音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三十七話 嵐のクィディッチ第一試合

 

 

 結局、朝になってもブラックが城内で発見されることはなかった。夜通し続いていた捜索は打ち切られ、生徒たちは大広間からそれぞれの寮に戻された。ダンブルドアが大丈夫と判断したのであれば、今のところはそうなのだと信じるしかない。しかし、侵入経路が判明していない以上、再びブラックが襲撃をかけてくる可能性は大いに残っている。僕にできることは限られているけれど、そろそろ難しいから今は無理だなんて弱音を吐かず、自分でかけられる感知・防衛系の呪文を真面目に覚えるべきなのかもしれない。

 

 ひとまずハロウィーンが終われば、次の懸念事項であるスリザリン対グリフィンドール戦が刻々と近づいてくる。今年はやけに嵐が多くて天気が悪く、練習をするにも一苦労の状況だ。その上、城壁外のクィディッチピッチは学校を警備している吸魂鬼との距離が近い。上空を飛んでいると遠くに見える不吉な影に、精神的な疲労は溜まりつつあった。

 

 

 おまけに他にも気にしなければならないことができた。ルーピン教授、正確に言えば、その彼に絡み続けるスネイプ教授について、である。

 

 ルーピン教授はクィディッチの試合の前日、体調を崩したということで休んでいた。その彼に代わって授業を受け持ったスネイプ教授はあろうことか、それまでの授業を完全に無視して、さらに学年も無視して、その日に担当した全クラスで人狼について講義したのである。

 いい加減にしてほしい。折角ダンブルドアが一年ちゃんとやらせたいと考えている教師の立場を、わざわざ危うくするような真似はしないでくれ。

 

 ──そう、僕は少し前には既に、ルーピン教授が人狼なのではないかという疑いを持っていた。今回の満月の日にスネイプ教授がこのような振る舞いをしたことで、その疑惑はほとんど確定となったが、その前からヒントは色々あった。最も有力だったのは、これまたスネイプ教授からのものだった。

  魔法薬学の教室の彼のデスク周りには、いつも調合中の薬品がいくつか置いてあるが、そのうちの一つが脱狼薬だったのである。勿論僕は事前情報一切なしで薬の液面だけ見て、咄嗟にそれが何か判断できるほど聡くはない。ただ、あの性悪魔法薬教授はご丁寧に材料を調合に使う順番に並べていらっしゃったのだ。もう完成しているならそんな必要はないだろうに。クソ野郎である。

 

 スネイプ教授が事実に気づいた生徒によるルーピン教授の告発を望んでいるなら申し訳ないが、僕にはそれをするつもりは全くなかった。そもそも脱狼薬で無力化できているのであれば危険性は殆どないし、その「人狼」という特性こそ、ダンブルドアがルーピン教授を厚遇したい一因だということを察してしまったからだ。

 

 ダンブルドアがハグリッドを重用する理由と同様に、ルーピン教授は先の戦いに備えた大局を動かすための重要な手駒なのだろう。

 

 そもそもダンブルドアは以前より人狼の権利保護にかなり力を注いでいたと聞く。もちろん人道的な意味もあるのだろうが、目的は決してそれだけではない。人狼は迫害されているが故に、居場所を求めて闇の陣営に付きやすく、それを防止するためにも彼らの待遇改善は必要なのだ。

 単にルーピン教授に協力の「報酬」として「防衛術」の職を与えるだけが目的ではない。彼が立派にその勤めを果たせば、この事実はダンブルドアの人狼擁護の主張の礎になってくれる。数多いる人狼の中、彼一人の例で全ての視線が変わるわけではない。それでも、ルーピン教授から教わり彼の人となりを知った生徒たちの中には、将来人狼保護の後援者となってくれる者も現れるだろう。

 

 ハグリッドもそうだが、迫害されているマイノリティをホグワーツの教師にすることは額面以上の影響力を持つ。いつか彼らがそれぞれの立場を明かし、その権利を他の魔法使いと同等のところまで引き上げようとするには、これ以上ないほど効果的な策だと言えるだろう。こういった未来のための地道な根回しは、僕も好むところだった。

 

 それだけにスネイプ教授の挙動は許し難い。彼が脱狼薬を調合しているということは、先生方にはルーピン教授の特性は周知されているのだろう。

 確かに脱狼薬という手間のかかる薬品を、自分が気に食わない人物に対して調合させられていることには同情する。けれど、単なる子どもっぽい反感でダンブルドアが積み上げている平和への策が台無しになるかもしれないと考えると、スネイプ教授に対する苛立ちは募っていった。それとも、彼は何か己の振る舞いを肯定できるような理由でもあると言うのだろうか?

 ボガートがスネイプ教授に変身し、それを笑いものにしてしまったネビルに対して更に辛く当たるようになったスネイプ教授を見ながら、この状況は何とかならないかという思いは募っていった。

 

 

 

 そうこうしている内にスリザリン対グリフィンドール戦はやってきた。天候は最悪。雷光が時たまピッチを明るく照らし、横殴りの雨風の中、ただ立っているのも大変だ。スリザリンチームは僕によって防寒・防水呪文を全身にかけられていたが、この調子ではグリフィンドールは寒さに凍え切っているだろう。

 こんな天気でも試合はキャンセルにならない上に、観客たちは平気で応援に来ているというのだから、魔法使いたちのクィディッチへの愛はつくづく常軌を逸している。ありがたくないことに、今回もチェイサーに選抜されてしまった僕はため息を吐く。しかし、ハリーを一番よく監視できるのがこのポジションであることも間違いない。毎年この初戦で酷い目に遭っている彼に何かが起こることは、ハロウィーンのジンクスが成立した今、ほとんど確定したようなものだった。

