音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第十八話 穢れた血

 

 

 新学期が始まった後、スリザリン二年生によるハリーとウィーズリーへの揶揄いはしばらく続くと思われていた。しかし、他の話題がみんなの注目を掻っ攫っていった。というか、残念なことに僕の話題なのだが。

 

 もちろん話はシーズンも近づいたクィディッチについてだ。なんと、父はスリザリンのクィディッチチーム全員にニンバス2001を買い与え、僕をシーカーにするようにとキャプテンのマーカス・フリントに手紙を出したのである。親バカというレベルを超えている。もはや狂気の域だ。

 このまま父のコネでシーカーになるわけにはいかない。評判的にも、ポジション的にも。僕はフリントに、去年シーカーだったテレンス・ヒッグズがいかに素晴らしい選手であるか、僕がいかに劣った箒乗りであるかを懇々と語った。

 クィディッチは、ニンバス2001を全員が持ったところでシーカーが役立たずではおしまいの欠陥ゲームなのだ。何が悲しくて敗北の責任を肩に背負わねばならないのだろう。

 

 結局、シーカーはヒッグズが続投し、僕は補欠を含め四人いるチェイサーの中の一人になった。ヒッグズは辞退した僕に礼を言ってきたが、チェイサー候補だったであろう誰かは間違いなく正規チームから外れているのだ。何も正しいことはしていない。泣きたくなってくる。

 父には手紙を書き、実はずっとチェイサーになりたかったと伝えた。それで一発で納得してくれるのだから、選手にならないのも納得してほしいものだ。

 

 「どうせ僕は八百長一位だし、コネチェイサーだよ……」

 父からの返事が届いた日の夕食、僕は大広間で臍を曲げていた。

 また望まぬ悪名が一つ増えてしまった。これでもシーカーからチェイサーの補欠になっただけ頑張ったと思ってほしい。チームに入るためのテストは受けてないが。尤も、今回の件で得をするのは相手チームにヘボが一人増えた他の三寮だろうからまだマシか。少なくとも「スリザリン贔屓」ではないし。

 

 パンジーはいつものように僕を皮肉り倒した。彼女がからかってくれるお陰で、僕はスリザリン内で浮かずに済んでいるところが大いにある。今回も、フリントへの情けない懇願を真似して、僕がいかになりたくもない選手になったのかを喧伝しまくってくれている。

 グリフィンドールの三人組もこれは少し面白いと思ったようだった。ウィーズリーは僕に直接何か言うことはなかったが、周囲に混じって笑っていた。ハリーはシーカーというかっこいいポジションを避けたことが本当に信じられないと僕の正気を疑っていたし、グレンジャーは昨年度末に引き続き表向きにはコネで────いや、表向きも何もなくそうなのだが────地位を手に入れた僕を呆れ半分、愉快さ半分で茶化した。

 

 スリザリン側はそれに対し、今学期に入ってからハリーの後をつけ回しているグリフィンドール一年のカメラをいつも持っている少年を全力で真似することで対抗していた。その様子はまるでコスプレイヤーを取り巻くカメコの如くであった。子供である。

 しかし、恥ずかしがってその少年が寄り付かなくなったことをハリーは心から喜んでいた。彼は存外良い性格をしている。

 

 そう、グリフィンドールとスリザリンの新二年生は、他の学年と違って仲が良い───とまでは全く行かなくても、友好的な範囲の皮肉や冷やかしを投げ合う関係に収まりつつあった。お互い相手に友情を持っているわけではない。けれど、話してみればまあ面白いこともあるな、程度の極めて薄い好意で結びついたのだ。

 他学年はそうはいかない。去年の寮杯の件について、二年生は僕が点を獲得したこともあり、まあ、ダンブルドアはうざったいがいいか、くらいの気持ちになってくれていた。

 しかし、上級生の多くはダンブルドアを通して敵────グリフィンドールを改めて認識してしまった。前より悪くなったとまで言わずとも、学生にあるまじき対立関係が揺らぎなく続いているのは中々に悲しい。

 

 

 土曜日の朝、僕はフリントに呼ばれてクィディッチピッチへ向かった。いよいよ初練習である。チームになんの関係もないのに、いつものスリザリン組は全員僕を冷やかすために付いてきた。暇すぎるだろう。確かに学期が始まったところでそんなにやることもないのだが。

 

 ところが、そこには先客がいた。グリフィンドールチームだ。こういう衝突の場面で我々スリザリンに理があったことがない。案の定、我々の予約がスネイプ教授による横紙破りだったことが判明した。

