音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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秘密の部屋
第十四話 ノクターン横丁の遭遇


 

 夏の盛りが過ぎ始めた八月中旬、僕はウィルトシャーの屋敷で長期休暇を満喫していた。

 

 ホグワーツだって十分住み心地はいいが、我が家にいることには数限りなくメリットがある。特にありがたいのが屋敷しもべ妖精に色々なことを手伝ってもらえることだ。夏季休暇の間、僕は以前は乳母として、そして今は僕付きの使用人として働いてくれている屋敷しもべ妖精のビンクに勉強面を含めて色々な事で助けてもらっていた。気心の知れた仲である彼女はある意味一番隠し事をせずに済む相手と言えるかも知れない。

 最も初めから僕らはこんな関係だったわけではない。ビンクが僕に仕えてくれるようになった当初、僕は彼女を完璧に持て余していた。

 ビンク本人が問題だったというより、マルフォイ家の屋敷しもべ妖精は皆そうだったのだが────ビンクは常に主人の逆鱗に触れることを恐れ、怯え、そのために主人の息子を全力で甘やかし、叱られないよう先回りして物事に当たっていたのだ。そもそも性根が上流階級じゃない僕にその扱いは過剰の域を優に超えていた。

 

 自制心なくこの屋敷しもべ妖精たちに食事を任せていたら僕の横幅は今の六倍にはなっていただろう。おまけに一挙手一投足を主人の代わりにやってしまおうとする。慣れてしまえば楽なのかも知れないが、他人を自分の手足以上にこき使うのに慣れていない人間からすれば邪魔にしかならない。

 こんな生き物に物心つく前から仕えられていたら、自尊心が肥大してとんでもなく嫌な人間になりそうだ。この環境に完全に倦んだ僕は少しずつビンクの振る舞いを普通の、人間の使用人のようにしようと試みた。

 

 ────勝手に自分に仕置きをするな! 君は僕のものなんだから、勝手に傷つけていい部分などどこにもない!

 

 ────なんで僕に物を教えようとしないの? 君は、自分の主人が知恵を得る機会を逃れさせたい屋敷しもべ妖精なの?

 

 ────僕のしたいこと全て代わりにやろうとするのは、主人の意思を遮るのが楽しいからなの? 君の主人が君のいないとこで何もできなければ良いと思っているの?

 

 ────諌言を避けるのは、主人がどこかよそで恥をかくのを見逃すことだ。君は僕に全てを捧げているはずなのに、自分の意見は捧げないのか?

 

 そんなことをずっと言っていたら、態度はかなり改善された。……その代わり、僕の言うことの五割を右から左へ流す、凄まじくお節介な屋敷しもべ妖精が爆誕した。

 

 「坊ちゃん、やっぱりビンクめは、その髪型はお変えになってみても良いと思うのです! お願いですから、前髪を上げさせていただけませんか? 本を読まれるときにも今よりずっと邪魔にならないと思うのです!」

 「だから、前髪がないと落ち着かないって前も言っただろう。今の髪型だって君が整えてくれたやつじゃないか」

 「ええ勿論ですとも。今だってお似合いになっていますとも! でも、坊ちゃんはずーっと同じ髪型であらせられるのです。少しは変化をつけた方が、旦那様も奥様もお喜びになられます!」

 

 …………とてもやかましい。読書とかしている時はちゃんと静かにしていてくれるからいいのだけど。

 勿論両親、特に父の前でこんな「差し出がましい」態度をとっていたら、このビンクは首を切られてしまってもおかしくない。だから、僕らは防音呪文をかけてもらった僕の部屋でだけこんなやりとりをしている。外では怯えきった屋敷しもべ妖精のままだ。でも、前の卑屈でビクビクしていたときよりずっと、ビンクは活発で有能になった。やっぱり身の安全が約束されていない状況下で十全に能力を発揮できないのは人間も屋敷しもべ妖精も同じなのだろう。

 父専用の屋敷しもべ妖精は虐げられているためか、疲れ切って覇気がなく、少し注意力散漫だった。中でもドビーという妖精は元の気質から合わないのか、父に特に辛く折檻されている。それで周囲の屋敷しもべから憐れまれているかというとそんなこともなく、むしろ遠巻きにすらされていた。

