音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三十二話 吸魂鬼

 

 

 ダイアゴン横丁での別れの言葉に反して、ハリーは新学期のホグワーツへ向かう特急内で、すぐに僕のコンパートメントにやってくることはなかった。学校まで道のりがあと半分ほどになったところで、わずかな不安が胸をよぎる。ハリーが普通の子だったなら、友人と話し込んでいるのかな、で済む。けれど、そもそも彼は「ハリー・ポッター」だし、去年には「空飛ぶ車」という巨大な前科があった。

 みんな身体も大きくなって、いよいよスリザリン新三年生達のコンパートメントは破裂しそうになってきている。しかし、今年はパンジーとザビニは早々に何処かへと消えた。あの悪戯っ子たちのことだ、目を離していてはろくなことがないかもしれない。

 残った子たちに軽く声をかけ、僕はグリフィンドールの三人組とパンジーたちを見に行くことにした。もっとも、彼らが顔を見せに来ないと言うだけの理由で探し回ったとあっては、流石にどんな揶揄われ方をするか分からない。怪訝な顔をしているクラッブとゴイルにも理由は告げなかった。

 

 幸いなことにパンジーとザビニはすぐに同じ車両のコンパートメントで見つかった。去年随分と仲良くなったウィーズリーの双子とリー・ジョーダンと、何やら座席の上にかがみ込んで作業していたのだ。扉をノックして中を覗き込んでみると、彼らの手元にはバッジのようなものがたくさんあった。

 「フレッド、ジョージ、ジョーダン、久しぶり。パンジーとザビニは何をしているんだ?」

 彼らは顔を挙げると、嬉しそうに僕にそのバッジを見せた。それは首席(Head Boy)のバッジにそっくりだったが、Head Toy だのBread Boyだの微妙につづりが違っている。双子の内、手前にいた方が僕に話をし始めた。

 「うちのパースが不名誉あることに首席なんていうものに選ばれちまってね」

 「そうなの? おめでとう」

 「おい、マルフォイ! 言葉に気をつけろよ。パースに聞かれてみろ。奴の長ったらしい自慢話をスリザリンの地下牢に逃げ込むまで聞かされる羽目になるぞ」

 それで兄に嫌気が差して悪戯を企てていると。呆れを全く隠さない僕に、パンジーとザビニはバッジに夢中になったまま、魔法で何をしているのか説明してくれた。

 「このバッジに呪文をかけてるの。付ける前は普通のに見えるんだけど、付けている人が見ていないときだけ文字が変わるのよ」

 「休暇中にただ奴のバッジをいじってもすぐ気付いて、僕らに直させてきてね。改良が必要だったのさ。グリフィンドールの奴の部屋にこれをばら撒くつもりだよ」

 

 そのためだけにこの量のバッジを用意し、下級生まで巻き込んで呪文をかけているのか。視線に反応する呪文とは小規模でも隠蔽に優れているが、使い所がおかしいだろう。この双子は才気は溢れているのに、その矛先はどうも残念なのだった。宥めるつもりはなかったが、少し小言っぽい口ぶりになってしまう。

 「呪文はすごいけど、君達のお兄様に向ける敵愾心の強さは一体どうしたの? ちょっと固すぎるところもあるけど、面倒見のいい人じゃないか」

 「あれは面倒見がいいんじゃなくて、自分の立場を下級生に見せびらかしたいだけだ。この夏ホグワーツからバッジが届いてから、奴がどれだけそれを人の目に入れることに力を注いでいたことか!」

 「高慢ちきな奴さ。いきなり我が家に魔法大臣が爆誕したのかと思ったぜ」

 双子のうちのどちらかは比較的穏やかなタチだと思っていたが、今は両方とも同じくらいうんざりしているようだ。そっくりな顔立ちで腕組みをしている二人はよっぽど鬱憤が溜まっているようだった。

 

 こうなってしまっては止めても無駄だろうし……パーシー・ウィーズリーには悪いが、そもそも止める気もそんなにない。僕はパンジーとザビニに力なく「危ない呪文は使わないようにね」とだけ言うと、五人のいるコンパートメントを後にした。

 

 

