音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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追い詰められた優等生

 

 

 

 一月の下旬の放課後、僕はハグリッドの小屋をまた訪れようとしていた。授業アンケートを作るときに、彼が生徒に聞きたいことも盛り込みたかったのだ。以前のように一方的な監視の目的だけでなく、教師側にとっても益のある形にしたいと思ってのことだった。

 

 森の方へ向かうため校庭に出たとき、僕は自分の前にハーマイオニーがいることに気付いた。彼女もハグリッドの小屋へ向かっているようだ。

 休暇が終わってから、僕はハーマイオニーと殆ど話をしていなかった。彼女はとても勉強で忙しそうだったし、僕のところに来ることもなかったからである。僕がロンとハリーとクィディッチの話をしているところを見て、ファイアボルトが没収されたことに腹を立てていると思ったのかもしれない。

 兎に角、精神的に張り詰めた彼女を放っておいている状態は僕にとっても気がかりなことだった。これは懸念を解消するにはいい機会のように思えた。

 

 追いつくように走り、声をかける。

 「ハーマイオニー、君もハグリッドのところに行くの? 良かったら一緒に行かない?」

 振り向いたハーマイオニーは明らかにやつれていた。目の下のクマは濃いし、髪もいつも以上にボサボサだ。背負っている鞄は見るからに重そうで、そのために前傾になってさらに肩を落とした印象になっていた。

 「私────私、いや、いいわ。一緒に行きましょう」

 なんだか断りたいような雰囲気を醸し出していたが、あえてそれを拾い上げることなく、僕はハーマイオニーの隣に並んだ。彼女はそのままどこか切羽詰まったような口調で話を続ける。

 「私、ハグリッドのところに授業で扱う動物の意見を持って行ってるの────去年、あなたにお願いしちゃったでしょう? そのまま投げっぱなしは悪いもの」

 おお、流石ハーマイオニー。正直三人組はアレの存在を完全に頭から消していたと思っていた。責任感の強い彼女は覚えていて、自分なりに手伝いを続けていたらしい。

 

 彼女の心遣いの嬉しさと、そんな彼女を放置していた罪悪感が心に湧いてきた。

 「ありがとう! ハグリッドも嬉しかったんじゃないかな。僕も安全管理マニュアル以外にも何かできないかと思ってたんだ。今は授業アンケートをどう作ろうかと思ってたんだけど────」

 

 そこで僕は話を切った。いや、切らざるを得なかった。

 なんと、僕の言葉を聞いたハーマイオニーがその場でワッと泣き出したのだ。あまりにも唐突な出来事に思わず怯み、僕はその場に立ち止まる。彼女はそれに気付いたかも分からないが、顔を覆って嗚咽を漏らし続けていた。

 彼女がこんなことになっている理由はさっぱり分からない。しかし、僕は何とか冷静に振る舞おうとする。この場面はまずいかもしれない。どう見ても僕が泣かせているようにしか見えないし、実際事実だ。

 

 何とか彼女を宥めすかし、肩に手を添えてハグリッドの小屋に押し込んだ。いきなり飛び込んできた人間に、ハグリッドは目を丸くしてこちらを見やる。

 「何だあ、ノックもせんで……マルフォイ、それにハーマイオニー? お前、ハーマイオニーはどうしたんだ」

 流石の彼も訝しげだ。僕は半ばしどろもどろになって答える。

 「それが、僕にも……校庭で泣かせたまんまにするわけにも行かないから……」

 ハグリッドはキッチンに引っ込んで、サラダボウルのようなティーカップに温かい紅茶を淹れてくれた。それを前にハーマイオニーが落ち着くのを待とうとしたが、その前に彼女が嗚咽混じりに話し始めた。

 

 「私────わ、私、全然上手くできない────授業のことも────あなたは、マクゴナガル先生の特別な課題だってちゃんとやって、それで魔法薬学だって、防衛術だって、い、良い成績を取れてるのに────

 ハグリッドのことも────私は、何を教えたら良いかくらいしか、か、考えられないのに────あなたは、い、色んな子どもにできそうにないことをひ、一人でやって────

 ファイアボルトのこ、ことだって────あなたはロンとハリーに、ち、忠告しても目の敵になんて、されないわ────

 わ、私はクィディッチもやってないのに────ま、マクゴナガル先生にせ、折角────期待を──期待を、かけて貰って────」

 そこで彼女は再び顔を覆い、ワッと泣き出す。

 僕はただ慄くことしかできなかった。

 

 ハーマイオニーが明らかに重複した授業をとっているのには気付いていた。それを可能にするのが逆転時計だけであるということも。しかし、まさかそんなに負担がかかって、厳格に扱うことが求められるものを、たかが子どもの授業に貸し出すわけがないとも思っていた。

 どうやら僕の読みは甘かったようだ。ハーマイオニーは明らかに許容範囲を超過して時間遡行を行なっている。彼女は憔悴しすぎだ。

 しかし、僕が「君には限界だからやめた方がいいよ」なんてここで言ってもハーマイオニーを止められないというのも目に見えていた。傲慢な言い方になるが、彼女は今僕のようになれないと泣いているのだから。

 だから、別のアプローチで仕掛けるしかない。僕は彼女の座っている椅子の背もたれに手をかけ、ゆっくり話しかける。

 

 「いや……僕も、結構限界だったよ。ね、ハグリッド?」

 ハグリッドに視線をやり、同意を促す。彼も気付き、大きく頷いた。

 「おお、そうとも。クリスマス前だったかな。ハーマイオニー、今お前さんが座ってる席でマルフォイも泣いちょったわ」

 そこまで言えとは言っていない。恥ずかしすぎるだろう。

 

