音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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落とし穴

 

 

 僕はクリスマス以来、少しずつ「秘密の部屋」やそれを探す3人組から距離を取り日々を過ごしていた。流石に休暇の間はあの子達がよく目に入って大変気になったが、その後は僕はスリザリンに埋没し、いつも通りの日常に戻った。

 3人組のポリジュース薬密造が発覚したり(彼らは僕に隠そうともしていなかった。隠してくれ。全部捨てさせるぞ)と彼らが事件を追っている様子はそれでも聞こえてきたが、僕はダンブルドアに従い続けた。

 

 やらなければならないことが色々あるのは助かった。本当に好きではないがクィディッチも、「これから父が原因で生徒が死ぬかもしれない」という事実を忘れさせてくれるなら大歓迎だ。

 

 

 変身術にも打ち込んだ。マクゴナガル教授は流石に長いこと僕と接しているので、校長室に行った後からおかしな様子になったと気づいていらっしゃるようだった。しかし、彼女は何も聞かず僕に色々なことをやらせてくれた。

 ひょっとしたらダンブルドアから何か言われたのだろうか。もしそうだとしたら、僕の子守りを押し付けられているようで申し訳ない限りだ。マクゴナガル教授の監督がある場では、僕は自分の髪の毛の色を変える練習をすることを許可してもらえた。

 

 

 ロックハートの指導案も、僕の絶好の現実逃避先だった。

 彼は近頃、指導案以外にも防衛術の授業についての知識を求めるようになっていた。流石に僕らもそれに対応している余力はないので、参考になりそうな本をリストアップしたものを渡す形式になっていたが、どうやら質問などにも対応できるようにしたいと思い始めたらしい。

 その上、あの決闘クラブの後、以前は大体生徒に任せていた実技の手本を少しずつ自分でやるようになっていた。

 最初期はホグワーツで一体何を学んだと思うような酷い有様だったが、勘を取り戻したのか、ここのところ3年生あたりまでは問題なく手本をできるようになってきてる。

 

 正直全部最初からやってくれやと思わざるを得ないくらい当たり前のことだ。けれど、ロックハートを知るものにしては目を疑う進歩だった。

 

 2月の放課後、僕は指導案を手にロックハートの研究室を訪れていた。ロックハートはその数日前にバレンタインデーで盛大に学校を荒らし、少しの間忘れられていた軽蔑の目を再び人々から向けられていた。

 

 いつも通り軽く中身を説明し部屋を出ようとすると、彼は僕を呼び止めた。

 「君は────スリザリンのスネイプ教授のお気に入りだったね。スネイプ教授は、何か高名な────いや、勿論私に及ぶことはないですがね! それでもまあ、魔法薬学にはちょっぴり長けておいでだ。彼の狭い分野の中で、何か功績のあることを君は知りませんかね?」

 まさかこの人は次の標的をスネイプ教授にすることにしたのか? いくら何か策を持っているとはいえ流石に分が悪い気がするのだが、それでもいけるもんなんだろうか。だとしたら、結構危険人物である。

 

 そんなことを思いつつ、僕は適当に宥めるために口を開いた。

 「別にスネイプ教授はロックハート教授よりはるかに人気もないですし、お気になさることはないと思いますが。彼を信奉しているのは魔法薬学に命を捧げている生徒か、スリザリン生だけでしょう」

 そう言われてロックハートは少し落ち着いたようだったが、それでもなお彼は粘った。

 

 「しかし、あー……そう、やはりだね、最も優れた教授として、少しは『栄光に目を背けるもの』たちが何を良いと思うのか、知っておかねばならない。そうだろう?」

 この人も大概大変そうだ。常に自分が褒め称えられている状況じゃないと気が休まらないのだから、もはや一種の病気だろう。

 

 僕は半ば呆れながら、少しいつもの誉めそやしを忘れて言った。

 「別に、全ての生徒の絶対の一番である必要などないのではありませんか? ここの学生にとってはあなたは否応なく唯一の防衛術教師なのですし」

 何故かこの言葉はロックハートの何かに効果覿面だったらしい。彼はいつものキラキラした胡散臭い笑顔を一瞬顔から無くし、僕を見ていた。

 

 なんだか不気味な感じを覚えながら、僕は取り繕うように続けた。

 「勿論以前の教授方と内心比べられたりはするでしょうが、だからといって今あなたが教えていることが無価値になるわけではないでしょう? ロックハート教授が先週5年生の授業で教えた妨害呪文、最近寮内で流行っていて迷惑なくらいですよ」

 

 実際、流れ弾がゴイルに当たって大いに揉めたので迷惑ではある。しかし、彼の授業がちゃんと生徒に浸透している証左でもあった。

 ロックハートは未だに黙りこくっている。流石に怖くなってくる。僕はダンブルドアが「安全」と言う言葉を修正したことをそろそろ本当に心配しだした。

 

