音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三話 ホグワーツ特急

 

 全く意図しない形でハリー・ポッターと仲良くしてしまったのではないかと嫌な予感に悶々としながらも、ついに九月一日。ホグワーツ入学の日はやってきた。

 

 僕は親同士が知り合いということで幼い頃から付き合いのある、ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルとホグワーツ特急に乗る約束をしていた。彼らと合流するため、待ち合わせ場所のキングズ・クロスのプラットホームへと向かう。

 ほとんど何事もなくホームに到着したが、ロンドン最大の駅の一つでマグルの人ごみの中を通ることは避けられなかった。母はただでさえしかめっ面をしていることが多いのに、マグルが横を通り過ぎるたびにハンカチを口元に当てていたし、父は小うるさいハエの群体に顔から突っ込んだような渋面をしている。失礼な人たちである。

 

 ビンセントとグレゴリーは、父の友人の子という立場で知り合ったために、顔を合わせた当初から仲良くするべきという圧力の下交流していた同い年の子供たちだ。

 驚くべきことに、初めて会ったとき、彼らはすでに七歳になっていたのに文字が一切読めなかった。二人の親たちが特別教育に関心がないものと思ったが、どうやらそういう風潮は魔法界全体にあるらしい。どうせホグワーツに入学することになるのだから、ということだそうだ。

 その割に、ホグワーツには国語教育がなく、卒業生にもちらほら識字が怪しい奴がいることについてはどう思っているのだろうか。……あまり気にしていないのかもしれない。貴族的な立ち位置にある魔法界の純血一家というのは、頭を一切働かせなくても暮らしていける財産を持っているものが多いのだ。彼らの価値観としても聡明さは美徳だが、勤勉を尊ぶ精神はどうにも希薄だった。

 

 ホグワーツという強固な伝統があるからなのか、魔法族の思考が十八世紀で止まっているからなのか知らないが、なんとも無責任なことだ。大人が自分を馬鹿なまま置いておくのはどうしようもないが、まだ幼い友人二人をそのまま放っておくのはありえない。

 僕は彼らを我が家に泊まらせてでも文字やその他の基本的な勉強を教え込んだ。そのために初めの頃は二人にいたく毛嫌いされてしまっていたが、徐々にそうでもなくなった。……そう信じたい。幸いなことに、彼らは大抵の場合食べ物で釣れるので、動機づけは比較的容易だった。おかげで僕のポケットには、自分は食べもしない飴がいつでも入っている。

 しかし、ホグワーツ入学直前になって最近は勉強での達成感も味わってくれているらしい。それは本当に喜ばしいことだった。

 

 出発時刻までだいぶ時間があるのに今生の別れのような雰囲気を醸し出す母と、ハリー・ポッターをはじめ権力者やその子息などとは仲良くするようにと息巻く父をなんとか宥めて別れを告げる。僕ら三人は混み出す前にと、まだ閑散としているホグワーツ特急の先頭車両に乗り込んだ。父母にまた小言を言われないよう、ホームに面していないコンパートメントに入って窓側の席に腰を下ろす。前と隣に体格の良い二人が座ってくれたので、僕は車内の通路からもほとんど見えなくなった。

 

 席についてすぐ、グレゴリーが不安げに口を開いた。

 「ドラコ、やっぱり君もお父上からスリザリンに入るように言われた?」

 グレゴリーの表情には、新学期に向けて新入生が持つべき期待感がほとんどなかった。向かい合って座るビンセントも、少し浮ついた様子で話を聞いている。どうやら、二人とも組分けについて随分と心配しているようだった。

 彼らの心情は簡単に想像できる。我らが純血主義を重んじる旧家一族たちには、スリザリン以外に組み分けされること──特にグリフィンドール、次いでハッフルパフ──を不名誉だとみなしている人が多い。実際、僕の父もそのように言っていた。ただ、あの人から僕はかなり勤勉な子供だと思われていることもあり、()()()()レイブンクローは許容範囲だと言われたが。

 

 実のところ、僕自身も組み分けが思ったように行かないことをかなり心配していた。僕の立場のキャラクターがもし存在したのであれば、順当に進めばスリザリンになるだろうし、そうするつもりだが……不確定要素は多い。もちろん家系から言えば望み通りにいく可能性は高いが、例外がないわけではない。僕の母の従兄弟とかね。

 かと言って、他の三寮に適性があるとも思えない。出来るだけ物語の筋が分かるまでは妙な動きをしたくはないので是が非でもスリザリンに入りたいのだが、そもそも組み分けは思考の読める帽子が行うという話である。何そのオーパーツ。作り方教えてくれよ。……とにかく、問答無用で子供の性質を読み取れる帽子を前にして、生徒の意思がどれほど反映されるかは全く不明だった。

 

 似た特性や生まれの子供だけを固めて育てるシステムは、教育の観点からは特に大きなメリットがないし、その特徴が無駄に純化されていくだろうという点で歓迎されないと思うのだが……魔法族に教育学の観念は薄い。この世界はただでさえ人口が少ない上に、遠隔地との情報のやり取りも疎かなのだ。瞬時の移動手段はいくらでもある癖に、学問の発展は個人に託され、知識の蓄積点は散在していた。

