音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
スリザリンと秘密の部屋については、ひとまず話したかったことを語り終えた。どこか張り詰めていたものを緩め、深く息を吐く。
三人とも、長くて面白くもない話だっただろうに、とてもよく聞いてくれた。ウィーズリーですら真面目に耳を傾けていた。特にハリーは何か考え込んでいるようだった。
少し沈黙が挟まり、ウィーズリーは空気を明るくするように言葉を放った。
「まあ、昔の話だな。今、純血主義なんてちゃんちゃらおかしいよ」
まるで遠く過ぎ去った昔話が終わったように、その場の雰囲気が軽くなる。グレンジャーやハリーも少し微笑みを浮かべていた。
残念だが、話はまだ終わっていない。気は進まないが、この場の空気に水を差すべく僕は口を開いた。
「それでも、僕は純血主義を否定しない……今はまだ」
三人からの鋭い視線が突き刺さる。一番大きく反応したのはグレンジャーだ。……当たり前だ。僕は今彼女に、君が排斥されることを否定しないと告げたのだから。
彼女は信じられないものを見る目で僕を睥睨した。
「なぜ? だって、純血主義は理に適ってないじゃない。今はいっぱいマグルの血が入っている魔法使いがいるし……あなただって分かってると思うけど、別に私たちは劣ってないわ!」
僕は深く頷く。しかし、その観点は僕の見解には関係がなかった。
「その通りだ。けれど、僕は純血主義が
曖昧な物言いに、三人の顔に困惑が浮かぶ。
「じゃあ、家族のせいなのか? 君の嫌味な親父が純血主義者だから、そう言わざるを得ないのか?」
ウィーズリーは、僕自身が話を煙に巻きたいだけの欺瞞に満ちた純血主義者だという可能性を考えていないようだ。ここまで信じてもらえていたことに驚き、思わず口元に微笑みを浮かべてしまう。けれど、彼の期待は裏切らねばならない。それでもこの話は伝えたいものだった。
「父の影響がないとは言わない。でも、それは一番の理由じゃない。これも話すとまた少し長くなるんだけど……いいだろうか」
正直なところ、僕は三人が憤慨して帰ってしまうことも考えていた。長い時間をかけて、信頼を築きながら伝えていくべきことだろうとも。しかし、彼らは明らかに疑念を滲ませながらも、僕が喋る言葉に耳を傾けてくれていた。
僕は再び語り出した。
「今までの魔法界には、残念なことに統計学に興味がある人がいなかったから、この見解を証明してくれるものはない。けれど、僕が思うに────魔法族とマグルの結婚は多くの場合上手くいかない」
「全部がそうじゃないわ」
グレンジャーが即座に正しく反論する。
「勿論その通り。イルヴァーモーニーの創始者イゾルト・セイアの夫ジェームズ・スチュワードを始め、魔法族の配偶者と手を取り素晴らしい功績を魔法界に残したマグルは存在する。
けれどそれは、全体のほんの一握りだ。残酷なことを言えば、それらの事例は個人の優秀さを伝えるものでしかない。
君たちの身の回りにいる例はどうかな? ……いや、そもそも君たちはマグルと魔法使いの家庭がどう営まれているのか、詳しく聞いたことはあるのかな。もしかしたら、血筋で人を見る習慣のある純血主義者の方が、この歪みを見つけやすいのかもしれない」
「……それは偏見を持っているから、そういうパターンを探して自分の考えを補強しようとするからじゃないの?」
「否定はしない。けれど今の、この狭い魔法界で、異種族婚の失敗を背景に持つ人間を無視するのは不可能だ。
多くの場合、魔法の奇跡に惹かれたマグルと、世間離れした────軽率な魔法族の結婚はその始まりから歪みを内包している」
マグルに友好的な家系に育ったウィーズリーは大きく鼻を鳴らす。けれど、僕はそのまま言葉を続ける。
「マグルは、どこまでいっても魔法使いにはなれない。この事実は絶望と断絶を生む。始めのうちは、触れるだけで良かった魔法の栄光に対する羨望を、過ぎる月日の中で狂おしいものに変えていってしまう。
それに耐えられないマグルは肥大してゆく葛藤を裡に積もらせてゆくが……それでも、その感情を外に漏らすことは許されない。魔法族の秘匿のため、つまり機密保持法のために。抑圧された思いの矛先は自然に内に、つまり家族に向かう」
