音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
フローリシュ・アンド・ブロッツ書店での乱闘から十日ほど経った九月一日。僕はスリザリンの仲間たちでぎゅうぎゅうのコンパートメントで、今年起こるだろう事件について考えを巡らせていた。
ハリーはまだ音割れBBの元ネタ動画で見た姿より遥かに幼く、例の青白ハゲ……もとい闇の帝王と相対する日はまだ近くないのかもしれない。けれども、予想できないことは余りにも多い。そもそもあれが初対戦なのか、闇の帝王がいつ復活するのかも分からない。あの場面を切り抜ける力がハリーには備わっていると信じたいが、僕という異物が存在している以上、物語の筋書きを過信するのも禁物だ。
結局のところ、五里霧中の状況下では警戒し続けるしかないのだ。現実の闇の帝王の動向に注意を払い、強大な力に対処すべく知識と経験を蓄える。今年何が待っているかも分からない今の僕にできることなんて、せいぜいそのくらいだろう。
もっとも、がむしゃらに自分の能力を伸ばす以外にも考えられることはある。僕だけが持っている「知識」にもとづけば、「数巻の小説」という枠組みからわずかにでも流れを予想できる。これから起こるであろう何らかの事件が再び学年度末に収束すれば、去年の件と合わせて一学年一巻の仮説にかなり信憑性が出てくるだろう。
もちろん推測に頼りきることはできないが……物語のクライマックスという一番主人公が危険に晒される可能性の高い時期を推測できるのはありがたい。それ以外の危険度の見積もりを誤らなければ、去年の禁じられた森の二の舞はある程度避けられるだろう。
……そんな呑気なことを考えていた僕に冷や水を浴びせたのは、僕らのコンパートメントにやってきたグレンジャーが告げた言葉だった。なんと、ホグワーツ特急の中にウィーズリーとハリーが見当たらないと言うのである。早い。早すぎる。まだ今学期も始まっていないのに。
思わず血の気が引くが、まだ単に逸れただけという希望を捨てたくない。探す必要ある? と不満げなパンジーに謝りながらも僕らのコンパートメント内の皆で特急全部を見回った。結論として……見つからなかった。
状況が理解できずコンパーメントの隅で黙り込む僕をよそに、他の子供たちはおしゃべりを続けている。
「ウィーズリーはそそっかしいところがあるから、乗り込む前に忘れ物にでも気づいたんじゃないか? あの二人はいつもべったりだし、ポッターはそれに付き合ったんだろう」
ゴイルは妙に彼らを心配している僕を気遣っているのだろう。普通の子が車内にいないのだったら十中八九その予想で正しいが、ことハリー・ポッターに限ればこの異変が平穏な日常の一幕で終わるとは考えづらい。
「でも、乗り遅れただけだったら大したことにはならないだろうな。あいつらの家族が姿現しも使えないんだったら別だが、ホグズミードまではそれで来れるんだから」
「姿現しが使えなくたって問題ないわ。キングズ・クロスから40分も歩けば『漏れ鍋』よ。そこでホグズミードまで煙突飛行で行けるわ」
確かにそうなんだが……いや、そうか。ついこの間までフルー・パウダーを見たこともなかった様子のハリーならともかく、純魔法使いのロン・ウィーズリーも一緒なら、いくらでも他の方法は考えられるか。
……それでもなお学校にいなかった場合、僕は物語の舞台は元から校外だったのだと願うしかなくなる。
「あいつらだけ先について、バカみたいに玄関ホール突っ立ってる様子が目に浮かぶな。全校生徒の前で遅刻しましたって張り出されるようなものだ」
「新学期が始まってたら絶対減点なのに!」
「まあ、そうでなくともマクゴナガル教授は遅刻についてはきついお叱りをするだろうから……」
力なくつぶやく僕をよそに、ハリーたちが現れることはないままホグワーツ特急はホグズミード駅に到着した。
結局、僕の心配はほとんど杞憂に終わった。ホグワーツに着いた僕らの耳に入ってきたのは、空飛ぶ車が校庭に墜落したという目撃情報と、それに乗っていたロン・ウィーズリーとハリー・ポッターが退校処分になったと言う噂だった。