 しかし、その事実はハーマイオニーの悲嘆を一時忘れさせるには十分だったようだ。彼女は顔を上げ目を丸くする。

 「────あ、あなたもなの?」

 自分の顔が赤くなっているのを感じるが、頷いて言う。

 「気にかけないといけないことが沢山あって、一杯一杯になったんだ。ハグリッドが慰めてくれて、休暇もあったから何とか今取り繕えているけど。君はハリーのために帰らなかったんだろ? 大変だったね」

 その言葉を聞き、再びハーマイオニーの瞳に涙が溜まる。しかし、僕はそのまま話を続けた。

 「勉強が大変だったら、補えるとこは補いあえば良いよ。君は僕より呪文学も薬草学もしっかり勉強してるんだから……ねっハグリッド」

 僕はもう捨て鉢になってきていた。どう慰めるべきかの正解が分からない。そこで、自分も癒されたハグリッドの人に寄り添う力に縋ることにしたのだ。

 「そうだとも。ハーマイオニー、お前さんは俺なんかのために、今も頑張ろうとしてるんだろう? 優しい子だ。

 ロンとハリーはちいっとクィディッチに夢中になり過ぎてるが、頭が冷えりゃあ、お前さんがハリーのことを思ってしてたんだってことくらい分かるさ。

 マクゴナガル先生だって、頑張ってるお前さんに期待外れなんて言いなさるわけがねえ。心配せんでも、案外どうにかなるもんだ」

 流石ハグリッドだ。彼のこの安定感は一体どこから来るのだろうか。体の大きさ?

 ハーマイオニーはそれで再び腕に顔を埋めてしまったが、さっきのような悲痛な泣き方ではない。ハグリッドはその巨大な手をハーマイオニーの肩に置き、力加減を間違えないよう優しくさすっていた。

 

 しばらくして、落ち着いたハーマイオニーと紅茶を飲み、僕らはハグリッドに連れられて城に戻ることになった。その途中、ハーマイオニーが僕におずおずと切り出す。

 「……ねえ、さっき言ってたこと────勉強の教え合い、してくれる? 私、最近授業が頭に入ってこないことがあるのよ……」

 正直、本当にやるつもりはなかった、と言うより、そのつもりで言ったわけではなかった。てっきり彼女は同じ寮の上級生なんかに頼るかと思っていたのだ。しかし、この状況で嫌ですなんて言えるほど、僕の心臓は冷たくも強くない。

 最終的に週に一度ほど、誰かに見つからないようにハグリッドの小屋に集まって勉強や、ハグリッドの授業の改善会議をすることになった。

 ハグリッドは本当に心が広い。僕はこの二ヶ月ほどですっかり彼のことが好きになっていた。相変わらず危険人物ではあるのだが、そこは僕に何とかできる部分だ……と信じたい。少なくとも、彼の信頼を得ていた方がその危険性を抑え込めるのもまた事実だ。

 

 

 二月に入り、ファイアボルトが返却された。これで三人組の仲が元通りになる……と、思いきや、その日の夜にスキャバーズがクルックシャンクスに食べられてしまったらしい。正確にはスキャバーズが血痕を残して消え、そこにオレンジ色の毛が落ちていた、ということだ。ハリーはともかくロンは怒り狂っているし、ハーマイオニーはロンの前では頑ななままだった。けれど、彼女はハグリッドと僕の前ではすっかり落ち込み切ってしまっていた。

 

 一方、僕は返却されたファイアボルトのことで頭がいっぱいになっていた。

 もちろんその箒がクィディッチにとってどれだけ素晴らしいか、とかそんな話ではない。

 なんとファイアボルトには呪いが一切かかっていなかったのである。僕は絶対にハリーを害するためにブラックが贈ったものだと予想していたので、これにはいよいよ参ってしまった。状況は明らかにブラックが贈り主だと告げているのに、ブラックはハリーを害そうともしない。自分が贈り主だと伝えてもいないから彼のメリットは本当に皆無だ。

 

 ブラックは本当にハリーを殺したいのか? むしろハリーが喜ぶところを見たがっているようにすら思えてくる…………この二年の事件と比較して、あまりにも敵対的ではないブラックの行動に、僕は敵意を保ち続けるのが難しくなってきていた。

 

 だから、ブラックのことを最初に知った時のことを思い出した。裁判なしで、冤罪の可能性はなかったのか、と。彼がポッター夫妻の「秘密の守人」だったことは、普通に考えるなら秘されていただろう。だから、本当は別の人間がやっていて、そっちが裏切っていた可能性はゼロではない。しかし、じゃあ彼は何故抵抗もせずアズカバンに引っ張っていかれたんだ? 何故今になって脱獄し、ハリーの元にやって来たんだ?

 

 しかし、以前と同様、考えたところで見当がつくわけでもない。だから、次の事件を待とう。そう思った直後、それはやって来た。

 クィディッチのグリフィンドール対レイブンクロー戦の夜、シリウス・ブラックはネビル・ロングボトムの落とした合言葉のメモを拾い、グリフィンドール寮への侵入に成功した。

 

 しかし、またしても彼は誰も傷つけなかった。明らかにロンは殺せたはずなのに。

 

 いよいよ、ブラックの冤罪説を真剣に考えるべき時が来たようだと、僕は思ったのだった。

 

 

 

 


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