 しかし、スリザリンは重複で許可を出せるような緩いルールがある状況で、自身の利益にならない結果で満足することは決してない。頼むから半分ずつ使うとかで落とし所を見つけてくれ。願いも虚しく、使用権をめぐって両者は揉めに揉めだした。

 

 フリントは嫌味な表情を浮かべ、グリフィンドールのキャプテンのオリバー・ウッドをすがめ見た。

 「僕らも新人チェイサーの訓練をしなきゃならないんでね、許可の証拠がないなら出ていってもらおうか」

 ウッドは眉を顰めてスリザリンチームを見渡す。

 「新しいチェイサーだって? どこに?」

 後ろに隠れていたかったのだが、ヒッグズにつつき出されて僕はグリフィンドールの方へ出た。対峙する相手からの好奇の視線が突き刺さる。当然その中にいるハリーは、なんか面倒なことになっちゃったね、みたいな顔をしている。呑気か。

 

 「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」

 ウィーズリーの双子の片方が、しかめっ面をして言った。その台詞からは書店での騒動が思い出される。そういえば、あの場にはホグワーツに在籍する全てのウィーズリーがいたのだった。確かこの双子は乱闘を煽っていたし、当然マルフォイに対していい印象は持っていないだろう。

 

 「ドラコの父親を持ち出すとは、偶然の一致だな」

 フリントは得意げに笑って言った。現在、このスリザリンチームにおいて父は空前絶後のパトロンなのだ。他のチームメイトもニヤリと口角を上げる。そんなあからさまに財力を誇らないでくれ。一応この子たちは上流階級出身だろうに。

 「その方がスリザリン・チームにくださった、ありがたい贈り物を見せてやろうじゃないか」

 そう言ってチームメイトはニンバス2001をグリフィンドールに見せつけた。流石のグリフィンドールもあまりに潤沢な金の使い方に呆気に取られたようだった。分かるよ。フリントはいかにこの箒が素晴らしいのか、相手方の箒を比較して貶しながら滔々と語る。僕としては、だいぶ居た堪れない状況だった。

 

 どうやらハリーも友人を連れてきていたようで、様子を見かねたウィーズリーとグレンジャーもピッチ内にやってくる。

 「どうしたんだ? なんで練習しないんだよ。それに、スリザリンはなんでここにいるんだ?」

 ウィーズリーが話しかけたことで、再び2001の賞賛が始まる。そこに口を挟んだのはグレンジャーだった。

 

 「あら、でもグリフィンドールの選手はお金で選ばれたりしてないわ!」

 ウィーズリーとハリーは僕の数日前の醜態を思い出したのかニヤリと笑った。側で見ていたパンジーが吹き出すのが見える。人ごとだと思って楽しそうである。しかし、彼ら以外は違った。

 

 僕への侮辱とも取れる言葉を聞き、周りのスリザリンの上級生の雰囲気は一気に硬くなった。ヒッグズが一歩前に出てグレンジャーを睨みつける。

 「誰もおまえの意見なんか求めてない。生まれ損ないの『穢れた血』め」

 

 途端にグリフィンドール側から罵声が上がる。一番血の気が多いウィーズリーの双子がヒッグズに飛びかかろうとしたため、僕はそこに割って入らなければならなかった。

 

 ロン・ウィーズリーは心底頭にきたようで、「ヒッグズ、思い知れ!」と叫び、何やら呪いをかけようとしていた。しかし、彼の杖は今折れかけていた上に、呪文自体が高度なものだ。案の定上手くかかることはなく、逆に杖から放たれた閃光はウィーズリーの腹に直撃した。

 

 すぐさま心配したグリフィンドール生でウィーズリーの周囲は囲まれたが、隙間に彼の口からナメクジが飛び出すのが見えた。あれは辛い。

 ヒッグズとフリントは酷く愉快そうで、笑い転げていた。僕は何もできず、ウィーズリーをハリーとグレンジャーが脇から抱え、例の森番の小屋に連れて行くのをただ呆然と眺めていた。

 

 僕の様子に気づいたヒッグズは笑いのあまり出た涙を拭いながら、僕の肩に手をかけた。

「『穢れた血』の言うことなんて気にする必要はない。そうだろう?」

 彼は慰めているつもりなのだろう。しかし、僕はその言葉に無理やり作った曖昧な笑みしか返せなかった。

 入学以来考えるのを避け続けたことは、しかし今、よくない形で目の前に突きつけられてしまった。スリザリンと他寮を隔つ、最も根本的な問題────純血主義の問題が。

 

 

 

 

