音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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パトローナス

 

 

 

 三人組が仲直りしてから、彼らが僕の元に詰めかけてくる回数は減った。ロンとハリーはハーマイオニーとの勉強会にもたまに来るようになっていたが、ハグリッドの授業改善のためというのが大きいらしい。スリザリンはクィディッチの試合ももうなかったし、色々と肩の荷が降りた気分だ。

 しかし、実は全然そうではない、というところが悩みどころだ。やはりブラックについて大きな進歩はない。

 あれから「謎の羊皮紙」についてハリー達から情報を聞き出そうとしてはみた。しかし、彼らはそれがバレたら僕が告げ口にでも行くと思っているのか、庇い合いの精神を妙なところで発揮してしまった。ルーピン教授が本当にブラックの内通者と思っているわけではないが……ダンブルドアが疑っていないのに、僕に疑える余地があるとも思えない。こちらについては、これ以上どう掘ればいいか見当がついていなかった。

 

 ブラック冤罪説も完全に手詰まりだった。あれからペティグリューが生き残っている可能性を考えるため、当時の事件の概要を洗い直した。「指一本」だけが彼の遺体だったそうだ。確かに、自分でそれを切り落として周囲を爆発させ、姿眩ましした……というのはこの情報からは否定できない。

 しかし、だからと言ってブラックの行動全てに説明が付くわけでもない。何故当時そのままアズカバンに引っ張っていかれたのか。何故今になって脱獄したのか。何故ホグワーツに潜入し、それでいて未だにハリーに危害を加えようとしていないのか。

 去年はクリスマス頃には、一昨年は5月頃には事件の犯人の目星はついていた。主にダンブルドアの説明によって。今年は未だに「ラスボス」が何なのかすら判然としない。これから闇の帝王が出張って来たとして、あまりにも伏線が撒かれていない登場だ。物語でそんな真似するんだろうか? それとも僕の知らないところで既に伏線はあったのだろうか?

 そう悶々とする中、僕はハリーが受けていたルーピン教授の守護霊の呪文練習に誘われたのだった。

 

 

 グリフィンドールはクィディッチ決勝戦が1ヶ月後に迫っている。ハリーはまた吸魂鬼が現れたら堪らないのに、未だに守護霊を出せず焦っているらしい。僕が初戦で彼が気絶している間にパトローナスを使っていたと誰かから聞き出し、僕が参考にならないかと考えた、というわけだそうだ。

 ルーピン教授も僕が来ることに賛成したらしい。随分と好かれたものだ。

 午後八時とはなかなか遅い時間だが……ハリーは一月からこれにルーピン教授と取り組んでいる。僕が知らない呪いの手順とかでない限り、もう危険性は考えなくていいだろう。僕としてもハリーがずっと取り組んでいる守護霊の呪文を軽視する気になれなかったので、結局、ありがたく参加させてもらうことにした。

 

 訓練の場所である「魔法史」の教室に到着して、これからどう練習するのかルーピン教授に尋ねる。帰ってきたのは意外な答えだった。

 「ハリーと練習しているときはボガートを使っているんだよ。彼のボガートは吸魂鬼に変身するからね。前にハリーが立ってくれれば、君もボガート相手に練習できると思う」

 ハリーのボガートが吸魂鬼とは初耳だ。恐怖すること自体を恐れるなんて、僕が想像していた以上に彼は勇ましい人間だ。しかもボガートは吸魂鬼の特性まで再現できるのか。サラッと恐ろしい怪物である。

 

 早速ハリーに前に立ってもらって、ルーピン教授は大きなトランクの蓋を開けた。辺りに底冷えする冷気が満ち、マント姿の黒い影がずるりと滑り出る。僕は杖を構え、呪文を唱えた。

 「エクスペクト・パトローナム」

 杖先から噴き出す輝く靄が僕とハリーの前に広がり、ボガートから守る盾となる。気力がガリガリとすり減っていくのを感じる。これ以上は持たない──そう思ったときルーピン教授は真似妖怪の前に飛び出し、杖で怪物を箱に詰めた。

 座り込みたくなるのを耐え、上がる息を押さえ込みながら二人に語りかける。

 「あんまり──参考にはならなかったんじゃないですか? 動物の形は取れていないし、持続力もない。精々吸魂鬼に直接狙われていないとき、影響を軽減してその場を通り抜けられる程度です」

 しかし、ルーピン教授は笑顔で首を振った。

 「いいや、ドラコ。君の歳にしては、とてもしっかりした守護霊だった。強いて言えば、ちょっと疲れすぎかもしれないね」

 そんなものだろうか。ハリーの方を見ると、彼も僕の守護霊は十分強力だったと考えているようだ。確かに、実際奴らから狙われる──犯罪者や、ハリーのような特異体質でなければこれで及第点だろうとは僕も考えていた。

