音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
案の定、僕らはミセス・ノリスを石化させた犯人だと疑われてしまった。騒ぎを聞きつけてその場に到着したフィルチ氏は愛猫がカチコチに固まっているのを見て、ものすごい勢いで詰め寄ってきた。状況的に仕方ないとはいえ、こちらの話を一切聞かない様子は如何ともしがたい。しかし、そこにすぐ救いの手が現れた。先生方を引き連れ、ダンブルドアがやって来たのだ。
何とかフィルチ氏を宥めたあと、事情聴取のため、僕らは一番近いロックハートの部屋へ向かうことになった。この不気味な事件の後に訪れるのに、ホグワーツの中で最も不適格な部屋だと言えるだろう。扉を開いた瞬間から目に入ってくるバカバカしいほどに笑顔を輝かせたロックハートの写真の中、大勢の先生に囲まれて椅子に座る。一連の騒動の中、僕を含めて子供たちは疲れきっていた。
ダンブルドアとマクゴナガル教授がミセス・ノリスを検分する間、僕らを殺さんばかりに睨みつけるフィルチ氏、僕らが窮地に陥ったのがそんなに嬉しいのか笑みを抑えきれていないスネイプ教授、虚栄心が爆発し愚にもつかない見解を並べ立てながら部屋を飛び回るロックハートと、事態はなかなか常軌を逸した様相を呈している。もっとどうでもいいことについて話されているのだったら、愉快とすら思えたかもしれない。しかし、状況は思わしくなかった。
しばらく検査が続いたのち、ダンブルドアはフィルチ氏にミセス・ノリスは死んでおらず、ただ石になっているだけだと告げた。フィルチ氏は安堵の表情を浮かべているが……この場で呪いを解けないのだから、安易な石化呪文ではないだろう。
壁に書かれていた内容が内容だ。第一容疑者はスリザリン生である僕だろうと思っていたのだが……フィルチ氏はハリーに強い疑いを持っていた。彼はスクイブで、ハリーがそれを知って猫を石に変えたというのである。
フィルチ氏がスクイブだなんて、彼がモップでそこらを掃除していることからも一目瞭然な気がするが、そこのところどう思っているのだろうか。そもそも、そこらへんの労働は屋敷しもべがいることから考えると絶対に彼にやってもらう必要などないのだが、一体どういう決まりで彼は働いているのだろうか。趣味? スクイブの雇用促進のための施策の一環? 魔法界にそんな大層な思想はないと思うが……ダンブルドアの計らいだろうか。
疲れ切って、この場に絶対相応しくないことばかり頭に浮かぶ。黙り込む僕をよそに議論は加熱していた。
スネイプ教授がその場にいることで、更にハリーへの追撃が始まった。三人組が言うには、彼らは地下で行われた「絶命日パーティ」なるものに出席し(死ぬほど陰気そうだ)、そのまま寮に帰ろうとしていた、ということらしい。後者は嘘だと僕は知っていたが大人しく黙っていた。今、ハリーが他の人には聞こえない声が聞こえていたらしいんです、なんて言えば三人組の信用を損ねるだけでなく、ロックハートやスネイプ教授がホグワーツ中にハリーの狂気を吹聴するのは目に見えている。告げる必要があればダンブルドアに報告すればいい。
スリザリンの寮は地下にあるので、僕が他の棟の三階にいたのは明らかにおかしいのだが、ハリーがヘイトを買いすぎて今のところ見逃されている。尤も、問い詰められたとしてもハロウィーンパーティの終わり近くまで僕は大広間にいたのでアリバイはある。後半については彼らと帰り道の途中まで喋っていた、とかそういう言い訳をするしかないのだが。
スネイプ教授はなおもハリーを貶めようと試みていたが、クィディッチ禁止を軽率に持ち出したために、逆鱗に触れられたマクゴナガル教授の猛反発を受けることになった。相変わらず、感情で詰めの甘さを露呈する人である。
フィルチ氏も何か罰則を受けさせねば気が済まぬと抗議したが、ダンブルドアがそれを制した。
「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬を作らせましょうぞ」
その言葉は僕に衝撃を与えるのに十分なほど現状を伝えてしまっていた。マンドレイクは汎用的な薬草で、手に入れるのに困難があるわけではない。だから、マンドレイクが育つまで待たなければならない理由は、マンドレイクそのものではなく薬の方にある。
魔法界の薬物を含めた呪文とは、単に効果が強いという意味での強力さと、その呪文が如何に的確に効くかという強力さの二つで測ることができる。例えば「闇の魔術に対する防衛術」の職にかかる呪いなんかが最たる例だろう。役職の名前を変えようが、その在り方を変えようが、呪いが抽象的な本質を見抜き、対象に効果を与える────それは極めて高度な技術だ。
