音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第二十一話 狂ったブラッジャー

 

 石になったミセス・ノリスに出くわした日、ただでさえ解放された時刻は遅かった。僕の長話によって足止めを食らった結果、時計の針が天辺をだいぶ過ぎた頃に僕らはそれぞれの寮に戻った。どうせ近くのロックハートの部屋にダンブルドアを含めた先生方がいたんだし、危険はないだろうとたかを括った行動だったが……逆に言えば先生方にとっ捕まる危険は大いにある。僕もグリフィンドール組も見つからずに戻れたが、かなり迂闊な振る舞いだっただろう。

 

 しかも、話に熱中し過ぎていて頭から抜けていたが、今回の敵はマグル生まれ殺しの怪物かも知れないのだ。うっかりで出くわしたら目も当てられない。でも、じゃあなんで猫を? 直接スクイブのフィルチ氏に行けよ、と思わないでもない。……僕は子どもを理由なく脅したり傷つけたりしようとするフィルチ氏のことがあまり好きではない。もちろん、最初の死者が出なくてよかったとは思うが。

 事態をより分からなくしているのが、猫は死んでいないと言うことだ。ダンブルドアがマンドレイク回復薬を使おうとしている以上、その石化の原因は「ものすごく強い魔法」というだけで数限りなく考えられてしまう。

 

 ダンブルドアが特定できていなさそうな以上、こちらでもできる限りの調査はするが……正体を掴める気が全然しない。しかし、できるだけ迅速に動かねば、いよいよマグル生まれが殺されかねない。楽観的仮説として、フィルチ氏に復讐をしたいだけのひどく悪趣味なイタズラという線もあるが、そう考えられるほどあの石化は簡単な呪いじゃない。

 正直、手詰まりだった。

 

 意外なことに、僕を含めあの場の四人は即座に事件の容疑者として、周りの生徒から見られることはなかった。これは理由がわからず不気味に思っていたのだが、原因は意外なほど簡単なことだった。そもそもスリザリン以外の三寮は、「秘密の部屋」のことを知らない者がほとんどだったのだ。魔法族の歴史の軽視は深刻だ……と言いたいところだが、「部屋」の存在は史実というより伝説に近い。実際、今まで開かれたことはないらしいのだから。

 

 そして、「秘密の部屋」の物語がどこかのクラスでビンズ教授によって語られると、噂はあっという間に広まった。もちろん標的は僕だ。ハロウィーンパーティの日、僕は大広間にはスリザリン生と、その後はグリフィンドール三人組と一緒にいたアリバイがあるのだが、流言を流布する連中はそんな論理的思考を持っていない。去年の学年末にダンブルドアから点を与えられたことで一気に有名になってしまっていたのも無駄な注目に拍車をかけた。結果、僕はスリザリン以外の三寮の多くの生徒から危険人物扱いを受けることになった。

 非常に不本意だが、状況が僕を一番怪しいと言っている。仕方ない。

 

 スリザリン内でも僕はなかなかな扱いを受けた。主にパンジーとザビニから。彼らは僕のことを人間と猫の区別もつかないスリザリンの後継者だと囃し立て、大いにからかい倒していた。一ミリも僕のことを継承者だと思っていないのに熱が入りすぎだろう。そもそも、マルフォイ家はスリザリン家系ではあれどもスリザリン直系であるゴーントとの血縁はなかった。ただ、マグル生まれの死を願うようなことは二年生の誰も言わなかったのは、僕も少しは影響力を持てていると自惚れたい。

 逆に言えば、僕らより上の学年にはそういう子が珍しくなかった。特にこの間の「穢れた血」事件でグレンジャーを目の敵にしているヒッグズは、練習のたびに怪物が最初に手にかけるのはグレンジャーがいいと嘯いていた。彼は僕のことを思ってそれを言っているのだから、全く扱いに困る。よく喋って、からかいあいをする仲なんですよ、と言ってもどこ吹く風だ。