……いや、彼らは何をやっているんだ? 一体どんな経緯があれば移動手段の中で隠密性も速度も最悪の類のものを選べるんだ? というか、十二歳の子供が車でロンドンから
周囲も想像だにしなかったニュースに色めき立っている。ダンブルドアのお気に入りの少年たちが退校になるとは僕らの中の誰も思っていなかったが、事態は余りにもセンセーショナルだ。
それにしても、信じられないほど考えなしの行為だ。誰も予想し得なかった展開にスリザリン新二年生の中で、ハーマイオニー・グレンジャーがそばにいない間、彼らは文字通り頭脳を失っているという結論に至ったのだった。
僕が彼らを実際にこの目で見たのは翌日の朝の大広間だった。彼らは明らかに表情の固いグレンジャーと一緒に並んで朝食を食べていた。何やら細かい傷があるのが気になるが、ひとまず元気そうで何よりだ。性格がお世辞にも良いとは言えない僕の同級生たちは、早速グリフィンドールのテーブルにちょっかいを出しに行った。
パンジーは今学年一になるんじゃないかと言うくらいウキウキしながら三人組に声をかけた。
「ねえ、聞きたいんだけど、卵が先なの? 鶏が先なの? つまり……あんたたちは自分の頭がカラッポだって知ってたからグレンジャーにくっついてたの? それとも、グレンジャーにくっついてたから考えるのをやめちゃって、それで頭がカラッポになっちゃったの?」
ウィーズリーはサッと顔を赤らめ怒りを露わにしたが、意外なことにハリーはかなり恥ずかしそうな様子だ。グレンジャーは言われても当たり前だと言わんばかりに二人を無視している。
「パンジー、こいつらが学期に入る前だから減点されなくてがっかりしてたのはどこいったんだよ」
ゴイルが知ってか知らずか水を差した。
ウィーズリーは少し得意げな様子を見せたが、ハリーはさらに縮こまっていた。
「ああ……、もし学期に入ってたら間違いなくお前らがダンブルドアの『裁量に含まれない』映えある第一例になっていただろうに……。残念だ」
クラッブは冷ややかに言い放った。あの制度のターゲットはスリザリン……というかスネイプ教授だし、嫌味の一つも言いたかったのだろう。
もっぱらのグリフィンドール生は今回の出来事を讃えるものだと思っているようで、二人に絡む僕らに対してよろしくない感情の視線が刺さってきている。そろそろ衆目が集まりすぎてきたので、僕は未だ皮肉を飛ばす子供たちを回収してスリザリンのテーブルに移った。
さっさと朝食を食べたパンジーはまたグリフィンドールのところに出張って行こうとしていたが、直後にウィーズリーの手元で爆発した『吠えメール』がその機会を奪った。大音声で我が子を叱責するその手紙を遮って何か話せる人間はいないだろう。尤もその手紙の内容が内容だったので、パンジーは更なる皮肉の餌を与えられてしまった。
正直空飛ぶ車を選んだ時点で庇える余地はほとんどないのだが……ハリーが少し心配になった。彼もなんだかんだグリフィンドールだから英雄譚の一つとして済ませるのだろうと思いきや、友人の母からの「吠えメール」は存分に羞恥心と罪悪感を運んできたらしい。
一つ幸いな事に、昼に大広間で見かけたときにはグレンジャーはもう二人は十分罰を受けたと考えたらしく、いつものように親しげに話していた。ただ、彼女が午前中の変身術で作ったであろうコートボタンを見せびらかしているのは、今の二人の神経を逆撫でしているようだ。
昼食を終えた三人が中庭に出ていくのが見える。流石にそろそろ何があったのか気になるので、仲間たちに一声かけて僕は彼らの後を追い、声をかけた。
「やあ、朝は大賑わいだったね」
「君のお仲間も原因のうちの一つだろ。パンジーの手綱をもっとしっかり握っておけよ!」
ウィーズリーは顰めっ面だったが、去年とは何か違う態度だ。完全に無視するか、話を打ち切るように返されていた前よりはずっといい。
「僕が言ったところで二人は絶対やめないよ。あの子たちはどれだけ痛烈な皮肉が言えるかの世界大会があったら間違いなく参加しようとするタイプだから。……ハリー? どうかした?」
さっきは少し元気が出ていたように見えたのに、ハリーはまた葬式に参列しているような雰囲気を放っていた。
