音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

42 / 94
ルーピン教授の感謝

 

 

 

 シリウス・ブラック冤罪説は、状況証拠だけ見ればかなり考える価値がある。しかし、それではブラックが一体何をしにホグワーツまでやって来たのかが分からなくなる。

 この謎を解く手がかりを持っていそうな人に、僕は一人だけ心当たりがあった。リーマス・ルーピン教授だ。

 

 スネイプ教授がシリウス・ブラックとの内通を疑う程、彼らは在学中は親しかったのだから、「秘密の守人」が別の人間だった可能性を考えるには今一番情報を持っている人だろう。更に、シリウス・ブラックが冤罪だったとしたら、いったい何が狙いでこんな真似をしているのかも想像できる可能性がある。

 もちろん、疑惑を持っているスネイプ教授自身も事情に通じているかもしれないが、彼にブラックは冤罪なのでは? なんて言った日には、いよいよ僕は殺されかねない。

 だから、僕はルーピン教授と話をする機会を待っていた。

 そして、その機は向こうからやってきたのである。

 

 ブラックのグリフィンドール寮襲撃から数日経ったある日、僕は放課後にルーピン教授の元に来てほしいというメモを受け取った。手渡してくれたのは変身術の授業後のマクゴナガル教授だ。

 相変わらず彼女に伝書梟のような真似をさせてしまっている。平身低頭で謝る僕に、マクゴナガル教授は首を振った。

 「いいえ、私がルーピン先生にあなたの話をしたのです。スネイプ先生はあなたとルーピン先生が仲良くしているのをお喜びにならないでしょうから、お得意の目眩し呪文をかけて行くのをお勧めします」

 それを分かっていて、何故僕を呼ぶんだろう。理由を尋ねたかったが、「ここですべき話ではない」と言われてしまった。ルーピン教授について、人に聞かれたくないテーマなど一つぐらいしか思い浮かばない。ひょっとしたら、彼はその事実を僕が知っているのが不安なのかも知れない。それでこちらの様子を探ろうとしているとか。まあ、なんにせよ、ルーピン教授との対話の機会は僕としても待ち望んでいたことだった。

 

 放課後、ルーピン教授の研究室には誰に気取られることなく無事に辿りつけた。扉のそばに誰も立っていないことを確認し、そろそろとノックをする。中から優しげな「入ってくれ」という声が聞こえたので、遠慮なく扉を開け、午後の日のさす部屋に足を踏み入れた。

 去年のロックハートは自分の写真や絵ばかり飾っていて、一体なんの部屋だという様相だった室内は、実践用の怪物の水槽や本でいっぱいだった。「闇の魔術に対する防衛術」にふさわしい、良い雰囲気の研究室だ。急いでひとりでに開いたように見えるであろうドアを閉め、目眩し呪文を解く。ルーピン教授は突然入り口に生徒が現れても少しも驚くことなく、微笑んでこちらを見ていた。

 「失礼な真似をして申し訳ありません」

 頭を下げる僕に、彼は少し慌てたように手を振る。

 「いや、いいんだ。君がそういうことをしなくてはならなくなったのは、どうやら私のせいらしいからね」

 「いいえ、僕がスネイプ教授を挑発してしまったのが悪いので。お気になさらないでください」

 そこで、一度会話が途切れた。ルーピン教授は手を口元に当て、何か言い淀んでいる。生徒をを呼んだのに、まるで今何を話すか整理しているようだった。それでも何か伝えたいことは分かる。僕は彼が口を開くのをただ待った。

 

 「私はマクゴナガル先生に君のことを聞いて……正直に言うと驚いたよ。この学校に赴任する前は、最も私の正体を知られてはいけないのは、間違いなくスリザリン生だろうと思っていたからね」

 そう考える気持ちは分かるし、今だって上級生はそうだ。生まれを重視し、偏見を募らせている純血主義は、半人間を嫌悪する。その上、元は純血の魔法使いだったとしても、人狼になってしまえばその人は、危険性から半人間の下の地位に置かれる。僕は理解を示して頷いた。

