音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第二十四話 看過

 

 

 スネイプ教授と一対一の緊迫感あふれる会話は心臓に悪い。朝っぱらから疲れ切った僕は、昼食をグリフィンドールのテーブルで取ることにした。どうせウィーズリー家とハリー、グレンジャーしかいないのだ。他の生徒の目を気にする必要もないし、一人ぼっちでスリザリンの席に座るのもなんだか気まずい。それに、彼らとまともに話すのは本当に久しぶりだ。三人とも「決闘クラブ」からどんな様子で過ごしているか確認しておきたかった。

 

 人の少ない大広間の雰囲気は存外和やかだった。相変わらず「後継者」のネタを気に入っている双子にからかわれながらの昼食が終わり、他のウィーズリー兄妹がいなくなったところで「秘密の部屋」について話すことにする。やはり三人組も彼らなりに事件の調査を進めていたらしい。

 

 しかし、僕は全く予想していなかったことで、彼らとの話し合いを早々に切り上げることになった。

 話の流れの中で、僕は何気なくハリーに言った。

 「しかし、石化以外でキングズ・クロスの締め出しもブラッジャーもまだ犯人の目星が全く立っていない。君が危険に晒されているのはこの辺りだから、そこから考える必要もあるんだけど」

 

 ハリーもまた何気なく返事を返した。

 「ああ! その犯人のことならもう大丈夫。誰だか分かったから。言ってなかったっけ?」

 

 思わず目を丸くしてハリーを見る。秘密の部屋の関連じゃなかったのか? キングズ・クロスのゲートだの、ブラッジャーだのに呪文をかけるだなんて手の込んだことをしておいて?

 困惑する僕をよそにハリーが告げた言葉は、それまで考えていた全てを吹き飛ばした。

 

「二つとも、ドビーっていう屋敷しもべ妖精がやったことだったんだ。僕を何かから守るためにホグワーツから追い出したかったんだって。

 それで、ドビーがこの間骨を抜かれたときに医務室に来て言ってたんだ。秘密の部屋は前にも開けられたって」

 

 その言葉は、僕に今回の犯人を悟らせるのに十分だった。

 

 

 

 一番初めに頭に浮かんだのは、ダンブルドアに知りうる全てを話すことだった。

 ハリーの発言に半ば茫然自失状態だった僕は、それでもなんとか訝しげな彼との話を切り上げて真っ直ぐマクゴナガル教授のもとへ向かった。いきなり血相を変えた生徒がやってきて教授も驚いていたが、「なんとしてでも、今すぐ校長先生だけにお話ししなければならないことがある」としか言うことはできなかった。本当に足元に縋り付かんばかりにお願いした結果、僕はどこにあるかも知らなかったダンブルドアの校長室に案内されることになった。

 なんでガーゴイル像なんかの裏に校長室の入り口を隠すのだろう。学校の代表者にはすぐ会えるようにしてほしい。

 

 校長室はクリスマスだからなのか、これから話す内容に反して温かく居心地の良い雰囲気に包まれていた。本当にありがたいことに、部屋の中にはちゃんとダンブルドアがいる。机の上に入室の合言葉だったレモン・キャンデーが置いてあるのを、僕はマクゴナガル先生が訝しげに退室していく間、その視線を意識しないためにじっと見つめていた。

 

 ダンブルドアは掛けていた椅子から立ち上がり、いつもの微笑みを浮かべてこちらへと歩み寄った。

 「どうしたのかね? ドラコ」

 その温和な口調は、今の僕には辛いものがあった。向けられている優しさが身を斬る様に痛い。

 一瞬、息を詰めたあと、慚愧の念を振り払って僕は堰を切った様に話し始めた。

 

 「父────ルシウス・マルフォイです。今回の事件の発端は。

 父の屋敷しもべ妖精のドビーは、最初のフィルチ氏の猫の件が起こる前に、既に今年ホグワーツで何か起こると知っていました。だから学期の初日にハリーをキングズ・クロスから締め出したんです。つい先ほどハリー本人から教えてもらいました。