 

 理由はドビーの気質にあるのだろう。主人に「仕えたくない」と思うことのできる屋敷しもべ妖精は殆どいない。たとえその人間がどれだけ悪辣であっても、一度得た主人を手放したいと考えること自体が屋敷しもべ妖精には難しいのだ。その点、ドビーはかなり珍しく父への服従を嫌がる節を見せ、隷従のない自由に価値を見出しているらしい片鱗を見せていた。

 父は自分で気づいているのか知らないが、ドビーのそこを気に入っていた。ドビーが自分に対してほんのわずかに見せる反抗心のこもった目を踏み躙るのが好きなのである。とんだサディストだよ。これで加虐心を満たしているから家族にはかなり甘いのだろうか? それはそれでかなり怖い。

 

 ただでさえ近頃父は苛ついている。このところの魔法界の状況はマルフォイ家にとって追い風とは言えない。母方の家系の生き残りたちが皆ご病気になられ、魔法省では闇の道具関連の抜き打ち調査が盛んになっている。我が家の闇に属すると見做される多くの品が、近々父のコレクションを離れることになるだろう。父は単なる蒐集家で、それを使っているどころか使い方を確認しているところも見たことがないが……持っていて不味いものは不味い。歴史ある品々を手放さなければならないこと自体、父のプライドを大きく損ねていることだろう。

 

 一方、僕についてはおおむね満足されているようで何よりだった。昨年度の成績について、僕がマグル生まれの女の子とかなり競って一位だったというのには少し眉を顰められたが、ダンブルドアなどの依怙贔屓だろうと言うことで得心していた。依怙贔屓は我らがスリザリン寮監の方である。加えて、学期末の加点の件についてもダンブルドアの専制に抗ったと考えているようだ。幸いなことにスネイプ教授からも何か話が行っているような様子はないし、僕は品行方正な理想の息子像を父の中に確立できているようだ。こうも都合よく捉えてくれるのは本当に助かる。……ただ、ある見解の相違は徐々に明らかになっていた。

 

 「坊ちゃんはお忘れ物がないか確認なさっていません! さあ、確認なさってください!」

 「えっ、なんだろう…………。ああ、プレゼントのメモか」

 「その通りです! ご病身のシグナス様とカシオペア様のために坊ちゃんはダイアゴン横丁で贈り物を考えねばなりません! 坊ちゃんはものを忘れないためのメモをお忘れになります! それでは本末転倒でございます!」

 「分かってる……分かってるよ……。じゃあ、行ってきます」

 「行ってらっしゃいませ」

 

 ビンクが腰を折り絨毯に額がつかないぎりぎりのところまでお辞儀するのを後に(以前絨毯に頭をつけるのを止めるよう言った)、僕は付き添い姿現しのため父の部屋へ向かった。

 

 

 

 

 そして、ダイアゴン横丁。と思いきや、ノクターン横丁である。

 父は自分の表に出したくないツテを僕に教え始めることに決めたようだ。ありがたいような、ありがたくないような。実際いざという時にはとても役に立つだろうから、しっかり学ばねばならないところが尚更嫌だ。

 

 まず初めに向かうのはボージン・アンド・バークスという魔法道具専門の古物商だそうだ。ノクターン横丁には初めて来るが、通りには見たこともない怪しげな品を軒先に並べる店が連なっていた。魔法省は僕らみたいに地位があって厄介な人たちの前に、ここをターゲットに闇の品の洗い出しをしたほうがいいような気がするが、どうなんだろうか。実際調査されていたりするのだろうか?