 「それに、あなたは生徒をこき下ろしたりしませんから。今のあなたは、授業で子どもの相手をする人間としてはスネイプ教授よりはるかに適任だと思いますよ」

 これは本当に心からそう思っている。というか、僕はスネイプ教授より子どもに対する扱いがなっていない人間はいないと考えてる。

 

 ロックハートは、どこかここではないところを見るような目をしていた。そして、彼はゆっくりと瞬きすると、いつもと同じ、キラキラした笑顔を浮かべた。

 

 「そろそろ遅くなる。この危険なときだ。私が大広間に引率するから夕食に行きたまえ」

 ただそう言って、彼は僕と共に廊下に出た。

 

 結局、彼は大広間に着くまで大した話はしなかったし、翌日朝食で見かけた時は、いつもの調子に戻っていた。だが、どこか常に纏っていた必死さに似たものが薄れているように、僕は思ったのだった。

 

 

 

 ダンブルドアが学校からいなくなってから生徒たちが教師に引率されるようになったのはありがたかった。しかし、いつも全員を見られるわけではない。2クラス合同のときは当たり前だが手が足りていないし、結局6時より前は図書館などに行ってしまう子もいた。

 初めはその中にマグル生まれの子はほとんどいなかったが、マンドレイク薬の完成する日が近づくと特に高学年は監視の目が緩んでいた。ペネロピー・クリアウォーターは6年生だったのだから、学年での区別などなんの意味もないのに。

 スリザリン生にはほぼ監視がなかった。いや、正確には疑いの目はあったが、被害者の傾向がスリザリン生は安全だと告げていた。

 

 僕はいつ最悪の事態が来るか恐れ、待っていた。

 

 しかし、僕の想像力はやっぱりいつも足りていなかった。

 

 マンドレイク回復薬の完成が近づいてきたある日、僕は午前中の空き時間を他のスリザリン生と同様に図書館で過ごしていた。そこで完成させる予定だった指導案を鞄の中に入れ忘れたことに気づき、クラッブに謝ってスリザリンの地下牢へ向かった。

 

 一人で。

 

 角を曲がり足を進めようとした先には、赤毛の小さな女の子が立っていた。

 

 彼女もまた一人だった。

 

 

 廊下にただ1人立っている彼女を訝しむ間もなく、「それ」は僕に語りかけた。ジニー・ウィーズリーの声で、しかし彼女とは全く違う嘲るような口調だった。

 

 「クリスマスにルシウスの屋敷しもべの名を聞いた後、すぐにダンブルドアのところに行ったのは間違いだったな。ドラコ・マルフォイ」

 

 見ていたのか。あの時。ジニー・ウィーズリーの身体を使って。

 

 僕はその場に凍りついた。

 

 ああ……僕は馬鹿だ。父が何を使っているのか分からない? 何をが分からなくても誰にだったらある程度予想ができただろうに。

 

 ポケットから杖を引っ張り出そうとしたが、もう遅い。

 

 「インペリオ」

 

 廊下に呪文を唱える声が小さく響いた。

 少女は冷酷な笑みを浮かべて僕に言い放った。

 「ダンブルドアの虫は潰しておかねば。そうだろう?」

 

 僕を歩かせどこかに向かう間、「それ」は低い声で囁いた。

 

 「この娘は君のことを僕に教えてくれたよ。ハリー・ポッターが話す君のことを。下級生相手にハリー・ポッターは随分君を庇ったらしいな? 

 純血マルフォイ家の嫡男で、暴走したブラッジャーから彼を救った。随分と、お優しいことじゃないか」

 

 3階の女子トイレに入り、「それ」が手洗い台の蛇口に話しかけるのを、ぼくはただぼんやりと見ていることしかできなかった。手洗い台が動き沈み込んだ後にはパイプの入り口が人が通れるほどの穴となって現れた。

 

 パイプ、主のない声、蛇語。何もかも遅すぎるのに、久しぶりに事件について考えている自分に思わず心の中で嘲笑した。

 「それ」は穴を覗き込み、しかし即座にそれには入らず少し考えていた。

 

 「……ああ、丁度いいかもしれない。この小娘で君を殺すより、君でこの小娘を殺す方が面白そうだ」

 

 途端に穴の傍に立っていたジニー・ウィーズリーがその場に崩れ落ちる。

 

 先ほどからの、夢の中のような感覚が一瞬消え、しかし次の瞬間さらに激しい流れのようなもので思考が遮られていった。

 

 そんな────あいつは何もするそぶりも見せなかったのに────

 

 どんどん意識が薄れてゆく。僕の手がジニーの落とした薄い本のようなものを拾い上げ、杖で彼女を狙うのが水面を通した先のように感じられる。上半身から徐々に制御が利かなくなり、手はしっかりと杖を握って離さない。

 

 しかし、最後のほんの一瞬、突然僕の身体は耳を押さえるようにかがみ込んだ。

 

 わずかに体の制御が戻る。

 ここから事態を変える方法は一つだけあった。

 

 最後の力を振り絞り、僕は開きっぱなしになっていた穴から下へ、崩れるように転がり落ちた。

 

 


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