音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
穴に真っ逆さまに落ち、意識は薄れてゆく。それでも僕は安堵していた。
少なくとも予想していた最悪の事態は避けられた。いや、考えていた中でもかなりいい結末に辿り着いたんじゃないだろうか。
操られていたジニー・ウィーズリーは守れた。どのマグル生まれの子も死んでいない。僕の父は他の生徒を殺すことにならなかった。上々だ。
ジニーがあの場で目を覚ませば、スリザリンの秘密の部屋がどこにあるのか大体の目星は付くだろう。戻ってきたダンブルドアがハリーに蛇語でここを開けさせれば、僕に取り憑いているコレは遅かれ早かれ見つかる。
しかもわざわざ僕に取り憑くために近寄ってきたということは自由自在に逃げられるわけではないということだ。この後僕がどうなろうと、コレはダンブルドアによって始末されるだろう。ハリー・ポッターがむざむざと危険に晒されるまでもない。
それに、僕が死ねばスリザリンの純血が殺されたことになる。それは純血主義者たちにある程度の訴求力を持つ。
元死喰い人であれば、その多くが仲間内の粛清を経験しているからこんなことでは心を動かされないだろう。しかし子どもたちに闇の帝王は必ずしも純血の味方ではないと知らしめる意味はある。
スリザリン対他寮の構造がわずかにでも揺らぐことで、僕の友人たちが自分の道を選べるようになることを信じたい。
そう願いながら僕は意識を失った。
幸運なことに僕は再び目を覚ました。
知らない、暗くて不気味な廊下のような部屋だった。大きく息を吸い、力の入らない身体をなんとか起こす。床には巨大な蛇のような怪物────バジリスクだ────が倒れている。
僕の思い描いていた予想とは異なり、その前には血に染まったボロボロのローブを着たハリー・ポッターが、不死鳥と共に立っていた。
ああ、彼はダンブルドアの望み通り、やってのけた。僕という人死を出す前に、ヴォルデモートを倒したのだ。
「ハリー、大丈夫?」
自分で思ったよりもずっと掠れた弱々しい声が口から出た。
こちらを振り返った彼は、僕の名を呼びながら走り寄る。
「ドラコ! 君こそ大丈夫?」
僕は首肯する。彼は血まみれだったが、どうやらほとんど返り血らしい。疲れ切ってはいるがどこにも致命的な怪我はしていないようだった。いや、不死鳥がいることを見るにこれは傷が残っていないと言った方が正しそうだ。なるほど、これがダンブルドアの奥の手か。これでハリーはある程度傷ついても戦える。嫌な予想に内心冷や汗をかきながらも、ひとまず安堵する。
「ここは秘密の部屋だよね? 敵は、倒せたの?」僕は一応確認した。
「そうだよ。ドラコ、ヴォルデモートだったんだ。ヴォルデモートがジニーを操ってたんだ!」
「どうやって……」
ハリーは僕に手に持っていた、何か本のようなものを見せる。それはトイレでジニーが持っていた、そしてそのあとは僕に持たされていたものだった。中央には焼けこげたような穴が空いている。
「この日記に、ヴォルデモートの子供の頃の記憶が封じ込められていたんだ。バジリスクの牙でそれを刺したから倒せたんだよ」
「日記に……」
僕はそれを手に取りしげしげと眺めた。
つくづく闇の帝王は凄まじい魔法使いだ。人一人を少なくともハロウィーンからの半年間操り続け、しかも察知もされない魔法を、どう見てもただの日記にかけるとは。やっぱり最恐の魔法使いは隠蔽にも優れているものなのだな。
しかし、記憶? それだけでそんな高度なことができるものなのだろうか…………
ぼんやりと考える中、僕はようやく大事なことを忘れていたのに気づいた。なんだかんだ僕も余裕がない。
僕は日記から顔を上げてハリーに言った。
「ハリー、助けてくれてありがとう。君は本当に頑張ったね」
一瞬面食らったハリーは、しかしここしばらく見ていなかったほど晴れやかな顔で、「こういうのは珍しいね」と嬉しそうに返した。
話をしている間に、手足の感覚がほとんど戻ってきた。起き上がり、ハリーは大丈夫だと言うが一応彼の怪我の確認をしていると(せっかく不死鳥がいるんだから全部治しておきたい)、部屋に恐る恐る歩くような足音が響く。振り返ってみると、そこにはロックハートがいた。バジリスクの死骸と僕らを信じられないものを見るように凝視している。
「え〜……では……怪物は倒したんですね? それは結構、大変結構! 素晴らしい働きです」
彼は何故か焦っているようで、貼り付けたような笑みで大袈裟に拍手をしている。
なぜ彼がここにいるのだろうか? この場にいる理由が最も思いつかない人間だ。まさか危険性を認知せず、いつものようにでしゃばってきたのだろうか?
ハリーの方を見てみれば、彼はロックハートを軽蔑に満ちた顔で睨みつけていた。
「どこに行ってたんですか」ハリーの声は固い。
「いや、部屋の外で調査を、ちょっとね」
「嘘だ。ドラコ、この人は他の人のしたことを、自分の手柄にしてたんだ。信じちゃだめだ。ここまで連れてきたのに、逃げたんだ!」
想像するに、ハリーはロックハートの正体を暴いた上でここに連行したようだった。なかなか哀れましいことをしてやっている。しかし、ようやく僕は危機感を抱き始めた。
この状況は少し、いやかなり不味いかもしれない。他に誰もおらず目撃者は僕ら3人。秘密の部屋の怪物を倒したと言う栄光。しかも僕ら二人ともロックハートの正体を知ってしまった。内心焦りながら僕はポケットの中に自分の杖を探したが、そこには飴しか入っていなかった。
探すために視線を滑らすと、ロックハートの足元に僕の杖は落ちていた。それを僕が見つめたのを彼は察知し、バタバタと拾い上げる。ああ、もう。恨むぞダンブルドア!
ため息を押し殺して僕はロックハートを見つめる。
ハリーも彼が僕の杖を取ったのに気づいた。ハリーがこれまた足元から杖を拾い上げようとしているのを横目に、僕はロックハートの前に歩いて行く。予想外のことに息を呑む音が後ろから聞こえる。
「逃げたけれど、僕らが心配になってお戻りになってくださったんですね。ロックハート教授」
僅かに後ずさる彼の前に辿り着き、正面から向き合う。
「教授、その杖は僕が落としたものです。拾っていただきありがとうございます」
僕は彼の目を見つめ、ただ手を出した。
ロックハートは明らかに逡巡していた。目には様々な感情が走っている。緊張感の滲む沈黙がその場を支配した。
しかし、しばらくして彼は諦めたように笑い、僕の手に杖を落とした。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。まあ、私は教師ですから。生徒の落とし物は届けなければね」
……どうにかなってくれたらしい。まあ、後ろでハリーが杖を構えているというのも大いにあるだろうが。ロックハートとはいえ、ここまで彼を連れて来れるとはハリーは僕の知らないところで成長していたらしい。
とにかく、ロックハートは栄光ではなく教師という自分を選んだようだった。
そして僕らは不死鳥の導きに従い、秘密の部屋を後にした。