話を聞くハリーの表情に少し複雑そうな表情が宿る。……彼はマグルの叔父叔母の家で虐待的な扱いを受けているらしい。婚姻ではなく親族の関係だが、ハリー自身という魔法に関するものを手放せなかったマグルの家庭でも似たような現象が起こっていてもおかしくない。
「軽挙な魔法使いは徐々に気づく。配偶者は自分の両親や今まで出会ってきた友とは違うことを。マグルとは魔法族より遥かに脆く、繊細で、しかし群れの力を持つ存在であることを。
愛したものが、今までの人生で関わってこなかった、弱く、無知で、しかし理解できないほどに発達した別の社会を持つ生き物である事実。そして、それに起因する疎外感。
けれど、その苦悩を誰かと分かち合うことなどできるだろうか? たとえ純血主義者ではなかったとしても、マグルと結婚する人間は
……魔法を使えないスクイブに対する扱いの方が、目に見えやすいかもしれない。先ほどのフィルチ氏の様子を覚えているよね。自身の
ウィーズリーは少しだけ視線を下に外した。長く続く家系は必ずどこかしらにスクイブを抱えることになる。そして、僕は寡聞にしてウィーズリー出身のスクイブが魔法界で平穏に生活していると聞いたことはない。身近にいない
「こうして、将来を誓ったはずの二人は、その婚姻関係にお互いが生まれ育った世界から切り離されてゆく。その隔絶を根本から補う術を、魔法界も非魔法界も用意していない。これは全てを誰かのせいにできるものじゃない。構造的な問題なんだ。
……そして、最大の苦しみを抱えるのはその結ばれた二人などではない。
そのまま歪を抱え続けるもの。離婚するもの。そもそも、正体を隠し結婚したために一生を自らの生まれた種族ではない存在として生きるもの。────そういった人間のもとで生まれた子どもたちは、結婚の結果を押し付けられて育つんだ」
僕は、話を咀嚼している様子のハリーに向かって声をかける。
「無礼を承知で言うけれど、ある意味では君もその一例かも知れない。ハリー。もし、君のお母上が魔法族の生まれだったら? 君が孤独に、自分が魔法使いであることも知らず、十年間も虐げられて育つ可能性はずっと低かっただろう。
君は奇跡的に心優しく、正義感にあふれた少年だ。しかし、同じ環境でそんな風に育つことのできる資質を持った人間が一体どれだけいるのだろうか?」
僕はグレンジャーに向きなおり問いかけた。
「グレンジャー、君は極めて聡明で善を愛する少女だが、君がそのようになれたこと自体恵まれたものであるとは思わないか?
君のご両親は彼らが理解できない────いや、知覚することもできない異形の力を君が持っていても、それごと愛してくれる方々だ。けれど、それは類い稀なる幸運だったと一度も思ったことがないか? マグルの学校で、君の優秀さや、ひょっとしたら魔力の片鱗を見て君を蔑んだ人々の気質を、家族が持たなかった奇跡は誰でも得られるものだと思うか?」
ハリーと違い、グレンジャーは僕の言葉に返事をした。
「────確かに、それは幸運だったと思う。でも、それと純血主義とがどう関係するっていうの?」
きっと、グレンジャーは僕の結論に辿り着きつつある。彼女の声はわずかに震えていた。
愉快ではない話をしてしまい、申し訳ない気持ちになるが、それでも僕は三人のためではなく、僕を含めた同胞のために話を続けた。
「この数世紀、非魔法族は森を拓き、道を引き、人口は何倍にも膨れ上がった。我々魔法族はそれでも魔法を使って身を隠すことはできているが……以前よりずっと、マグルは身近な存在になった。『血迷う』ものは増え、彼らの子どもたちはその歪みの中、精神を捻じ曲げられて育ってきた。
そんな子どもたちが、どうしてマグルを愛し、受け入れるという
時代の流れに反して、魔法族のマグルに対する認識は大して進化していない。未だマグルに対して『記憶を消す』なんて即物的で、ずっと彼らと付き合っていかなければならない魔法使いには何の解決もならない手法しか取らないままでいるほどだ。そんな無理解の中、漠然とマグルとの友愛を謳う人間の無責任さは……魔法界と非魔法界の狭間に産み落とされた人々の苦しみを一片たりとも癒さない。
