音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第十五話 乱闘

 

 ハリーと別れたあと、僕はアリバイ作りのためにダイアゴン横丁の雑貨店で見舞い品を見繕わなければならなかった。そういえば、父との待ち合わせ場所を決めていない。どうやって合流しようかと考えながら、とりあえずもともと行く予定だったフローリッツ・アンド・ブロッツ書店に向かう。その道の途中、幸いにも父の方から僕を見つけてくれた。

 案の定危ない真似はしないようにとお叱りをいただいてしまったが……けれど、よっぽどの危険性がない限り、父は僕の規則破りに寛容だ。そもそも僕が理のない行動はあまりしないというのもあるし、彼もまたスリザリンの流儀を受け継ぐ人間なのである。ルールとは自らに都合よく使うものなのだ。

 

 残念ながら、そのまま行き先はクィディッチ用具店に変更されてしまった。道すがら儚い抵抗を試みるもかなわず、僕は父がニンバス2001を──なぜか一本だけでなく一チーム分を──買うのを、為すすべなく見つめるしかなかった。

 ただ、余りにも僕が落胆を隠さなかったために父は大いに心配したようだ。何かスリザリンのクィディッチチームに心配事でもあるのか? と気遣わしげだ。どちらかと言うとクィディッチそのものが心配事なのだが、魔法使いに球技のゲームバランスと安全管理を説いても無駄である。適当に誤魔化し、僕らは本来の行き先へと足を向けた。

 

 フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店は多くの人でごった返していた。といっても、ただの新学期直前の混み合いというわけではなさそうだ。詰めかけている人のほとんどは老若の魔女たちだ。理由は探さずともすぐにわかった。吹き抜けにかかった「ギルデロイ・ロックハートのサイン会」と書いてあるケバケバしい横断幕は、店内を少し歩けばすぐに目に入ってきた。

 

 ギルデロイ・ロックハート氏の名前は聞き覚えがある。まだ二十代という若年の魔法使いながら数多くの冒険をこなし、しかもそれを読む人を惹きつける書物にしていたアイドル的著名人……のはずだ。

 活躍の割には研究の分野に出てこない人だし、僕はほとんど小説や随筆の類を読まないから正直彼の人となりは詳しく知らない。今年の「闇の魔術に対する防衛術」の教科書が何故かロックハート氏の著書で満載だったため流し読みはしたが、読みやすそうな冒険譚といった感じで、子どもたちの呪文の練習に役に立つかはかなり疑わしかった。その時点で今回の担当教諭の資質には不安を抱いていたが……まさか本人がハリー・ポッターと同じ日に同じ場所にいるとは。これは起こるべくして起こった偶然なのではないだろうか。

 

 書店の奥からはフラッシュを焚く音や、女性たちの嬌声、その中に途切れ途切れにロックハート氏の演説が聞こえてくる。このような有様ではゆっくり本を見繕うことはできないだろう。かき消されないよう、隣の父に少し大きな声で呼びかける。

 「父上、他のところを先に回りましょうか? こう人が多くては教科書を見るのも難しいでしょう」

 しかし、父は片方の唇の端を吊り上げ、何やら思案げに……言葉を選ばなければ、意地悪そうに笑った。

 「いや……、まあ少し待てドラコ」

 父は絶対こういう大衆的なイベントは好きじゃないだろうに、一体何を目論んでいるのだろう? ロックハート氏のことを社交場で話の種にでもするつもりなのだろうか。それにしたって、この催しは何だか品がないような気がするが……。

 仕方なく父に倣って、近場に陳列してある本に軽く目を通す。そのまま人が捌けるまで時間を潰そうとしたが、奥から大きく聞こえてきたロックハート氏の台詞には流石に注意せざるを得なかった。

 「────みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授職をお引き受けすることになりました!────」

 

 ──そうか。やはり、彼が今年は「そう」なのか。

 ホグワーツの「闇の魔術に対する防衛術」教諭職は、着任すれば一年しか持たない職であると陰で悪名高い。前年度のクィリナス・クィレル教授は、ダンブルドアの手をすり抜けた闇の帝王に代わり取り残され、非業の死を遂げたらしい。なんとも恐ろしい末路だ。流石に二年連続「あの人」の配下というのは芸がない気がするが、ロックハート氏もまた碌な学期末の終え方をしない確率が高いだろう。