 肝心の三人組は、初めて僕らがこの汽車で出会ったときのように、列車の最後尾辺りにいた。コンパートメントの窓から黒、赤、栗色の頭が見える。ふと二年前のことが思い出される。ハリーの組み分けのためとはいえ、あのときのロンへの自分の振る舞いを思い出し恥ずかしくなってきた。一応精神年齢的にはそれなりの年のはずなんだが、まだ「黒歴史」を生産する余地はあったらしい。僕は胸に湧き上がる羞恥の念を無視して、閉じられていた扉をノックした。そこで、ようやく僕は窓際にしなだれかかっているローブの山かと思っていた塊が、眠り込んでいる男性だということに気づいた。彼らは三人きりではなかったらしい。

 何やら話し込んでいた三人組が顔を上げる。去年までとは違い、三人とも僕を見て笑顔を見せ、中に入れてくれた。

 「こんにちは、ハリー、ロン、ハーマイオニー」

 ホグワーツ在学中のウィーズリー家全員と面識を持った今、「ウィーズリー」と呼んでロンだけを振り返らせるのはほとんど不可能だった。ハリーは最初からハリーだったし、それでハーマイオニーだけ名字で呼ぶ、と言うのも変なので僕は彼らを名前で呼ぶことにしていた。

 招かれるままコンパートメントに入り扉を閉めたところで、ハリーが身を乗り出す。

 「ドラコ! 僕ら君に聞きたいことがあるんだ」

 僕の所に来なかったのは三人で話し合っていたことがあるかららしい。僕は通路側のハーマイオニーの隣、ハリーの前に座らされる。口を開こうとしたところで、元々そこに座ってた猫が僕の膝の上に登ってきた。オレンジ色で、小さな虎の顔面を潰したような何とも個性的な顔立ちだ。随分と人馴れしているのか、そのまま我が物顔で僕の足の上に座り込んできた。

 「この子誰の子? 随分大きい猫だね」

 「私の子よ。クルックシャンクスって言うの。かわいいでしょう?」

 ハーマイオニーはニッコリと笑ってその猫を撫でたが、ロンは目を吊り上げた。

 「そいつのせいでスキャバーズは怯えきってるんだ!」

 見れば、ロンのポケットは奇妙に膨らみ震えている。ペットのネズミが入っているのだろう。あの大きなネズミは一年生のときの時点でかなり老いた印象だったが、まだ生きていたのか……ネズミはせいぜい数年が平均寿命だと思っていた。そこまで天寿を全うしているならもういいんじゃないか。動物愛護の精神に欠けている僕の前で、少しだけロンとハーマイオニーの口論があった後、ハーマイオニーが本題を切り出した。

 

 「シリウス・ブラックが脱獄したのは、ハリーを狙うためだって、あなた知っていたのよね?」

 随分唐突だが、まあそんなところだとは思っていた。

 「知っていたというよりは、脱獄前後の状況からしてそれが怪しいんじゃないかっていう推測の話だったんだけど。それがどうかしたの?」

 「ハリーが僕の父さんから言われたんだ。シリウス・ブラックがハリーを狙ってるから、こちらから探すような真似はするなって」

 なるほど、魔法省はもう何か確信できるような証拠を掴んでいたのか。それで、ホグワーツ周辺に熱心に防御策を施したと。父から教えられていた、今年の学校にやって来る忌々しい存在のことがふと頭をよぎった。

 「ブラックは『あいつはホグワーツにいる』って寝言で言っていたらしいんだけど」

 「へぇ……でもそれだけが魔法省が動いた理由かな。僕の近辺は()()()が狙いなんじゃないかって恐々としていたようだよ」

 三人組が僕に不思議そうな顔を向ける。彼らは僕の「背景」をもうあまり意識していないらしかった。肩をすくめて話を続ける。

 「シリウス・ブラックは僕の親戚だ。母方の従伯父にあたるな」

 「ええっ、マジかよ! ブラックが親戚だなんて!」

 「なかなか驚いてくれているが、僕の父が誰なのかお忘れのようだな。それにロン、君だって僕より近くはなくとも血縁のはずだ」

 魔法界の純血一族なんて大体三代遡れば縁が見つかる。ロンはあまりそういったことを気にする家庭ではなかったようだが、血の維持に全力を注いでいる家系では死活問題だ。

 ロンは何故かこちらをジロジロと見つめてきた。

 「君、中身が父親に似てなさすぎるよ」

 「……もうちょっと上手く褒めてくれ」

 

