音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第二十三話 スネイプ教授の忠告

 

 

 全校生徒に蛇語を披露してしまった決闘クラブの後、ハリーは華々しく「誰がスリザリンの継承者でしょうか」レースのトップに躍り出た。彼は全く知らなかったようだが、パーセルタングとはそれだけスリザリン的素質の一つだと考えられている。闇の帝王が蛇語を話せたという話もあいまって、蛇語使いの持つイメージはよろしくない。

 その後の展開も最悪だった。事件から数日も経たないうちに、ハリーは当のフィンチ-フレッチリーと「ほとんど首無しニック」というゴーストが石化させられている場に、一人で居合わせてしまったのだ。怪しく見えてしまってもしょうがない。……それでも、僕にかかった後継者の疑いが晴れたわけではない。

 

 今一番有力視されているのは、僕とハリーは共謀して事件を起こしているという説だった。今まで流れていた僕についての荒唐無稽な噂は、そのままハリーの手伝いだったというふうに流用された。

 僕が疑わしい理由の一つに、ブラッジャーでハリーの腕をへし折ったからというのがあったはずなのだが……噂を吹聴する人間というのは自分の発言に無責任なのか、三日くらいしか記憶を保持できないのかのどちらかだ。

 

 しかしなるほど、それらしい考察でもあった。僕らが隠れてマグル生まれを襲っているなら、多くの生徒が詰めかけた「決闘クラブ」で蛇語のお披露目会なんて正気を失った真似するはずがない、という点を除けば。もし僕がフィンチ-フレッチリーを本気で狙っていたのだったら、絶対に先に警戒されるようなことはしない。

 それとも僕らはそこまで救いようのない馬鹿だと思われているのだろうか……と訝しんでいたところで、九月の初めにハリーが何をやらかしたのか思い出す。残念ながら、あの「空飛ぶ車」事件でハリー達に貼られたレッテルに「目立ちたがりや」があるのは間違いない。

 

 残念なことに、二年生の僕らの顔が利く範囲も、僕らの人となりを知る人の範囲も広くない。元々言わせておけの姿勢ではあったが、いよいよ噂をどうにかするのは不可能だった。

 

 僕があれこれ言われる分には構わないが、ハリーにとってはドラゴン事件の再演である。こうもいろいろな視線に晒されるのは、物語の主人公だから仕方ないのかもしれない。しかし、彼は入学して以来関わりまくっている「事件」と名の付く騒動は望んで引き起こしたものではない。「車」とドラゴンについては……知らん。少しは主人公贔屓の考え方をさせてくれ。今回も僕が関わってしまった結果のようにも思ったが、指示を出したのはスネイプ教授で僕でなくてもこの結果になっただろうし、ハリーが蛇語について知識を持っていなければ遅かれ早かれこんな状況に陥っていたことだろう。僕のせいではない。……きっと。おそらくは。

 

 この一ヶ月少しでだって、僕は周囲の噂に辟易していたのだ。僕より遥かに名前が知られているハリーは本当に大変だ。しかも、彼は周囲に多くのスリザリン生の理解者がいるわけでもない。勿論グレンジャーとウィーズリーはいるが、下手をすれば同寮のマグル生まれの生徒にすら陰口を叩かれているだろう。二年目で改めて彼がこの先ホグワーツで見舞われる困難を思い、ため息をついた。

 

 グリフィンドール生と言えば、もう一つ新たに沸いた懸念事項がある。

 パンジーは流石にクリービーの事件から一ヶ月も経っていたことがあって、僕を出汁にするのに飽きていた。そんな中ハリーという絶好の餌を与えられ、ここしばらく見たことがないほど有頂天になって彼を茶化し倒していた。

 

 そこに何故かウィーズリーの双子が参戦したのである。

 

