音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

36 / 94
第三十六話 三度目のハロウィーン

 

 

 十月も下旬に入り、ハロウィーンが近づいてきていた。その日はホグズミード行きが解禁されることもあって、三年生以上の生徒は皆浮き足立っている。

 一方僕はというと、またこの日に何か起こるのではないかと内心恐々としていた。一年目はトロール、二年目はフィルチ氏の猫が石化されたのがハロウィーンだったのだ。「ハリー・ポッター」ではお約束のイベントになっていると予想してしまっても仕方がないだろう。

 

 もちろん、例年と同じ道を完全に辿るのであれば、ここで致命的な何かが起きるわけではない。けれども、言うなればこの日起きる出来事は、学校で起きる一連の事件の嚆矢なのだ。憂鬱な気持ちにもなるというものだろう。

 

 それでは僕がシリウス・ブラックについて猛烈に警戒できているかというと、実はそこまででもなかった。一年目のクィレルはダンブルドアの監視下だったし、二年目は「日記」という飛び道具的犯行だった。つまり、校長が警戒している「人物」が易々と校内に入り込む事態は未だに起きていないのである。ハリーが命に関わる危険に晒されるにしても、もう少し先のことになるだろう。……というか、経験則からすると一番最初のクィディッチの試合が最も怪しい。例年通り、対戦相手はスリザリンなので、ここはある程度カバーできるはず、ということで僕は状況を甘く見ていた。恥ずかしながら、いつまでもそこかしこに注意し続けられるほど、こちらも歴戦の猛者ではない。

 だから、問題なのは城の外で事件が起こり、そこで本当に闇の帝王に直接関係した何かが始まることだった。今までだってクィディッチピッチや禁じられた森はかなりの無法地帯だったのだ。この日がホグズミード行きと被っていることがただの偶然とは到底考えられない。しかも、ブラックはアズカバンから徐々に目撃地点をホグワーツに近づけているらしい。その近くに闇の帝王がいましたなんてことになれば本当に洒落にならない。

 

 当然、僕はそれを閉心術訓練の合間にダンブルドアに相談していた。どうやら僕は閉心術の才能があるらしく、かなり早々に訓練の頻度は下がっていた。その貴重な時間の中で僕は闇の帝王に動きはないかダンブルドアに逐一確認していたのである。しかし、返事はノーだった。

 「今のところ、奴が動いている気配はない。だからと言って気を抜くこともできぬ。シリウス・ブラックが我々も未だ見破れぬ方法を使ってアズカバンを脱獄したのは事実なのじゃから」

 ダンブルドアは諭すように言う。僕はそれに質問を重ねた。

 「といっても、僕は吸魂鬼を出し抜くために何が必要なのか殆ど知らないんです。杖を持っていなかったのだから、守護霊の呪文ではないんですよね? 去年のように『日記』に似たものが差し入れされていたとしても、それで檻を潜り抜けられるわけではないですし」

 ダンブルドアは神妙に頷く。

 「わしもまだ選択肢を絞り込めているわけではない。しかし、そのどれであったとしても危険性には変わりない。君はハリーを身を挺して守ろうなどと考えず、自分自身のことを気にかけてほしい」

 ダンブルドアは僕を相当自己犠牲的な人間だと思っているらしかった。買い被りである。それにしてもハリーには悪いが、彼が城の外、ホグズミードに行く許可を得ていないのはそれなりに安心できることだった。

 

 

 ハロウィーンの朝、僕は朝からあの悪戯好きたちが作った吸魂鬼のミニチュアに叩き起こされ、一人で早めに朝食の席に向かっていた。ザビニとパンジーが考案したそれは、レシフォールドのボガートから着想を得たらしく、ケバケバしいショッキングピンクのフリルで彩られている。

 幸いなことに下級生はそれで元気が出た子もいたようだが、制御の呪文が上手くいっていないのか、ザビニと同室の人間は度々それが勢い余って突撃してくるのに耐えねばならなかった。子どもを喜ばせるという実績を挙げているぶん、文句を言いづらいのが厄介だ。

 

 朝日の差し込む玄関ホールで、グリフィンドールの三人組に出くわした。普段通り挨拶をするが、ホグズミードに行けないハリーはやはり少し元気がない。流石に周囲に哀れみの目を向けられたくないのか取り繕いはしているようだが、一人残らなければいけないというのは辛いものだ。そうぼんやりと思っていると、当たり前のように僕はグリフィンドールのテーブルへ連れて行かれた。

 しかし、もう僕も最近はそこまで周囲の目を気にしていなかった。スリザリンの上級生も最高学年になったジェマがある程度抑えてくれているし、レイブンクローとの交流もある。この間のミリセントの勇気ある発言で三年生以下のスリザリンに対しグリフィンドールは柔らかくなってきているし、パンジーとザビニが親しくなったウィーズリーの双子の影響も大きい。

 勿論それらを良く思っていない生徒など山のようにいるだろうが、僕が卒業する頃には寮間の不仲はほとんど無くせるんじゃないだろうか。極めて楽観的ではあるが、そんな未来を描けるほどには状況は改善されていた。

 

 当たり前だが、グリフィンドールのテーブルはホグズミードの話で持ちきりだ。少し気遣いもあって、僕はハリーと今度のクィディッチの試合について話すことにした。

 去年は五月以降の試合が「秘密の部屋」事件でキャンセルされたため、どのチームも優勝を逃すことになった。ハリーは一年生のときも「賢者の石」事件で決勝戦の出場を逃してしまったし、卒業してしまうキャプテンのオリバー・ウッドのためにも、今年こそ頑張りたいらしい。