 その終え方に次の事件が関わっている可能性は大いにあるんじゃないだろうか。何にせよ、今年度の物語の流れを掴むためにも、彼は注意して見ておく必要がある。

 

 そんなことを考えていると、サイン会が終わって少しずつ人が奥から流れてきた。その中には何やらげっそりしたハリーを見つけた。妙に疲れた有様で、抱えていた本をそばにいた赤毛の女の子(多分、いや絶対にウィーズリー家だ)に力なく渡している。そこでこちらに気づいたようで、さっきノクターン横丁で会ったときよりもはるかに弱々しく手を振ってきた。

 あまり主人公を(元死喰い人)に近づけたくないのだが、この状況では仕方ない。今のところ父はハリーと仲良くすることを勧めているし、出会ってもすぐに何らかの問題に発展することはないだろう。そう考えながらも、できるだけ父の視線から遮るようにハリーの前へ立った。

 

 「どうしたの? 随分へろへろになってるけど」

 「ロックハートって人に捕まって、無理矢理ツーショットを撮られたんだ。人前にいきなり引っ張り出されるし……最悪だよ」

 「へぇ、君と一緒に写真を撮りたがるなんて……虚栄心が強いタイプなのかな」

 「絶対そうだ。あいつが今年から僕らの『闇の魔術に対する防衛術』になるなんて、絶対ろくなことにならないよ」

 「まあ、適当に顔と恩を売っておくぐらいの気持ちでいいんじゃないか? 広く人に知られてる人間ってだけでそれなりに利用価値があるかもしれないし」

 「そういうもの?……煤だらけの顔の写真じゃないことだけが救いだよ」

 

 何気ない会話をしていると、ハリーの隣の女の子の気遣わしげな視線が刺さる。僕が「マルフォイ」だということはバレてしまっているのだろうか? 声をかけるべきか迷っていたところ、人混みの中からロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーが現れた。二人とも人混みに揉まれて少しくたびれているが、特にグレンジャーの顔は元気そうに紅潮している。適当に挨拶をすると、ウィーズリーは一瞬どうすればいいか考えていたようだが、会釈と首を傾げる中間ぐらいの頭の動かし方をした。グレンジャーはこちらに気付くとまっすぐ近寄ってくる。

 「こんにちは! ねえ、さっき貴方ハリーを助けてくれたんですって? その時に魔法を使ったって聞いたんだけど」

 「合法だ!」

 去年の飛行術の授業が思い出される。責められるのかと思い、素早く弁護を図るがどうやらその意図はなかったらしい。彼女は首をすくめて話を続けた。

 「そうみたいね。だからそのことじゃなくて、透明になる呪文って────」

 しかし、グレンジャーが話を仕切る前に、奥からやってきた男性がこちらに向かって声をかけた。

 「ロン! 何してるんだ? ここはひどいもんだ。早く外に出よう」

 タイミングの悪いことに、その燃えるような赤毛の男性は紛れもなくアーサー・ウィーズリー氏だった。僕の後ろからこちらに近づいてきた父とちょうど出くわす形になる。二人の父親はお互いの姿を認めると、方や顔をこわばらせ、方や蔑んだような微笑みを浮かべた。父は抜き打ち調査の鬱憤を裡に冷酷そうな声で語り出す。

 

 「これは、これは、これは──アーサー・ウィーズリー」

 少し聞いただけでわかる。この態度は相手を煽り倒す構えだ。どうやら父はこの場でウィーズリー氏と舌戦を繰り広げるつもりらしい。やめてくれ。子どもの前なんだから……。

 案の定、父はそばにいた赤毛の女の子の古本を手に取り、魔法省にお勤めのウィーズリー氏の経済状況を貶し始めた。元は温和そうなウィーズリー氏の顔がみるみる硬くなっていく。

 早く終わってくれと願っていると、ふと父の視線が動く。その先には一組の夫妻がいた。格好と、髪や顔立ちから察するにマグルの──グレンジャー夫妻だろう。純血主義者にしたら格好の標的だ。これは酷いことになる。僕はもう店の外に出たかった。

 「ウィーズリー、こんな連中とつき合ってるようでは……君の家族はもう落ちるところまで落ちたと思っていたんですがね──」

 

 しかし父の愚行は、それを上回る蛮行によって中断された。マグルに対する侮蔑についに耐えかねたウィーズリー氏が、猛然と飛びかかったのだ。父の背が本棚に叩きつけられ、周囲から悲鳴が上がる。とんでもないことになってきてしまった。時すでに遅いが少しでも事態を収束させなければならない。

