音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第四話 組分け帽子

 

 ビンセントとグレゴリーを宥めている間にも、列車はどんどんハイランドの平原を走ってゆく。気付けば、日は西の低い空に落ちかかっている。無理やり話を切り上げて制服に着替えていると、すぐにホグズミード駅に到着した。

 

 勝手にホグワーツ城へと運ばれるらしい荷物を残し、二人と連れ立って夏の日差しが僅かに残るプラットホームに降りる。宵の冷たい風に首をすくめながら、僕らはどこに向かうべきかこじんまりとした駅を見渡した。

 不意に人混みの向こうから、一年生を呼ぶ大声が聞こえた。探すまでもなく、その声の主は目に飛び込んでくる。三メートルを優に超えそうな背、ただでさえ大きい身体をさらに巨大に見せる縮れて膨れた長い髪と髭。あれが噂に聞く森番のハグリッドだろう。なんでも三年生の時に退学になって以来、数々の魔法生物がらみの問題を起こしながら、五十年近くもダンブルドアの縁故雇用でホグワーツに留まっているんだとか。魔法界はおしまいである。

 事実はどうだか知らないが、確かにそんな噂が立ってもおかしくないくらい、偏見を掻き立てる恐ろしげな容貌だ。けれど、ハリーに笑いかける様子は親しみがあると言えるかもしれない。彼は一年生を集めながら、ハリーの名を呼んでにっこり笑って挨拶をしていた。

 一年生が揃ってハグリッドの方を向いてる時に「生き残った男の子」に声をかけるのはちょっと、いや、かなり無神経だったかもしれないが。

 

 ハリーの名前に周りの子供がヒソヒソと囁きを交わす中、僕らは駅から伸びる小道をホグワーツへ向けて歩き出した。うねうねと林の中を曲がる道を抜けた先、湖の向こう岸に城が見えたところで子供たちから歓声が上がる。なるほど、闇の中に輝く石造りの城砦は物凄く立派だ。これが、千年の歴史を持つイギリス至高の魔法学校か。様々な時代の様式が混ざり大小の建物が組み合わさる城を見て、流石に感動を覚えた。

 スコットランドはこの時期かなり日没が遅いが、八時も過ぎて辺りは完全に真っ暗だ。僕は杖で一緒に来た二人とそばにいた一人の足元を照らしながら、新一年生を城へと運ぶボートに乗り込んだ。

 

 湖を渡ってホグワーツに着き、マクゴナガルという名前の厳しそうな教授から案内を受ける。確か、この人は昔魔法省にいらっしゃったはずだ。しばらくの待機時間ののち、僕らは大広間へ入った。これから七年間を過ごす学校を前にして、周りの子たちの緊張も最高潮に高まってきている。

 僕もまた負けず劣らず緊張していた。なにしろ、これから行われる組分けが今後の運命を左右するのだから。もっとも、物語の内容を知らない以上、誰がどの寮に行くべきなのか根拠なく推測することしかできないのだから、心配してもどうしようもないのかもしれない。だからといって、頭の中を嫌な予想が駆け巡るのは止められなかった。

 

 浮かぶ蝋燭に照らされて輝く大広間の奥には、全員に見えるように背の高い椅子と、ひどく古ぼけた帽子が置いてあった。あれが組み分け帽子なのだろう。その帽子がそれぞれの寮の特徴を歌い上げる中、ふと横にいる二人の幼馴染のことを思い出す。視線を向けると、ビンセントとグレゴリーもカチコチに固まっていた。僕は彼らより精神的にはかなり年上なのに……自分のことに精一杯で二人を全く気にかけていなかった事実に、何だか情けなくなってくる。

 僕は二人の肩を叩き、こっそりと囁いた。

 「僕らはまことの友を得てるし、今までちゃんと勉強して狡猾さも養ってきているはずだろう? 大丈夫だよ」

 二人は全く気が晴れた様子はなかったが、それでも少し微笑んでくれた。

 

 

 そして、いよいよ組み分けが始まった。

 順番は名前のアルファベット順だったので、僕らの中ではビンセントが最初で、次がグレゴリー、最後が僕だ。肝心のハリー・ポッターはさらにその後になる。

 緊張している僕らをよそに、組み分けは予想していたよりずっと素早く進んだ。そりゃあ、一学年百人以上いるのだから早く進まないと子どもが起きているべきではない時間になるだろうが……こちらは心の準備ができていない。もう少し生徒とじっくり意見を交換して寮を決めて欲しいものだ。僕は魔法界の教育環境を憂いていた時よりも、ずっと真剣にそう思った。

 

