音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三十五話 恐れるもの

 

 

 

 マクゴナガル教授に手引き書のチェックをしてもらった翌日の朝、僕は再びハグリッドの元を訪れた。彼に問題なかったと伝え、マクゴナガル教授と、ついでにダンブルドアから書いてもらった認可証も渡す。

 「慣れるまではルールだ何だとまどろっこしく思われるかも知れませんが、最初のうちこそ肝心です。ダンブルドア校長もあなたに期待していらっしゃるようでしたし、是非信頼に報いることができるように尽力なさって下さい」

 「ああ、分かっちょる。ダンブルドア先生もお認めなすったんだ。やってみせるさ」

 彼は校長のサインを見て、自分を奮い立たせているようだった。

 もちろんハグリッドのことだ。徐々にマニュアルを軽視していく可能性は存分に残っていたが、そこまで救いようがない能無しだったなら、もう本人相手だけでは打つ手がない。せいぜい監査と称して生徒に聞き取り調査でもして、危険な真似をしていないか確認するしかないだろう。

 マニュアルの本格的な整備・生徒アンケート・カリキュラム引き継ぎの制度化。学期が始まって数日にしてやることが多すぎるのだが、僕は焦らず時間をかけてできる範囲で取り組んでいくことに決めた。そもそも僕程度の人間が一人で作った制度なんて穴だらけになるに決まっているので、他の先生方や監督生、たまには父のコネクションを頼って外部の方に意見や助力を求める必要がある。そのためには人脈を広げる長い時間が必要だ。

 まだ改革は始まったばかりだ。千里の道も一歩から。それこそ他の先生方などから反感が出ないように、制度化のメリットを広く知ってもらいたい。何ならその先生達が自主的にマニュアルやカリキュラムを作ってくれるほどに。そのためにも時間はしっかりと使うべきだ。

 しかし、何はともあれ僕の魔法界改革の野望は、確実に一歩を踏み出したのだった。

 

 今回の僕のそれなりに上々な動きに、それでも良い顔をしない人間がいた。クラッブである。僕はハグリッドの小屋から帰ってきた後、マニュアル作りのために深夜の図書館に忍び込んだ。勝手に本を持ち出すわけにもいかないので、昨年よりだいぶ上達した目眩し呪文をかけ続け、見回りの目を避けて資料を集めたのだ。仕事熱心なことに真夜中にすら生徒が入り込んでいないか確認しに来るマダムピンスとフィルチ氏をかわすのはなかなか骨が折れた。なんとかかろうじて書面を形にして寮に戻ったころには、日の出も近くなっていた。丸一日徹夜してしまい、その次の日にも睡眠不足が解消されず魔法史で轟沈していた僕に、昼食の席でクラッブは苦言を呈したのである。

 

 「ドラコ、お前あの三人組に助けてくれと言われたら、片っ端から尻を拭っていくつもりか? それで自分のことが疎かになっていたらどうしようもないだろう」

 名前呼びの幼馴染モードだ。彼も大概僕に対して世話焼きである。それでも、僕は欠伸を噛み殺しながら答える。

 「別に全部助けてあげるわけじゃないよ……ずっと溜めてた宿題の手伝いとか、僕に得がないことだったら絶対手を貸さないし」

 「でも、去年もそうだったが、今回もやってることに対して報酬が全くないだろう。いや、ロックハートのときは僕らはかなり頻繁に点数を貰っていたし、宿題も免除だったからまだ良かった。ルビウス・ハグリッドはそうなるとは思えんぞ。あいつはスリザリンをよく思っていない」

 まあ、クラッブの言うことはある意味ではもっともである。僕が手伝ったからといって、この後ハグリッドが我が寮全体に対して何かしてくれる目は薄いし、最大の利点である魔法界改革なんて、遠大すぎて賛同が得られる話ではない。その上、ダンブルドアがハグリッドを抱え込んでいる理由を知っているからこそ、僕は今回の作業にメリットを見出している部分もある。だから今回は僕以外にリターンを用意できず、他の生徒を引き込むわけにもいかなかった。

 

 話を聞いていたゴイルも同意する。

 「ダンブルドアもダンブルドアだよ。教師の尻拭いを生徒にさせておいて、何にもなしとはスリザリン嫌いが透けて見える」

 「ああ……それは断ったんだ」

 実際には昨日の放課後、ウキウキのダンブルドアは僕に五十点を与えようとしていた。マクゴナガル教授も賛成していたが、僕はそれを固辞した。

 「は? 何でだよ?」

 それを聞いていたザビニが流石に口を挟んでくる。

 「貰っても、寮杯以外にいいことがないから」

 理解不能だという感じで、周囲のスリザリン生から揃って呆れた目を向けられてしまった。その反応になるのは分かるが、僕の言い分も聞いてほしい。

 「点数を貰わなかったからって責めないでよ。僕は普段の授業で一番加点されてるんだから。……だってそうだろう? 点数を貰ったから何かしたと思われたら、僕に利益を提示できないと自分で思っている人が相談しに来てくれなくなるじゃないか」