「あの……本当にちゃんと考えてなかったんだ。 マグルの前で魔法を使っちゃいけないって知ってたんだけど、焦ってフクロウのこととかも思い出せなくって……」
俯いたまま言い訳じみた言葉がポロポロと出てくる。何だかすごく深刻そうだ。まあ、実際にやらかしたことはかなり重大なんだが……ここまで自分のやったことを反省している彼を初めて見た。
なんと声をかけたらいいか分からずにいると、ハリーが少し顔を上げる。
「怒ってないの?」
「いや、君たちが何をしたか知ったときは呆れの感情が強かったかな……。まあ、かなり心配したとは言っておくよ」
「僕、君にすごく叱られるだろうと思ってた」
どうやら彼の中で、僕は随分と厳しい委員長タイプになっていたらしい。僕は少し苦笑いを漏らして首を振った。
「流石にここまでしょげきってる相手に追撃を喰らわせたいとは思わないよ。で、何であんなことしたの?」
ハリーはようやく少し表情に明るさを取り戻して、キングズ・クロスについてからの経緯を話してくれた。
「9と3/4番線に行けなかった? 何でだろう。キングズ・クロスにかけられている呪文はマグルに怪しまれないために結構厳重で、複雑なんだ。学校の生徒とかが悪戯なんかの軽い気持ちで締め出したりはできないはずだけど……」
そう三人で話していると(グレンジャーは『バンパイアとバッチリ船旅』をすごく丁寧に読んでいた。そんなに得るものがあるだろうか?)、ハリーが何かに気付いたようにふと顔を上げた。彼の視線の先を追うと、薄茶色の髪をした小さな少年が、カメラをしっかりにぎってこちらを見つめていた。その子はハリーを見てパッと顔を赤くする。
「ハリー、元気? 僕──僕、コリン・クリービーと言います」
少年はおずおずと一歩近づいて、一息にそう言った。ハリーの脇にいる僕とウィーズリーのことは完全に視界に入っていない様子だ。
彼はそのまま、熱っぽく早口で話し始めた。どうやらハリー・ポッターの熱烈なファンらしい。ハリーに、並んで写真を撮ってそこにサインをして欲しいと頼み始めた。ハリーはどう見ても嫌そうな感じで、けれど一年生を無下にするのにも躊躇われるようで対応に四苦八苦している。
そろそろ理由をつけて図書館の方にでも連れて行こうかなと思っていると、今度は校舎から中南米の蛾のような人が出てくるのが見えた。目に鮮やかなローブを纏ったロックハート教授だ。……嫌な予感がする。
教授もまた、ハリーを見つけると大股でこちらに近寄ってきた。そのままクリービー少年の意図を悟った彼はハリーの肩をガッシリ掴み、写真を撮らせようとし始めた。随分と強引なやり方だが、フローリッツ・アンド・ブロッツでもこんな真似をしたんだろうか? ハリーはいよいよ屈辱感を顔から隠さなくなっている。
流石に可哀想になり、助け舟を出すことに決めた。僕は近くの草を毟って蛍光色の芋虫に変え(変身術を磨くのはホグワーツでの最大の趣味だ)、ハリーの肩を鷲掴みにしているロックハート教授の肩に擦りつけた。こちらに振り向こうとする彼に驚いたような口調を作って声をかける。
「教授、毒虫が肩についていらっしゃいますよ」
ロックハート教授は自分の肩の毒々しい芋虫を見てハリーから弾かれたように飛び退いた。彼がターコイズの派手なローブをバタバタと払っていると、次の授業の予鈴が鳴る。僕ら三人は、まだロックハートのそばにいるグレンジャーを残し、校舎への階段を全速力で駆け上がった。
角を曲がり、中庭が見えなくなったところでようやく足を止める。
「グレンジャーを、置いてきてよかったの?」
「ハーマイオニーはあいつにぞっこんなんだ……。彼女、時間割のロックハートの授業を全部ハートで囲ってるんだぜ!」
息を切らしながら問うと、ウィーズリーは憤慨をあらわにして答えた。
「さっきはありがとう……でも、僕この後もロックハートの授業なんだ。最悪だよ」
ハリーは再び肩を落とした。
向かう教室が違うので、廊下で二人とは別れることになった。先ほどから悟っていたことではあるが、既にハリーとウィーズリーのロックハートへの好感度は下限に達しているらしい。
その更に下があることを、僕はまだ知らなかった。