 そうして、右隣にいたビンセントが呼ばれた。彼の頭に乗せられた帽子は一瞬考え込み、高らかに叫ぶ。

 「──スリザリン!」

 僕もグレゴリーも拍手をした。他人に構っている余裕のない一年生の中では浮いている気がするが、こちらもそれを気にかけている余裕がない。

 それから少しして、グレゴリーも呼ばれた。

 「──スリザリン!」

 一人残された事実に、いよいよ胃が捩れる思いをしていた僕は、それでも力一杯拍手をした。

 

 それからまたしばらくして、何人かの組み分けが終わり、マクゴナガル教授がはっきりとした声で次の名前を呼んだ。

「マルフォイ、ドラコ!」

  余命宣告を受けたような気分だ。僕は何とか表情や姿勢を取り繕い、足が震えないようにしながら歩み出て、帽子を被った。

 

 帽子のひさしが頭のてっぺんに触れた途端、先ほどまで寮について語っていた低い声が、頭の中にゆったりと響いた。

「ほーう。なるほど、なるほど。君の家系はもっぱらスリザリンに行くのだが……どうやら君は、他の子供たちとは少し違った考え方を持っているようだ。いや、考え方というよりは……意識かな……」

 

 その言葉に、全身が凍りつくような思いがした。そうだよ、組み分け帽子は被った子供の性格を判断できる──つまり、頭の中が読める。ってことは、僕の記憶にある音割れポッターBBとかいうクソくだらない知識が──

 帽子はどっと冷や汗をかき始めた僕をよそに、滔々とこちらの頭に言葉を流し込んできた。

 「なに、私は知り得たことをペラペラ喋ったりしない。やるべきことは、組み分けだけだ。

 君は──知識欲はある。ただそれは知識そのものに由来しているわけではないね? 勇気もそれなりにはある。ただ、勇気を持たねばならない場面そのものを避けがちだ。君の忍耐だが────」

 

 お前は全部中途半端だとでも言いたいのか? 話がどこに向かっているのか分からないが、もう僕は必死だった。頭の中で何とからならないのかと帽子に懇願する。

 ──スリザリンに行かせてください、お願いします! 親に勘当されるんです! 未来が危ないかもしれないんです!

 

 帽子は話を聞いているのかいないのか、うわ言のように囁き続けた。

「フウム……なるほど。その忍耐は、目的があればこそ発揮される。

 果て遠き目的のために雌伏し、手段を尽くすのならば君は────スリザリン!」

 

 帽子が望みどおりの寮の名前を叫ぶのを聞き、身体からドッと力が抜けた。目の前の子どもたちからの視線で席を空けねばならないことに気づき、どうにか震えを抑えながら椅子から立ち上がる。帽子をかぶっている間は永遠のように感じたが、どうやら一瞬の出来事だったらしい。

 何とか体面を取り繕いながら帽子を脱ぎ、背筋を伸ばしてスリザリンのテーブルへ向かった。グレゴリーとビンセントが拍手で迎えてくれるのが見える。

 ────やった、スリザリンに入れたんだ。当たり障りのない結果になったんだ!

 思わず感動で咽び泣きそうになった。

 

 手前に座っていたビンセントの横に腰を下ろす。安堵感に深く息を吐いたが、組み分けされていない子ども達を見て、現実に少し戻ってきた。まだ、ハリー・ポッターの組み分けが残っている。あの子が順当にグリフィンドールに入ってくれなければ、結局すべてお釈迦なのだ。

 

 しかし、心配していたようなことは起こらなかった。少し時間が掛かりながらもハリー・ポッターは無事にグリフィンドールに入ってくれた。もう万々歳だ。思わず自寮の生徒でもないのに、拍手をしてしまった。明らかに周りに白けた目で見られていたが、ちょっと放って置いて欲しい。こっちは必死だったんだから。

 

 ついでに残った一年生に全員拍手していたら、組み分けが漸く終わった。長い戦いだった。

 最後にスリザリンに組み分けされたブレーズ・ザビニを隣に座らせていると、前ではマクゴナガル教授が杖を一振りして道具を片付けた。空いた場所にダンブルドアが進み出てくる。あれがかの有名な、最も偉大と言われる魔法使いか。先程はしげしげと見ている余裕がなかったが、長く真っ白な髭に長いローブと、魔法使いを絵に描いたような老人だ。

 

 彼は子どもたちの顔を見渡し、にっこりと微笑むと口を開いた。

 「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。

 では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」

 ……奇人である。

 まあ、この魔法界には、マグル基準での狂人などゴロゴロ転がっているが……これがあのヴォルデモート卿が恐れた今世紀最強の魔法使いというのだから、やっぱり魔法族は初対面の印象だけで判断してはならないのだろう。

