音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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アルバス・ダンブルドア(2)

 

 

 夜、僕はみんなが宴から戻ってきた頃に、スリザリン寮へと戻った。検査だけでここまでかかるのだから、何をされたか分析できないというのは厄介だ。

 石化が解ける場に居合わせたので、目を覚ましたグレンジャーに会うことができたのは僥倖だった。僕はグリフィンドールの二人から話を聞くよう、彼女に事件のことを本当に簡単にしか説明しなかった。けれど、それを聞いたグレンジャーは自分が残した情報を元に二人が見事に事件を解決したことをとても嬉しそうに、そして誇らしそうにしていた。

 僕が消えたということは寮内では噂になっていたが、先生方から何か御触れがあったわけではなかったようだ。最後の被害者はジニー・ウィーズリーであり、ロン・ウィーズリーとハリー・ポッターが秘密の部屋の場所を突き止め、事件を終わらせた。それが公式の発表だった。

 

 僕が消えたのに真っ先に気付いたクラッブを始め、みんなには随分心配をかけてしまった。状況から見れば僕が継承者に見えてもおかしくないだろうに。そう言うと、みんなは顔を見合わせて笑った。

 「まあ……自分に怯えてる他寮の一年生にすらあれやこれやと気にかけるのを止めないのに、マグル生まれ殺しの継承者になれると思っているんだったら思い上がりね」

 パンジーは自分が僕の最大の容疑喧伝家だったのを完全に棚上げして言った。

 実際、「ドラコ・マルフォイが継承者でジニー・ウィーズリーを攫ったのだ」という噂は流れた。しかし退院し、おそらく本来のものであろう活発さを取り戻したジニーと僕が廊下で挨拶する程度の仲であると知れると、皆興味をそこまで持ち続けるのは難しかった。

 

 表向き、と言うよりは実際に功労者となったロン・ウィーズリーとハリーには「ホグワーツ特別功労賞」とそれぞれに二百点ずつが与えられ、グリフィンドールが今学期の寮対抗杯で優勝するのは確実になった。正直なところ、僕はあんな危ない真似をした二人を公衆の前で手放しで褒め称えるのは教育者・保護者の態度としていかがなものかと思う。けれど、ハリーの汚名はやはりそれでしか雪がれ難いものだったのかも知れない。

 そもそも今年のスリザリンは去年からの制度で点が伸び悩んでいたので、他の二寮と共にチッうぜーな、くらいの雰囲気で収まった。スネイプ寮監が二分の一になることを加味して加点減点をしなかったことに、僕は心から安堵した。

 

 そう言えば、ロックハート教授がとても迅速に収監されていったことには驚いた。何だかんだダンブルドアは彼の犯罪の証拠を集めていたらしい。今回ロックハートが致命的な結末を迎えることはなかったが、それで野放しになってしまうのもダンブルドアは懸念していたのだろう。相変わらず根回しがしっかりしている。僕はこの一年大切に育ててきた観葉植物が無くなったようで少し寂しかった。

 幸いなことに、彼の巧みな忘却術による被害者の多くは回復可能だそうだ。彼自身が周到に、違和感のないよう記憶を操っていたが故に、致命的な精神の破壊に至っていなかったらしい。しかし、そうでないものもいた、ということは忘れるべきではない。魔法で犯した罪が魔法で全て消えるわけではないのだ。

 

 

 秘密の部屋への旅から命からがら帰還した翌日、僕はまたマクゴナガル教授の部屋を訪れていた。僕の浮ついた気分のせいか、研究室にはいつもより眩しく午後の光に満ちているような気がする。そこにはやはりアルバス・ダンブルドアが待っていた。

 「こんにちは、ドラコ」

 「こんにちは、校長先生」

 こうやってダンブルドアと普通に挨拶ができることが嬉しい。彼が今回僕にさせざるを得なかったことを思えば、例え事件が終わっても以前のような関係ではいられないだろうと考えていたのだ。ハリーのおかげで、取り返しがつかなくなる前に秘密の部屋は閉じられた。ハリー・ポッターは主人公に相応しい勇気と機転で、僕らにはどうしようもなかった状況を書き換えてくれた。

 得られるとは全く思っていなかった、最高の素晴らしいハッピーエンドだ。

 

 ダンブルドアが本題に入る前に、僕は言いたかったことを一つだけ伝えておくことにした。

 「ダンブルドア先生。いくら事件が綺麗に解決したからといって、それに浮かれて期末試験を失くすのはいかがかと思います。試験はただ子どもたちの嫌なものランキング上位にあるだけの、なんの役にも立たない代物というわけではないのですから」