「じゃあ何、慈善事業をたくさんやりたいから何も貰わないってわけ? 聖人にでもなったつもり?」

 パンジーはいよいよ狂人が隣に座っていることに気付いたように振る舞い始めている。失礼な。

 「というより、その慈善事業で恩を売っておきたいから、かな。今、子どもたちや学校の先生なんかに『この人は助けてくれる良い人なんだ』って思ってもらえれば、将来僕が誰かと敵対したとき、少なくとも数としては力になってくれる可能性が高い。勿論そんな敵対構造にならないのが一番だけど、対立を回避するのにも名声は役に立つ。

 まあ、これは楽観的な見方だけど、贈与の関係を構築しておけば、自ずと相手は何を求めているか教えてくれる。その情報自体が、人と関わる中では重要な手がかりになる」

 流石にこれを聞いて、何でそんなことまで考えているんだとはなりながらも、古くからの純血一族の子はある程度理解してくれたようだ。我々は社交、人との繋がりが生業の大きな部分を成している。僕らの周囲に限った話ではない。今小さな駒に見える人だって、結局は使い所なのだ。種を蒔いておいて困ることはない。

 

 他から差し伸べられる利益に易々と頭を垂れず、庇護下にいる臣民の利益を知り、そのために集団に奉仕する。 それが貴族────純血一族の責務だ。

 ……まあ、生徒達は臣民ではないし、魔法界の貴族はどうもオブリージュに無関心だが。そのような徳を見せねば、人々も庇護下にも入ってくれないというものだ。

 それに、ダンブルドアとの仲を疑われるような真似はもう二度としたくない。彼に軽んじられているとは言わないまでも、渡り合おうとしている人間、くらいの立場で見られていたいのもある。

 

 「……自分の本当にやるべきことと、バランスは取れ。身体に負担はかけるな。自分を粗末にしてまで誰にでも何でもすると思われれば、感謝の念は薄れる」

 クラッブは優しいし、正論だ。僕は神妙に頷いておいた。

 

 

 

 後で伝え聞いたところによると、レイブンクローとハッフルパフ三年生の魔法生物飼育学は、そのままヒッポグリフを使って取り扱いはマニュアルに則って行なったらしい。流石に昨日の今日で扱う動物を変えるのも難しいだろう。無事授業を終えられたようで何よりだが、ここからどうハグリッドが自分で流れを作っていくかが鍵になる。これ以上僕がクラッブに怒られないためにも、ハグリッドには頑張ってもらいたいものだ。

 

 

 一方、その職にかけられた呪いのせいでそういったマニュアルや知識の蓄積が最も求められるであろう「闇の魔術に対する防衛術」について、僕はあまり心配していなかった。もちろん去年のダンブルドアの言葉もあったし、他学年からの噂を耳に挟んだところ評判は上々のようだったからだ。

 今回、スリザリン三年生は学年で一番最初に「防衛術」授業を受けるクラスだった。生徒が待ち受ける教室に入ってきたルーピン教授は、相変わらず何もかもがくたびれている。しかし、ホグワーツに来てから彼はだいぶ顔色……というか健康状態が良くなったようだった。あそこまでやつれるなんて、この職に就く前は一体どんな状況に身を置いていたのか、かなり気になるところだ。

 

 なぜか授業は教室で行わないらしく、僕らはルーピン教授に率いられて職員室に向かう。他の子たちはまだ評判を耳にしていないのか、正直ボロっちいルーピン教授を侮っていた。

 「ねえ、あの人先生になる前は何をしていたんだろう?」

 ゴイルが僕に囁く。

 「どう見ても防衛術で稼げてたって感じではないよな?」

 「静かに。聞こえそうなところで失礼なことを言わない」

 僕は基本的に、生徒が教師について何を言おうと、マクゴナガル教授以外のことだったら完璧に看過していた。言われて当然のやつが多すぎる。しかし、わざわざ先生からの反感を買う必要はなかった。狡猾ならば無用な諍いは避けるべきだ。

 

 慣れっこなのか、教授は囁きを全く意に介さず足を進めた。職員室で僕らを待っていたのは、先生方が着替え用のローブを入れる古い洋箪笥────その中に入っているまね妖怪(ボガート)だった。