……そして、その正義の不完全に苦しむ人間は別の正義を求めるようになる。
彼らの生の苦しみを当然に存在するものとして肯定し、蔑む権威。マグルと交わらぬことを善とする正義────純血主義を」
空気は冷たく静まりかえっている。僕は窓の方に視線を向け、最後の言葉を紡いだ。
「勿論、僕の父を含め多くの客観的に純血だとされている純血主義者はその思考を辿っていない。漠然とした既得権益の保護と、根拠のない優越感に酔いしれるために純血主義を使う。しかし、そんな理不尽が蔓延る原因はやはりあるんだ。
……あの闇の帝王ですら、純血ではなかったという噂があった。
純血でなく、きっと純血一族の力などなくても全てを破壊できたであろう彼が、それでも血を讃えるようになった影には一体何があったのか、僕は知らない。でも、想像はできる気がする」
こうして話は終わった。
しばらく、誰も喋らなかった。そして、再び口を開いたのはやはりグレンジャーだった。
「それでも、あなたは! マグル生まれの魔法使いを排除するのが正しいって思っているわけじゃないんでしょう? だったら、どうすべきだと思っているの?」
こんな、グレンジャーにとって辛いだけの話を僕がしても、それでも彼女は僕を信じてくれているのだった。
「僕らはまだ子どもで、この世界の制度を根本から変えるにはあまりにも無力だ。でも、今できることはある。
────断絶の先にいる対立者を一方的に否定しないこと。なんでそう思ったのか、どうしてそう考えたのか。相手に寄り添って想像すること。自分の願いと一致するところを全力で探すこと。敵ではなく────味方になるかも知れない存在として考えること」
口にしてみても綺麗事だ。けれど、綺麗事を言うことにもまた価値がある。
「難しいことだと思う。僕だってほとんどできてない。でも覚えていたい考え方だと、思う。
強大な敵に立ち向かい、討ち果たさんとする君たちの勇気は過酷な状況で比類なき価値を発揮する。けれど、そうじゃない時。まだ、時間があって、相手も自分たちも追い詰められ切っていないとき。そのときはどうか勇気を納め、狡猾さをもって争いを避けることを────考えてみてほしい」
いつか、闇の帝王のもとに絡め取られるかも知れない友人や家族のことを思いながら、僕は話を終えたのだった。
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ドラコの話は重たかったし、正直よくわからないこともたくさんあった。ロンも僕と同じ感じだったけれど、ハーマイオニーは口を結んで何かに耐えるような表情をしていた。
ドラコも深刻そうな顔をしていたけど、ふと何かを思い出したように顔を上げてロンに話しかけた。
「そういえば、ウィーズリー。君、夏休み中にも車を飛ばして、ハリーを監禁されているマグルの家から助けにいったんだよね」
「なんだよ? もうこれ以上難しい話が入る状態に見える?」とロンが返す。
ドラコはちょっと笑いながら首を振った。
「まあ……僕らスリザリン生ならそのやり方は絶対しないが……そもそもこの一年が終わったらハリーはその家に帰らなきゃいけないのに、ちょっと派手な手段すぎると思うし」
言葉に反してドラコは嬉しそうに続けた。
「でも、そこだと思うんだ。あんな偉そうなことを言っておきながら、僕の迂遠なやり方では、ハリーがそのマグルの家で苦しめられているのをすぐに助けることはできない。正直、魔法の車を飛ばすリスクというのは二ヶ月少しのために払いたいコストの量を超えていると……考えてしまう自分がいる」
ロンは話の方向が見えず、訝しげに僕とハーマイオニーの顔を見た。
「だから……後先考えず、勇気を持って、『今』苦しむ人を助けることができるのは、やっぱりグリフィンドールの美点なんだろうね」
ロンの顔にじわじわと赤みが広がっていく。何度か口をパクパクと動かし、けれどまっすぐドラコを見て、胸を張って言った。
「なんだ、知らなかったの? 僕らは勇猛果敢なグリフィンドールなんだよ」