 

 そう、僕は今日になって知ったのだが、昨日の事件の解決を祝って開かれた宴会で期末試験のキャンセルが発表されたのだ。今朝部屋に来るよう伝えてくれたマクゴナガル教授に、僕はそれを教えてもらった。すぐさま抗議しようと口を開きかけたが、僕に言葉を告げたマクゴナガル教授はどう見てもそれがいいと思っている顔ではなかったので、口を噤まざるをえなかった。

 僕の言葉を聞いたダンブルドアはこの言葉を予想していなかったのか、不意を突かれたようだった。しかし、すぐさま緊張が緩み、悪戯っぽい微笑みを浮かべて僕を見る。

 「ああ、マクゴナガル先生も全く同じことをおっしゃっていた。しかし、もう発表してしまったからには、撤回すれば子どもたちをがっかりさせることになってしまうのう?」

 こいつ。調子に乗る方向が教師にあってはならない領域だろう。それに真面目に怒れない僕もなんだかんだ同罪だ。

 

 「子供にテストは罰だという先入観を刷り込まないようにしてください。一年の振り返りがないのは大きな損失なのですから」

 僕は覇気のない声で一応進言した。ダンブルドアは真摯に、しかし明らかに喜色を隠さず僕に頷く。

 

 「前から思っていましたが、あなたは戦士を訓練することには無比の才を持っているのに、多くの普通な子供たちを教育するのには明らかに向いていないですよね。いや、その才能のせいですか」

 ちょっとした憎まれ口を叩いただけのつもりだったが、この言葉にダンブルドアは動きを止めた。顔にはまだ微笑みが残っていたが、先ほどまでの温かな雰囲気は少し薄れている。しかし、無礼な僕に怒っているわけではないようだった。

 「……肝に銘じておこう。さて、それでは今回何が起きたか、君の話も聞かねばならぬのう」

 

 そして僕は語り出した。といっても、僕が言わなければならなかったのはせいぜいジニーを操るトム・リドルにつつかれてトイレまで連行されたときのことぐらいだった。ハリーの語ったものと比べて随分短く僕は話し終えた。

 それでもダンブルドアは真剣に、つぶさに聴き入っていた。

 

 話の終わり、僕はダンブルドアへのお願いを口にした。

 「ハリーにもう少し冷静に行動するように言ってはもらえませんか? 今回はたまたま万事うまくいきましたが、確実にスリザリンの継承者を仕留めるんだったら子どもの一人捨て置いておくべきだったんです。あなたが到着するのを待ち、そこから彼に秘密の部屋への入り口を開いてもらう。それが最も確実な手順だったでしょう。闇の帝王が入り込んでいた証拠であるものが消えてしまう可能性があったので、一刻も早く行動すべきだったとは思いますが……」

 しかし、ダンブルドアは僕の言葉を手で制した。

 「わしはハリーに、わしのような人間になってもらいたいとは思っておらん。彼は、そもそもそうはならんじゃろうし、それが良い結果をもたらすとも考えていない」

 言いたいことはわかるが、感情の滲んだ判断だと思う。ダンブルドアはこの件について僕と議論するつもりはないようだ。効果があると思ってしたお願いでもなかったので、話を流すことに異議はない。けれど、今までダンブルドアと話してきた中で最も説明が足りず、そしてそれに彼が気付いているのかが分からない言葉だった。

 

 ようやく僕の語りたいことは尽きた。

 

 そして、ダンブルドアは深く頭を下げた。

 来るかもしれないと思っていたがやっぱりだ。僕はこの苦労に塗れた人に頭を下げられるのが嫌いだった。

 「やめて下さい。今回僕は間抜けに秘密の部屋に引っ張って行かれただけです。別にジニー・ウィーズリーのことを守れると思っていたわけでもないですし。そもそも発端は僕の父なわけですし……」

 「いや。今年、君は本当に多くのところでわしを救った。それもわしが全く予期していなかった方法で」

 ダンブルドアの声には頑なな響きがある。顔を上げた彼の瞳には、予想していなかった悲壮な色が宿っていた。

 

 「……今年、敵はスリザリンの継承者じゃった。あやつは記憶に過ぎぬものでありながら少女を誑かし、偉大とすら言える蛮行をやってのけた。しかし、今年スリザリン寮に最も利した存在は間違いなく────君じゃ」

 僕は反論しようとして、言うべき言葉を忘れた。ダンブルドアの目が日を反射し光る。それは、紛れもなく涙だった。

 

