音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三十三話 魔法生物飼育学

 

 

 

 吸魂鬼の襲来の後、戻ったコンパートメントで他のスリザリン生と合流した僕は、そのままホグズミード駅からホグワーツへの馬車へ乗り込んだ。相変わらず雨は強く、馬車の窓の外は稲光が走っている。倒れてしまったハリーのことは気になったが、向こうに僕が居てどうなることでもない。ぬかるんだ道に揺れる馬車の中で、スリザリンの子達は吸魂鬼に出くわさなかったか僕を心配してくれた。

 ホグワーツの正門について、ようやくザビニとパンジーも僕らの元に戻ってきた。見上げたことに、あの恐ろしい吸魂鬼をどれだけバカバカしく飾り立てることができるか、グリフィンドールの悪戯三人組とハンカチを使って議論していたらしい。肝が太すぎるだろう。何を作るつもりなんだ。

 他の吸魂鬼が苦手な人を脅かさないように、と注意する前にそれを察知したザビニは、手元にあるものをさっと隠すと、「あれに怯えている奴らが、吸魂鬼なんか怖くないって言えるようにするための発明なんだぞ?」と僕の指摘を封じた。

 「頼むからスリザリンの名に相応しい悪戯にしてよ」

 「分かってるさ。心配性だな。まあ、期待しておけって」

 本当に分かっているのだろうか。果てしなく不安だ。

 

 しかし、あの悪戯っ子達のことを気にかけている余裕は、その後の新学期パーティで吹き飛んだ。

 いつも通り終わった組み分けの後、ダンブルドアが壇上に上がる。ぐるりと生徒を見渡した後、いつもの笑顔で彼は口を開いた。

 「今学期から嬉しいことに、新任の先生を二人お迎えすることになった。

 まず、ルーピン先生。ありがたいことに、空席になっている『闇の魔術に対する防衛術』の担当をお引き受けくださった」

 

 紹介を受けて立ちあがったのは、コンパートメントで出会った、あのやつれた男性だった。彼のあまり良いと言えない見なりのためか、拍手はまばらにしか起こらない。あのコンパートメントに居合わせたグリフィンドールの五人と僕だけが、しっかりと彼に歓迎の意を込めて手を叩いていた。

 彼こそが去年、僕がロックハートのお世話をしなければならなかった原因の一端だ。あのダンブルドアがなんとしても一年全てを教えさせたがっていた人材。あれだけしっかりした守護霊を作り出すのだから、それこそ実力の程はすでにある程度窺えるというものだ。まあ魔法の実力と教える能力はイコールではないが、と我らが寮監の険しい顔を見て思うものの、今年こそは何も背負わずに防衛術の授業を受けられそうで、僕は少し胸を躍らせていた。

 しかし、その儚い喜びは、ダンブルドアの次の紹介によって完全にどこかに行ってしまった。

 

 「もう一人、新任の先生がいる」

 ダンブルドアは拍手が止むのを待って話し続ける。

 「ケトルバーン先生は『魔法生物飼育学』の先生じゃったが、残念ながら前年度末をもって退職なさることになった」

この時点で、あまりの嫌な予感に僕はダンブルドアの顔を凝視していた。「怪物的な怪物の本」────まさか────頼む、どうかそうはしないでくれ、ダンブルドア────

 

 「そこで後任じゃが、うれしいことに、ほかならぬルビウス・ハグリッドが、現職の森番役に加えて教鞭を取ってくださることになった」

 

 ああ、嘘だろう。アルバス・ダンブルドア。一昨年はドラゴンを学校に持ち込み、去年は五十年以上アクロマンチュラを禁じられた森で大繁殖させていたことが判明した人間を、あろうことか「魔法生物飼育学」の教師にするつもりなのか。魔法生物を飼育する上で絶対にやってはいけないことをやり続けている────、いや、絶対に飼育してはいけない魔法生物を飼育し続けている人間を。

 あまりの絶望感に周囲の拍手の音が遠く感じる。グリフィンドールのテーブルであの三人組が全力で手を叩いているのが見えるが、正気なんだろうか? ハグリッドに一番酷い目に遭わされているのは、間違いなく彼らである。

 確かに去年度、彼は五十年前の退校処分が不当なものであったと、つまり、彼は「秘密の部屋」を開けた犯人ではなかったと証明された。しかし、それに比肩しかねないことはしているのである。禁じられた森の中だから発覚していないだけで、「秘密の部屋」にいたバジリスクより、彼のお友達のアクロマンチュラの胃に入った人間の方が多いのではないだろうか? 本当に勘弁してほしい。