 結局こちらもシリウス・ブラックについて追加の情報──ハリーの父とブラックが親友だったらしいこと──を出さないまま、僕らはブラックや新しい選択科目、ホグズミードの訪問など尽きない話題に花を咲かせた。ホグズミードは保護者の許可制で、ハリーはやはりサインを貰えていない。ハリーは行けないだろうことにがっかりするだけでなく、何やら抜け道を探そうとしていた。もっとも、ハーマイオニーと僕は流石に今は危険すぎるからやめておきなさい、という立場だ。形勢不利を悟ったハリーは早々に僕らの前での悪巧みをやめてしまった。ある程度泳がせたほうが、かえってよかったかもしれない。

 

 ホグワーツ特急は夜の迫る雨空の湿地帯を進む。到着予定の少し前、そろそろ自分のコンパートメントに戻ろうかと思い始めたとき、突然汽車がスピードを落とした。不思議に思う僕らの中で、一番ドアに近い所に座っていた僕とハリーは立ち上がり、通路の様子を窺う。しかし、僕らと同じく状況が分かっていない子ども達が顔を突き出しているだけで、何かおかしなところがある訳でもない。

 そのとき汽車が急にブレーキをかけた。体がぐんと横に引かれる。僕はなんとか踏ん張り倒れなかったが、コンパートメントの外からは悲鳴や荷物が落ちる重たい音が聞こえた。何やら不穏な状況の中、明かりが一斉に消え辺りは急に闇に包まれる。本来あるだろう日の光は分厚い雨雲に完全に遮られ、窓からは夜のような薄灯りだけが、コンパートメントにぼんやりと差し込んできていた。

 手元もおぼろげにしか見えないが、自分の上着から杖を引っ張り出し、ルーモスで光を灯す。こんなことは初めてだ。まだホグワーツに通い始めて三年目だけれど。小さな杖灯りに照らされた三人組も不安そうな顔をしている。僕とハリーは足元を照らし、自分の座席に戻った。

 「故障しちゃったのかな」

 「さあ?……」

 「分からないけど、暗いのは厄介だ。みんな、自分の杖で灯りをつけてくれる? ちょっと上げてる腕が疲れてきた」

 この状況の原因が普通のことだといいのだが。去年もこの日は事件があったし、これがシリウス・ブラックの襲撃ではないと言い切ることはできない。僕は三人を無駄に怖がらせたくはなかったので自分の推測を言うことはなかったが、いざという時の為に彼らに杖を手に持たせておいた。

 

 窓際のロンが結露した窓を袖口で拭い、外を窺う。乗降口から誰かが乗り込んでくるようだ。まさか白昼……いや、暗くはあるが、ここまで堂々とお尋ね者がハリーを狙ってやって来ることなどあるだろうか? 内心には恐怖心が忍び込んできた。

 廊下にはまだ異変らしい異変はないようだ。ハーマイオニーが僕の代わりにコンパートメントを照らす中、他のところから不安になった子が僕らの元にやってきたが──それはネビル・ロングボトムだった。扉を開けた彼は、僕の顔を見て一瞬このコンパートメントに入るのに躊躇したようだったが──僕の伯母は彼の両親を拷問し、発狂させている──、それでもこちらをできるだけ視界に入れないようにして、グリフィンドールの三人に問いかけた。

 「ごめん、何がどうなったか分かる?」

 「僕らも分からないんだ。誰か乗ってきているみたいなんだけど」ハリーが応える。

 「私、運転士の所に行って、何事なのか聞いてくるわ」

 しかし、ハーマイオニーがロングボトムと入れ替わりで外に出ようとしたとき、再び来訪者がやって来た。ロンの妹、ジニー・ウィーズリーだ。

 「ロン、何が起きたか知ってる?」

 「分からない。今ハーマイオニーがそれを聞きに出て行く所だったんだ」

 「もう他の生徒が聞きに行ってるかもしれないね」

 「パーシーは前の方のコンパートメントにいるのよね?」

 「まだ動かないのかな?」

 

 そう僕らが口々に喋る中、「静かに!」という嗄れた声が僕らの後ろから放たれた。先ほど僕がローブの山だと勘違いした男性だ。彼は目を覚まし、やつれた顔で、しかしどこか険しい目つきで僕らを見ていた。今までずっとここにいたのだし、まさか突然豹変して襲いかかってきたりしないと思いたいが、この状況下ではなかなか恐ろしげな風貌だ。何やら寒気を感じる僕をよそに、その男はすっと立ちあがった。