 「わしは、トム・リドルこそ最もスリザリンの優れた特性を得た存在だと思っておった。あやつの強大さ、そして、残忍さ。血を重んじ、人間の価値をそこに見出す思想。

 …………老いたことを言い訳にすることもできぬ。わしは老いる前から、それらをスリザリンの重要な特徴だと思っていたのじゃから。けれど、わしの考えは間違っていた。今年、君はそれを体現してみせた」

 ダンブルドアの声は震えていなかった。何かに罰を下す裁判官のように固く、はっきりとした口調で語り続ける。

 

 「思慮深き狡猾さ。自身の目的を達成し、それに飽き足らず多くのものの────自身と反する思想を持つものの願いすら連れていかんとする尽きることなき野心。たとえ自らが非力でも人々を導く同胞愛。嗚呼、なるほど。わしのスリザリンへの────隠せまい。軽蔑心は、わし自身の心が生み出した敵に対するものだったのじゃ。その愚かな思い込みがなければ、救われたものがどれだけいたことか」

 

 ダンブルドアがなぜそこまで僕を過大評価し、彼自身を卑下するのか、さっぱり心当たりがない。入学式で、馬鹿馬鹿しい校歌に涙を流しているダンブルドアを見たときのことを不意に思い出した。想像もつかない彼の長い生の苦難が滲み出ているような感じを覚え、やはり僕は少し恐れを抱いていた。

 彼は強く椅子の肘掛けを握っていた。身を苛む悔悟の念に深く苦しんでいるようだった。

 

 「それが、あなたの呵責なき善行に必要だったのではありませんか。それで助けられた人が大勢いるのは、何よりあなたが一番ご存知でしょうに」

 ダンブルドアは僕の言葉を否定することはなかった。しかし、受け入れているようにも見えなかった。

 「この見下げ果てた、独りよがりのおいぼれに────なお、君は敬意を向けてくれるのじゃな」

 ようやくダンブルドアの声が少し嗄れた。

 だから、自分を下げるのをやめてくれ。ダンブルドア。ほとんどの人間は彼ほど偉大な人間にそんなことを言われたら、自虐風当てこすりかと疑うだろう。

 しかし、ダンブルドアが話し始めてからずっと目に涙を浮かべている様を見ては、言葉を適当に返す気にもならなかった。僕はできるだけ、自分が何を言いたいのか丁寧に頭を整理しながら、口を開いた。

 

 「多くの孤独は───きっと、その人のせいではないのです。校長先生」

 

 ダンブルドアは答えなかった。ただ、僅かに俯いた彼の頬を涙が一筋伝い、髭から滴り落ちた。

 

 

 しばらく部屋に静寂が満ちた。再び顔を上げたダンブルドアの瞳にはもう涙が流れた跡もなかった。彼は先ほどまでよりもしっかりとした声で再び話し始めた。

 

 

 

 「君に、閉心術を覚えてほしい」

 思ってもみない申し出だった。

 「それは僕も習得したいと思っていたことですが……けれど、なぜ?」

 

 ダンブルドアは決然とした口調で説明を始めた。

 「君はヴォルデモートが知れば、真っ先にその持ち主を殺したがる情報の一歩手前まで辿り着いてしまっておる。そして、それを知っていることを悟られれば、こちらは取り返しの付かぬ痛手を負うことになる。

 今すぐにとは言わぬ。しかし、時間がどれだけ残っているか分からぬのじゃ。去年ヴォルデモートを取り逃がしたことで、奴はわしの前に現れることなく肉体を得る方法を探しておることじゃろう。最早ヴォルデモートの復活は避けられぬ運命になりつつある」

 

 その情報とはハリーや日記のことだろうか。考えを整理したいが、焦りで上手くまとまらない。何とも返事をし難い状況に、それでも僕は現状を把握しようと問いかけた。

 

 「あの……校長先生は僕に開心術をかけられたことはありますか?」

 

 






音割れBB系のmadについては4作目ラストのものだけを想定しています。というか最終作のBBがあることを寡聞にして知りませんでした。ですので、ニワトコの杖など5〜7作目で登場するものの情報は一切主人公の頭の中にはありません。もちろん彼がそれを知る由もありません。


追記
流石にちゃんと確認しないとと思い、再生回数順にニコニコの「音割れポッターBB」で検索した動画を視聴してきました。主人公すら確実に覚えているわけではないのですが、正確な知識にご関心があれば、上20件くらいは見たと考えていただけると幸いです。




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