音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三十八話 スネイプ教授の激昂

 

 

 クィディッチの試合からしばらく経ち、ようやくハリーは完全にとは言わないまでも、少しずつ立ち直ってきたようだ。理由を聞いてみると、年始以降にルーピン教授から守護霊の呪文を教えてもらう約束をしたかららしい。自分の弱点に立ち向かう術を手に入れられそうになると元気になる、というのは僕の好きなグリフィンドールの特性だった。

 

 一方僕の方はというと、万事上手くいっているというわけではなかった。ブラックの侵入経路がいまだにさっぱり割れていないというのもあったが、学校生活にも悩みの種はある。中でも、スネイプ教授の授業で、スリザリン生までもがポツポツと反論するようになってきたことに起因する一連の流れが一番気がかりな問題だった。

 

 グリフィンドールとスリザリンの魔法薬学の合同授業では、スリザリンの今までにない態度に苛ついた教授が更にグリフィンドールに当たり、そしてそれにスリザリンが口を挟み……という悪循環が生まれつつあった。

 僕はどうしても根が臆病なタチなので、スネイプ教授の振る舞いをどうにかするにしても、もっと穏便に行きたいと考えていた。ああいう頑固な人は、表立って恥をかかせるやり方では絶対に自分の意見を変えないだろうというのもある。しかし、「共通の敵」らしきものを持つという今までにない体験の前に、グリフィンドールとスリザリンの三年生はどんどん距離を近づけていた。

 

 そもそも僕の周囲にいる子達は良家の子女がほとんどだったのも悪い。いわゆる「聖二十八一族」のブルストロード家やノット家、グリーングラス家、パーキンソン家、それに数えられなくても、ブラック家と婚姻することが許された程度には名のある家のクラッブ家、などなど。純血であることは裕福であることとイコールではないが、僕らの学年に限って言うなら、概ねその範囲は一致していた。

 

 そうすると、一年生のころにジェマが僕に忠告したような教師と生徒の力の不均衡は殆ど問題にならなかった。それどころか、皆その事実にようやく気づいたとばかりに、以前のような絶対服従の姿勢を放棄していた。しかも、ジェマ本人もこの傾向に拍車をかけていた。彼女は卒業後の進路を考えるにあたって、大いにマクゴナガル教授の手を借りているのだという。つまり、グリフィンドール寮監の庇護を受けた人間が、今年のスリザリンの最上級の監督生なのだ。今までよりずっとスネイプ教授に反抗しやすい下地は、知らぬ間にできてしまっていた。

 もちろん、それだけでいきなり寮監に対して無礼になるということはない。けれど今までは仲間内だけで発揮されていた公正の精神が、スネイプ教授の前でよりにもよってグリフィンドールに向けられることになったのである。

 

 十三歳の子どもたちに与えられた「正義感」という飴は、例え僕らがスリザリンであってもそれなりに効いてしまった。特にロングボトムへの不条理な当たりのキツさは純血一族の軽視だとすら考える人間も出てきている。グリフィンドール生は僕らが表立って言わなければ根底の「純血主義」思考など知ったことではない。ロングボトムを軸とした表面的な連帯のもと、さらに両者は仲を深めていった。

 

 この状況の中僕はというと、流石に行き過ぎるとまずいことには早々に気付いていた。一応スリザリン生たちに調子に乗って寮監に対して過度に失礼な真似はしないように、と釘を刺したが、スネイプ教授は無礼でない範囲の進言ですら頻繁にできてしまう程度には理不尽な人間だ。もはや止めようがない。

 僕のずっと望んでいたグリフィンドール・スリザリンの宥和は、しかしスネイプ教授を爪弾きにするという諸手を上げて喜びにくいやり方で、加速度的に進んでしまっていた。

 

 正直、スネイプ教授の自業自得だと思う。十三、十四の子供に揚げ足を取られまくるほど、理不尽に足を振り上げていることに根本的な原因がある。だからといって、ダンブルドアの信用に足る存在であるこの人を追い詰めすぎるのは色々な面で不味すぎるし、その結果彼がどのような反応を見せるか予測がつかない。しかし、子供たちを納得させるような理由を僕は用意できない。完全に手詰まりだ。

 

 さらに、そして、一番悪いことに、僕はスネイプ教授のルーピン教授に対する扱いをどうにかしたい、という出過ぎた野望さえ抱いてしまっていたのだ。

 

 

 

 月末の対レイブンクロー戦が近づいてきていたある日、僕はスネイプ教授に魔法薬学の授業後、残るよう言われた。こちらとしては願ってもないチャンスだ。みんなが教室から出ていく中、こっそりと扉にマフリアートをかける。誰にもこの話は聞かれたくない。