 「止まって──落ち着いてください、ウィーズリーさん!」

 二人の方へ駆け寄りウィーズリー氏の肩に手をかけるが、掴み合った二人はそれどころではなかったらしい。普通に弾き飛ばされ、本棚に強かにぶつかった。十二歳の身体未熟な子供は非力である。上から落ちてきた呪文集に頭を打たれながら、自信がなくても魔法を使うべきだったな……など現実逃避気味の思考を飛ばした。

 「おい、大丈夫かよ?」

 流石に事態の衝撃でいつもの態度を忘れたのか、ロン・ウィーズリーが僕を助け起こしてくれた。少しふらつきながらも礼を言って立ち上がる。再度二人を止めようとして見ると、ちょうど店にどうやって入ったのかわからないレベルの巨漢が僕らの父親を引き離しているところだった。

 

 ウィーズリー氏の唇は切れてしまっているし、父の顔には青痣ができている。殴り合いましたと言わんばかりの外見に、帰ったら母上が何とおっしゃるか考えるだけでも頭痛がした。

 僕はこの十年ちょっとで初めて大人のつかみ合いを見たのだが……これが魔法界のスタンダードな訳ないよな? いつもなら父は表面は上品なのに、ウィーズリー氏に対しては完全に仮面が剥がれている。先に手を出したのはあちらの方とはいえ、外聞が非常によろしくないだろうに。

 父はまだ掴んでいた本を捨て台詞と共に赤毛の女の子に返し、僕を連れて素早く店を後にした。

────────────

 

 騒然としていた店内は、マルフォイ氏とドラコがいなくなったことで少しずつ元の落ち着きを取り戻していた。ロンのおじさんのローブを直しながらハグリッドは唸る。

 「アーサー、あいつのことはほっとかんかい。骨の髄まで腐っとる。家族全員がそうだ」

 それを聞いてハーマイオニーは目を釣り上げた。

 「ねぇ、ハグリッド! さっきドラコはハリーを助けてくれたのよ! そろそろ、いろんな観点から彼を見ていい頃じゃない? ノーバートだって処分されていたわけじゃなかったんだもの」

 ハーマイオニーは腕を組んでハグリッドに言った。

 

 ハグリッドはドラゴン事件の後、ドラコに対して怒りと嫌悪を隠そうとしなかった。禁じられた森の罰則後、ドラコが僕を守ってくれたと聞いても、その態度はほとんど変わらなかった。ノーバートを亡った怒りと悲しみはハグリッドにとってそれほどまでに大きかったらしい。

 けれど僕が「隠れ穴」にいる間に、ロンのお兄さんのチャーリーから手紙が来たことで、事実が明らかになった。結局、ダンブルドアはノーバートを殺さずにチャーリーの元へ送ったというのだ。

 ホグワーツ城に来たチャーリーの友人は厳しいお叱りを受けたそうだが厳罰はなく、いまはノーバートはノーベルタという名前で(そう、あのドラゴンはメスだったんだ!)スクスク育っているらしい。

 

 さっき僕らに会ってからそれを聞いたハグリッドは、ドラコのことをどう考えていいかよくわからなくなったようだ。結局、当初の予定通りノーバートはルーマニアに行けたし、僕らも、紆余曲折あって最終的には罰則以上のものを得た。

 終わり方だけ見ればかなり上々だと思うんだけど、一度ついた印象はなかなか落ちないみたいだ。やっぱりハグリッドはルシウス・マルフォイとドラコを重ねて見ているようだった。

 

 思わずため息をついていると、横にロンが近づいてきて、こっそりと耳打ちをしてきた。

 「まあ……ハグリッドももう現実を見ていい頃だよな? 実際、ドラゴンを小屋で飼うなんてどうかしてるんだし」

 僕は驚いてロンを見る。ロンは僕ら三人の中で一番ドラコのことを嫌っていた。僕も、初めて二人が会った汽車でのことを思えば仕方ないように思っていたんだけど……知らない間に心境の変化があったらしい。ハグリッドが頑なだから、逆にロンは冷静になったのかもしれない。

 

 ロンとドラコの仲が良くなれば、新学期は前よりもずっと過ごしやすくなりそうだ。夏休み中にダーズリー家に襲来した屋敷しもべ妖精のドビーのことは気になるけれど……。

 僕はさらに強く、ホグワーツに帰りたくなっていた。

 

 

 


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