 「動かないで」

 彼はそう言うと、手に魔法の火を灯した。席に座る僕らの前を通り、入り口に近づいていく。しかし、男性がたどり着く前に扉はゆっくりと開かれた。

 

 そこには頭をすっぽり覆う擦り切れた布を被った、大きな背の真っ黒な何かが立っていた。ああ──()()は本でしか知らない。実際にこの目で見たことはなかった。しかし、その存在から放たれる底冷えする冷気で分かる。それは、紛れもなく吸魂鬼だった。

 なるほど。吸魂鬼がシリウス・ブラック捜索のため汽車を止めて乗り込んできたのか。恐怖が心の奥底から這い上がり、正常な思考力が弱まっていくのを感じながら、それでも僕は安堵した。この出来事はシリウス・ブラックによる襲撃ではない。少なくとも、事態は魔法省のコントロールの下にある。

 

 しかし、子どものこんな近くに────そう思う間もなく、僕の前に座っていたハリーが奇妙に固まった。そのまま身体の力が抜け、座席から崩れるようにして床へ落ちていく。慌てて彼が地面に激突しないように抱え上げる。なんとか席に引き上げようと試みるが、すっかり気を失ってしまっているのか、身体はずっしりと重たい。

 何故? 吸魂鬼の影響か? ハリーの状況が分からず内心恐慌状態の僕の後ろを通り、あの男性が吸魂鬼の前に立った。

 

 「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者は誰もいない。去れ」

 威圧的な低い声だった。それでも吸魂鬼は動かず、僕らの方を────どこを見ているのか本当は分からないのだが────じっと見ている。表情に厳しさをたたえた男性は杖を構え、守護霊の呪文を唱えた。輝く銀色の靄で出来た何かが彼の杖から吹き出し、個室の中を駆ける。少し温度を取り戻したコンパートメントから、怯んだ吸魂鬼は音も立てず去っていった。

 

 そのとき、不意に車内に明かりが戻った。床が揺れ、汽車が再び動き出したことが分かる。

 思わず安堵のため息が出る。僕は腕に抱え込んでいたハリーをネビルの助けで何とか元の席に座らせた。力がないため上半身はすぐに横に倒れてしまったが、気絶しているだけのようだ。ハーマイオニーが彼の頭のそばにかがみ込み、軽く頬を叩いて呼びかける。一分もたたずしてハリーはすぐに目を覚ました。

 「大丈夫かい?」ロンが恐々尋ねる。

 「ああ……。何が起こったの? どこに行ったんだ──あいつは? 誰が叫んだの?」

 他のところからの叫び声なんて聞こえなかった。一体ハリーは何を聞いたんだろう? 僕らは思わず顔を見合わせる。そこに、いつの間にか自分の席に戻っていたあの男性が何かを割るような音が響いた。彼は手に巨大な板チョコを持っていた。それをみんなに配り始めたところで、ハリーが僕の方を見て質問をする。

 「あれは何だったの?」

 「吸魂鬼。魔法界の牢獄であるアズカバンの看守で、シリウス・ブラック捜査のため、魔法省によって学校に配備される予定だったはずだ」

 多分状況に対処したこの男性の方がはるかに事情を分かっているのだが、それでもいつものやり取りをすることを僕は優先した。男性はそれを訂正することなく、チョコレートの包み紙をポケットに押し込みながら僕らを見ていた。

 「食べなさい。元気になる。わたしは運転士と話してこなければ。失礼……」

 それだけ言うと、彼はゆらりとコンパートメントから出て行った。あの風体と技量。一体誰なのか、すごく気になる。しかし、他の子達がハリーに気絶しているあいだの状況を説明し始めたので、僕は大人しく席に戻り、チョコレートを齧った。甘いものはそこまで好きではないが、憂鬱なことにこの一年食べる機会がそれなりにありそうだ。他のみんなは話すのに気を取られて手にチョコレートを持ったままだった。

 そこに再び男性が戻ってきた。このコンパートメントを通り過ぎようとして、足を止めチョコレートを食べるよう促す。彼はハリーに体調を聞くと、再び通路を歩いて行った。

 

 「僕、ほかの子のことも気になるから自分のコンパートメントに戻るね」

 自分に渡されたチョコレートを食べ終わった僕はみんなに軽く挨拶をして、コンパートメントの外に出た。

 

 

 

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