 教授は僕らにどんな怪物か質問する。そこにゴイルが手を上げて答える。要点を押さえた説明にルーピン教授が満足そうに頷く中、僕は非常に焦っていた。

 

 ボガートは形態模写妖怪、すなわち姿を変える怪物だ。そしてその対象は、相対する人間の最も恐れるものだった。

 何を隠そう、僕のボガートはジニー・ウィーズリーの姿をしている可能性が極めて高かった。もちろん本当の彼女自身ではない。それは彼女を操っているトム・リドル、即ち闇の帝王だ。

 去年、トム・リドルに二階の女子トイレに連行されたときほど、人生で恐ろしかったことはない。操られている彼女も僕も死ぬかも知れなかったし、闇の帝王の抜け目の無さや強大さを味わったあの数分は思い出すこともしたくなかった。惜しむらくは、トム・リドルの本当の姿を見なかったことだ。僕の中で、闇の帝王の最も具体的なイメージはどうしてもジニー・ウィーズリーの姿をしていた。

 

 でも、ほかの生徒はそんなこと分からない。万が一この懸念が当たりボガートを退治することになれば、ジニー・ウィーズリーを馬鹿げた格好にする必要がある。それは、絶対に不味い。年下の十二歳の女の子を一番怖いものにしておいて、その上笑いものにするなんて、僕の罪悪感が火を吹くどころでは済まない。この話が外に漏れれば、事情を知らないロン以外のウィーズリー兄弟だって黙っていないだろう。しかし、このトンチキ魔法世界で他に心底怖いものが思いつけるほど、僕の神経は繊細ではなかった。

 

 状況の打破の仕方について考え込む僕をよそに、生徒は列になってどんどんとボガートに挑んでいく。わあ、みんなすごい。いつもだったら一人一人に拍手しているところだ。しかし今の僕にそんな余裕は一ミリもない。いい策が一つも思いつかないまま、列は縮んでいく。

 前の子が恐れていたレシフォールドが趣味の悪い黄色の花柄のテーブルクロスに変わり、ついに僕の番が来てしまった。

 

 ゴテゴテしたレースをひらひらと靡かせていたレシフォールドが、パチン!と音を立て、姿を変えた。

 

 そこに立っていたのは父だった。

 キングズ・クロスで別れたときよりもずっと顔色が悪く、やつれている。ローブについている黒いシミは血だろうか? いつもは不敵な笑みを浮かべている顔からはごっそりと表情が抜け落ちていた。彼はわずかに震える手で杖を取り、こちらに向かって構えている。

 

 ああ、なるほど。冷えていく頭の中で思う。確かにそうだ。それは、僕が去年のクリスマスからずっと恐れていたものだ。

 ────それは、闇の帝王の下に戻り、人を殺めざるを得なくなった父だった。

 

 「リ、リディクラス────」

 あまりにも想定外の、しかし効果覿面の「最も恐れるもの」に僕の脳は機能を止めてしまった。何も考えずに呪文を唱えることしかできない。当然、それはボガートには効かず、父の姿がさらに不吉な影を背負ったようになるだけだった。

 

 「ドラコ、もう一回だ!」

 僕の恐慌状態に気付いているのかいないのか、ルーピン教授は続けるよう促す。当たり前だ。はたから見れば僕はただ父を怖がっているだけという風にしか映らないだろう。

 おかしな姿、おかしな姿。必死に頭の中をひっくり返す。

 

 「リディクラス」

 僕は願うように再度杖を振った。

 父が元気そうに、そして今よりも若くなる。彼は慌てていて、黄緑色のエプロンを着てクリームのついた泡立て器を持ったままのビンクを、両脇から持ち上げるように抱えていた。

 僕がずっと小さかった頃だ。もう何が思い出せなくなったかすら忘れたが、前世の記憶が無くなっていることに隠れて泣いていた僕を見つけ、慌てて僕がとてもなついていた乳母代わりのビンクを連れてきたときの姿だ。

 

 僕が小さく笑うと、ルーピン教授は次の生徒に前に出るよう促した。震える足を何とか動かして列の後ろに回る。

 明らかに顔色が悪くなっているであろう僕を心配する周囲の視線をよそに、僕は列の後ろでボガートに挑む子どもたちをただぼんやりと見ていた。

 

 

 「闇の魔術に対する防衛術」の後、僕にあれはどういうことだったのか尋ねるスリザリン生はいなかった。純血一族であれば、皆多かれ少なかれ僕の父がどの様な人であるか知っている。子煩悩で普段体面を崩さない父のやつれた姿で何かを察した子もいるだろう。それでも、僕の明らかに憔悴したところを見て無理にそれを聞き出そうという子はいなかった。ありがたい限りだ。