 

 純血主義者の中にも「家系にマグルがいるものとは絶対に結婚しないが、マグルの血が入った魔法使いも魔法界の維持に必要である」という比較すると理性的な立場があるにはある。しかし、親世代は青白ハゲの、我々世代はスネイプ寮監が用意した舞台によるグリフィンドールとの抗争を経て、特に学生という野蛮さがある程度の力を持つ場所では過激思想が尊ばれていた。

 大人になったら「穢れた血」なんて大っぴらには口に出さない、というようなある程度のコーティングしないと恥ずかしいとされる。しかし、集団で敵対構造を作っている場において半端者は裏切り者である。

 

 そんな状況下で再びグリフィンドール三人組とは少し疎遠になった。以前と違い蟠りがあるわけではないが、彼らはどうしてもグリフィンドールだし、僕と喋っている時間もなさそうだった。どうせ事件のことを調べ回っているのだろう。今年こそ大分危険そうなので大人しくしていてもらいたいが、絶対にそうはいかないだろうというのはこの一年ちょっとで既に実感していた。ただでさえ魔法使いの子供というのは危険に対して鈍感なのに、そこに主人公補正が乗っかっているのだからもう手に負えない。

 

 そうして十一月も半ばになり、嫌なシーズンがやってきてしまった。今日は待ちに待ってないスリザリン対グリフィンドールのクィディッチ初戦の日だ。

 

 僕はフリントに、チェイサーの四人の中で僕が一番クアッフルを扱うのが下手だし、箒に乗るのも上手くないと訴え、試合に出さないよう懇願した。終いにはもう少し上手くなってから出ないとブラッジャーに叩き落とされ、父がお怒りになるかも知れないとまで言った。しかし、現実は非情だった。

 「マルフォイ氏のこともある。今回はピュシーが補欠に回るから。お前は出るんだ」だそうだ。

 ピュシーに一緒に抗議するよう頼みに行ったが、彼は僕の方が小柄で取り回しがいいだなんだと理由をつけて遠慮してしまった。こんなところで遺恨を残したくないのに、最悪だ。

 

 こうして土曜日の朝、僕は未だかつてないくらい落ち切った気分でクィディッチピッチに向かった。天気すら僕の気分を反映しているような曇り空だ。スリザリンの観客席には、パンジーがミリセントと一緒に作った灰色の猫が四隅に踊る「スリザリンの怪物は常に勝利する」という馬鹿げた横断幕が掛かっている。神聖なるは常に勝利する(Sactiomnia Vincet Semper)がマルフォイ家の家訓なのだが、それをもじったらしい。状況を楽しみすぎだろう。今日の僕の最大の敵かも知れない。

 

 「秘密の部屋」の噂のこともあって、ハリーを除いたグリフィンドールチームからの視線は痛い。逆に、僕に向かって小さく手を振っているハリーはよくそれでチームから浮いていないなと少し感心する。やっぱり最年少天才シーカー様は違うのだろうか、という少し卑屈なことを考えてしまう。

 けれど、ハリーも緊張しているようだ。ニンバス2001を全員が持っているというのは、サッカーでいきなり相手チームの足がサイボーグになったようなものである。そりゃあ、勝てるか不安にもなるというものだろう。しかしこのスポーツはサッカーではないので、シーカーの活躍次第でいくらでもどうにかなる。心の中で頑張れと応援した。

 

 そして、いよいよ試合が始まった。僕は仲間のチェイサーの動きについて行くので一杯一杯だ。グリフィンドールの双子にブラッジャーで狙われたら、即座に叩き落とされるだろうとヒヤヒヤしていたのだが……しかし、僕らの方にブラッジャーはほとんど飛んでこなかった。なんでそんなことになっているのか全くわからないまま、気付けばスリザリンは60対0でリードしている。