 「そのお考えは間違っていないと思います」

 「……でも、君はそうじゃなかったね。マルフォイ家の君は」

 大人にこう面と向かって、マルフォイ家っぽくないね、と言われたのは初めてな気がする。流石に少しだけ眉を顰めると、ルーピン教授は申し訳なさそうに笑い、話を続ける。

 「君のお父上は、私が入学したときスリザリンの監督生だったんだ。少しは人となりを知っている。当時から私はこの体質だったが……彼は絶対に私の存在を認めないだろうと、学年が離れていても確信できるほどだった」

 ルーピン教授の悲しげな微笑みに、少し喉が詰まる思いがした。

 「……想像できます」

 父がどれだけ亜人に不寛容なのかは、ずっとそばにいる僕も身に染みて分かっている。まさか父は事情を知っていたわけがないが、当時のルーピン教授の肩身の狭さを思うと悲しくなった。

 

 少し俯くと、再び会話が途切れた。ルーピン教授は浮かべていた笑みを少しだけ消し、僕をじっと見ている。

 「……だから、気になったんだ。君は何故、私を庇うのかな? この危険人物の私を」

 

 「それは違います」

 思わず反射的に反論してしまった。スネイプ教授のときにもう考えなしで話をするのは止めようと決意したのに。僕は自分のペースにない会話に本当に弱い。

 話すのを止め、僕を見つめる教授に慌てて言葉を紡ぐ。

 「ルーピン教授は今危険ではありません。……薬を飲んでいらっしゃるのですから。もし、薬が無くても、あなた自身が危険人物だという言い方は……僕は好みません。それは望まぬ疾病のためであって、あなたの本質という訳ではないと、思います」

 

 僕の言葉を聞き、ルーピン教授は目を瞑り、椅子に深くもたれ掛かった。大きく息を吐いた後、彼は答える。

 「失礼を承知で言うけれど、君のような人間がスリザリンの純血一族から生まれたという事実が本当に奇跡のように感じる。

 名家でなくても魔法使いの家系であれば、人狼の恐ろしさは教え込まれて育つだろうし、スリザリンなら尚更だろう」

 

 この人は、恐らく自分の病気が他の誰かに露見しないようにするため、サンプルを集めたいだけなのだろう。このような「外れ値」のような反応を示している生徒のサンプルを。

 しかし、それ故に今まで出会った誰よりも、僕の前世の存在に近いところを見ていた。僕自身意識していなかったが、人狼に対して差別意識を持たない姿勢というのは、どうやらとても目立つらしい。まさか真相のところまで辿り着くとは僕も考えていないが、これ以上ルーピン教授に妙だと思われる真似もしたくない。

 

 目的が見えない会話であるが故に、墓穴を掘りまくっている気すらしてくる。適当に怪しまれなさそうなことを言って、この話題は切り上げてしまいたかった。それでも、僕の口は勝手に自分の願いを吐露していた。

 

 「それでも……今は奇跡のようでも、これからはそうではないと思います。

 脱狼薬がある、というのも勿論あります。しかし、それだけではない。

 貴方がこの一年で教えた子供たちが、いつか貴方が人狼であると公表し、自分たちの立場を変えようとするとき、きっと貴方の力になる。

 ダンブルドアはそうお考えになって貴方を防衛術の教師になさったのだと、思われませんか」

 

 彼は言葉を聞いて、やはり目を瞑り、何か考え込んでいるようだった。その目元には年上だろう僕の父よりもはるかに深い、今までの彼の人生を物語るようなしわが刻まれていた。やはりしばらく沈黙が続いた後、ルーピン教授は少し頭を振り、声色を明るくして言葉を紡いだ。

 

 「……スネイプ先生については悪かったね。いきなりとても怒られて驚いただろう」

 その話の方向転換はとても有り難かった。早速食いつき、僕の本来の目的の方へ話題を進めようとする。

 「いえ、マクゴナガル教授からも少しは事情を伺ったので。ルーピン教授は昔はシリウス・ブラックと親しくされていたんですよね。ブラックと、ハリーのお父上、そして貴方の三人で」