 

 思わず縋るようにマクゴナガル教授の方を見てしまったが、視線に気づいた彼女は見たことがないくらい眉間に皺を寄せながら目を瞑り、わずかに首を振った。おしまいである。

 ダンブルドアに顔を向けると、彼もまたこちらを見ていた。あの忌々しい悪戯っぽい笑みで、だ。僕はダンブルドアが心を読んでくれていないかな、と願いながら心中に考えつく限りの罵詈雑言を吐き出した。

 

 

 

 翌朝、スリザリンのテーブルでみんなと朝食をとっていると、グリフィンドールの三人組が入り口からまっすぐこちらにやってくるのが見えた。彼らは集団の一番端に座っていた僕のところにやってきて、あろうことかそのまま腰を落ち着けた。

 

 「お前ら何してるんだよ? 三年生にもなって迷子か?」

 クラッブが自分の隣に座ったロンに怪訝な目を向ける。

 「違うわ。私たちドラコに話があるの」

 ハーマイオニーがピシャリと言う。話しながら朝食を食べるつもりなのか、彼女はそのまま目の前のトーストに手を伸ばしていた。目立つというレベルじゃないのだが、動く気は無いようだ。流石グリフィンドール。勇気がある。どうにもならないと静観してトマトを口に運ぶ僕に、三人組は視線を向けた。

 「アー、僕たち、君にお願いがあって。頼むから今日の午後の『魔法生物飼育学』、ハグリッドを脅かすようなことをしないでほしいんだ」

 ロンがビーンズを皿に掬いながら言った。酷い言いようだが、僕とハグリッドの間にある確執を考えれば、仕方ないだろう。

 「流石に一回はちゃんと授業を受けるつもりだったけど。そもそも、僕は授業の真っ只中、生徒の前で先生を吊し上げるような真似はしたことないじゃないか」

 「君、ハグリッド相手だったらしかねないもの。今までのこともあるし」

 そう言うハリーをジロリとすがめ見る。分かってるんだったら、君らだって両手をあげて祝っている場合じゃないだろうに。

 首をすくめたハリーの代わりに、ハーマイオニーが事情を説明する。

 「昨日のパーティのあと、ハグリッドと話したんだけど……とっても緊張しているようだったの。初回の授業がメチャクチャになったら、彼がいい先生か悪い先生かも分からないままになってしまうでしょう?」

 言わんとしていることは分かる。ドラゴンを孵せたこともあるし、ハグリッドは動物の知識という点においては優れているのだろう。しかし、安全管理という観点から限りなく怪しい臭いしかしない。そもそも「魔法生物飼育学」で、生徒が最初に学ばなければならないのは、自分の身をどうやって守るかではないか? それが教えられなさそうな人間に素養があるとは思えない。僕が、スネイプ教授を子どもの扱いという観点から教師として論外だと考えていても「教授」と呼んでいるのは、彼が深い魔法薬学の知識と、授業中に死人を出さない程度の責任感を持っているからだ。

 特に返事を返さずにいると、三人は大事なことは話し終えたと考えたようだ。そのままスリザリンのテーブルで朝ごはんを食べ、時間割を確認し、次がここから遠い棟のてっぺんでの「占い学」だということで、さっさと席を立っていった。

 

 「だからつけ上がるって言っただろ」

 クラッブは慌ただしく大広間を出ていく三人の背中を見て、少しだけ苛立たしげに呟く。しかし、とても目立つと思っていたのは案外間違いかも知れなかった。昨日に引き続きパンジーとザビニはグリフィンドールの双子たちの方へ出張しているし、去年のロックハートの指導案で手伝ってもらった高学年のレイブンクロー生もスリザリンのテーブルにちらほらいて、科目のことについて話している。

 僕のスリザリンイメージアップ作戦は、しかし僕の意図していなかったところで少しずつ進行しているようだった。

 

 

 

 午前の授業も昼食も終わり、いよいよ「魔法生物飼育学」に向かうことになって、僕らスリザリン生と三人組は再び合流した。ビンクによって叩きのめされ、縛り上げられた「怪物的な怪物の本」が鞄の中でピクピクしているのが気持ち悪い。森のはずれに行く道すがら、三人は再び僕の説得を試みていた。

