音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
ロックハートはハリーにとって悪夢のような教師であり、そして僕にとっても許し難い教授だった。
初回の授業で解かねばならない小テスト──彼の経歴や好みなど、魔術の習得に全く関係ないクイズ集──を見たときは唖然とした。生徒に慣れてもらうための施策かとも思ったが……どうやら違うらしい。彼が薄っぺらい笑みを浮かべテストの束にケチをつけ始めたとき、僕はそのまま教室を出ていこうかとすら思った。教師個人に対する関心で教科の点数を付けようとするなど言語道断だ。「闇の魔術に対する防衛術」に関する能力を養うのに一ミリだって役に立たないじゃないか。
その上、本格的に始まった授業の内容も最悪だった。僕が最も危惧していた通り、ロックハートは参考になりそうにもない冒険譚を授業中に読ませ、それだけでなく物語の一シーンを再現するのに全てのリソースを費やしていた。演習形式ならば、生徒に怪物を打ち倒す役をやらせればまだ言い訳ができただろう。しかし、彼は自身が舞台の中心に立つことに固執し、子供たちを自らを飾り立てる舞台装置としか考えていないようだった。
さらに悪いことに、明らかにロックハートは無能だった。自ら書いた物語中の行動を取れるだろう能力がないという事実、それは彼が何らかの方法で虚偽の功績を得ている証左に他ならない。
……しかし、現在僕が持ちうる情報で彼を告発し、教壇から排除するのはほとんど不可能に思える。そもそも学校外での話でそこを探る捜査能力がない。さらに、彼は大いに注目を集めている人物であり、芸能方面でとはいえマーリン勲章まで授与されている。それなのに未だに事実が明らかになっていないのは、その隠蔽能力の高さを窺わせる。
数々の大人の魔法使いより僕が優れているなどと自惚れるつもりはない。僕が今学年中に彼の犯罪を立証できる望みは限りなくゼロに近い。それゆえに、僕が彼を排除するためにはもう一つの穴、すなわち授業内容のお粗末さを標的にするしかない。
喜んでいいのかは分からないが幸いなことに、スリザリン生はマグルの片親を持つロックハートに冷淡な人が多い。五年生以上であれば無能な教師の存在は進路に関わってくるというのもある。ロックハートの授業についての苦言を呈せば、皆喜んで今までの闇の魔術に対する防衛術の内容について教えてくれた。
僕は特に問題とされる点をピックアップし──全ての学年に同じ教科書を指定しているのは、本当に一体どう言うことなのだろう? 一週間もあれば全部読めてしまう冒険譚で、七年使って何を教えると言うのだろうか?──ホグワーツ理事である父に送るための報告書にまとめ始めた。
しかし、この行動が大局から見て正しい行動なのか、今ひとつ確信が持てない。毎回奴の授業が終わるたびにその懸念が吹き飛ぶほど、僕は怒りで頭がいっぱいになっていたのだが……去年のこともある。こんな年度初めで
そんな悩みを抱えながら着々と手筈を整えていたある日。再び放課後のマクゴナガル教授の研究室で、僕は唐突にダンブルドア校長と出くわした。
衝撃に思わず瞠目した僕を前に、彼はいつもと同様に、悪戯っぽい微笑みで研究室に迎え入れた。引き返すわけにもいかず秋の日差しが降り注ぐ部屋で校長と対峙する。どうやってこの人は僕がマクゴナガル教授の元を訪ねるのを察知し、ここにいられるのだろう。校内は姿現しできないはずなんだが。校長特権か? それとも、僕がマクゴナガル教授のもとに通いすぎなのか?
