音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
夕食を終えて部屋に戻ると、僕は文机の引き出しからノートを引っ張り出した。変身術の内容に見せかけていたページを元に戻し、新しいページを開く。
さて、これまで僕が見てきたヴォルデモート卿とは、どういう人物だったか。記憶を掘り返し、それを手がかりに分析していく必要があるだろう。
まずは一年生のとき。禁じられた森で、ユニコーンの血を啜るフードの影を見た。賢者の石を狙っていたのが、クィレル教授の身体に取り憑いたヴォルデモート卿だったと知ったのは、その後のことだ。
ユニコーンの血による不完全な生を受け入れたのは、賢者の石を手に入れ、それにより完全な復活を得られると信じていたからだろう。ダンブルドアがそれを守っていると知りながら、大層な自信だとは思うが……まあ、魂だけの存在でいたい人間はいない。ここからは、せいぜい自身の能力に対する強い信頼くらいしか読み取れない。
そして二年生。残念ながら僕は、十六歳の頃のヴォルデモート卿、もといトム・リドルと話すことはほとんどなかった。しかし、「秘密の部屋」から救い出されたのちにハリーがマクゴナガル教授の部屋でダンブルドアに語った話から、考えられることは多い。
あの日記に入っていた霊魂の断片もまた、復活……というか、ジニーと僕から生命を奪い、実体化しようとしていた。
あれが成功していたら、この世に存在するヴォルデモート卿は二人とかになったのだろうか……それは置いておくとして、スリザリンの後継者であることに誇りを持っていたのは間違いない。
でも、半純血なんだよな?(確か、ハリーがそう言っていた)トム・リドルという、マグルの父の名を捨て、ヴォルデモート卿と名乗るようになった。生まれを嫌っていたわけだ。『死からの飛翔』という名からは、不死への渇望も見て取れる。
しかし、彼自身は知る由もないだろうが、未来のヴォルデモートは再度それをハリーに語った。自ら復活を成功させた墓場で……これから殺すつもりの人間に隠すことなどない、ということかもしれない。
けれど、恥じていたというより……否定したがっていた? それが自らの価値を毀損しないものだと、証明したがっているように見える……
そしてヴォルデモート卿は、自らの、スリザリンの血を引くはずの母については、ほとんど語らない。もし彼女が偉大な魔法使いであれば、むしろそれを喧伝しただろうに。そういう意味では、ヴォルデモートは父よりも母を恥じていたようにすら思える。
伴侶にマグルを選ぶような女だったからだろうか? いや、育つ過程で、母は誇れる存在ではないと悟った? なのに、母の血筋を尊ぶ? なんだか矛盾しているように思える……
四年生のときのことは、その年の終わりに、ハリーから一通り聞き出してある。
ペティグリューとクラウチの力を借りて、ヴォルデモート卿は復活した。寛大にも、父を含め、彼を探そうとしなかった他の多くの死喰い人を許し、自らの下に再び加えた。
意外にも、他人の
一方、その後の一年、マクネアやエイブリー、そして我が父がしっかり罰されたのを見るに、無能……というか、自分の役に立たないものには容赦しない。有能なクラウチやベラトリックス伯母上には寵愛を与える。……しかし、それは他人を道具としか捉えていない考え方の証左だろう。
直接会って色々と話した印象も変わらない。自分以外に価値を感じている感じはないし、気に食わない他人をいたぶることに喜びを見出す。色々口出しをした僕も、決してお気に召した様子ではなかった。
しかし、合理的であればある程度説得されてくれるし、想像以上に純血主義には傾倒していない。まあ、自分の生まれと能力を照らし合わせるならば、頷けることだ。
総括すると……自らの価値を強く信じており、それを証明したい。そのために偉大さと不滅性を纏おうとしている──そんな感じの人間に見える。
一方で、その価値の源泉の一部であろう、母については不透明な部分が大きい……軽蔑? 反感? それとも隠蔽? どれもしっくりこない……何か感情を抱いているというよりは、むしろ
結論を導けず、ノートの上でペン先が止まったところで、部屋の扉をノックする音が聞こえた。クリーチャーよりも、ずっと高い位置が叩かれたような……
慌てつつも静かにノートを指でなぞり、ページの表面を変化させる。違和感を与えないようにゆっくりと扉を開けると、そこにはハリーがいた。
「おや、ハリー。どうしたんだ?」
「いや、何してるのかなと思って」
何気ない様子を装っているが、その瞳には少し懸念のような色が見える。
……というか、だいぶマシにはなっているが、ハリーは常時かつ高度な閉心術は身につけられなかったんだな……
自身の能力を悪用し、勝手に心を盗み見て大層失礼な感想を抱きつつ、僕は彼を部屋に招き入れた。
ハリーはきょろきょろと部屋を見回している。内装は彼の部屋と大して変わらないし、僕は自分の荷物を広げていないから、見るものはあまりないだろう。
「ところで、最近傷痕の痛みはどう? 五年生の間はひっきりなしに痛んでいたんだろう」
さりげなくヴォルデモートとのつながりを浚う。ハリーは少し目を丸くしたが、肩をすくめた。
「それが、全然なくなったんだ。僕も、もっとしょっちゅう痛むようになるものだと思っていたんだけど、ダンブルドアはそうなるだろうって予想していたみたい」
「ふうん? なんでだろうね。むしろ、さらに利用してきてもおかしくはなさそうだけど」
僕の言葉に、ハリーはなぜか口を真一文字に結んだ。……その目には躊躇いと……僅かに恥じらいのようなものが浮かんでいる。……何だ?