 あの「穢れた血」事件の日以来、僕と三人組は話す機会を失っていた。彼らも授業が本格化する中忙しそうだったというのもあるし、僕が慣れないクィディッチや、ロックハートのお世話なんかに、てんてこ舞いだったというのもある。

 

 もう一つ、他にさらに優先して取り組まなければならないこともあった。今年の事件の兆候の捜査だ。去年僕が事態に気づいたのはハロウィーンパーティのトロールの一件でだった。しかしハリーから聞いた話だと、七月にはすでに賢者の石を保管していたグリンゴッツの強盗事件という形でヴォルデモートの暗躍は始まっていたらしい。

 確かにそんな記事を見た覚えはあるが、僕はそもそも学期末ギリギリまで賢者の石がホグワーツにあることにすら気付いていなかった。他の紙面に上がった事件から特筆して関連性を見出すのは、ほとんど不可能だっただろう。

 

 故に、今年こそは先んじて何が起こるか予想を立てておきたかったのが……これは空振りに終わっていた。正確に言えば、微当たりが大量にあって到底処理できていなかった。そもそも魔法界はトンチキなのだ。怪しいものなど数限りなくあり、そしてそのどれもが深刻そうではなかった。最大の手がかりになるはずだったロックハート(闇の魔術に対する防衛術教諭)も今のところは何も事件の兆候を見せていない。

 

 尤も、これらは「穢れた血」の件のあと、彼らに何も言いにいかなかったことの言い訳な部分が大いにある。僕は結局、「穢れた血」と吐き捨てられたグレンジャーにも、跳ね返った呪文で苦しんでいたウィーズリーにも何もしなかった。ロックハートの件もあって寮内の先輩方との和を乱したくなかったし、それに────あの場で何かを言ったところで根本的な解決にはならないと、そう諦めてしまっていたのだった。

 それが恥ずかしくて、僕は彼らに顔向けできない。僕はやっぱり、どこまでもグリフィンドールではない。

 

 そんな風に過ごしているとあっという間にハロウィーンパーティの日がやってきた。この日はハリーのご両親の命日でもある。夜の大広間で、彼を気にしてグリフィンドールのテーブルを見てみたが、三人組がまるまるいなかった。去年のハロウィーンはトロールの襲撃があったし、彼らの不在は少し不吉だ。少し逡巡して、しかし、これはいい機会なのではないか心を決める。彼らを探すため、僕は食事を手早く済ませて席を立った。

 

 心当たりなどどこにもないが、取り敢えず大広間前の玄関ホールに出た。しかし、なんとそこでちょうど下階から階段を登る三人組に出くわした。

 しかもハリーは僕を見て、「ちょっと、付いてきて!」とだけ言い階段を駆け上がっていってしまった。何事なんだ、一体。

 理由を聞かされていないのか、後を追うウィーズリーとグレンジャーも完全に困惑している。

 慌てて跡を追いつつ、僕はウィーズリーに「どうしたんだ?」と尋ねた。

 「わかんない。なんか声が聞こえるとか言って」

 ウィーズリーは息を切らしながら答えた。

 

 二階でハリーが急に立ち止まり静かにするよう促すので、そこで一旦会話は止まった。ハリーは何やら耳をそば立てて何かを聞いている。一瞬間が空いた後、彼は「誰かを殺すつもりだ!」と叫ぶと、再び階段を駆け上がり始めた。僕には声らしきものは聞こえていない。ハッキリ言ってめちゃくちゃ不気味だし、もし本当に殺人を試みている人間がいるなら絶対に近づくべきではない。

 

 止める間も無く三階にたどり着くと、ハリーは再び何かを求めて辺りを探し回り始めた。だいぶ長いこと走った挙句、ようやく彼は立ち止まった。

 「ハリー、これは一体どういうこと?」

 困惑を全く隠さず、上がりきった息を隠さずウィーズリーが問う。

 「僕には何も聞こえなかった────」

 しかし、それをグレンジャーが遮った。

 

 「見て!」

 

 向こうの壁に何かが光っていた。暗がりでハッキリとは見えない。僕は手にしていた杖に光を灯した。

 そこには赤い何かで文字が書かれていた。

 

 秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ

 

 そして、その下には微動だにしないフィルチ氏の飼い猫がぶら下がっていた。

 

 僕らは動けなかった。遠くから足音が聞こえる。パーティが終わったのだ。談話室に向かう生徒がやって来る。その場から立ち去る間もなく、僕らは大勢に見つかり、そして明白な容疑者として疑いの目を向けられることになったのだった。

 

 

 


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