心臓に悪いことしかしてくれない校長に内心ため息をつく。しかし、やはり以前会ったときと同じく、僕にとって都合の良い機会でもあった。
「またもや、最初に謝罪をしなければならないのう」
以前よりも心なしか軽い口調で謝る校長に対し、失礼ながら少し目をすがめて見てしまう。
「ご自覚があるのなら、やめて下さいよ。マクゴナガル教授もおっしゃったと思うのですが、一年とはいえあんな不適格な教師、生徒が可哀想です」
「無論その通りじゃ。そして、君も予想しているとおり、これには理由がある」
黙ったまま話を促す。無礼かも知れないが、今の彼の振る舞いはそれに値すると思っていた。
ダンブルドアは語り始めた。
「実は、今年は別の先生をお呼びするつもりじゃった。去年の後じゃ。子供たちが『闇』に対抗する手段を学ぶ機会を一年も失うのは、わしとて望まぬ。しかし……準備が間に合わなかった」
「であれば準備が整い次第、今年度中にでもその方をお呼びすべきだ……という指摘が来るのはご理解していらっしゃるのですよね」
ダンブルドアは深く首肯した。
「わしはその優れた教育者に一年間のすべてを教えてもらいたいのじゃ。ロックハート先生の残りの間ではなく」
ロックハートで一年を棒に振ってでも、ホグワーツで丸一年教える価値がある教師とは一体何なのだろう? そこまで素晴らしい内容を教えられるのか、それともその人が一年教職に就くこと自体に意味があるのか。気にはなったが、前年度のハグリッドのような肝の冷えるネタばらしも勘弁したいので、僕はそこは追及しなかった。
「『闇の魔術に対する防衛術』教諭の席にかかる呪いはどうにかできないのですか? ……できたら、もうされていますか」
「その呪いをかけた者はあまりに強く、術者が死なねば解けぬじゃろう」
ダンブルドアが抹殺できない人間など一人くらいしか思いつかないのだが、これまた今聞いてもどうしようもないことだ。勿論なぜそんな呪いが掛けられることになったのかは気になるが……。
しかし、今の問題はロックハートだ。
「なるほど……つまり、ロックハート教授がこの一年を教えるのはやむを得ない確定事項なのですね」
「君が、その利発さとお父上の力を使えば彼を叩き出すのは容易であると分かっておる。ハグリッドと同様に。しかし、ああ……またもや同じ台詞じゃ。この一年間は、追い出すのを待って欲しい。その後、あの席に座るものが子供たちにとって安全かどうか────いや、ヴォルデモートの毒牙に掛かっておらぬか、わしには保証ができぬ」
嫌なところを修正された。そこは安全かどうかでいってくれよ。今のロックハートも安全じゃないみたいじゃないか。
ただ、ひとまずは納得できた。クィレル教授のように……いや、むしろ直接「あの人」が乗り込んで来なければダンブルドアも気づかない可能性がある、と。どうやったって主人公の周りで物語は進むのだから、ホグワーツでなんのイベントも起こらない訳はないのだが……ここでダンブルドアの限界を知らされるのは少々底冷えする思いだ。
「ただ、『闇の魔術に対する防衛術』の席にかかっているのが呪いなのであれば、彼もまた良くない終わり方をしますよ。確かに見下げ果てた人間かも知れませんが、それは後味が悪いのではないですか」
ダンブルドアは、初めて言葉を出すのに時間がかかった。まるで、言い淀んでいるような。僕には言いづらいことがあるような。その一瞬の葛藤に、僕は彼の意図を悟った。
「──あなたは、その呪いでロックハート教授を……その、処分されるおつもりなんですか? それは────それは、やりすぎなのでは?」
その指摘にダンブルドアの表情は崩れなかった。しかし、彼のまとう雰囲気は先ほどよりずっと取り繕った硬いものへと変わった。
「ギルデロイが何をしたのか、君には大体予想がついておるな?」
「ええ。そして、僕がそれを証明することはできないでしょう。著作の出来事が本当にあったことで、彼がその功績を真に持つ人々を黙らせられる力────恐らく、極めて限定的な力ですが────それを持つのであれば、僕がどうにかする余地があるとは思えません。けれど、あなたは違うのではないですか。あなたなら法の下、適切な処分を彼に下すことができる」
「その通りじゃ。けれど、ギルデロイの罪を明るみにすれば、わしはまた別の犠牲を探さねばならぬじゃろう」
────ああ、そうか。
「望んだ候補が使えなくなり、闇の帝王の息がかかっていなさそうなものの中から、最もダメになってもいい選択肢を選んだ────そういうことですか」
ダンブルドアは頷いた。そこには取り繕いながらもわずかに見える悔悟の念があった。