 一方、僕もチェイサーとしてあからさまにコネと見破られない程度の実力は付けていた。去年の現実逃避の賜物である。正直もう辞めたくて仕方ないのだが、中途半端に選手として頑張ってしまったせいで今更抜けるわけにもいかないという間抜けな状況だった。

 

 そのままクィディッチの話で朝食は終わると思っていたが、話題を変えたのはハリーだった。僕の方に視線を向けず、手元のオートミールに目をやりながら彼は口を開く。

 「ドラコはホグズミード行くの?」

 「今回は誘われたし、クラッブとゴイルと回るつもりだけど」

 何気なく返事をしてしまって気付いた。これは……行かないで欲しかったのか? 普通はみんな行くのだから、そもそも行くかどうか聞くこと自体に何か意味があると思ったほうがいい。

 見れば案の定、ハリーは肩を落としていた。流石に心が痛くなってくる。ブラックの件もあって、僕の家も母はホグズミードに行くのにあまりいい顔はしなかった。それでも、父は僕が仲間外れになることを危惧してサインをした許可証を渡してくれた。

 実際、これ以上ハリーのためにクラッブやゴイルを疎かにすればそれこそ僕も彼も良い目では見られない。子どもの相手だと思われるかもしれないが、ここで信用を失うのは痛すぎる。

 

 「……ハリー、今のうちの辛抱だよ。きっと一年もすれば事態は良くなる」

 この一年で事件が終わるだろうと予想しているからこう言ったが(ホグズミードという面白い場所を作中に出しておきながら、主人公に行かせないなどあり得るだろうか?)、何の根拠もない薄っぺらな慰めだと自分で思う。

 ハリーはやはりそれで気が晴れたわけではないようで、手元のかぼちゃジュースをじっと見ている。

 「ドラコは……僕が何か方法を見つけて、ホグズミードに行ったら怒る?」

 これは、また答えたくない質問だ。けれど、流石に無責任なことは言えなかった。

 「もし、その方法が吸魂鬼やシリウス・ブラックから絶対に、どんなときでも君を守ってくれるのなら、いいと思う。でも、そうでないなら君は色々な人の生徒を守ろうという思いを踏みにじることになる。……ごめんね、一番辛いのはハリーなのに、こんなことしか言えなくて」

 ハリーは気にしていないようなふりをして、それでもどこか失望を滲ませて首を振った。本当に申し訳ない気持ちになってくる。……それにしてもそんな方法に心当たりがあるのだろうか? 絶対にやって欲しくないのだが。頼むから大人しくしていてくれ。

 

 

 しばらくして、僕は起きてきたクラッブとゴイルの元に戻り、そのまま三人でホグズミードに向かった。何だかんだと楽しめはしたが、やはり学校に残して来てしまったハリーのことは気にかかった。城の中であればダンブルドアに守られているとは思うが、何にせよ今日はハロウィーンなのだ。

 結局、僕は二人にしっかり付き合いつつもかなり早足で城に戻ったのだった。

 幸いなことに、ハロウィーンパーティの席で見たハリーは元気そうだった。聞けばルーピン教授と色々話していたらしい。これは……良いのではないだろうか。ルーピン教授に主人公の大幅強化をしてくれるのだろうかと学期始めに考えていたことを思い出す。

 

 

 しかし、今日はまだ事件が起きていない。今夜はきっとここからだ。

 だが、その予想は当たりつつも、僕はその「事件」に驚愕することになった。

 

 パーティーも終わって談話室に足を踏み入れたところで、スネイプ教授が血相を変えて寮に入ってきた。生徒の無事を確認した後、彼は事情を全員に伝えた。

 ────ハロウィーンパーティの裏で、シリウス・ブラックがグリフィンドール寮に侵入するため、入り口の肖像画を襲撃した。

 

 

 どこにブラックが潜んでいるかわからない状況で、生徒を寮に戻すわけにはいかない。子供たちは城内の捜索のため大広間に集められ、そのままそこに寝袋を敷いて眠ることになった。大広間の天井に映し出される夜空を眺めながら、僕は考える。

 今回の事件、閉心術の練習の際に聞いたことから考えるなら、明らかにダンブルドアは事が起こることを予想していなかった。なのにシリウス・ブラックは見事城内に侵入し、肖像画を引き裂いてみせた。前回の生徒が操られていたのとはわけが違う。紛れもなくブラックという犯人が特定できていて、尚且つ実体もあった上でこの事件は起きたのだ。

 さらに、ブラックの行動も不可解だった。彼はホグワーツ出身者で、今日はハロウィーンパーティがあることだって知っていたはずだ。なのに生徒のいないグリフィンドール寮を狙った。ハリーを狙いたいのだったら完全に的外れなことをしている。

 勿論アズカバンの中で狂気に侵され、もはや日付もわからなくなっていた可能性はある。しかし、そのような判断力の衰えた人間がダンブルドアの目を潜り抜けて、このホグワーツに入り込めるものなのだろうか? そういえば、一年生の時、ロンの兄チャーリーの友人は城に許可なく箒でやって来れたようだが……ひょっとして内部のものの手引きがあれば、城の守りは破られてしまうものなのだろうか?

 

 去年と同じく、今の段階で分かることなど殆どない。しかし、もはや城内ですらハリーは安全ではないかも知れない。

 相変わらずこの日のストレスは尋常じゃないものがある。僕はため息を大きく吐き出し、なんとか眠りにつくため寝袋に潜り込んだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。