無言で返事を促すと、ハリーは大層言いづらそうに口を開いた。
「あー……ダンブルドアは……ヴォルデモートが僕の考えや気持ちに近付くのは危険だと気づいたんだろうって言ってたよ」
「危険? なぜ?」
「なんだったっけな……僕には奴が経験したことのない感情があって、それが耐えられないとか、なんとか……まあ、でも、あいつと僕の内面が違いすぎるなんて当たり前のことだろう?」
ハリーはそれだけ言って、この話題は終わり、という顔をした。是非とも詳しくその
「でも、君は僕と『あの人』が同じことを言っているとさっき言ってたじゃないか。君と彼は違っても、僕と彼の考え方は似ているんじゃないか?」
ハリーは慌てたように首を横に振った。
「いや! さっきのはそういうつもりで言ったわけじゃないよ」
ずいぶんと強い否定の仕方だ。夕食の席での軽口を、意外と悔いていたらしい。もしかすると、何の用もなくこの部屋を訪ねてきたのも、それが気にかかっていたからなのかもしれない。
ハリーはそのまま言葉を続けた。
「それに、あいつは君とは全然違うよ。性格だけじゃなくて、生まれとかも……」
おや、これはいい話の流れだ。
僕はできるだけ何気ない調子を装って口を開いた。
「彼の父親はマグルだったんだよね。母親はどんな人だったんだろう?」
ハリーは少しのあいだ視線を宙にさまよわせた。
「僕も詳しくは知らないけど、ヴォルデモートを孤児院に預けてすぐ死んだんだって」
なるほど。
ついさっきまでノートの上で行き詰まっていた考えの、ばらばらだった線と線が、頭の中で繋がりかけている気がした。母について何も語らないのは、恥じているからでも憎んでいるからでもなく、そもそも語れるものを何一つ持っていなかったからなのかもしれない。
「彼がそれを君に言ったの?」
「うん。あれ、伝えてなかったっけ?」
聞いていない。そんなに大事なことは、もっと早く言ってほしかった。
「君からは、半純血だったって話と、復活のときにマグルの父親の骨を使ったってことしか聞いてないと思う」
「そうだっけ? まあ、だから『秘密の部屋』で、孤児のトム・リドルは僕と似ているって話を奴はしていたんだけど……」
「じゃあ、彼はほとんど母親のことを知らずに育ったわけか……しかも、非魔法界で……その母親のことは、どう思っていたんだろうね」
独り言のようにこぼした問いに、ハリーはすぐには答えなかった。その代わりに、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。
「そのことはほとんど話してなかったと思うけど……何でそんなことを聞くの? ヴォルデモートのことを知って、何するつもり?」
さすがに、少し前のめりになりすぎたらしい。
僕は軽く首を傾げ、なんでもないことのように笑ってみせた。
「いや? 自分に似ているかもしれないって思ったから、ちょっと興味があっただけだよ」
しかし、ハリーの眉間に寄った皺は消えなかった。緑の瞳は、まだ僕の目に向けられて動かない。
……誤魔化されきってはくれないな。四年前なら、この程度の言い訳であっさり納得してくれただろうに、この子もずいぶん鋭くなってきたものだ。
まあ、これくらいが潮時か。ヴォルデモートの在学時代を知るダンブルドアに尋ねれば、もっと多くのことが分かるだろう。九月からは、その機会もそれなりにありそうだし。
「……そういえば、そろそろO.W.L.の結果が届く頃じゃないか? 君は追試なしで試験を受けたらしいけど、大丈夫だったかい?」
あからさまな話題の転換に、ハリーはすぐには乗ってこなかった。しばらく黙って僕の顔を見つめていたが、やがて諦めたように小さくため息をつく。
「……別に、問題なかったよ。魔法薬学の出来はちょっと気になるけど……君こそ、ヴォルデモートにしこたま磔の呪文を喰らった翌週に試験だったじゃないか」
「まあ、五年生レベルだったら、僕は目隠しされていてもOを取れる自信がある」
努めて軽く言ったつもりだったが、ハリーの顔はみるみるうちにしかめられていった。何か言いたげに口を開きかけ、けれど結局、その言葉はそのまま飲み込まれてしまった。
その後も少しO.W.L.のことについて話したが、ハリーの疑わしそうな雰囲気は、おやすみを告げて部屋を出ていくときまで残っていた。
ハリーの去った部屋で、僕は文机に戻り、ノートのページを元の内容に戻した。先ほど聞いたことを、忘れないうちに書き留めておく。
実際の正確な年齢こそわからないが、ヴォルデモートの母親は、闇の帝王のご母堂という割には、随分と薄命だったようだ。しかも、生まれたばかりの息子をマグルの孤児院に預けたのだという。スリザリンの血を引く家系だったはずなのに、ほかに頼るところもなかったのだろうか?