 

 僕らはダイアゴン横丁よりずっと人が少ない通りを進み、一番大きな店に入った。戸についている錆びついたベルがガラガラと鳴り来訪を告げる。埃っぽい店内はいかにも闇の魔術といった品でいっぱいだ。どうして闇の品というのはこう見ただけで不味そうな雰囲気を醸し出しているのだろうか。もっと白とかを基調にしたらごまかしも利きそうなのに。そんなことを思いながら商品を眺めていると、父に欲しいものでもあるのかと尋ねられてしまった。あると言えばここのマグル殺しのネックレスとか買ってくれるんだろうか。絶対に要らないが。

 しかし、そう言いつつも父は僕に何か買い与える気はないようだった。彼はどこか嗜めるような、それでいて喜ばしげなような微笑みを浮かべる。

 

 「競技用の箒を買うのだから、ここでは何も買わん。いいね?」

 ……出たよ、これだ。僕と父の決定的な見解の相違。この夏僕が最も嫌だったのは。なんとか説得できないかと舌に張り付いていた言葉を唱える。

 「父上……僕は本当に、クィディッチに向いていないのです。勉学だって、ただでさえ今も僅差の学年一位なのですから、自習時間が取れなくなれば……ご期待の結果を残せないかも知れません」

 「何を言う。お前は優秀だ、ドラコ。魔法の家系でも何でもない小娘に、お前が敗れることなどない。たとえクィディッチ選手になろうとも」

 糠に釘である。僕の才能を過大評価しているところが本当に手に負えない。この休暇の間、僕は幾度となく箒は要らないしクィディッチもやらないと遠回しに告げてきたが、それで父の意見がわずかにも変わることはなかった。父は息子の謙虚さに酔いしれ僕を励ますばかりだ。一片の悪意なく愛情ゆえだからこそ、より扱いにくい。

 

 僕の必死の、しかしささやかな抵抗をよそに店の奥から店主のボージン氏が現れた。話は打ち切られ、大人同士でのやり取りが始まってしまう。もう説得は諦めるしかないのだろうか。

 

 やはり父は蒐集品をいくらか手放すようだった。抜き打ち調査で正体がバレてしまう程度の品ではあるが、それでも忌々しげだ。長年の天敵らしいアーサー・ウィーズリー氏へのこき下ろしが挟まりながら商談はつつがなく進んでいく。その間、話に交ざれない僕は手持ち無沙汰になってしまった。横で聞いているのも悪くはないが、知見を広めるちょうどいい機会だ。適当に店内を見て回って時間を潰すことにした。

 

 魔法への関心は必要に駆られてという面もあるが……どんな魔法がかけられているのか、知らないものを見て検分するのは楽しいものだ。特にこんな初めて見るような物ばかりであれば尚更。

 

 少し掃除の足りていない店内をゆっくりと歩く。絞首刑用の長いロープの束、豪華なオパールのネックレス────この大きな黒いキャビネット棚は何と二つの場所を繋ぐらしい。

 ええ、すごい。常設ポートキーみたいなものってことか? 魔法界の瞬間移動魔法とは思ったよりずっと制約が多いのだ。こう言う汎用的な道具は珍しい────でも対になるもう一個がなければどうしようもないんじゃないか? 

 そんなことを考えながら、何気なく扉の隙間を覗き込む。予想だにしなかったことに────何か、中にいた「もの」とバッチリ目が合った。思わず叫び声をあげそうになるが、何とか堪える。この特徴的な緑の目は────間違いない────何故ここにいるハリー・ポッター!

 慌てて父とバークス氏の方を振り返る。幸運なことに、彼らは話し込んでいて飛び上がった僕には気づいていないようだった。正直見なかったことにしたいが、こんな怪しい場所に主人公を置いておくわけにはいかない。できる限りさりげなく杖を抜き、声を潜めて中にいるハリーに目眩し呪文をかけた。この呪文独特の感触に息を呑む声が聞こえてきたが、こちとら余裕がない。ちょっとひやっとするくらい我慢してくれ。できるだけさりげなく戸棚を開け、静かにするよう囁いてハリー・ポッターを引っ張り出した。

 はっきり言って、僕の急場凌ぎの目眩し呪文は大変お粗末だった。色は何とか周囲に溶け込んでいるが、ハリーの形に沿って光がゆらゆらと曲がっている。幸いなことにボージン・アンド・バークスは薄暗かったし、大人二人は商談に集中しているが、一刻も早くこの場から離れなければすぐに見つかってしまうだろう。

