音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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尽きない謎

 

 

 クリスマス休暇は飛ぶように過ぎていった。家の状況は相変わらず。父は僕が話を持ちかけようとしても、自分の用件で終わらせるか、忙しいと魔法省に行ってしまうかだった。父なりに僕が通うホグワーツにブラックが現れたことを心配しての行動だとは思うが、なんだか虚しくなってしまう。

 そうは言いつつも、僕の方に話し合いに向かう熱が入っていないのもまた事実だ。僕はこの休暇を本当に休暇として過ごすつもりだった。タスク管理がなっていない現状で、何を優先し何を後回しにするか今一度考えるいい機会にしたかったのだ。

 

 

 スネイプ教授のことは一旦忘れることにした。失敗してしまったのは確かだが、やらかす前にも彼に対して説得の目があったかと言われると怪しい。ならば、ずっと落ち込んでいるのは無為に精神をすり減らすだけだ。結局、彼が僕への怒りを忘れてくれるのをゆっくり待ちつつ、態度で誠意を見せていくしかないのだから。

 

 マニュアルや要領類については、作成のための手順が一応整ったためそれをまとめて理事会に送った。他の授業に反映されるかは理事会次第になってしまうが、そもそもここが動いてくれなければどうしようもない。生徒アンケートはまだシステムの概要もできていなかったが、そもそも今学年中に運用し始めることは難しい。これで、こちらの問題も一時的に僕の手を離れることになった。

 

 

 残るはシリウス・ブラックについて。今までは彼が学校に侵入した経路について闇雲に調べて来たが、ここまでなしのつぶてなのだったらとりあえず横に置いておいた方が良いことなのかもしれない。今までの事件だって「賢者の石」や「日記」といった物語のキーアイテムが舞台に────つまり、ハリーたちの前に姿を現すのはクリスマス以降だった。こんな楽観的なことではいざというときに致命的な見過ごしをやらかしそうだが、ひとまずここは待ちの姿勢で行くしかない。

 

 

 加えて、魔法的な証拠でなく、人間関係という面から今回の事件を紐解く鍵を僕は手に入れていた。図らずしも、スネイプ教授の口から。

 

 今まで得ることができた情報を整理すれば、このようになる。

 

 かつてジェームズ・ポッターとシリウス・ブラック、そしてリーマス・ルーピンは親友だった。スネイプ教授と凄まじい因縁を残すほどにグリフィンドール内で結束していた三人は、当然卒業後も闇の帝王に対抗してそれぞれのやり方で戦っていた。

 そんな中、ジェームズ・ポッターが闇の帝王に狙われ、身を隠すことになる。彼が見つからないように「忠誠の呪文」がかけられ、その「秘密の守人」にはシリウス・ブラックが就いた。

 シリウス・ブラックはそれを裏切った。闇の帝王はポッター家を襲撃し、夫妻を殺害することには成功した。しかし、ハリーに対してかけた死の呪いが母の「愛の護り」によって跳ね返り、彼は肉体を失った。

 

 闇の帝王が姿を消した後、シリウス・ブラックはマグル十二人と魔法使い一人を吹き飛ばし、アズカバンに抵抗なく収容された…………何故?

 

 

 どうにも腑に落ちないところがいくつかある。一番わかりやすいのは最後だ。

 ポッター夫妻を裏切ったところまでなら、当時の闇の帝王の強大さを鑑みれば頷ける。けれど、もし彼が裏切り者なのだとしたら十三人もの人命を奪う意図とは何だったのだろうか。単なる狂気? ダンブルドアの膝下で親友を裏切るという冷徹な手腕を見せた人間が?

 

 確かに僕の伯母のベラトリックスも、闇の帝王が消えた後にロングボトム夫妻を拷問するという犯罪を起こしている。しかし、それは主人の跡を追うためだったはずだ。忠誠心が高く、頭も良い死喰い人が単なる自爆テロを起こした理由は窺えない。

 

 では彼の忠誠心が高くなければどうだろう。つまり……脅されて仕方なく闇の帝王に従っていた場合。その場合もやはり理解できない。嫌な言い方だが、二人を間接的に死なせるより十三人爆殺するほうが遥かに罪は重くなる。それなのに彼は現場から逃げなかった。アズカバンに入る度胸はあるのに、他に恐れることがあったのだろうか?

 

 

 疑問点は他にもある。闇の帝王のポッター家襲撃は本当にジェームズ・ポッターを亡き者にすることが主目的だったのか、というところだ。それを考える手がかりは、「秘密の部屋」の説明でハリーが口にしていた、リリー・ポッターがハリーにかけた「愛の護り」にあった。

 

 愛の護りはそう簡単に成功する魔法ではない。

 こんな言い方はしたくないが、リリー・ポッターですら知ることのできる呪文でヴォルデモート卿が簡単に倒せるなら、とっくの昔に殺人犯はこの世からいなくなっている。

 あれは断頭台に並んでいる二人の内の片方が、自分の順番を先にするよう処刑人に懇願する程度で発動する訳ではないのだ。

 必要なのは平等な生命の交換。「その場では死ぬ運命にない」ものが「死の運命にある」ものを「守るために」自らの命を捧げ、ようやく必要な代償を払うことができる。  

 

 つまり、あの夜リリー・ポッターはハリーを守ろうとしなければ死ぬ運命になかった。

 

 これは闇の帝王の襲来という観点から見れば明らかに異常だ。彼は理由がなくても人を殺すことを躊躇わない。あの場にいた自分の敵対者を全員殺さないのは不自然だ。

 

 それでは、闇の帝王は何故、リリー・ポッターを殺さない運命にあったのか。

 リリー・ポッターが極めて強い魔女だった……という可能性もなくはない。けれど、彼の強大さの前にその線は限りなく薄く見える。しかも抵抗により戦闘が発生すれば、彼女の死の確率は跳ね上がる。それでは呪文は失敗してしまう。

 

 であれば、それ以外の人間────例えば、アルバス・ダンブルドアが闇の帝王の攻撃に対してリリー・ポッターに守護を施していたのだろうか?