 

 それから一度ハリーが挑むところを見た。正直僕の守護霊と大差ないと思う。やっぱり参考にはなってないのではないだろうか。そう思う僕をよそに、しばらく休憩、ということになった。

 行儀悪く机に腰掛ける僕の隣にハリーも座り、ルーピン教授から頂いたチョコをかじる。彼はしばらく何か考え込んでいたようだが、ふと僕の方を向き口を開いた。

 「ところで、守護霊を作るとき、君はどんな幸せな記憶を思い出してるの?」

 「……それ、聞く?」

 いや、聞かれるだろうなとは予想していたが……それにしたって、本人に面と向かって直接言うには恥ずかしい。けれど、僕もこの記憶が本当に守護霊の呪文に適しているのか、今ひとつ確信しきれていない部分はあった。仕方なく嫌々口を開く。

 「君が秘密の部屋に助けに来てくれたときのことだよ。あれは本当に嬉しかった」

 

 案の定ハリーはひどく驚いた顔をした。どこか気まずいような沈黙が落ちる。勘弁してくれ。先に居た堪れなくなった僕は、言い訳をつらつらと紡いだ。

 「いや、だって僕は父が原因で死ぬところだったんだよ? 父は僕を間接的に殺すことにならなかったし、僕も助かった。まさか君が──まだ12歳だった君があの怪物を倒せるだなんて流石に予想してなかったし、ダンブルドアだって間に合わないだろうと思ってたんだ。やっぱりすごく驚いたし、嬉しかったよ」

 ハリーは相変わらず照れているようだが、少し気を取り直して僕に答えた。

 「そう──そういうものかな。でも、死ぬほど追い詰められた後の状況ってそんなに幸せ? どちらかと言うと安心とかじゃない?」

 そうだろうか? 僕ら二人は意見を求め、ルーピン教授の方を見る。ルーピン教授は僕が喋っている内容の不穏さに少し訝しげだったが、それでも微笑みながら口を開いた。

 「そうだね。一番幸せだった想い出を、渾身の力で思いつめなければ守護霊の呪文は完全には発動しない。ドラコ、君の記憶は──思い詰めるには、ちょっと周囲にマイナスな要素が多すぎる気がするよ。もっと無条件に、絶対的な幸福のイメージでないと集中するのにも力が要るだろう」

 「吸魂鬼の絶望感に打ち勝てるほど、心に侵されがたい核を作るような記憶、ということですか?」

 「そう言えるかもしれないね」

 なるほど。いや、でもそれはしかし……

 「……そうなると自分の心の核になるほど幸せな記憶……信念にすらなる記憶って大分難しくはありませんか?」

 ルーピン教授はやはり頷いた。

 「精神が本当に成熟した魔法使いなら、そこまで集中しなくても反復による慣れや精神力である程度どうにかなったりする。しかし最初、守護霊を作り出す感覚を得るためにはやはりそういった記憶が求められるそうだ」

 

 再び僕とハリーは黙り込む。しばらくして、また僕が口を開いた。

 「ハリーの幸せな記憶って何を使っていたの?」

 「グリフィンドールが寮対抗杯に優勝した時とか……初めて箒に乗った時とか……自分が魔法使いだと知った時とかかな」

 なんというか……健康優良児に見せて闇が深そうなものが混ざっているのがハリーらしい。それを元に再び考える。

 「それらが十分じゃないとすると……そうだな、例えば、君の自分が魔法使いだと知ったときの記憶。確かに幸福なものだろうけど、それが未来まで幸福であると確信できるような……吸魂鬼が運ぶ絶望を晴らすようなものではないのが問題なのかも」

 ハリーも考えて僕に答えた。

 「そうすると本当にそんな幸福な記憶はないってことになっちゃわない?」

 「そうだね……」

 いや、本当にそうだ。守護霊の呪文とはこんなにも感情的な面で強固に固めていかなければならないなんて、予想以上に厳しいと思わざるを得ない。

 「将来も、これがあれば絶望はしない、という信念を生む記憶……」

 僕が呟くのにハリーが何か気づいたようだ。

 「……信念だけじゃダメなのかな? わざわざ記憶を引っ張り出してくるより早そうだけど」

 ……それは確かにそうかも知れない。けれど、そんな信念を作るためには幸福な記憶が普通は必要。そういうことなのではないか? 顔を見合わせる僕らに、ルーピン教授は訓練の再開を告げた。

 

 

 再び僕が先に挑む。ハリーに前に立ってもらい、ルーピン教授がトランクを開けた。

 