 そして何かを知っていても、それを詳細にハリーに話すことはできなかったそうです。()()()()()()()()()()()だからでしょう。

 ドビーの主人は……父は、おそらくあなたを失脚させるために……どうやってやったのか分からないですが、『秘密の部屋』を開けた。スリザリンの怪物が解き放たれ、マグル生まれから犠牲者が出ることで責任を追求し、あなたがホグワーツから排除されるのを狙って」

 先を告げるのに躊躇い、一度言葉を切る。

 今までこの世界で生きていた中で、ずっと目を逸らしてきたことを──仕方がないと看過してきたことを告白せねばならない。

 

 「そして────ああ、本当にこんなことは認めたくないのですが────、父はマグル生まれが死のうがどうでもいいと考えるタイプです。今回、犠牲者が石化で済んでいる理由がわからない。恐らくそれを父は企図していない。

 もし石化が意図された結果なら、他の誰か────『秘密の部屋』を開ける何かが、父の計画に介入してそれを行なっていることになる」

 

 少しだけ間をあけ、僕は今度はダンブルドアに質問をした。

 「ダンブルドア先生、今回の真犯人は闇の帝王だとお考えですか?」

 「左様じゃ」

 「であれば、父はそれを知りません。いや、それが闇の帝王の暗躍を許すものだと気づいていない。彼はいまだに僕とハリー・ポッターが仲良くするのを望んでいる。ハリー・ポッターという権威が今後も残ると、彼は確信していた」

 

 再び部屋に静寂が落ちた。ダンブルドアの顔には哀憐の情が浮かんでいた。

 僕は彼に、もう大丈夫だと言って欲しかった。犯人の一人が判明した以上、これで事件が解決できると保証して欲しかった。しかし、ダンブルドアは二の句を継がなかった。

 

 僕は、先ほどから抑えられない震えの混じる声で、ダンブルドアに懇願した。

 「父に真実を吐かせてください。誰かが死ぬ前に」

 「すまぬが、その頼みは聞けぬ」

 ダンブルドアは僕の目をまっすぐに見て、決然と言い切った。

 

 ここまでで既に予想していた、しかし最も恐れていたことを告げられてしまった。

 ああ、やはりそうか。去年と同じなのか。血の気が引き、足元がおぼつかなくなってくる。それでも僕はダンブルドアに問いかけた。

 

 「人死が出るかもしれなくても、為さねばならないことがあるとおっしゃるのですか。もう一度、ヴォルデモート卿を罠にかけなければならないのですか?」

 ダンブルドアは視線を逸らさず、去年と同じようにしっかりと頷いた。その目にはロックハートの時よりずっと深い悔悟の念があった。

 

 そして、ようやくダンブルドアは語り出した。

 「わしが後手に回ってしまったことは隠しようがない。しかし、分かってほしいのじゃが、今回の事件、これにあやつが介入できたことこそが最大の問題なのじゃ。この機会でそれを見極められなければ、取り返しがつかぬ」

 「どうやって、を絶対に突き止めねばならないということですか?」

 「その通りじゃ。今、ヴォルデモート卿の本体はアルバニアにいる。ホグワーツに手を出しうるのは間違いなくあやつ自身ではないが、しかし、それでも『秘密の部屋』は開けられた」

 

 「別の、部屋を開けられるものがいるとはお考えにならないのですか? 後継者の条件は闇の帝王そのものではなくスリザリンに帰属するのですから」

 縋る様な気持ちで聞いた質問は、しかし当然のようにダンブルドアはすでに考えていたものだったようだ。

 

 「『秘密の部屋』が前回開かれたとき、わしは既にホグワーツにおった。前の事件の犯人はヴォルデモートじゃったとわしは確信しておる。

 そして、ルシウスは知っておるかどうか分からぬが、ルシウスによって忍びこまされたものもまたヴォルデモートに関するものじゃろう。君のお父上が今回、『部屋』を開けるために遣わせたものが真にスリザリンに由来していると考えているなら、それはかつてヴォルデモートの蒐集物だったことは疑いようもない。ヴォルデモートは、自身が下げ渡す以外に、臣下が自身の祖先に由来するものを所持することは許さなかったじゃろうからのう」