「蔑まれても仕方のないことじゃと思う。しかし、今わしにできたのはその程度だったのじゃ」
「……僕に釈明されても困ります。あなたが出来ないのなら、他の誰にも出来なかったでしょう」
しかしまあ────ままならないものだ。闇の帝王の悪影響というのは、回り回ってこんなところまで届くものなのか。改めて、その影響の届く範囲は人智を超えているとしか思えなかった。
僕は再度、深くため息をついた。
「一言言わせてもらえるなら、もう少し罪と実益のバランスが取れた人間を探して欲しかったところですが……そうですね。僕はどのような状況だったのか存じませんから」
これは承諾の言葉だ。もう、ダンブルドアと語るべきことは終わった。お互い、そのことを悟っていた。
「分かりました。この一年、僕はロックハート教授をホグワーツから叩き出さないことを誓いましょう」
「君のわしの不始末への理解に感謝し、再び君に譲歩をしてもらったことを謝罪しよう」
僕が背後の扉に向かうべく踵を返そうとしたとき、ダンブルドアはふとつぶやくように言葉を漏らした。
「……わしは、君に軽蔑の視線を向けられるのだろうと思っていたのじゃが」
「いえ、先ほど申し上げた通り、あなたはおそらく最善を考えた上でその選択をして、そして実際、その選択は人が取りうるものの中では限りなく正しいのでしょうし……
あなたは僕に……十二歳の子供に対して欺瞞で済ませようとはしなかった。『ロックハート先生は悪人だから
最善の結末を望み、ある人間の価値を小さく見積もるという悪を成したと、そう考えているとおっしゃった。……そうでしょう?」
もし、ダンブルドアが素面でロックハートを切り捨てるのは正しい行為だと、その場凌ぎでも言ってしまえる人間だったのなら僕の落胆は計り知れなかっただろう。しかし、そうではなかった。僕に事情を語るダンブルドアには理解を求める切実さと、その選択肢を取るしかなかったことに対する後悔、それを子供に告げる羞恥があった。
ならば、今のところは納得するしかない。僕に彼を軽蔑する資格はない。
何か考え込んでしまったダンブルドアを置いて、僕は去年と同じくマクゴナガル教授の研究室を後にした。
しかし、去年と違い、ここで終わるつもりは毛頭なかった。
僕は報告書に添えていた手紙を書き直し、完成品をフクロウ便で父に送った。
「親愛なる父上へ
新学期も本格的に始まり、新たな知識に胸躍る毎日です。けれど、一つだけ、お耳に入れたいことがあるのです。
今年、新任で『闇の魔術に対する防衛術』の教諭になられたギルデロイ・ロックハート教授はどうやら教師としてのご経験が十分ではないようです。詳細は付記いたしました報告書にてご説明させていただいております。お手隙のときにご確認ください。
そこでお願いなのですが、ロックハート教授を理事会で問題にあげて下さりませんか?────ただし、解任まで追い込むのは少し待っていただきたいのです。加えて、理事会で問題に出したのが僕だと公にならないよう、取り計らっていただきたいのです。
僕の企図が十全に進めば、ただ彼を追い出すよりもずっとホグワーツの生徒にとって良い結果になると考えています。お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
愛を込めて ドラコ」
僕は、ロックハートを取り込みにかかった。
父は僕が予想していたより、はるかに迅速に動いてくれた。その週の終わりには理事会が開かれ、匿名の複数生徒より作成された報告書の内容が議題に上がった。そして厳重注意という形で、ギルデロイ・ロックハートはその授業のお粗末さを指摘されたのだった。
ロックハートの振る舞いを腹に据えかねていたのか、マクゴナガル教授は朝食の、全校生徒の前の職員テーブルでその意見書を読み上げた。彼女もこういうところが結構グリフィンドール流だよなあ。それにより、ロックハートはただでさえ元から多くの生徒に揶揄されていた。そこに大義名分をいただいて、こき下ろしは一層過激化した。勿論彼を慕う女子生徒たちは未だ多く残っていたが……流石に賢明な生徒であれば授業のからっぽさにそろそろ気づき始める頃合いだった。その中に僕の学年で最も優秀な魔女が入っていないことには目を瞑っておく。
ロックハートはそれでも気丈というか、気にしないように振る舞っていたようだった。しかし、本質的に他人の目を気にする彼は、授業のたびに向けられる好奇や軽蔑の視線にずっと耐えられる人間ではない。内容について揶揄われている時の目に宿る深い憤りは、徐々に隠せなくなっていた。
耐えきれなくなってきたときが頃合いだ。
ギルデロイ・ロックハートが周囲からの責苦に苛まれているある日の放課後、僕は他に誰もいない時を見計らって彼の研究室を訪ねた。