 目の前に現れた料理をビンセントとグレゴリーの皿に取り分けながら、僕は他の教諭の顔ぶれを見渡した。存じ上げている方もいらっしゃるが、ほとんどの先生は初めてお目にかかる。七年間主人公と関わるわけだから、おそらく彼らは主要登場人物になるだろう。出来るだけ直接交流する前に人となりを知っておきたい。僕は近くの上級生にお願いして、簡単に全員の紹介をしてもらった。

 

 先生方の中には、何人か気になる人物がいた。一年しか持たないと噂の「闇の魔術に対する防衛術」は、以前はマグル学を持っていたクィリナス・クィレル教授が担当なさるらしい。一年というジンクスには何か意味があるのだろうか? それにしても、教師にカリキュラムが一任されている魔法界でコロコロ担当が変わるのは、教育面において致命的な気がする。その辺りに対しては魔法使いの無駄な鷹揚さが発揮されてしまっていた。

 魔法薬学の担当はセブルス・スネイプ教授だ。彼は父と親しいらしい。……というか死喰い人仲間だった疑いがある。僕の父と学生時代から今に至るまでずっと縁があるというのは、そういうことだ。どうも社交嫌いな人のようだったが、母に招かれごく稀に我が家のパーティーにいらっしゃっていた。到底子ども好きには見えなかったからあまり喋りもしなかったが、スリザリンの寮監である以上、良い関係を築きたいものだ。

 

 

 和やかな雰囲気の中漸く食事が終わり、皿がパッと綺麗になった。満腹で眠たげになった子どもたちの前に再び校長が歩み出る。彼は先ほどと同様、優しいおじいちゃんそのものといった口調で話し出した。

 

 「エヘン──全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、校内にある森は立ち入り禁止じゃ。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておく」

 ダンブルドアは少しだけグリフィンドールの方を注視し、そのまま注意事項について話し続けた。

 「管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意があった。

 今学期は二週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに参加したい生徒はマダム・フーチに連絡するように。

 最後じゃが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはならんぞ」

 よくある全体注意と思って半ば聞き流していたが、最後のものはなかなかインパクトがある。

 学校に、生徒がとても痛い死に方をするような廊下を設置するな。それだけでホグワーツは管理責任を放棄していると思ってしまうが……僕がおかしいのだろうか? 魔法族は場所にかけられた呪いをそういうものと思いがちだ。ここまで古い校舎ともなると、建物にかけられた呪文の管理だけでも一苦労なのかもしれない。しかし、子供の学舎である以上、不測の事態にも備えて欲しいものだ。まあ、そこまで危険なら、まさか生徒がホイホイ入れるようにもなっていないだろう。

 

 魔法界あるあるの、みょうちきりんな歌がてんでばらばらなテンポやメロディーで歌われるのを聞きながら、僕はぼんやりと思索を巡らせた。その歌で涙を流しているダンブルドアは、はっきり言ってちょっと……いや、かなり怖かった。

 

 宴が終わり、それぞれの寮生たちはその寮舎に帰り始める。幼馴染の二人とダンブルドアや他の先生方についておしゃべりしながら、僕らは監督生のジェマ・ファーレイに引率されて、入りたいと切実に願っていた地下にある寮へと石造りの階段を降りていった。

 

 

──────────────

 

 

 塔のてっぺんにあるグリフィンドール寮のベッドの中で、ハリーは眠りにつく前に今日一日のことを思い返していた。結局、ヴォルデモートと同じ寮になりたくなくて──そして、両親と同じ寮に行きたくて、グリフィンドールに入るよう組み分け帽子にお願いした。しかし、あのダイアゴン横丁で出会ったドラコ・マルフォイという子はスリザリンに行ってしまった。

 

 特急での以前とまるで違う態度を見て、ロンの言うとおりの嫌な奴なのかと思いもした。しかし、それ以外で遠目に見た彼はやっぱり優しそうだったし、ハリーがグリフィンドールに選ばれたときも拍手してくれていた。……まあ、彼はそれ以外の子にも寮関係なく拍手をしていたが。

 

 ロンはハリーがドラコに感じたことを聞いて、いい顔をしなかった。せっかく同じ寮に出来た初めての友達を失いたくなかったので、ハリーはロンにもうドラコの話をしないことに決めた。けれど、帽子が歌っていた「まことの友」を得る機会は失ってしまったのかもしれない。ハリーは少し寂しさを感じ、それを誤魔化すように毛布の下へ潜り込んだ。

 

 

 

 


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