 この四年生の二人組は、以前は僕からハリーをガードしていた生徒の中にいたのだが、「決闘クラブ」以降その護衛はやる気を少しなくしたようだった。(オリバー・ウッドは相変わらず僕をマークしていた。せめてクィディッチピッチだけにしてくれ。)フィンチ-フレッチリーの事件の後、いよいよ周囲に疑われ出したハリーを、彼らはなんとスリザリンの継承者として公の場で煽り始めた。パンジーは彼らとともに僕らを揶揄い、ふざけ、そしてどちらが真の継承者なのかで口論した。

 

 「道を開けろ、公衆の面前で自らの正体を明かしたスリザリンの後継者様御一行のお通りだ!」

 「おお、生徒達に高らかにそのスリザリンの力を披露なさったハリー・ポッター……偉大なるハリー様はご聡明にもスリザリンにスケープゴートをお立てになっていたのだ……マルフォイに杖型甘草あめを蛇に変えさせ、自らの召使いをお作りになっているのだ……」

 「いいや、違う! 賢明なるドラコ・マルフォイは蛇語を操るハリー・ポッターを駆使し、『秘密の部屋』をお開きになったのだ……マルフォイ様は生徒を狙おうとしたがご近眼で、猫しかお捕まえになれなんだ。少しはまともな眼鏡をかけているポッターに生徒を狙うよう指示されたのだ!」

 

 いい加減にしてくれ。ハリーが嫌がっていたら止めさせようと思っていたが、彼はその四人が僕らを明らかに本物だと思っていないことが嬉しいらしい。健気なのか図太いのかどっちなんだ。出くわすたびに僕らの不名誉な噂の小型拡声器になる四人のおかげで、僕らは校内で目立ち切っていた。

 

 

 しかし、数日で僕らの周囲は静かになった。クリスマス休暇が始まったのだ。スリザリンで学校に残ったのは僕一人だ。クラッブとゴイルはこんな事件が起きている学校に僕を一人残すことを心配していたが、それでも僕は純血である。クリービーもフィンチ-フレッチリーもマグル生まれだったし、次狙われる人間もその流れが続くと考えられる。勿論僕が純血犠牲者の最初の一人でなければ、というのはあるのだが。結局いつものスリザリン組は僕を残し全員それぞれの家に帰っていった。

 学校に残ったのは僕とハリー、グレンジャー、ウィーズリー兄弟だけだった。ウィーズリー兄弟は夏に父同士が乱闘した同士ではあったが、紆余曲折の結果打ち解けてこれているのは僥倖だ。

 

 パーシー・ウィーズリーとジニー・ウィーズリーには、この休暇で初めてまともに顔を合わせた。意外なことにパーシーの方は比較的僕に好意的で、そしてジニーは多くの一年生と同様に僕に怯えきっていた。彼女はハリーが好きだそうで、俗説の一つ「マルフォイがハリーを操っている」説を信じている一人なのかも知れない。僕はこの可哀想な一年生をあまり脅かしたくなかった。

 

 

 

 休暇は穏やかに過ぎていった……と言いたいところだったが、なかなかそうもいかなかった。

 今年の事件について、時間があるうちに調査を続けなければならない。ハリーが蛇語を話せるということは、彼にしか聞こえない声は蛇の一種だった可能性が浮かび上がってくる。でも、「猫、人間、ゴーストを石化させる」「姿の見えない」「蛇」の怪物というのは僕の知識にはなかった。フィンチ-フレッチリーとクリービーの事件から容疑者を推測することもできない。……僕は役立たずだった。

 

 しかも休暇に入った翌日、僕はスネイプ教授に呼び出された。

 事件に関して言えば、彼が僕に蛇を出させたこともあって正直かなり怪しく思える。だが、去年のダンブルドアの「最も信用する人間の一人」という言葉を信じるなら、やはり容疑者からは外さなくてはならない。

 尤も、話の内容は事件に全く関係なかった。

 