 しかしこの事実を忘れたところで、現実が何か変わるわけではない。依然として、僕の恐怖は闇の帝王が戻れば現実のものとなる可能性が高い。学校という、まだ未来に希望を抱いた子どもたちの中ではそれをつい忘れてしまう。

 

 僕だって完全に父を光側に付かせる望みを失ったわけではない。むしろ、ここから何ができるか、という段階だと思っている。しかし闇の帝王の強大な力の前で、大事なものを守ることができないと父が考えれば、彼は容易に闇の帝王の配下に戻るだろうというのは目に見えていた。僕がどれだけ懇願しようと関係ない。父はそれでも母と僕のために身を守る選択をする人間だ。対抗勢力がどれだけ死のうとそれは変わらない。父はそれほど身内を深く愛し、それ以外に対して冷酷になれる。去年の事件はまさにそれが表出したものだった。

 あと、どれくらいで闇の帝王は戻るのだろうか。そのとき僕は父を安心させられるほどこの世界を変えられているだろうか。その日、考えても答えが出るわけではない問いが頭から離れることはなかった。

 

 

 そんな小さな事件はありつつも、日常は普段通り過ぎていった。三人組のグリフィンドールとは魔法薬学の授業も一緒なので、今年は何もしなくても顔を合わせる回数が多い。地下牢へ行くところで出くわした三人はハグリッドに手引き書の件について話を聞いたのか、笑顔で駆け寄ってきた。彼らを見ていると、僕はこちらに飛びつく愛くるしい大きな子犬を連想する様になっている。

 「ドラコ、本当にありがとう! ハグリッドは今落ち着いて授業できているみたいだよ」

 ハリーは特に嬉しそうだ。彼はヒッポグリフと最初に実演をやってみせたり、ハグリッドが上手く教師をやることに執心していたから尚更なのだろう。

 「それでも、このまま放っておいて大丈夫な保証はない。君たちもちょくちょく彼の様子を見てやるんだよ」

 ハーマイオニーは真面目な顔で頷いているが、後の二人はどうも気楽そうだ。何か起こってからじゃ遅いのだから、しっかりして欲しいものである。

 

 スネイプ教授の態度は相変わらず……というより、少し悪化していた。彼は本当は「闇の魔術に対する防衛術」教諭を志望しているそうなのだが、今年その座をルーピン教授に奪われたことが心底気に入らないらしい。その魔法薬の知識があって他に行きたいとはもったいないと僕なんかは思うが、そういう問題でもないのだろう。今年度に入ってから、その鬱憤をぶつけるように、グリフィンドールへの嫌がらせは少し過激になっていた。

 去年のロックハートはそりゃあ先生として不適格だったから、彼の不満もある程度は理解できた。しかし、ルーピン教授は僕らにとって初めて補助輪なしで真っ当な授業を行える「防衛術」教師だ。スネイプ教授にとってルーピン教授の何が気に食わないのか、僕は今ひとつ計りかねていた。

 最も、ルーピン教授に対する僕の期待が完璧に応えられていたわけではなかった。彼はただの教師としては文句がないが、ダンブルドアのあそこまでの言いように納得がいくとは流石に言えなかったのである。今後、主人公たちを大幅強化してくれるとかであれば腑にも落ちるのだが、どうなのだろうか。それとも、教師として以外にも彼には何かあるのだろうか。

 

 とにかく、その日の魔法薬学の授業中もスネイプ教授は絶好調に性悪だった。教授は彼に縮み上がっていたロングボトムの「縮み薬」の完成品を、最後にロングボトムのペットのトレバーに飲ませると宣言したのだ。もちろん、ロングボトムがうまく調合できないだろうことを見込んで。ハーマイオニーが自分に手伝わせるよう手をあげていたが、当然の様に却下されていた。

 僕は激怒した。いや、ロングボトムにペットをこんな危険地帯に連れてくるなと言いたい気持ちは大いにあるのだが。流石に彼が僕に対し怯えているとか言っている場合ではない。僕は自分の薬を一緒に作業していたザビニに任せ、ロングボトムのそばに近づいた。スネイプ教授が他のテーブルに行くところを見計らい、彼に囁く。

 「大鍋を火にかけたまま作業すると、反応が進みすぎちゃうよ」

 彼が肩を跳ねさせ、僕のことを恐々見る。

 「お願い、信じて。僕は自寮の寮監が生徒のペットを虐待しているところなんて見たくないんだ」

 彼の目にはそれでも怯えが滲んでいたが、それでも小さく頷き大鍋を横に置いた。

 