そして、作るのが極めて複雑なマンドレイク回復薬もこれにあたる。その薬は、十分に育ったマンドレイクを限られた時間で収穫し、非合理的に思えるほど複雑な手法で処理し、厳密な手順に則って調合し、一定の効果期間内に服用しなければならない。しかも、その効果はマンドレイクが育った地に依存する。────つまり、他のところからマンドレイクや、その薬を持ってきて解決する問題ではない。
そこまで複雑で強力なマンドレイク回復薬は、やはりその対象の本質を見抜き作用するが……それはつまり、ダンブルドアが、六ヶ月以上も材料の成長を待たねばならないこの薬以上に、手軽に事態を解決する手法を発見できなかったことを意味する。それどころか、もしかしたらダンブルドアがこの事態の原因に確たる候補を見出せていない可能性すら浮かんできたのだ。
僕は、今回の事件が前回よりもはるかに制御不能な形で動き出していることを悟り、半ば途方に暮れた。
ようやく取り調べが終わり、僕らは真っ直ぐそれぞれの寮に戻るようにと厳命されてロックハートのふざけた部屋から解放された。三人組はその言葉を全く聞いていなかったようだ。ありがたいことではあるが、少し離れた教室に僕を引っ張り込んで、今まであったことを話してくれた。……といっても、先ほど聞いたこと以上の情報は大して無い。
ハリーは「声」のことを話さなかったのが良かったか悩んでいた。僕は絶対にダンブルドアに話したほうがいい────というか明日にでも勝手に言おうと思っていたのだが、ウィーズリーは絶対に頭がおかしいと思われると止めていた。まあ、ダンブルドア以外に言うのは僕も躊躇うだろう。
しかし、彼にだけ聞こえる声とはいったい何だ? 闇の帝王絡みのことではあるのだろうが、確証に至る証拠が全くない。正直、いつの間にか呪われていて幻聴が聞こえているというのが一番安直な発想だが、ダンブルドアの監視の目がある以上、その可能性も薄い。
……それにしても、なぜその声はハリーをあの場所へ導いたのだろう? そもそも本当に人を殺したわけではなかったが、犯行現場に第三者を呼び寄せるような真似をしたのはなぜだ?
悶々と一人考え込む僕をよそに、三人組は壁に書かれた「部屋は開かれたり」の部分について疑問を持ったようだ。つまり、「秘密の部屋」について。全く気は進まないが、僕が「穢れた血」について話したかったことの端緒としては、ピッタリのものではあった。
額を突き合わせている三人に向かい、静かに言葉を放つ。
「……それは、サラザール・スリザリンがホグワーツに遺した、伝説の部屋のことだと思う」
そうして、僕はスリザリンと純血主義について語った。
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さて、長い話になる。歴史のお話だ。
これから話すことは、ビンズ先生による魔法史の授業とは見る側面が違う。ガーゴイルのストライキだの、狼人間の行動規範だの、ゴブリンの反乱だのといった、人間ではない魔法生物の話はしない。それに、悪人エメリックや極悪人エグバートのような名高い、しかし一瞬しか歴史に登場しない人物も扱わない。
僕が語るのは魔法族全体の歴史だ。多くの無名な、しかしその時代、確かにその世界を生きた魔法使いたちが、どのような歴史の流れに乗ってきたのか。
といっても、語られる人の
マルフォイ家のイングランドにおける開祖は、アルマン・マルフォイという。彼は元々フランスのノルマンディーの出身で、ウィリアム一世とともに十一世紀に、このブリテンにやって来た。
それ以前、フランスの地でどのように生きていたのかについては、殆ど史料が残っていない。けれども、僕らの姓「
とにかく、十世紀には、まだ魔法界全体を統制する「国際魔法使い機密保持法」は影も形もなかった。当然、魔法使いは今よりはるかに密接にマグルと関わっていた。もちろん、僕の先祖も。アルマンは、僭越を承知で言えばアーサー王に対するマーリンのように、ウィリアム一世に付き従っていた。
ウィリアム一世が純然たるマグルだったかどうかは分かっていない。ただ、国王が「手当て」のような奇跡を起こす存在だと見なされていたのは、彼らの血に魔法族が混じっていたのではないか、と僕は考えている。それほどまでに、魔法使いとマグルとの間に垣根はなかった。
機密保持法の以前、マグルと魔法使いは一緒になって、一つの勢力を形成するのが当たり前だった。村や町、国、もしくは民族的な集団として、ときには公に魔法使いであることを認めながら、ときにはその力の源を隠しながら、魔法使いは社会の中に根付いていた。