 そのためなのか、個人の才能に依存しない、社会によって要請される学問の発達は緩やかであり、そしてそれゆえに、古くからのコミュニティである純血一族も、未だに代替できない価値を持つ。狭いからこそ分断と格差を埋める意識が希薄なのだ、魔法界という場所は。

 

 何はともあれ、そんな世界で自分たちが頂点に位置していると信じている我らの親族たちは、スリザリンにあらずんば人にあらずの人々だ。自力ではどうにもならないかもしれないことを勝手に期待される子の方は、組み分けを前に胃を痛めることになる。……そして、それをひとたび自分たちが()()()()()()()()()()()その成功体験から、自らの子供に同じことを強いるようになる。とんだ悪循環だ。

 

 僕は二人を落ち着かせるため、なんでもないような口調を心がけて口を開いた。

 「言われたけど──まあ、入れなかったら入れなかったでしょうがないよ。君らのご両親だって、どの寮に入ろうと子供をほっぽりだすような外聞の悪いことはなさらないはずだよ」

 その言葉を聞き、彼らはひとまずそれ以上組み分けの話を切り上げた。

 それでも、ビンセントとグレゴリーはまだ張り詰めた雰囲気を漂わせている。……それもそうだろう。実際、僕も彼らの家族なら絶縁宣言くらいしかねないのではという予想が頭をよぎっていた。

 

 スリザリン家系はこういうところが理不尽で、子どもを追い詰めるのだ。入学する前から親の期待に応えるというプレッシャーに晒され、スリザリンに入れればその性質を誇らねばならないし、入れなければ純血のグループからは爪弾きにされる。

 もっと時間を取って、子どもの意見をしっかり聞いた上でどこに所属するのか決める制度があればいいのだが。七年という長い間一つの寮に留まり続けるというのも交流の範囲が狭くなるし……。

 

 ここで、僕はふと先月から抱えていた懸念を思い出した。

 主人公である「生き残った男の子」は多分グリフィンドールに行くんだよな? 確か「音割れポッター」の元ネタでグリフィンドールカラーの赤い服を着ていたような気がするし、勇猛果敢なんて主人公にピッタリだ。……一方、スリザリンは狡猾(cunning)野心(ambition)純血主義(pure-blood supremacy)が特徴だと言われている。正直言って、この寮だけあまりにも悪役っぽい資質を求められている。あのハリー・ポッターがどちらに入るかなど、一目瞭然のように思えた。

 

 そこまで考え、自分がつい先日取った軽率な行動が招くかもしれない未来を、ふと想像してしまった。

 

 もし、あのダイアゴン横丁で出会った男の子が本当にハリー・ポッターだとしたら。

 もし、ハリー・ポッターが罷り間違って、たまたま出会っただけの僕に好感を持ってしまっていたら。

 もし、僕が彼より先に組み分けされ、血迷った彼が後を追ってスリザリンに入ってしまったら。

 

 七年間という長い間、主人公を取り巻く人間関係は激変し、起こらないはずだった出来事が起き、起こるべき出来事が起こらなくなるだろう。

 

 ──それは、今の段階では絶対に避けるべきだ。まだ何が起こるか分からないのに、ホグワーツに入学して早々、物語の筋をめちゃくちゃにしたくない。

 もちろん、彼が僕に好感を抱いているかもなど、自意識過剰かもしれない……しかし、あの哀れましい雰囲気と少しの励ましに顔を輝かせていた様子がどうにも気にかかる。

 

 そう考えていたところに、これまた知り合いのパンジー・パーキンソンがやって来た。なんでも、最後尾あたりにハリー・ポッターがいるとの噂を聞きつけたらしい。これは絶好のチャンスだ。僕はあの少年が本当に主人公だったのか確かめに行くことにした。もし懸念が杞憂ではなかった場合、後顧の憂いはきっちり断ちたい。

 一人で行くつもりだったのだが、グレゴリーとビンセントもついて来たがる。仲良くしてくれるのは嬉しいが、彼らの反応まで制御して上手くことを運べるだろうか? 内心不安に思いながらも、僕らはパンジーに荷物を見ておいてくれと頼み、通路を後ろへと進んでいった。

 

 

 パンジーに教えてもらったコンパートメントには、やはり洋裁店で出会った黒髪の男の子がいた。あの時は前に垂れていた前髪は無造作にかき上げられ、額にある稲妻のような傷跡がしっかりと見える。

 胃がずっしりと沈み込んだような心地がした。やはり僕はなんの方針もなく主人公と接点を持ってしまっていたのだった。これがもう始まっているかも知れない物語に与える影響は不可測なのに……完全に失敗してしまった。この手痛いミスは、果たして取り返しがつくのだろうか?