教室と同様に彼の写真でいっぱいで、自己顕示欲が全面に出過ぎていっそ哀れにもなってくる部屋だ。ロックハートは男子生徒がやってきたのがそんなに嬉しいのか、いつもの愚かしいほどの虚栄を纏いながらも、僕を歓待してくれた。
「さあ、掛けて。君は、実際珍しい生徒ですよ! その年頃の男の子はちょっとばかり、視野が狭くなりがちだ。偉大な人物が身近にいると、その栄光から逆に逃れようとしてしまう、哀れなことに。君は利口です。誰が敬意に値する人物なのか、よく分かっている!」
この男を殴りつけないため自分の拳を制御するのには、かなりの精神を費やさねばならない。しかし、僕はなんとか深呼吸して心を落ち着け、ロックハートに相談をし始めた。
「そうなんです。でも、先生。視野が狭い生徒たちにも、先生のご栄光を享受する機会が必要だと思いませんか?」
「それは、どういうことなのかな? マルフォイ君」
ロックハートは明らかに僕が何を言いたいのか分かっていなかったが、薄っぺらい世辞に気分を良くして話の続きを促してくれた。
「つまり、僕にお手伝いさせていただきたいのです。皆にも受け入れやすい形で。
先生はとても偉大な方ですが、教職のご経験はございませんよね? 勿論、あなたの無比の冒険に比べれば、その経験の有無など些事ではあります。しかし、眩しさゆえに栄光から目を背けるものにとって、慣れ親しんだ授業と言うのは安易に人を判断するに相応しい基準の一つなのです」
ロックハートを持ちあげ、そこから下々の方に降りるという形で話を進める。彼のプライドを維持することがこの説得を成功させる上での最重要項目だった。
「しかし私は────いえ、勿論、難易度を彼らのレベルに落とし、授業をすることはできるでしょう。けれど、それは私の生きた経験に覆いをかけてしまう」
思わずゴチャゴチャ抜かすなと言いそうになるのをグッと堪え、媚びへつらった笑みを浮かべる。
「であれば、そこの橋渡しをするためのお手伝いを、僕にさせて下さいませんか? 僕が指導案を作ります。ぜひそれを踏み台に授業をしてみてほしいのです」
ロックハートの笑みが少し固まった。僕には、彼の頭の中で算盤が弾かれるのが見えるようだった。今授業が改善できなければ、再度理事会は彼について審議する。免職という最悪の事態も考えうる。それだけは避けねばならないと判断したのだろう。
「────では、ええ、よろしい。手伝わせて差し上げましょう。……それで、指導案はいつ頂けますかね?」
「既に、明日の二年生の分はご用意しています」
斯くして、ギルデロイ・ロックハートは陥落した。
勿論、指導案を全て用意することなど一人でできるわけがない。知識はともかく、実技で高学年のものなど僕は扱えない。だから、昨年大変迷惑をかけた監督生ジェマ・ファーレイに相談したのだ。彼女は今年六年生。忙しい上級生には変わりないが、O.W.L.もN.E.W.T.もない学年だった。
「まあ、魔法法執行部を目指してるし、五、六年どちらかの分は作ることができると思うけど……でもそれ以上は無理よ。多すぎるわ」
そして彼女のツテで、さらに色々な人を当たった。皆、あの最悪な授業を自分の手でマシにできると思うと、多少はやる気が出たようだった。ときにはレイブンクロー生にも協力を求め、結局各学年三、四人が集まって予習がわりに指導案を作ることになった。僕は一、二年生の担当の中の一人になった。
「あのゴミ教師の尻拭いをしなくちゃならないと思うと反吐が出る」とクラッブがぼやいたが、彼はスリザリン二年生の中で僕の次に防衛術に長けているので、どうにか頼み込み協力してもらった。
最初は子供たちの負担になりすぎることを懸念した。けれど実際僕らが授業するわけではないので、面倒は大いに残るものの予習の一形態として定着し、安定したクオリティを提供出来ていると思う。
また思わぬ発見もあった。ロックハートはまともな指導案を用意すると、見事に授業をやってのけたのだ。役者は語るのが上手いということなんだろうか。
勿論彼の虚栄心に基づくバカバカしい話が完全に無くなったわけではない。初めのうちの授業の半分はその下らない虚言に付き合わされることになった。
しかし、理事会の注意の存在があったからか、明らかに指導案に則ってまともな授業をしている時のほうが敬意を集めていることに彼が気づいたのか、授業のあり方は一応洗練されていった。
さらに、ロックハートはその傲慢さを大人しくさせないまでも、僕ら指導案を作っている生徒の言うことは一先ず聞くようになった。
こうして、ひとまずのところ、僕はダンブルドアの尻拭いに成功したのだった。