 もうさっさと店から出るしかない。僕は父に親族への見舞いの品を見てくると早口で告げ、彼らがこちらを振り返る前にハリーを引っ掴んでノクターン横丁に飛び出した。

 

 僕の未熟な目眩し呪文は、通りを少し走ってすぐに切れてしまった。

 呪文が解けて姿が露わになったハリーは、最初にマダム・マルキンの洋裁店で出会った時よりもずっとまともな服を着ていて、けれど最初に出会った時よりずっと薄汚れている。しかし、どれだけ見窄らしくあろうとも「生き残った男の子」がこんなところにいたら、あっという間に騒ぎになってしまう。慌てて彼を通りの人から見えない樽の後ろに引っ張り込んだ。

 とりあえず何とかなったようだ。一息ついて、ようやく僕はハリーに向き直った。

 「君、何してるの? こんなところで。一人じゃ危ないだろう!」

 僕の小言にハリーは少し眉を顰める。確かに少し横柄な言い方だったかも知れないが……なんだ? 反抗期か?

 「君だって今お父さんから離れたじゃないか」

 「だから後でめちゃくちゃ怒られるよ……まったく」

 「理由も知らないのに、怒らないでよ」

 確かに、このハリーの煤と埃に汚れ、眼鏡のレンズにヒビが入っている、かなりひどい有様はなぜこうなったのか気になった。

 「じゃあ、どうしてあんなことになったのか説明してよ」と尋ねつつ、スコージファイとテルジオで少しでも身なりを整えていく。

 「ウワッ、何これ────煙突飛行っていうのを使ったんだけど、ダイアゴン横丁に行けなかったんだよ」

 「煙突飛行? マグルの保護者のところからは来なかったの?」

 「この夏の後半はロンのところに泊まったんだ────ちょっと、髪の毛まで撫で付けないでよ!」

 なるほど、初めて煙突飛行を行ったものの、使い方のコツが今ひとつ掴めず、降りれないままダイアゴン横丁の暖炉から何個か先に着いてしまったと。それは確かにハリーは悪くないかも知れない。この子は結構規則破りの常習犯なので、好奇心でここに来たんじゃないかと疑っていたのを内心反省した。

 

 「ねえ、君、なんで学校外で魔法を平気で使ってるの?」

 今度はハリーの方から質問された。1ヶ月以上ぶりのやり取りだ。

 「大人の魔法使いが近くにいて監督していることになっていれば、実は結構許されるんだよ。とくに両親とも古い家系の魔法使いだとね」

 「ええ、そんなの不公平だ」

 「そうだよ、魔法界というところは不公平なんだ。さぁ、身支度できたよ」

 ある程度マシな外見になったハリーに僕のマントを着せてフードを目深に被せ、大通りに出た。流石に有名人の顔を晒した状態でこんなところを連れ歩きたくない。

 

 「さあ、ウィーズリー家の方々はさぞご心配なさってるだろう。早く合流しないと」

 「でも、僕みんながダイアゴン横丁のどこに行ったか知らないよ」

 「だったらダイアゴン横丁まで連れて行く────必要もないな。ほら、素晴らしく目立つ目印があるぞ。あの人についていけばいい」

 ノクターン横丁の路地に、普通の人間の二倍ぐらいの背をした巨漢が見える。あれは間違いなくホグワーツの森番のハグリッドだ。昨年度、僕は彼と因縁を作ってしまったのであまり出くわしたくない相手だが、この場ではとてもありがたい。ハリーは一緒に来ないの?なんて言っているが、行くわけないだろ。ドラゴンのことを忘れたのか。

 

 それでも二の足を踏んでいるハリーの背を、ハグリッドの方へ軽く押す。

 「ほら、行っておいで。後で僕らもダイアゴン横丁に行くから、また会えるかも知れないし」

 

 彼は一瞬逡巡して、しかしハグリッドへついて行くことを決めたようだ。

 「じゃあ、後でね。ドラコ!」

 元気に手を振って、駆け出していく。

 

 相変わらず目に眩しい主人公であった。

 


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