 その後はスネイプ教授を監視しながら、視線が外れるたびにネビルに何をすべきか指示を出した。どちらかというと彼を落ち着かせる方に手がかかったが、なんとか最後の煮込みの工程までたどり着いたのを確認し、その場を離れる。ふと視線を感じてそちらに目をやると、ハーマイオニーがこっちを心配そうに見ていた。僕が大丈夫だ、という風に頷くと彼女は少し微笑む。けれど、なんだかいつもより弱々しい雰囲気がした。

 

 みんな調合が終わり、教授のデスクの近くに集められる。スネイプ教授はその昏い瞳をギラつかせながら生徒たちに語りかけた。

 「ロングボトムのヒキガエルがどうなるか、よく見たまえ。なんとか『縮み薬』ができ上がっていれば、ヒキガエルはおたまじゃくしになる。もし、作り方を間違えていれば──我輩は間違いなくこっちのほうだと思うが──ヒキガエルは毒にやられるはずだ」

 よくもまあ、自分は今から生徒のヒキガエルを毒殺するつもりだなんて公衆の面前で言えるものだ。自分の指導力に少しも恥じるところがないとでも思っているのだろうか。頼むからこれ以上軽蔑させないでほしい。

 そして薬を口に突っ込まれたトレバーは────見事におたまじゃくしに変身した。グリフィンドールは当然拍手喝采、僕が拍手したのに釣られたスリザリンも手を叩いていた。スネイプ教授はポケットに入っていた薬でトレバーを元に戻し、僕らへ向き直る。

 「グリフィンドール五点減点。手伝ってもらうなと言ったはずだ。ロングボトム」

 さっと僕らの笑顔が拭い去られる。ああ、くそ。この性悪教師が。しかし、思わぬところから反論が上がった。

 「先生、先生はグレンジャーには手伝うなとおっしゃられていましたが、他の生徒には何もおっしゃられていません」

 声をあげたのはミリセントだった。信じられない。彼女は僕らスリザリンの中でもあまり喋る方ではない。クラス中の視線が一気に彼女に集まる。スネイプ教授は驚きを表情に出すことはなかったが、明らかにその目には怒りが宿っていた。

 「当然、普段の授業から吾輩は他の生徒にいちいち口を挟まないようにと申し上げている。それは言わずとも今回も同じだ、ブルストロード。全員今すぐ荷物を片付け、教室から出ていけ。今すぐにだ!」

 僕らは怒声に叩き出されるようにして鞄に道具を突っ込み、教室の外へと駆け出した。

 

 「ミリセント、どうしたの? あんたスネイプ教授にあんなに真っ向から刃向かうなんて」パンジーが扉の外に出たそばから尋ねる。

 「だって、今回はドラコがしたことに減点されたのよ。私たちにではないけれど……それに私はスネイプ先生に嫌われても気にしないわ。あの人を頼らなきゃいけないほどブルストロード家は弱くないし、点数の制度だってあるしね」

 だとしても肝が太すぎる。僕は内心本当に驚いていたし、正直あの性悪教師に目をつけられやしないかミリセントが心配だった。けれど、僕らを追い抜いていくグリフィンドール生たちがミリセントに向かって口笛を鳴らしたり、「かっこいいぞ!」と野次り、それを受けてミリセントが嬉しそうに笑うのを見て、水を差す気持ちも無くなってしまった。スリザリンの誇りが回復されるのを見て、嬉しくなってしまうのは仕方がないことだろう。

 

 大広間への階段を登る途中で、僕は近くにいたロングボトムに声を掛ける。

 「さっきはごめんね、ロングボトム。僕のせいで減点されちゃった」

 またもや大きく肩を跳ねさせた彼は、しかし先ほどまでのように怯えきっているわけではなかった。

 「いや、君がいなかったらトレバーは死んじゃってたかも知れないし……」

 ロングボトムはそこで言葉を切ったが、まだ何か話すことがあるのかもじもじとしている。なんだ? 僕は黙って彼の言葉の続きを待つ。

 「あの……ずっと君にビクビクしてごめん。君が悪いわけじゃないんだ……でも……いや、ごめん」

 想像もしていなかった言葉に驚く。何が言いたいのか理解できた後、僕の顔はどんどん緩んでいった。それを見てネビルもおずおずと笑う。

 「いいんだ。だってまだこの学校に入って二年とちょっとしか経ってないんだよ? これからなんだから……」

 

 

 未来には避けられそうにもない闇が待ち受けている。それでも、今この場では先を照らす光の源が生まれつつあるんだと、僕は信じたかった。

 

 

 

 

 

 


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