 冬に長居するには底冷えしすぎる地下の研究室で、スネイプ教授は眉間に真っ直ぐ縦ジワを刻んで僕を出迎えた。その手には何やら便箋が握られている。

 「君のお父上から吾輩に届いた手紙だ。クリスマス休暇に一人で過ごすことになった君のことをご心配なさっているとのことだ」

 おお、父上……。お願いだから、我が子が学校に残るからといって、寮監にベビーシッターを依頼するような真似はなさらないでくれ……。

 しかし、そんなことを伝えてくるということは、父はスネイプ教授と僕の微妙な関係を知らないということでいいのだろうか。それとも、それがあっても言付けをするほど父と教授は親しいのだろうか。

 恥ずかしさのあまり、もうさっさと寮に帰りたかったのだが、スネイプ教授はまだ僕に話があるようだった。というより、様子を見るに父からの手紙は僕を呼び出す口実に過ぎなかったようだ。

 悶絶しているこっちをよそに、彼は話を続ける。

 

 「そろそろポッターに軽率に近付くのをやめたまえ。今、君について流布されている多くの噂は、ポッターに関わるのをやめればそのうち消えることだろう」

 ある程度予想していた内容ではある。しかし、初めての忠告だった。

 

 「つまり、汚名はハリー・ポッターに押し付けて僕は平穏な日常を過ごせと、そういうことですか」

 スネイプ教授は教育者とは思えないほど蔑みを前面に出した笑みを口角に貼り付けた。

 「英雄的な言葉だ。しかし、その周囲を顧みず、無神経にポッターなどという不逞の輩と関わり、あまつさえ奴を庇おうとする行為は君になんの利ももたらさん」

 つくづく残念なお言葉だった。理由によっては僕は教授の命令に従ってもよかったのだが、()()()()だからというのは納得できない。

 

 「見解の相違ですね。僕はハリーを始めグリフィンドール生と仲良くすることは利があると考えています」

 訝しげな表情を浮かべた教授を見据え、尋ねる。

 「教授は何故そうもハリー・ポッターを目の敵にするのですか?」

 教授相手に明らかに出過ぎた態度を取ってしまっていることは分かっている。死喰い人の疑いがある人相手にだって、聞かせていい発言ではない。けれど、この人はダンブルドアが信用していた人でもある。今のうちに彼の心情を分析する手がかりを得ておくことは、きっと無駄ではない。

 

 教授は一瞬逡巡したが、意外なほど流暢に答えた。

 「ポッターは父親にそっくりだ。規則を破り、それを鼻にかけ、深夜に校内を徘徊する……。どうしようもない目立ちたがり屋の愚か者だ」

 なるほど。ハリーと初対面であんなに因縁をつけていたのは、ハリー自身ではなく彼のお父上のせいなのか。しかしそれはあまりにも理不尽だ。許し難いほどに。

 

 「教授がご存知でないのなら、僭越ながらお教えして差し上げますが……ハリーのご両親は亡くなっているのですよ。

 実の親の背を見て育つ機会を失った彼が、遺伝形質だけでその……目立ちたがりのお父上とそっくりになるなんて、何故そんなふうに思われるのですか」

 僕の皮肉な口調に、見るからに彼の顔が険しくなる。しかし、それでも擁護を続ける。

 

 「目立ちたがりとおっしゃいますが、去年のグリフィンドールの大量失点は彼に全責任があるわけではありません。マクゴナガル教授からお聞きになっていらっしゃいませんか? 空飛ぶ車については確かに軽率な振る舞いでしたが、それだって彼がマグル育ちで魔法界の常識を知らずに育ったことに起因しています。彼に全ての原因や責任があるわけではない」

 明らかに生徒の領分を超えた発言だと自覚していたが、僕は止まらなかった。理性なく子供の性質を断定する教師は害悪だ。

 スネイプ教授はこれで僕に見切りをつけてくれるだろうと思っていたが違った。僕の言葉の中に彼は見過ごせないことがあったようだった。

 