 

 しかし、僕の気分はハリー・ポッターの向かいに座っている少年を見て少し上向いた。あの特徴的な赤毛と、失礼ながらお下りらしい衣服、この場で主人公と仲良くなっている、つまり恐らくグリフィンドール側だろうという立場。彼はおそらくウィーズリー家の人間だ。

 そうであれば、あの少年が魔法界の「光」側で生まれ育った人間として、僕の家系について知り得ることをハリー・ポッターに話してくれさえすればいい。父をはじめベラトリックス・レストレンジにシリウス・ブラック。僕の身内は大物死喰い人の展覧会だ。ハリー・ポッターだって、僕が自分の親の仇のシンパの血統だと分かれば、流石に好感度を下げてグリフィンドールに行ってくれるだろう。……そう、主人公がスリザリンに行きたいなどと思わない状況を作ればいい。

 

 ウィーズリー家の少年を適度につつき、ハリー・ポッターに僕やスリザリンに対して、少なくともあの日の邂逅を打ち消すような悪印象を持たせる。……それに巻き込まれるウィーズリー少年には申し訳ないが。

 下劣な覚悟を決めた僕はコンパートメントの扉を無遠慮に開け、中にずかずかと踏み入った。二人分の視線が勢いよくこちらに向けられる。黒髪の少年は僕を見て顔を輝かせた。さすがにこの後の展開を思って胸が痛むが、背に腹は代えられない。

 僕に声をかけようとしたハリーを遮るように、傲慢な態度を作って口を開いた。

 「このコンパートメントにハリー・ポッターがいると聞いたけど、その額の傷、それじゃあ君がそうなのか? 僕はドラコ・マルフォイ。こっちはビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルだ」

 

 再度口を開こうとするハリーだったが、その前に赤毛の少年が嘲笑を隠すような咳払いをした。彼は僕の名が示す意味にちゃんと気づき、無礼に対して適切に反応してくれた。

 赤髪の少年に向き合い、僕は目を細めて唇の端を上げた。

 「僕の名前に何か文句でも? ああ、君は自己紹介しなくて結構。君のマグルフィリアのお父上は存じ上げているよ。ネズミのようにたくさん子供がいると伺ったけど、その一人だろう?」

 あまりにも唐突な僕の豹変に、ハリーは呆気に取られてる。加えて、日頃の僕を知っている後ろのグレゴリーとヴィンセントからも困惑した雰囲気を感じた。羞恥と罪悪感にこちらまで顔が赤くなりそうだが……頼む、二人とも大人しくしていてくれ。ここが正念場なんだ。

 一方、赤毛の少年の顔は抑えられることなくみるみる赤くなっていた。彼はこちらをキッと睨みつける。

 「君に家柄のことなんて言われたくない、マルフォイ」

 非常にストレートな指摘に、思わず心中で苦笑いしてしまった。おっしゃるとおりでしかない。それでも、僕は彼に対する不遜な態度を表し続けた。

 「ああ、なんて無礼な物言いだろう。育ちが知れると言うものだ、ウィーズリー。君の父上はマグルに薄っぺらな関心は抱いても、ご子息の躾にはさほど興味がなかったのかな。それともお父上に似た結果がこれなのかな?」

 嘲弄に対し、ついに赤毛の少年は憤然と立ち上がった。彼は怒りで顔を真っ赤に染め、脅すようにこちらに杖を突きつけてくる。

 「自分のコンパートメントに帰れ、今すぐに」

 彼の唸るような声に、僕は最後のひと押しとばかりに嘲笑を返した。

 「おやおや、呪いのかけ方だけは教わっていたのかな? ぜひ披露していただきたいものだが、言われずとも出ていくさ。学校で君と同じ場所に長く留まる恥辱がないことを願うよ」

 ウィーズリー少年は堪忍袋の緒が切れる寸前といった顔をしていたが、僕が扉に手をかけたのを見て杖を下げてくれた。

 ……これで天秤の釣り合いは取れた、もしくはグリフィンドールの側に傾いたはずだ。十一歳の罪もない少年をこき下ろしたことに内心自分への失望を覚えながら、僕はコンパートメントの外に出ようとした。しかし、突然隣で成り行きを見守っていたはずのグレゴリーが悲鳴を上げる。見れば、ずんぐりと太ったネズミがグレゴリーの指に噛み付いていた。

 慌てて杖を取り出し、そのネズミを弾き飛ばした。赤毛の男の子が「スキャバーズ!」とペットの名前を叫ぶ。

 「ペットの管理くらいまともに出来ないのか、ウィーズリー!」

 僕は捨て台詞を吐き、グレゴリーの指を診ながらコンパートメントを後にした。

 

 僕らのコンパートメントに着いて、グレゴリーとビンセントは緊張してあんなことを言ったのか、体調でも悪かったのか、そんなにウィーズリーが嫌いなのかと次々と質問して来る。二人への言い訳まで考えなかった自分を呪いながら、僕はなんとかしらを切り通した。

 

 

 




クラッブとゴイル(映画第2作でドラコに字が読めたのかと問われる)に限らず、ダンブルドアは弟のアバーフォースの文字が読めていたか定かではないと言ったり(4巻24章)、ハグリットの誕生日ケーキがHAPPEE BIRTHDAEになっていたりと、魔法界では文盲ないし綴りが怪しいレベルの識字とされる場面がそれなりにありますね。

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