……そこで、ふと、二年生のときに調べたことが脳裏に蘇った。秘密の部屋の件で、スリザリンの血筋や、その末裔とされる家々について、図書館で片端から記録をあさったことがあったのだ。
スリザリンの直系とされるゴーント家。その娘のメローピーは、七十年ほど前から、足跡をまったく追うことができなくなっている。彼女の父であるマールヴォロにはアズカバンへの投獄記録があるし、兄のモーフィンはマグルを殺害した罪で、獄中で死んでいたはずだ。
家は没落し、父も兄も監獄にいた娘。頼るあてなど、どこにもなかったとしてもおかしくはない。
……ひょっとしたら、彼女こそが、トム・リドルの母なのではないか?
思考を整理するため、彼らの名前をノートに書き連ねていく。Merope Gaunt、Marvolo Gaunt、Morfin Gaunt──その途中で、ふと、マールヴォロの名とヴォルデモートの名に目が留まった。
……綴りにずいぶん多くの文字が共通している。
MARVOLOとLORD VOLDEMORT。マールヴォロの方から重なる文字を消していくと、残るのはaだけだ。そして「ヴォルデモート卿」の方にはl、o、r、d、d、e、tが余る。
残った文字を眺めているうちに、その並びにも見覚えがある。l、r、d、d、e……これは……RIDDLE?
リドルの綴りも消してみる。これで、ヴォルデモート卿の方に残るのはtとo。マールヴォロとリドルの方には、iとaが残る。
互いに余った文字に、それぞれもう一つずつMを足せば──つまり、最後のピースは、TOMと、I AMだ。
TOM MARVOLO RIDDLE
I AM LORD VOLDEMORT
トム・マールヴォロ・リドル。
私はヴォルデモート卿だ。
ペン先が、紙の上で止まった。
……いや、まさかそんな。魔法界最恐の闇の帝王の名前が、本名のアナグラム? そんな中学生男子みたいな? しかもそれを、数十年もの間、臆面もなく使い続けているだと?
最後に少しだけ、ヴォルデモートの分析に付け足しをして、僕はノートを閉じた。
──想像以上に、精神性が未熟な可能性あり。
翌朝、朝食の席で、シリウスがO.W.L.の結果を手渡してくれた。この屋敷には直接ふくろう便が届かないので、郵便物はすべて、一度彼の手を経由してからやってくるのだ。
昨晩苦し紛れに持ち出した話題が、まさか翌朝に回収されるとは。ずいぶんと間がいい。
僕は自分の封筒を脇に置き、早速開封しているハリーの手元を覗き込んだ。
「魔法薬学の評価はどうだった?」
しかし、返事はなかった。成績表の上を滑っていたハリーの視線がある一点で止まり、その表情が次第に曇っていく。……どうやら、昨日の懸念は見事に当たってしまったらしい。
「……Eだ」
絞り出された評価は、そこまで悪いものではなかった。上から二番目である。
「十分いい成績じゃないか。他は?」
シリウスの問いに、ハリーは黙って羊皮紙を差し出した。
「闇の魔術に対する防衛術はOだったよ。でも、スネイプはOを取らないと六年生の授業に入れてくれないし、闇祓いになるには魔法薬学のN.E.W.T.が必要だから……」
語尾がどんどん小さくなっていく。成績表を眺めていたシリウスも、その条件までは知らなかったらしく、表情に憤怒の色が浮かんできた。勘弁してくれ。昨年のモンペ父上が思い出される。
……なるほど。確かに、スネイプ教授がハリーのために履修条件を緩めてくれる図は、どう頑張っても想像できない。しかし、それだけで闇祓いへの道を諦めるのは、いささか早計というものだ。
「別に、O.W.L.は受け直せるし、授業を取らなくてもN.E.W.T.は受けられるよ」
「……そうなの?」
目を丸くするハリーに僕は率直に頷いた。
「うん。僕だって、受けようと思えば占い学とマグル学のO.W.L.も受けられたし。授業を取っているかどうかと、試験を受けられるかどうかは、別の話なんだ」
まあ、僕は天地がひっくり返ってもマグル学を受けることはないが。
ハリーは僕の顔を見て、それから確かめるようにシリウスへ視線を移した。名付け親が頷いたのを見て、ようやく少し肩の力が抜けたらしい。その顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、自分で勉強して、試験に受かればいいんだね」