 ようやく試合の空気に慣れて何かがおかしいと感じ始めたとき、グリフィンドールがタイムアウトをとった。そこで僕はヒッグズに、ブラッジャーの一つがハリーだけを目掛けて飛んでいるのだと教えてもらったのだ。

 

 とんでもない話である。いや、元よりブラッジャーなんていう鉄の塊が人を叩き落とそうとする中、木の棒で飛ぶスポーツ自体がとんでもないのだが。そうじゃなくて、また去年と同様魔法道具に呪いがかけられ、ハリーが狙われている。お客様の中にダンブルドアはいらっしゃいませんか! と思い観客席を見上げるが、やはりいない。いたらそもそもこんなことになっていないだろう。

 しかし、幸いなことに試合は止まっている。このままマダム・フーチが無効試合として処理してくれることだろう────と考えていたが、僕は魔法族のクィディッチに対する愚かさを完全に舐めていた。

 

 マダム・フーチはそもそも問題が何か気づいていなかった。他の教員からも試合中止の申し入れは来なかった。グリフィンドールチームは没収試合でスリザリンの勝利という形になることを恐れ、試合を続行した。

 

 ハリーを含めグリフィンドールチームは狂っているし、マダム・フーチは救いようのない無能だ。いつもだったらマクゴナガル教授に縋るのだが、彼女はことクィディッチに関しては全く頼りにならない。特に試合が始まってしまった後では。

 僕は泣きたくなった。

 

 スリザリンの立場で試合放棄を勧められもしないまま、再開のホイッスルが鳴り響いた。

 

 先ほどまでハリーの護衛に回っていたウィーズリーの双子が、クアッフル争奪戦にブラッジャーを打ち込んでくるようになったが、それでも一個はハリーの後を追い続けている。ハリーはブラッジャーに重さで強い慣性が働いているのを利用して躱している。────物理法則を一切無視した物体に働く慣性ってなんだよ、ふざけるな────あんな速度で移動されては地上からは到底助けることができないだろう。

 僕は上空のハリーに注意して飛んだ。それでも、────僕も魔法界に毒されている────クィディッチの道具である以上、本当に致命的なことにはならないと思うが、鉄球が首をへし折る可能性がある中でそんな希望的観測に縋っていていいのだろうか?

 

 しかし、僕が取れる手段は少ない。ファウルになることを承知で魔法をかけに行ったとしても、あの速さだ。まともに当たるかどうかもわからないし、そもそも魔法道具にきっちり呪いをかけるためにはよっぽど上等に呪文を使わなければならない。

 使う呪文だって問題だ。迂闊に爆発させたりしてなお呪文の効果が切れなければ、無数の鉄の破片となったブラッジャーがハリーを襲うだろう。悪夢だ。

 

 ただでさえクィディッチの試合中で、割ける意識など殆どないのに考えなければいけないことはあまりにも多かった。

 消失呪文────五年生の変身術の内容だ────しかも、箒に乗りながら、飛び回るブラッジャーに当てないといけない────しかも、魔法道具だから高い練度で────どう考えたって、無理に見える────でも、本当にハリーが危険そうならやるしかない。

 

 そんなことを考えていると、何故か上空でハリーが不意にスピードを緩める。案の定そこを狙ってブラッジャーが強襲し、ハリーの右腕をすごい勢いで叩き折った。ああ、もうダメだ、限界だ。

 

 僕はクワッフルを抱えたジョンソンを追う箒の向きを変え、ハリーの方にローブから引っ張り出した杖を構えた。

 

 「エバネスコ!!」

 

 杖から放たれた閃光は辛うじてブラッジャーを捉え────そしてブラッジャーは綺麗さっぱり消え失せた。ああ、ファウルをしてしまった。退場かも知れない。スリザリンチームは敵チームのエースを守ろうとした僕を心底軽蔑するだろう。絶対、僕の方が正しいのに。

 

 しかし、そうはならなかった。マダム・フーチがホイッスルを鳴らす前に、試合が終わった。スピードを緩めたときに、ハリーは既にスニッチを獲っていたのだ。ハリーはそのまま下に落ちるように飛んでいった。