 

 嵐の中、フーチ先生が何を言っているかもほとんど聞こえてこない状況で試合は始まった。この視界の悪い中、シーカーはスニッチなど見つけられるのだろうか? 僕はクアッフルを追いかけながらもたびたびハリーに視線を移す。案の定、上空を飛ぶどちらのチームのシーカーも動きを見せず、試合は今までになく長引きつつあった。

 

 グリフィンドールが五十点リードしたところでタイムアウトが向こうから取られる。今のところ、ハリーに何か変なことが起きている様子はなかった。僕は再びチームメイトに効果が弱まってきた呪文を掛け直しながらあたりを見渡す。ひょっとして、今回は何もないのだろうか? ハロウィーンは恒例でも、こっちはそうじゃなかった、という可能性はゼロではない。

 

 しかし、残念ながらその予想は外れた。試合が再開してからしばらくして、いよいよ事件は起こった。不意にグリフィンドールのキーパーがハリーに向かって叫ぶ切羽つまった声が耳に入ってくる。僕もそちらに視線をやると、ヒッグズがスニッチを見つけたのか急加速し、それを見たハリーが相手とスニッチを挟むようにして飛んでいる状況だった。

 勝敗を決する盛り上がるはずの場面で、いきなり観客席が水を打ったように静まり返る。いったいなんだ? ハリーには何も起きていない。寒気を感じながら下を見ると、そこには百人余りの黒いマントをたなびかせた人影が犇めいていた。────吸魂鬼がクィディッチピッチに侵入したのだ。

 

 これはまずい。脳裏にホグワーツ特急での出来事がよぎった。ハリーは吸魂鬼の影響を受けやすい。慌てて箒の方向を変えるが、既に上空では彼の身体は箒から滑り落ちるところだった。

 ニンバス2001、頼む、間に合ってくれ────真っ逆さまに吸魂鬼のいる地面へ落ちていくハリーに何とか追いすがり、並走する。彼の箒はどこかに飛んでいってしまった。気を失っている人一人の落下を受け止め、吸魂鬼の屯するピッチからすばやく離れなければならない。そんなこと、僕の箒さばきでできるのか? いや、やるしかない。

 できるだけ勢いを殺すようにしてハリーを両手で抱えることには成功したが、案の定止まり切れない。何とか地面から上がるため箒の先を上げようと試みるが、完璧に成功することはなかった。僕らの乗った箒は地を削るような角度でクィディッチピッチに突っ込んだ。

 

 箒の柄が最初に地面に突き刺さったおかげで、僕とハリーは直接叩きつけられるようなことにはならなかった。その勢いのまま、ハリーを抱え頭からごろごろと地面を転がる。顔から行っていたら首が折れているところだ。やっぱりクィディッチって危険すぎるスポーツだ。

 ようやく転がる勢いが落ち着いたところで、抱えこんでいたハリーの様子を確認する。見える範囲で大きな怪我は見つからない。ひとまず、安堵の息が漏れた。しかし、ボケっとしている暇はない。周囲には信じられない量の吸魂鬼がいるのだ。ハリーの前に身を起こし、濡れて絡まるローブからなんとか杖を引っ張り出す。守護霊を呼び出すのに必要なのは、幸せな記憶だ。過去を遡り、思い出す。暗く湿った秘密の部屋。ハリーがボロボロになりながらも生きて、僕を迎えに来てくれた姿。

 「エクス────エクスペクト・パトローナム!」

 杖の先から輝く靄が吹き出し、盾のようにして僕らと吸魂鬼を隔てた。一応練習しておいて良かった。難しすぎるから覚えるつもりはなかったのだが、ビンクが使えるようになっておくべきだと猛烈に主張したのだ。少しは体に温かみが残る。

 ただ、当たり前だが全員どころかこの周辺の吸魂鬼さえ撤退させきることはできない。吸魂鬼は自分たちのもとに落ちてきたご馳走に、徐々に集まってきてしまっていた。このままじゃジリ貧だ。

 少しずつ指先を冷気が這い上がる。凍えそうになりながら、なんとか杖を構えなおしたところで、何か光る銀白色の空を舞うものがこちらに突っ込んできた。その後ろにいたのはアルバス・ダンブルドアだ。ああ、助かった。もう大丈夫だ。

 ダンブルドアの強力な守護霊が吸魂鬼たちを蹴散らしていく中、僕も安堵でその場に崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 振り返ってみれば、今までのクィディッチ第一試合の中で、ハリーは一番軽傷だった。スニッチを飲み込むことも、腕の骨を抜き取られることもない。しかし、今回彼は取り返しのつかないものを失ってしまった。あの後乗り手なしで飛んでいったハリーのニンバスは「暴れ柳」に突き刺さり、粉々にされてしまったのだ。僕には色々思うところのある箒だったが、彼にとっては無二の相棒だっただろう。

 試合にスリザリンが勝ったこともあり、落ち込み切っているハリーに安易に話しかけるのは躊躇われた。それでも一緒に運ばれた病棟で声をかけたが、返事は全て上の空だ。今回はオリバー・ウッドが僕に礼を言いにきてはいたが、彼も試合に負けたショックのせいか、かなり虚ろな目をしていた。

 僕が先に寮に戻るときにも、ハリーは塞ぎきってベッドのカーテンを閉めてしまっていた。

 こちらとしては彼が無事だったことを喜びたいが、今はかける言葉もない。今年のハリーは例年よりずっと心にくる災難続きのようだった。

 

 

 


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