい日が差し、離れたところで何人かの生徒が本を広げている。僕らはそちらを避け、人の少ない回廊沿いを並んで歩き始めた。
セドリックの顔にも腕にも、怪我の跡は見当たらなかった。足取りも普段どおりだ。とはいえ、それで何もなかったことになるわけではない。
「なんて言ったらいいか分からないけど……悪かったよ」
結局、そんな言葉しか出てこなかった。
セドリックは少し眉を上げ、こちらを見た。
「むしろ、お礼を言われたほうが嬉しかったんだけどな。まあ、君はいつも僕を驚かしてくれるね」
「大事なN.E.W.T.前だろう?」
セドリックは一度口を開きかけ、それから笑った。今この話で試験の心配をするのか、と言いたげな顔だった。
「いや、ほとんど内定しているようなものなんだよ」
「……就職先のこと?」
「うん。もちろん、試験でひどい成績を取らなければ、だけど」
主席の彼がそんな成績を取るところは、あまり想像できない。なるほど、そういう意味であれば、ほぼ決まっていると言っていいのだろう。
「どこへ行くの?」
「国際魔法協力部。去年の対抗試合で、色々な話を聞けたからね。学校が違うだけでも、習っていることや考え方が随分違うだろう? 卒業してからも、そういう人たちと関わる仕事をしてみたいと思ったんだ」
同じ行事に参加していても、得るものは人それぞれらしい。僕など、『忠義者』の正体に気を取られ、他校の生徒と話した記憶すらかなり朧げだ。
しかし、あの妙な競技の本来の趣旨を考えれば、セドリックのような人間が出てくるのは喜ばしいことなのだろう。
「ダンブルドア先生にも話してある。国外に知り合いが多いそうで、紹介していただけることになっているんだ」
「……
「うん。連絡を取り合ったり、こちらの様子を伝えたり。僕にもできることはあると思う」
セドリックはあっさりと頷いた。本人の希望にも合っているし、ダンブルドアとしても、今から国外とのつながりを強めておくことに異論はないのだろう。
「……君にはぴったりだと思うよ。まあ、君ならほとんどのことはできるだろうけど」
「それはどうも」
セドリックは少し笑った。
別に、お世辞ではない。しかし、僕は彼の進路について今初めて知ったくらいだ。将来の抱負を聞いて、ほかに気の利いたことが言えるほど親しくしていたわけでもなかった。
だからこそ、聞いておきたいことがある。
「……それにしても、どうして君まで神秘部に来たの?」
回廊の角を曲がりながら、僕は尋ねた。
「危険なのは分かっていたはずだろう。君が、僕のためにそこまでする理由はないと思うんだけど」
セドリックは、すぐに答えた。
「あの子たちを、そのまま行かせるわけにはいかなかったからだよ」
何のてらいもない、率直な返事だった。
「ハリーだけじゃない。偶然その場に居合わせた子達だったけど、みんな君を連れ戻すことしか考えていなかった。誰が残るかを決めようとしても、誰も引かないし、あのまま出ていったら、どうなるか分かったものじゃなかった」
「……そう」
「だから、この中で一番君について冷静な判断ができる、僕も行くべきだと思った。……せめて、彼らに命綱くらいは持たせておかないとな」
「……君まで巻き込んでしまって、悪かった」
「僕が決めたことだよ」
セドリックは静かに答えた。
「それに……少しは懲りてくれるかもしれないと思ったしね」
「何に?」
「自分一人の身に降りかかるなら、何が起ころうと、好きにしてもいいと思っていることに」
顔を上げると、セドリックはこちらを見ていた。口元にはわずかに笑みがあったが、冗談を言っている様子ではない。
「もう少し、友達のことを考えたほうがいいよ。君がどうしてほしいと思っていたかは知らないけど、皆、君を助けるために本気だったんだから」
そんなことは、分かっている。
ついさっき、クラッブからも念を押されたばかりだ。次に同じことをすれば、彼らはまた来るのだろう。……だから、二度と彼らが来なければならないような状況を作ってはいけない。
もっとも、セドリックが僕に求めているのは、そういう工夫ではないのだろうが。
「……うん。気をつけるよ」
「何に気をつけるつもりなのか、聞いてもいいかな」