 

 なんとかハリーに追走し、地面に激突しないように掬い上げる。ニンバス2001最高。腕は本当に痛そうだ。反対側に折れている。ハリーは足を地面につけるや否や、スニッチを握りしめたまま倒れ込んでしまった。もうクィディッチをやめてくれ。

 

 慌てて地面に体を横たえて腕以外は大丈夫か確認していると、いきなり僕を押しのけてハリーへとかがみ込んできた人がいた。けばけばしい色彩で即座に分かる。ロックハートだ。何やら張り切った様子に、今まで生きてきた中で最も不吉な予感がした。

 

 「ハリー、心配するな。私が君の腕を治してやろう」

 ロックハートはどこから湧いてくるかも分からない自信のままに袖を捲っている。僕と同じく嫌な予感がしているのか、ハリーは弱々しくロックハートの手を拒んでいる。

 「ロックハート教授、待ってください。マダム・ポンフリーのところへ運びましょう。彼女は専門家です────」

 周囲にグリフィンドールチームが集まってくる。なんでカメラ小僧はこの場にもういるんだ。遠くからマダム・フーチやマクゴナガル教授がやってくるのが見えるが……しかし、間に合わなかった。

 

 ロックハートが稚拙に杖を振り回してかけた呪文で、ハリーの腕は奇妙に力を失い体に垂れ下がった。そこには、人間の進化の中で重力に合わせて組み上げられてきた形が一切ない。つまるところ、ハリーの腕からは完全に骨が抜き取られてしまったのだった。

 僕はしばし呆然とし、そして腹の底から湧き上がる激憤をロックハートにぶつけようとした。しかし、僕の怒りは僕より遥かに激烈に憤怒をあらわにした人の存在でかき消された。それは、やはりマクゴナガル教授だった。

 

 「ギルデロイ────ロックハート! あなたは何をしたのですか! この能無しの大馬鹿者! ああ、骨を消失させるなんて────ホグワーツの在学生だってここまでの不始末は滅多にありません! ウッド、ポッターを医務室に連れて行きなさい────その杖の先で何が起こるか少しだって考える頭を持っていないのに────自分の能力を見誤り生徒に危害を加えるなど、教師としてあるまじき行為です!」

 

 僕は去年ハグリッドにマクゴナガル教授が怒るところを見て、もう二度とこんな彼女を見ることはないだろうと思っていたが、それは完全に間違っていた。()()()()()()()()()()の腕の骨を抜くという行為は彼女の逆鱗を二つむしり取ってしまった。

 

 叱責の苛烈さのあまり、僕は自分が叱られているわけでもないのに、根が生えたようにそこに突っ立っていた。突然、マクゴナガル教授はこちらを向く。思わず身が縮こまる。ロックハートへの怒りを抑えるために決然とした口調ではあったが、彼女は僕に向かってできるだけ穏やかに言った。

 

 「マルフォイ────素晴らしい消失呪文でした。あなたは、常に私の期待を超えた結果を見せてくれています。スリザリンに十点、差し上げましょう」

 

 明らかにこの場の状況はいいものではなかったが、僕はとりあえず少しの報いを得たのだった。

 

 結局ハリーを無傷で守りきれなかったし、あの状況でロックハートは僕に隔意を持ってしまったかも知れない。けれど、危惧していたよりスリザリンチームは僕に寛容だった。ハリーは僕がブラッジャーを消すか消さないかのところでスニッチを獲ったし、彼がロックハートによって骨抜きにされたのが物笑いの種になったからだ。さらに、マクゴナガルがロックハートを叱りつけ僕に点を与えたのも良かった。フリントには呼び出されて小言を頂いたが、それはもうしょうがないだろう。ヒッグズだってスニッチを見逃したのだ。

 

 何にせよ、もうクィディッチはやりたくない。心からそう思った。

 

 


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