 「お願いだから今回だけは静観してて。次は良くなっているかもしれないじゃない?」

 「次回もそれを言わないんだったらいいけど」

 「まあ、ハグリッドだって慣れてくれば、少しはまともな先生になるかもしれないぜ? 今はまあ……ウン、望み薄でもさ」

 ロンも期待はしていないらしい。というか、ドラゴンやアクロマンチュラのことがあったのに楽天的でいる方が無理な話だ。なんだかんだ、三人の中では魔法界出身のロンが一番僕と価値観が近いのだった。

 

 彼らに囲まれてやんややんやと言われながら、ふと三人のうち二人の様子がおかしいことに気がついた。ずっと僕を挟んで話をしていたから気付くのが遅れたが、どうもロンとハーマイオニーが口をきこうとしていないようだ。特に考えもなしに思ったことを口に出す。

 「ロン、ハーマイオニー、さっきからどうしたの?」

 ハリーが瞬時によせ、という目で僕を見たが、遅かった。途端に二人の顔つきが険しくなり、矢継ぎ早に訴えが飛んだ。

 「占い学って、とっても適当で、当てにならない学問だわ! 見たら死ぬ死神犬ですって? なんてバカバカしい」

 「馬鹿にするなよ! ハーマイオニーは、トレローニーに才能がないって言われたのが気に食わないんだ。死神犬が本当にいたんだったら、ハリー、君は気をつけないといけないよ!」

 

 双方から飛び交う話を聞くに、今日の午前に彼らが受けた占い学の授業で、シビル・トレローニー教授は紅茶占いでハリーのカップに死神犬がいると言い、彼の死を予言したらしい。ハーマイオニーはその後の変身術で、マクゴナガル教授がトレローニー教授は毎年一人の生徒の死を予言していると話すのを聞き、占い学を見限ったそうだ。

 一方、魔法界の迷信に浸ってきたロンの反応は異なった。彼はハリーがマグルの親戚の家の近所で死神犬らしきものを見かけたと聞いて、心底心配しているらしかった。

 正直言って、バカバカしい。ロンには悪いが、根っこはマグル的な僕はハーマイオニー派だ。トレローニー教授の「占い」らしきことは全部バーナム効果の範囲で説明できてしまいそうだし、黒い犬なんてこのペットの多いブリテン島にはいくらでもいるだろう。しかし、ロンのような迷信深い子にそれを今言ったところで譲るとも思えない。

 「そう。ハーマイオニーはハリーに元気を出して欲しくて、ロンはハリーのことを心配しているんだね」

 それだけ言って、僕はスリザリン組の方へ戻った。残念ながら今の僕は些細な揉め事に付き合っている場合ではなかった。

 

 

 秋の珍しい晴天の下、小屋の外で生徒を待っていたハグリッドは、浮き足立った様子で生徒を迎えた。授業はここで行うのではないらしい。彼は子どもたちを五分ほど歩いた先にある放牧場のようなところに連れていった。

 改めてハグリッドがこちらに向き直り、口を開く。

 「さーて、イッチ番先にやるこたぁ、教科書を開くこった──」

 「教科書の開き方が分かりません。先生」

 ハグリッドの言葉に、僕は食い気味で質問してしまった。三人組が僕に向かって必死で首を振っているのが見えるが、これは許容範囲内だろう。

 僕を見て一瞬だけわずかに顔を顰めたハグリッドは、周りの生徒が次々といろいろなやり方で拘束された教科書を取り出すのを見て、目を丸くした。

 「だ、だーれも教科書をまだ開けなんだのか?」

 クラス全員が揃って頷く。予習命のハーマイオニーですら、この本を自分の机の上に解き放つのは断念したらしかった。

 「おまえさんたち、撫ぜりゃーよかったんだ」

 随分と残念そうなハグリッドは、こんなことは当たり前のことなのに、とでも言いたげだ。まあ版元に問い合わせれば扱い方は分かっただろうが……僕をはじめ、子どもたちはそこまでやる気はなかったらしい。

 「次から、教科書リストに扱い方を記載しておくと便利かもしれませんね、先生」

 できるだけ冷ややかになりすぎないよう抑えて話したためか、ハグリッドは特に刺々しく返事をしてこなかった。代わりにガックリと肩を落としている。

 「お……俺はこいつらが愉快なやつらだと思ったんだが」

 ハグリッドはどこかすがるように、隣に立っていたハーマイオニーに向けて言った。ハーマイオニーはなんとも言えない曖昧な微笑みで頷いている。今甘やかすと碌なことにならんぞ。