 僕の口から発された殺人鬼の名に少し怯むような表情を見せたものの、ルーピン教授は昔を懐かしむように微笑み、頷いた。

 「ああ。もう一人、ピーター・ペティグリューという子がいてね。僕らは四人で本当に色々なことをしたものだよ」

 

 ピーター・ペティグリュー。意外な、そして僕が取り落としてきた人物の名前だった。シリウス・ブラックが殺した十三人の一人。犠牲者の中で唯一の魔法使いだ。彼もまた、ジェームズ・ポッターに近しい人物だったのだ。

 心臓が早鐘を打つ。もし、シリウス・ブラックではなく──本当はペティグリューが「秘密の守人」だったとしたら? そして──ペティグリューが亡くなっていなかったとしたら?

 

 恐る恐るルーピン教授の顔色を窺うが、今は機嫌が良さそうだ(というか、彼が怒ったところを僕は見たことがない)。これは、推理を深める絶好のチャンスだった。息を深く吸い、慎重に言葉を選び口に出した。

 

 「……お気に障ったらごめんなさい。ルーピン教授は、シリウス・ブラックが絶対にポッター夫妻の『秘密の守人』だったと確信していらっしゃいますか?」

 「……それは、どういうことかな」

 ルーピン教授があからさまに訝しげな顔を向ける。しかし、怒っている様子ではない。まだ突っ込んで聞いても大丈夫だろう。

 「この半年ほどの間、ブラックは目撃者を大量に出しながら、それでもハリーをすぐにでも殺せそうなところに忍び込み続けていました。しかし、彼は何もしなかった。本当に彼はハリーを殺したり傷つけたりしたいのか──僕にしてみれば、確信が持てなくなるほどに。

 だから、もし、ブラックが『秘密の守人』ではなく、他の人間がそうだったのなら。例えば殺されたピーター・ペティグリューがそうだったのなら。

 友人を裏切ったペティグリューを手にかけ、満足したシリウス・ブラックは自らの冤罪を証明しようともしないまま、アズカバンへ送られた────そんな推理も出来てしまうのではないですか?」

 

 ルーピン教授は話の途中から瞬きもせずに僕を見ていた。彼は考えながら、絞り出すようにして言葉を紡ぐ。

 「────確かに、君の推理はかつて私が知っていたシリウス・ブラックの人柄と一致する。ある一点を除いて。

 私が知っていたシリウスならば、罪のないマグルを十二人も殺したりはしない。彼は──マグルの生命を軽薄に踏み躙る人間ではない──そう私は思っていた」

 「では、それはブラックの手によるものではなかったとしたら? ピーター・ペティグリューがブラックに追い詰められ、自爆したんだとしたら、ルーピン教授にとって腑に落ちる話になりますか?」

 

 沈黙が落ちる。彼は記憶の中の友人の姿を必死で思い返しているようだった。

 「いや、ピーターは自殺をえらぶようなタイプではなかった。むしろ、その場から逃げるような────」

 そこで、ルーピン教授は唐突に愕然として言葉を切った。再び会話が途切れた。痺れを切らした僕は恐る恐る尋ねる。

 「何か、お心当たりがあるんですか? ピーター・ペティグリューが逃走するやり方に」

 ルーピン教授はしばらく沈黙し、答えたときには明らかに何か取り繕った様子だった。

 「いや、色々考えられるが、どれもあり得そうにない。しかし、君の意見は確かに考えさせられるところがあったよ」

 彼は話を終わらせようとしていた。椅子から立ち上がり、僕の方へいつもの微笑みで近づいて来る。そして、右手を僕の方に差し出した。僕もそれを受け入れ握手をする。

 

 最後の話の終わらせ方はどう見ても何か隠している様子だったが、僕はルーピン教授自身を怪しむことはなかった。彼は僕の手を握りながら、心から嬉しそうに言った。

 

 「今日は来てくれてありがとう。君と話が出来て、本当に良かった」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。