ウィリアム一世が征服を始める前のブリテンは七王国時代で、そこでも同様に集団とはマグルと魔法使いの混合体だった。人々は魔法使い 対 魔法使いや、マグル 対 魔法使いではなく、もっと混沌とした人間の構成で、ずっと単純な地理的区分において戦った。
そうした戦いを背景に、ハイランドの地においてホグワーツは建った。今でこそ、子どもをひと所に集めて教育するなんて、マグルの世界ですら一般的だ。けれど、十世紀の状況は全く違う。今よりずっと学校に通う手段は少なく、しかも「ブリテン島とアイルランドのすべての魔法使いの子ども」は、ブリテンに数限りなく存在する、混沌とした対立の中で生まれてくるものだった。
今だって闇の帝王の崇拝者とそれ以外のような対立が、魔法界にはあると思うかもしれない。しかし、僕らは何となくイギリス人としてまとまっていて、体制は闇の帝王を悪と断定している。ここには明確でなくても共通認識があり、僕らイギリスの魔法使いは僕らを「われわれ」と呼べる。
当時はそこの観点が違う。国々はその時代における影響力の違いこそあれ、別の勢力であり、盛衰は勝敗によって決まる。子供たちは親の戦いの相手と机を並べて魔法を学ぶ。ホグワーツとは、潜在的どころか、顕在化した敵の末裔同士を同じ学舎に入れる試みだったんだ。
何故、そんなことを四人の創設者たちは試みたのだろう? 今とは違い、言葉すら通じないことが多かっただったろう子供達を集め、同じ城で育てようとした意欲は、どこからきたのだろう? 勿論、それはどの民族の子供でも、どの土地の子供でもない、
マグルと魔法使いが混ざり合って暮らしていたといっても、二つは全く同じ種族になれるわけではない。そこには不理解と蔑視、軋轢、差別が必ず生まれた。今よりずっと野蛮な形で。
アルマンのように、上手にマグルと関係を築いた家系は良かっただろう。でも、そうではない魔法使いの家の子供の安全は保証されなかった。非文明的な集落において、異物はたやすく排除されてしまう。その残酷さを真っ先に向けられるのは自分の身を守る力を持たない子供だった。
故に、魔法族の未来を安全に育むという理想のもと、魔法という絆を辿ってグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリンが集い、子供を守る城砦を作り上げたんだ。今でこそ土に埋もれてしまっている部分もあるけれど、僕らの学校は城壁に囲まれている。戦いに備え、守るために。
そして、組み分けだ。ブリテン島とアイルランドに生きる、すべての若き魔法使いを識別するという空前絶後の魔法により集められた子どもたちを、四人の創始者は自らが求む性質を見出すこれまた無比の技術を持つ帽子によって、四つの寮に振り分けさせた。……ここまではいいね。
君たちは、寮の求める資質を聞いてこんなことを思ったことはなかった? スリザリンの求める「純血」というのは、他の三寮と比較して、あまりにも……浮いていると。ほとんどの寮の資質は人格的特徴なのに、何故これほどまでに即物的で、生まれによってしか変えられえぬものを、仮にも教育者であったスリザリンは選んだのかと。
まさに、ホグワーツが作られた時代に読み解く鍵はある。最早、想像してくれたら分かるかも知れない。
スリザリンはこう考えた。純血であれば、魔法族の絆に従い、手を取り合うことができるだろう。半純血も、かろうじて許すことができる。しかし、マグル生まれは……違う。彼らは生来、魔法族に帰属意識を持たない。むしろその親、その土地、その民族に忠誠を誓うだろう。つまり……マグル生まれとは、自らの生まれた集団に従い、聖域であるホグワーツで下界の争いを再現し、魔法族を裏切りかねない獅子身中の虫なのだ。彼らは、ホグワーツに、魔法族の未来を守るための学校にふさわしくない。……そんなふうに。
スリザリンは、初めは自分の寮生が純血であることだけで満足した。いや、せざるを得なかった。子供の峻別をよしとしない、他の創始者三人の前では。しかし、恐れはどうやっても消えなかった。彼は純粋に魔法族だけの、争いのない理想郷を求めていた。
皮肉なことに、他三人の方がスリザリンよりずっと大きな野望を抱いていた。生まれで選ばずとも、生徒同士の殺し合いのない学校が作れるはずだと。もっとも、現状を鑑みるに両者共に正しいとは思えないが……まあ、それはいいだろう。
スリザリンは最後までそれを信じられず、グリフィンドールに敗れ、ホグワーツを去った。
しかし、彼はいつか必ずこの学校にやって来る自らの子孫たちに向けて、
それこそが、彼が望まなかったマグル生まれの魔法使いたちを鏖殺する怪物だ。「秘密の部屋」と呼ばれる封じられた場所に、千年もの間眠り続けていると言われている。後継者が呼び覚まし、スリザリンが信じた真の平和を取り戻す、その時まで。
これが、サラザール・スリザリンの物語だ。