 これはジェームズ・ポッターが無為に殺されたであろう観点から考えにくい。しかもその守護がハリーにまで個別に及んでいたら、つまりハリーが死の運命になかったならば「護り」は発動しないのだ。ダンブルドアが講じていた守護の最たるものは「忠誠の呪文」という場所に掛かるものだったと考えてしまって良いのではないだろうか。

 

 後は闇の帝王自身がリリー・ポッターを殺せるが、なんらかの理由でそのつもりがなかった、という線だけになる。これもまた彼の残虐性を知る人間にとっては信じ難い話だ。けれど、可能性が低くても最も「護り」を発動する条件を満たすものだった。

 

 この仮説に立てば、闇の帝王の狙いはリリー・ポッターではなかったことになる。では、ジェームズ・ポッターとハリー・ポッターのどちらがその目的だったのか。

 これは確たる根拠のあることは言えない。ジェームズが先だったのは単に位置の問題で、両方殺すつもりだった可能性もある。

 しかし、わざわざ「死の運命にない」ものを手に掛けてまで、ただの赤子であるハリーを狙ったのは何故なのか。それを考慮するならやはりハリー・ポッターこそが闇の帝王の標的だったと考えるのが妥当だ。

 

 しかし、何故? 確かにハリーは運動神経に長け、呪文の才能もある。このまま成長すれば立派な魔法使いになるだろう。でも、そんな人間はこの魔法界に山ほどいるのだ。ハリーだけが狙われた原因とは絶対にそんなものではない。

 

 シリウス・ブラックをアルバス・ダンブルドアの元にいながら裏切らせた理由は、この異常な執着にあるのではないか? 

 しかし、それが分かったからといって、シリウス・ブラックによる爆殺事件の不可解さが消えるわけでもないのが、何とも悩ましいところだった。

 

 今考えられるのはここまでだ。あとは座して次の事件を待つしかない。

 

 

 そうしてホグワーツに帰った途端、僕は休暇中に起きていた出来事を憤然としたハリーとロンから伝えられた。

 

 朝食の席でスリザリンのテーブルにやって来た二人によると、ハリーに差出人不明でファイアボルトが贈られ、それをハーマイオニーがマクゴナガル教授に密告し、呪いがかかっていないか確認するため没収されたらしい。

 

 明らかに憤慨する二人を前に、それでも僕は言った。

 「僕もシリウス・ブラックから贈られたものだと思う。……でも、絶対こうなるって読めるはずなのに何でファイアボルトなんかにしたんだろう?」 

 

 ファイアボルト。最新鋭の世界最速の箒。これは……それなりに高価だ。父だって僕が強請らなければ自分から買おうとはしないだろう。呪いとして贈るにしたって、コストパフォーマンスというものがあるだろうと思ってしまうほどだ。

 そんなものをヒョイと買える財産を持つ人間など、魔法界では限られている。しかもメッセージなし。ハリーに取り入りたいわけでもないということだ。

 贈り主はブラック家の財産を全て継いだシリウス・ブラック以外に考えられるだろうか? グリンゴッツを経由してなら、機密を保持してハリーにファイアボルトを贈ることも不可能ではないだろう。しかし、そんな危険な真似をしてまで、この手段を取る意味が分からない。

 

 しかもこの贈り主はハリーが箒を失ったことを知っている。つまり、シリウス・ブラックはまだホグワーツにいる可能性が極めて高い。

 

 ハリーを殺せそうな位置にずっといると考えられる人間が、全く理に適っていない行動を取り、明らかに遠回りな方法でハリーを害そうとしている。

 正直あまりにも意味不明すぎて、僕は混乱してしまっていた。

 

 僕の内心をよそに、ハリーとロンは明らかに不機嫌な顔になる。ハーマイオニーの密告に賛同したと取られたのだろう。これだからクィディッチ狂は…………。

 

 内心呆れながらも二人を宥める。

 「いや、ハーマイオニーが告げ口しなくても遅かれ早かれマクゴナガル教授の耳に入っていたと思うよ?

 グリフィンドールのクィディッチチームを一番気にかけてるのはマクゴナガル教授なんだから。万が一ちょっと乗ってみて何も起きなかったとしても、絶対に理由を付けて呪いの検査を受けさせられていたんじゃないかな」

 予想はしていたが二人ともそんな正論では納得してくれない。特にロンは今年度の頭からハーマイオニーが飼っている猫のクルックシャンクスがスキャバーズを襲うのでずっとピリピリしていたのだ。ハーマイオニーも結構意固地なところがあって謝らないから、二人の仲はだいぶ悪くなっていた。

 

 内心ため息を吐きながら二人に言う。

 「キャプテンのフリントにスリザリンとグリフィンドールの練習が被っていないときはニンバス2001を貸してもいいか聞いてみるよ。僕らのチームとしても君らが次レイブンクローに勝ってくれたらありがたいわけだし」

 ようやく二人は苛立ちをある程度抑え、納得してくれたようだった。まあ、僕はフリントがそれを許可するとは全く思っていなかったが、二人の気持ちが落ち着きさえすれば良い。

 僕はどうしても、クィディッチなどという危険競技に対する情熱に共感することができなかったのだ。

 

 

 そして、やはりフリントが許可を出すことはなかった。

 ハーマイオニーと二人の関係がマシになることもなく、一月は過ぎて行こうとしていた。

 

 

 

 


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