 僕は、先ほどの仮説を試してみることにした。僕の中にある、最も揺るぎのない信念を引き出し、それに集中する。

 

 僕の譲れない信念。

 僕がそう思い続けなければ、途絶えてしまうかもしれない、そんな信念。

 

 ────誰も望まない悪の道には進ませない。父のことを思い出す。クラッブとゴイルのことを思い出す。悪の道に引き込まれてしまいそうな、僕が愛する人々を思い出す。彼らが胸を張って生きられる未来を作りたい。いや、作る。絶対に────

 そのためなら、絶望なんてしない。

 

 僕の杖先から銀白色に強く輝く影が飛び出した。輪郭は覚束ないが────四足歩行の獣? それは暖かい温もりを放ちながらボガートを退けて僕の元へ歩み寄り、杖から力を抜くとふっと消えた。

 集中し周りが見えなくなっていた僕の耳に、拍手の音が届く。顔を上げると、ボガートをしまったルーピン教授とハリーが笑顔で手を叩いていた。本当に完璧な守護霊ではなかったとはいえ、二人ともこれを成功と考えたようだ。

 「いいぞ! やったね、ドラコ」

 ルーピン教授は本当に嬉しそうだ。あんまり僕らは縁がないのに、ここまで喜んでくれるとは。

 

 少し落ち着いたところで、ハリーは僕に尋ねた。

 「どうやったの? やっぱり信念だけで良かったの?」

 僕が頷くと、彼は「どんな信念?」と問う。彼は相変わらず根掘り葉掘り聞いて来る。流石にこれは全部ペラペラ喋るわけにはいかないので、少し曖昧な形で答えた。

 「どんな未来が待っていても、誰にも誰かを傷つけさせないぞ、ってとこかな」

 流石にハリーも怪訝な顔になる。

 「……かっこいいけど、何でそんなことを?」

 いや、何でだろうね。これ以上内心を説明してやる気にもならないので、話題をハリーのことに変えさせてもらう。

 

 「ハリーの信念……いや、信じたいことでも良いかな。それは何かある?」

 途端に彼は真剣な表情になり、考え込む。少しだけ経って、ハリーは考えながら言葉を口にした。

 「今は……吸魂鬼に、恐怖に自分が負けないって信じたい」

 これは僕の予想を超えていた。何というか、彼は本当に心の底から勇敢なのだろう。自分が恐怖すること自体を恐れ、それを打ち倒せると信じたいとは。勇ましくあるということ自体が、彼のアイデンティティなのかも知れない。

 

 彼の言葉に、僕は思わず微笑んだ。

 「なら、大丈夫だよ。君は僕が今まで見てきた中で一番勇敢な子だ。僕が言うなら間違いないだろう?」

 めちゃくちゃ自意識過剰な台詞だと言うのは分かっている。けれど、今はハッタリでもハリーに自分自身のことを信じて欲しかった。

 ハリーも少し笑い、けれどしっかりと頷く。

 

 そうして、ハリーは吸魂鬼となりトランクから飛び出してきたボガートに向き合った。

 「エクスペクト・パトローナム!」

 ハリーの杖から大きな銀白色の角を持った動物──牡鹿が現れた。それはボガートを吹き飛ばすと優雅に辺りを駆け回り、ハリーの前で立ち止まった。ハリーがそれに触れようと手を伸ばす。首を撫でようとしたところで、守護霊は宙に溶けるように消えた。

 

 僕は力の限り拍手をした。ルーピン教授もだ。しかし、彼は何も言葉を口にしなかった。よく見ると、ルーピン教授の目には涙が光っていた。

 

 「ハリー、よくやった。────君の守護霊。君のお父さんの守護霊も牡鹿だった。君は本当に、ジェームズの勇敢なところを受け継いでいるんだね」

 ハリーは何と答えたらいいか分からないようだった。けれど、心の底から嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 その後、ハリーが今の感覚を忘れないように連続してボガートに挑んだ。どうやらコツを掴んだらしく、安定して力強い守護霊を出せている。これで万が一再びクィディッチピッチに吸魂鬼が現れるようなことがあっても大丈夫だろう。

 

 最後に一度、僕にも順番が回ってきた。ボガートが現れる中、僕も信念に集中する。けれど、先ほどよりも心は軽かった。

 

 ハリーが自分を信じられるなら、僕もまた未来を信じられる。

 

 僕の杖の先から銀白色に耀く大きなものが飛び出した。

 ブラッドハウンドに似た、しかし淡い毛色の、大きな優しそうな犬だった。

 辺りをゆったりと駆け、教室に温もりが満ちていく。

 

 守護霊は僕が杖を下ろすと宙に溶けるように消えた。

 

 

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