 スネイプ教授の話自体は宿題のレポートに付記していた質問のことだった。彼は本当に魔法薬学の知識を与えるという点では良い先生なのだ。教授による説明が終わったところで、僕はさり気なさを装って口を開いた。

 「この薬、ここに出しっぱなしで調合されているのはなぜですか? 複雑な手順の薬品ですし、子どもたちの不手際で不純物が混ざるかも知れません」

 この話の切り出し方は完璧に失敗だった。スネイプ教授の反応は劇的だった。彼はギッと僕を睨み、冷え切った笑みが口元に浮かぶ。

 「君に指図される筋合いはない、マルフォイ。吾輩は君の心配など無くても完璧にこの薬を調合し、そして生徒への危険を抑え込むことができる。この薬が指す危険性を見過ごす君と違ってな」

 ここまで、僕はスネイプ教授にできる限り阿って話をするつもりだった。しかし僕は、この人に「そういうこと」を──まるで僕が他人のことを考えていないかのようなことを言われるのが、本当に、本当に嫌だった。僕からすれば、グリフィンドールとスリザリンを対立させ、子どもたちが進みかねない闇の道を舗装するこの人こそが最も生徒の危険性を見過ごしている人だったのだから

 ────無意識のうちに自分が抱えていた罪悪感に蓋をし、僕はカッとなって反論する。

 

 「お言葉ですが、もし危険性があるとすれば、それはあなたが調合を間違うとき、という可能性が一番大きいのでは?」

 僕の反抗的な言葉に、それでもスネイプ教授は内心を見透かしたように嘲笑う。

 「どうも反論の筋が弱いな、マルフォイ。君は自分が利口だと思っているようだが、それは現実が見えていないからに過ぎん。人狼の取り返しのつかない危険性を適切に把握していれば、奴を教職につけ続けることなど生徒のためにはありえないと理解できるはずだ」

 いよいよ僕は怒りで頭がいっぱいになっていた。

 この人は脱狼薬を調合できるのだから、それがどれだけ人狼を、望まないまま人を傷つける怪物に変貌してしまう人間を救うのか分かるはずだ。脱狼薬が適切に処方され、人々の差別の心が無くなれば、この人狼という存在が生む辛苦は完全に消えるわけではなくても多くが癒やされるだろうに。それを知りながら差別を煽り、嘲笑う。僕の目指す未来にとっては有害そのものな態度だ。

 この場ではスネイプ教授は完全に僕の敵だった。

 どこか冷えた頭を使い、僕はいつぶりだか分からないほど悪意をこめ、この人の主張を叩き潰すためだけに言葉を吐いた。

 

 「そうお考えなのであれば、魔法省に手紙でも送られてはいかがですか? こんな()()()()()生徒に縋るような、遠回りな真似をなさらずに。あなたが心の底から生徒の安全をお思いになるのなら、躊躇なさることはないでしょう。

 ああ、でもそうはなさらないのですね? いや、できないのか。校長に止められているから!」

 スネイプ教授の額に青筋が走るのが見える。それでも口元に嘲笑を貼り付けたまま、僕は言葉を続けた。

 「結局のところ、あなたはダンブルドアを自力で説得することもできず、彼に表立って歯向かう訳にもいかないから、迂遠で姑息な方法で、誰かが代わりに自分の気に入らない相手に手を下すのを待っているだけの────卑怯な臆病者だ」

 

 僕の言葉を聞き、スネイプ教授の顔が憤怒に歪む。明らかに一線を越えた挑発に、彼は理性を失っているように見えた。

 次の瞬間、彼は僕のシャツの襟を掴み、壁に押しつけてきた。眼前に見える目は血走り、ギラギラと憎悪に燃えている。

 「貴様に────何も知らない貴様に何が分かる」

 地の底から響くような恐ろしい声だ。しかし、なお僕はスネイプ教授の瞳から目を離さなかった。

 普段だったらとっくに我に返って謝罪しているところだ。それでも僕は自分の中の怒りを消さない。それほど、僕の心中はこの人の思想をへし折りたいという気持ちで満たされていた。

 

 再び挑発的に言葉を吐く。

 「分かりませんよ。知りませんから。何か僕でも理解できる理由があるのであれば、教えてください」

 彼はわずかに躊躇し、しかし勢いをつけて吐き捨てるように言った。

 「リーマス・ルーピンは、シリウス・ブラックの親友だった。ルーピンはかつて人狼の集団のスパイとしてダンブルドアの元におり、同じくダンブルドアの元にいたブラックは秘密の守人になりながらポッター夫妻を売った。奴らはずっと親友だ、今も!」

 