 「君はもう少し頭が良いと思っていた……マルフォイ。スリザリンに相応しく人を見抜く才能があるものとばかり。そうでないなら大人しく年長の教師の言うことに従うのが賢明だ」

 「教師に阿って子どもに言いがかりをつけるのが、人を見抜く才能の証左だと仰られるのであればそうですね。残念ながら僕に才能はないようです」

 彼の気持ちを推し量る必要もなく、スネイプ教授はかなり怒り始めている。しかし僕も怒っていた。

 

 何故彼はこんなにも頑ななんだろう? 魔法薬学の分野で見せる分析的な思考はどうしてハリーには発揮されないのだろう? この人は何に固執してグリフィンドールとスリザリンを対立させたいのだろう? いや、一体なぜそれが当たり前だと信じてしまっているのだろう?

 

 そこで僕はようやく思い当たる。

 この人もかつては「生徒」だったのだ。ホグワーツでは父の後輩だったはずだし、戦争の最も過酷なときにスリザリンに所属した人なのだ。

 

 僕は実際を見たわけではないから、想像でしかない。けれど、そこで価値観を培った人がその対立構造で物事を見ようとするのは当然だ。寧ろ、理性的であるほど自身の周囲に抗えない性質を意識するだろうし、それから目をそらしたいなら、対立構造が普遍的なものだと証明するのが最も理にかなっていて簡単だろう。

 

 僕の怒りはすっかり萎んでしまった。しかし、だからといって彼に伝えたいことがなくなったわけでもなかった。

 厳しい目でこちらを睥睨するスネイプ教授に、僕は今度は懇願するために話し始めた。

 

 「分かっていただけると思うのですが……ある寮に組み分けされることも、された後にその中の雰囲気に従って自分の性質を変えてしまうのも、一人の人間だけでは抗いがたいものです。

 お願いです、教授。もし、闇の帝王が戻ってくるのなら。その時闇の道に自分が進むしかないと、子どもに思いこませるようなことをしないでください。その過酷さが蔓延する時代を教授は僕などよりずっとよくご存知だと思います」

 

 スネイプ教授の目は厳しかった。しかし、先程のようなハリーに関する苛立ちとは違う厳しさだった。

 「では君は……『穢れた血』などという言葉を吐く、ご友人のことを君は許せるのかね。それでもなおその子どもに手を差し伸べろと、そう言うのか」

 

 なんだか論点がずれた。教授がそういった言葉遣いに厳しいのも、それを断罪する立場として語るのもかなり意外だ。僕は内心驚きながらも、自分なりの論理を話し続ける。

 

 「僕が言われた側でもないのに許す権利なんてないでしょう。でも、その責任が口に出してしまった子供に全て背負わされる訳ではない。

 『穢れた血』なんて言葉を軽々に使うことを否定する倫理を作り上げてこなかった教育者と、許容される風潮を作り上げてきた保護者の責任が問われた後に、初めて彼ら自身の罪がどこにあるのかという話ができる。そうではないですか?」

 魔法界の教育者にこの理論はちょっと先進的すぎるかも知れないが、だからと言ってその後進性を批判しなくていいわけではないだろう。

 

 「言っている内容は酷いことです。マグル生まれに対して許されるはずもない。けれど、今ここでその全ての責任を子供に求めていては根本的な解決にならないでしょう。

 ただ何が悪いのかその子が理解できないままで責め立てていては、寧ろその責め立てる価値観を否定する方に流れてしまう。それはあまりに残念なことではないですか」

 

 僕が語るにつれ、教授の顔からは表情が無くなっていた。何が地雷だったんだ。理由に全く見当がつかない故に、今までで一番恐ろしいとすら感じる。

 しばらく彼は何も答えなかった。僕の耳に聞こえるのは、調合中の薬の立てる音だけだ。

 

 「君は何一つ分かっていない」

 ようやく教授はそれだけ言うと、僕を研究所から追い出した。

 

 

 


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