 「確信しておる」「じゃろう」。絶対ではない。それでも、最悪の事態を────ヴォルデモートが本懐を遂げるのを阻止するためには、この推測に従わなくてはならない。ダンブルドアはそれを言外に告げていた。

 

 もはや言うべき言葉が見つからない僕に、それでもダンブルドアは話し続ける。

 「そして、君はもうこのあとは事件を解決するために動いてはならぬ。ヴォルデモートがどの様な形で糸を引いているのか、わしにもいまだ見当がつかぬ。相手の出方を窺えぬ以上、お父上と関わりがある君が手を出せば悟られてしまう危険は無くせまい」

 

 言っていることの理屈は分かる。彼が考えられる犠牲と、それによって得られる成果を怜悧に測っていることも分かる。僕はそれでも、ダンブルドアに今すぐ動いて欲しかった。

 

 「しかし、父があなたの排除を望んでいる以上────いや、闇の帝王の狙いもまたそれなのですよね? あなたを追い出した学校で、彼は何かをしようとしている。────でも、それでは闇の帝王がいよいよ姿を現すときに、あなたはその場にいられない! 他の人間に対処を任せることになってしまう!

 ───まさか、また『生き残った男の子』を闇の帝王と対峙させるおつもりですか? まだ二年生のハリーを頼って、そんな勝算の低い賭けをするのですか?」

 

 この指摘は流石に一分の理があると思ったが、ダンブルドアは僕の詰問に一切揺らいだ様子を見せなかった。

 

 「以前君には語らなかったことじゃが、ハリーに宿るヴォルデモートに対する護りは、わしによるものではない。わしがおらずとも、彼であればヴォルデモートに対抗できる」

 

 そんな、馬鹿な。ハリーが本当に危機に陥ったときにダンブルドアが駆けつけることができた去年度とは全く状況が違う。たった十二歳の少年が、最大の庇護抜きでいまだダンブルドアさえ正体を掴めていない()()と戦えると言うのか?

 「分が悪すぎます。それでは闇の帝王以外なら彼を傷つけられてしまうということです。闇の帝王だって、去年の経験でそれは分かっているはずだ」

 それでもダンブルドアは引く姿勢を見せなかった。彼は既に計画を敷き、僕程度が捻り出した考えは検討されきっている。

 そして────これはハリー・ポッターの物語なのだ。きっと、彼こそが最も闇の帝王の目論みを打ち砕く資質を備えうる人間だ。この世の誰よりも僕はそれを知ってしまっている。

 

 僕はダンブルドアを説得する正当な手札を失った。後に残っているのはただ「父を自業自得の殺人犯にしたくない」というワガママだけだ。何かできることを必死で探すが、これ以上何を言っても現実をマシにすることはないだろうという絶望的な確信だけが淀んだ心に染み込んでいく。

 

 「分かっています。それでも、賭けるしかないのですね。ホグワーツの守りを貫き、あなたに全く感知されることのないまま『部屋』を開き、生徒たちを傷つけてみせ、しかしなおその正体を表さないことができる方法が不明なのであれば……僕らは今後も極めて不利な状況に陥ることになるから。出るかもしれない今回の生徒の犠牲は、事件の真相が分からなくなってしまった次回の犠牲に代えられる」

 

 ダンブルドアは悲しげに首肯し、しかし厳格に僕へ最後の命令を告げた。

 「わしが学校を去ってから、マンドレイク回復薬ができるまでの間。奴はその間のどこかで必ず行動を起こす。無論わしもそのときになれば出来うる限り迅速にホグワーツに戻るが────全ての生徒の安全は保証できぬ。そして、君はその間、絶対に動いてはならぬ」

 

 

 

 そして、五月。ハーマイオニー・グレンジャーとペネロピー・クリアウォーターが襲われた。

 ダンブルドアは理事会によって停職され、学校を去った。

 

 僕は、何もできなかった。

 

 

 

 

 


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