 完全に不意をつかれた形になった。内通者────それは、ハロウィーン以来ずっと存在を怪しんでいたものだった。

 予想もしていなかった容疑者の存在に、思わず言葉を失う。言葉を返さない僕に、スネイプ教授は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。しかし、それでは納得できないことがある。僕は何とか気を取り戻し、震えを抑えて声を発した。

 

 「────それでも、ルーピン教授が裏切っている証拠をあなたはお持ちでない。だから、彼を辞めさせるようダンブルドアを説得できていないし、未だにその薬を調合されているのですから。

 ……お願いですから、まだ確定していない話を前提に、一人の人間の人生を破滅に向かわせないでください」

 

 スネイプ教授はいよいよ僕を殺すのではないだろうか────それぐらい彼は心の底から怒り狂っているようだった。このまま襟を掴む手で首を絞められてもおかしくない。そう思ってしまうほどの気迫だった。

 しかし、スネイプ教授が僕に何かする前にこの二人きりの空間は破られた。

 

 不意に扉が開く音がし、後ろから声が響く。

 「何をしてるのですか! あなた達は!」

 そこに立っていたのはマクゴナガル教授だった。彼女はこの異様な場面に慄き、それでもこちらに向かって迷いなく歩いてくる。

 身体に安堵が広がっていくと同時に、頭にのぼっていた血も引いていった。まずい。スネイプ教授を挑発し、あまつさえ胸ぐらを掴ませてしまった。

 「マルフォイ、貴方に変身術のことで用があったのです。ゴイルは貴方がスネイプ先生の元に残っていると。スネイプ先生、これはどういうことですか」

 僕はもうどうしたら良いか完全に方針を失っていた。いや、全く愚かなことに、そもそもこの口論に方針などなかった。取り繕う言葉だけが口から流れていく。

 「違うんです、教授。僕がスネイプ教授を挑発するようなことを言ってしまったから────」

 上っ面の言い訳を、スネイプ教授の低い声が遮った。パッと襟を手放した教授はこちらに背を向ける。

 「マクゴナガル先生、それに用があるのなら別の場所で話していただきたい。今すぐ」

 「────分かりました。マルフォイ、話は私の研究室で伺います」

 そうして、マクゴナガル教授と僕は地下牢を後にした。

 

 

 ああ、完全にやってしまった。頭に血が上って、思ってもいないこと────いや、思ってはいたのだが────言うつもりのないことまで言ってしまった。どうしよう。スネイプ教授がここから僕を許すためには、一体何をすれば良いんだろう。考えなしな自分の行動に、泣きたい気分が込み上げてきた。

 

 二階の研究室に着くと、マクゴナガル教授は僕を座らせ、杖を振ってサンドイッチと紅茶を出してくれた。そういえば今は昼休みだ。有無を言わさず「食べなさい」と言われたので一口齧る。しかし、こんな出来事の後では全く食欲はなかった。

 

 「食べながらで結構ですから、何があったのか話しなさい」

 マクゴナガル教授は僕を落ち着かせるように言う。積み上げてきた信頼もあって、彼女は僕がことの原因だとは考えていないらしい。今はその優しさが辛かった。

 隠すこともないので、僕は一部始終をマクゴナガル教授に話した。最近のスリザリン三年生の動きから、ルーピン教授に対する嫌疑まで。マクゴナガル教授は頷きつつ、全てを黙って聞いてくれた。

 話し終え、彼女の顔を窺う。僕に失望したり怒っている感じではなかった。ただ、少し悲しそうだった。マクゴナガル教授は長く息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。

 「今回、確かにスネイプ先生を挑発した貴方の態度は、罰則を受けても仕方ないものだったかもしれません。しかしマルフォイ、ルーピン教授に関して貴方の思うことが間違っているわけではないのです。けれど……」

 そこで彼女は一度言葉を切り、僕をじっと見つめる。

 「……スネイプ教授の態度は、貴方が純血の名家出身で、学年一位の成績で、三年生にして既に優秀なチェイサーであることも一因かも知れませんね」

 全く予想していなかった言葉だった。前後の文脈に乗っているようにも見えない。

 「それは……何か関係あるのですか?」

 僕は恐る恐るマクゴナガル教授に訊ねる。マクゴナガル教授は深くため息をつき、僕に答えた。

 「そう思うでしょう。スネイプ先生が今までどんな人生を歩んで来たのか知らなければ。

 今回、貴方がスネイプ先生に言ったことが、完全に間違いであるとは私も思いません。しかし、正しいからというだけで全てが納得してもらえるほど人間は簡単にできていないということは、覚えておいた方が良いでしょう」

 

 彼女のやり切れなさが滲む言葉に、僕はただ頷くことしかできなかった。

 

 

 


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