 

 うなだれたまま、ハグリッドは今回扱う魔法生物を連れるため、教科書の背を撫でる生徒の群れから離れた。三人組が再びこちらに寄ってくる。

 「ドラコ、やめてよ────」

 「僕はまだ何もしていないじゃないか!」

 「これが初回なのよ! 上手くやらせてあげたいの。成功体験は大事でしょう?」

 なんだ、誉め育てでもするつもりか? 彼は僕らの教師であって、生徒ではないのだが。同胞愛はスリザリンの特性だと言われているが、僕に言わせればグリフィンドールも相当なものだった。

 

 そこに、生徒の一部から甲高い声が上がった。

 見れば、向こうからハグリッドが鎖に繋がれたヒッポグリフを十数頭連れてやって来ていた。生徒達は勇壮なその姿に目を奪われている。

 

 一方、僕はといえば、内心感心していた。礼儀という手順を踏めば安全だが、そうでないなら危険な動物。外見も恐ろしいが美しく、希少価値もある。教師の言うことを聞かなければならないという授業の基本を初回できっちり示すのには、それなりに良い例なのではないだろうか。……きちんと手綱をとれるのであれば。生徒数十人に対して、十数頭のヒッポグリフは監視の目を行き届かせるには少々多すぎるように思える。

 近くで見るようにと言われ、僕と三人組だけが柵のそばに寄った。他の子は怯えたように遠巻きに覗いている。ハグリッドはヒッポグリフについて理路整然とは言えないまでも、要点を押さえた説明をしていった。

 座学が終わり、実践の段になった。誰もやりたがらないのではないかと思ったが、ハリーは自ら進み出ていった。彼の友の授業を成功させたいという思いは、本当に健気なところがある。ハリーは見事にヒッポグリフに礼を示し、嘴を撫でさせてもらうことに成功した。僕らも拍手をする。それだけでなく背中にまで乗せてもらい────どう見ても楽しんでいる感じではなかったが────飛び、無事着陸した。見事な模範例だ。

 僕のハグリッドへの見解は、いよいよ少しだけ改められてきていた。気位の高いこの動物を鎖に繋ぎ、見せ物にして、あまつさえ初対面の子どもを背中に乗せるほど、彼はヒッポグリフたちと信頼関係を築き上げている。僕の中の彼の印象が危険生物愛好家から、危険なものを含めた生物愛好家に変わった瞬間だった。

 

 しかし、一頭ずつヒッポグリフを放し始めたところで、再び心配が心中をよぎる。失礼な真似をする子が少しでも出てしまった場合、彼は即座に対応できるのだろうか? 十頭を超えるヒッポグリフ全てのそばにいることはできない。生徒の自業自得だと言えるかもしれないが、僕はそれを含めて監督責任を果たしてほしかった。この授業が始まってから、僕のハグリッドへの要求のハードルは上がっていた。

 

 しかし、その場を壊したのは生徒の非礼などではなかった。柵の中でグループになってヒッポグリフと交流し、それぞれ撫でさせてもらったり背に乗せてもらったりと徐々に全体の注意が疎かになっていく中、事件は起きた。

 ある生徒を乗せたヒッポグリフが下に置いてあった鞄を踏みつけ────その中に入っていた「怪物的な怪物の本」が飛び出して地面を暴れ回ったのだ。そのヒッポグリフは足を本に強く噛みつかれ、蹄を上げて背に乗っていた生徒を振り落とした。騒動は辺りに一気に広がり、パニックになった生徒がヒッポグリフを疎かにすることでヒッポグリフが気を害するという悪循環が瞬く間にあちこちで起こる。僕は一緒にヒッポグリフと対面していたクラッブとゴイルを柵の外に追い出した。

 

 「離れろ! 全員柵の外に出るんだ!」

 なんとか数頭を宥めているハグリッドからも号令がかかる。柵の中はめちゃくちゃだった。入り口に向かった生徒は、蜘蛛の子を散らすようにして外に逃げていった。

 

 残念ながら僕の懸念は当たってしまった。ハグリッドは「魔法生物飼育学」という実践での危険性が高い授業を持つには、少々注意力が足りていなかった。

 「このまま放置しても彼のためにも良くないと思うよ」

 中で格闘しているハグリッドを肩を落としながら眺めている三人組に、僕は万感の思いを込めて言ったのだった。

 

 


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