「そういうこと。実技メインの魔法薬学というところがネックだけど、僕も教えられるし、そんなに落ち込むことはないよ」
どうせ、僕はまだしばらくこの屋敷から出られないのだ。時間だけは売るほどあるし、隠れ穴へ行くまでに少し予習を進めておけば、ハリーも落ち着いて新学期を迎えられるだろう。
そう伝えると、なぜかハリーは眉を寄せた。
「手伝ってくれるのはありがたいけど、君、昨日も昼間に寝てたじゃないか。まだ調子が悪いんじゃない?」
「いや? ただ眠くなるだけだよ。魔法薬学の勉強くらい、負担にはならない」
「でも、まずは自分でやる。分からないところだけ教えてもらうんでもいいだろう?」
……おや。てっきり、存分に有効活用してもらえるものとばかり思っていたのに。少し肩透かしを食らった気分だが、本人にその気があるなら、それに越したことはないだろう。
僕が頷くと、ハリーはようやく成績表を手元に戻し、もう一度目を通し始めた。
「それで、君はどうだったの?」
少しして尋ねられ、脇に置いたままだった封筒を手に取る。封を切って中身を広げてみたが、特に予想と違うところはなかった。
「全部Oだったよ」
当然だ。ハリーがこちらへ身を乗り出してきたので、シリウスにも見えるよう、羊皮紙を二人の方へ向けて置いてやる。
「マグル学と占い学は受けていないから、十科目だけだよ」
「それを『だけ』と言えるとは、なるほど。君はなかなかいい性格をしている」
シリウスが呆れたように言った。しかし、自信過剰だとは思わない。
カリキュラム作成のため、今までの試験問題や課題に目を通し続けなければならなかったのだし、その評価基準を下回る完成度で試験を受けるなどあり得ない。昨日ハリーに言った「目隠しされていても」というのも、別に強がりではなかったのである。
「これなら、何にでもなれそうだね」
ハリーは成績表を眺めてそう言ってから、ふと顔を上げた。
「君は、将来何になりたいの?」
……何に?
「……なんだろう?」
思いがけない問いに、ろくに考えもしないまま返事が口からこぼれた。ハリーが少し驚いた顔をする。
……そういえば、僕はO.W.L.の前の進路相談も受け損ねている。あの時期は魔法省とマルフォイ邸を往復するので手一杯だったし、スネイプ教授とそんな話をした覚えもない。そもそも、あの過去の側にしか目がついていなさそうな人と向かい合って将来の夢を語る自分というのが、まったく想像できないのだが。
「普通に、家を継ぐ、とか?」
なんとか捻り出した答えに、ハリーはさらに首を傾げた。
「それって、仕事かなあ?」
「たぶん。父も、どこかに勤めていたわけじゃないけど、色々やることはあったし……」
去年の夏からは死喰い人の働きばかり目にしているのが悲しいが、資産の管理やら人付き合いやら、あの家を維持するために必要なことは、それなりにあった。しかし、口に出してから、それが自分のやりたいことかと問われると、別にそういうわけでもないように感じられた。
僕がやらなければならないのは、ヴォルデモートが倒されるまでの被害をできる限り抑え、父を無事に生き残らせ、ハリーに勝ってもらうことだ。そのために身につけておきたい知識も技術も、まだまだある。
けれど、それが全部終わった後に何をしたいのかと聞かれると、何一つ思い浮かばなかった。そこまで辿り着けば、ようやくやるべきことが終わるのだと思っていた。その先にも自分の人生が続いていくということを、僕はほとんど考えたことがなかったのだ。
「……君、人の将来には色々口を出すくせに、自分のことは全然考えていないんだね」
ハリーの指摘に、僕は肩をすくめてみせた。
「君は闇祓いになりたいんだろう? 僕はまだ決まっていないから、おいおい考えるよ。成績で困ることはなさそうだし」
それはそうだけど、とハリーは口の中で呟いた。僕は成績表を畳んで封筒に戻し、冷めかけた紅茶に手を伸ばした。この話はこれでおしまい、という合図のつもりだった。
ハリーも、それ以上は何も言わなかった。けれど、僕が紅茶を口に運ぶ間も、その緑の瞳は、まるで何かを覚えておこうとするかのように、じっとこちらに向けられていた。