「色々と。今回のことでは、考え直さないといけないことが山ほどあるからね」
嘘ではなかった。しかし、セドリックは裏の意図を読んでしまったようだった。
しばらくこちらを見ていたが、やがて前へ向き直り、深くため息をついた。
「誰かに嫌われる覚悟を持たないまま、誰彼構わず振り回していると、痛い目を見るよ」
僕はちらりとその横顔を見た。
「それって、君と、チョウ・チャンの話?」
不意を突かれたらしいセドリックは顔を顰め、ゆっくりとこちらを向いた。
「……やっぱり、君のことは得意になれないな……」
夕食のため大広間へ入ると、近くの席からいくつもの顔がこちらへ向いた。
しかし、その視線について考える暇はなかった。突然両肩へ重みがかかり、左右から伸びてきた腕に挟まれる。
「やあ、ようやくお出ましか」
「待ちくたびれたぜ」
待ち伏せしていたのは、フレッドとジョージだった。二人はそのまま、僕をグリフィンドールのテーブルへ引っ張っていく。こちらの足がまだそちらへ向いていないうちから進むので、僕は慌てて引きずられないように歩調を合わせなければならなかった。
「ちょっと、僕は──」
「いいから、いいから」
「君には話があるんだ」
僕にも君たちに言うことはあるが、それにしたって、もう少し穏便に呼べないものだろうか。
結局、何一つこちらの都合を聞かれないまま、僕はハリーたちの前まで連行された。
「もう身体は大丈夫なの?」
ハーマイオニーが食事の手を止め、僕の顔を覗き込んだ。
ようやく二人の腕から解放され、僕は少し肩を回してみせる。
「パーフェクト。おかげさまで、元気いっぱいだよ」
「信用ならなすぎるな」
間髪入れず、ロンが言った。
僕は曖昧に笑った。いくらなんでも、その返しはひどくないだろうか。実際、医務室からはちゃんと許可を得て出てきたのだが……まあ、信用を求められる立場ではないのかもしれない。
「でも、本当にありがとうね」
顔を見回してそう告げると、フレッドが大仰に胸を張った。
「ああ、君は存分に我らに感謝すべきだよ。なあ?」
「全くだ。しかし今なら! 我らの新作悪戯道具の開発に知恵を出すだけで、チャラにしてやってもいい」
ジョージが、さも寛大な条件を出したかのように頷く。
そのそばでは、ネビルも控えめに笑っていた。ハーマイオニーは双子の物言いに少し呆れた顔をしていたが、止めようとはしなかった。
「それ、試作品を使われる側じゃないだろうね?」
「何を言ってるんだ。恩人を疑うのか?」
「ごめんごめん。何なりと言ってくれ」
あっさり引き下がると、ロンまで笑った。
深刻な謝罪を始める隙がない。……そうしてくれているのだろう。ありがたくはあるが、どうにも敵わない気分になった。
「でも、本当にすごいと思うよ。十二人で死喰い人を相手にして、全員生きて帰ってきたんだから」
これは、何の取り繕いもない感想だった。
訓練で優秀な成績を収めることと、実際に人を殺すつもりで呪文を撃ってくる相手と戦うことは違う。しかも、彼らはその中で僕まで連れ出してくれたのだ。何度考えても、とんでもないことを成し遂げたものだと思う。
「だろう?」
ロンが得意げに言った。ネビルも、少し照れたように口元を緩める。
「これで分かっただろう。君がいなくても、僕らは結構うまくやるんだよ」
「君の思いどおりにはさせないってことさ」
双子は、揃って実にいい顔で笑っていた。
それについては、まったくおっしゃるとおりだった。僕の目算なんて、彼らは見事にひっくり返してくれた。
そこで、少し離れた席からこちらを見ているハリーと目が合いかけた。
彼は、ほかの皆ほど明るい顔をしていなかった。手元の食事にもあまり手をつけず、じっと僕を見ている。その隣では、ジニーが少し心配そうな顔で彼の様子を窺っていた。
何か言うべきなのだろう。しかし、何を言えばいいのか分からなかった。
あの夜、彼が僕に何を訴えたのか、忘れたわけではない。それでも、その思いをどう受け取ればいいのか、いまだに分からないままだった。
「……それで、今度は何を作ってるの?」
僕は気づかなかったふりをして、ジョージへ顔を向けた。
すぐに二人が話し始める。ハーマイオニーの眉が、説明の途中から徐々に寄っていくのを眺めながら、僕は相槌を打った。