音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
部屋に飛び込んできたルーピン教授は、まず杖を構える僕らを見て、そして床に崩れ落ちているペティグリューを見て、再びシリウスに目をやった。
彼は喉から言葉を絞り出すように話した。
「ああ、やっぱり──じゃあ、シリウス、君ではなかったんだな」
シリウスはその言葉を聞き、喜色を顔に滲ませた。
「リーマス……すまない。君に入れ替わりのことを言っていなかったこと……」
隣のシリウスがルーピン教授に歩み寄っていく。それを見て僕は声をあげた。
「待ってください! ルーピン教授を信じてはいけない!」
全員の怪訝そうな視線が刺さる。三人組はもはや眼前で何が起こっているのかすら分からないだろう。
僕だって、ルーピン教授が何でこんなことになっているのか分からない。彼の狙いは何だったんだ? 本当は人狼の扱いに絶望していて、消極的に闇の帝王の復活を望んでいたとか? アルバス・ダンブルドアの膝下でハリーの側に控え、いつでも行動できるように待ち構えていたのか?
とにかく、僕は現状をみんなに伝えるため、言葉を続けた。
「ルーピン教授は、ずっと前から貴方たち二人が動物もどきだと知っていたのでしょう? シリウス、彼が貴方のことを裏切り者だと考えていたのなら、動物もどきのことをダンブルドアが知らないのはおかしい。それが分かっていたのなら、今年貴方はずっと困ったことになっていたはずだ。
貴方が無実だと前から信じていたのなら、それもまたおかしい。ルーピン教授はシリウス・ブラックが犯人だと考えていると公に言っており、ペティグリューの生存を匂わせることはおろか、貴方を弁護することさえなかったのだから。どちらの場合にしても、ルーピン教授の行動はハリーにも貴方にも利していない。彼は僕らの味方ではない」
僕の糾弾を聞き、ルーピン教授の顔が悲痛に歪んだ。彼は口を開くが、何と言ったらいいか言葉をしばし彷徨わせる。
「違うんだ……ドラコ、頼む。信じてくれ。私は本当につい最近まで、シリウスが犯人だと思っていた。ああ、確かにそれでも私はダンブルドアに、シリウスが動物もどきだと告げなかった。しかし、それは私が臆病だったからだ」
原因が臆病だった、それだけ? この場で宣う言い訳にしてはあまりにも粗末だ。杖を構えたまま、僕は詰問を続ける。
「シリウスが犯人だと思っていた? 親友を死に追いやった人間が、犬の姿でホグワーツを跋扈できると知っていて、それを看過できる臆病さとは何なのですか? 貴方のお考えでは、ハリーはいつ殺されていてもおかしくなかったのに、それを見逃すほどの理由がどこにあると言うのですか」
更に言い募る言葉は、ルーピン教授にというよりは、こちらを見ているシリウスに向けていた。シリウスが油断してノックアウトされたりしては大変だ。彼は今この中で唯一僕が頼れる大人なのだから。万が一にもルーピン教授がペティグリューを連れて逃げた日には取り返しがつかないし、僕は絶対にルーピン教授には敵わない。状況を理解するとともに、徐々にシリウスの顔から親友と再会できた喜びが消えていった。
矢継ぎ早の詰問を前に、ルーピン教授はひどく苦しそうに答える。
「君の言う通りだ。けれど、出来なかった。それを話してしまえば、私がずっとダンブルドアを裏切っていたことを告白してしまうことになる」
今裏切っていることではなく、ずっと裏切っていたこと? だとしたら益々怪しいじゃないか。しかし、ルーピン教授だけでなくシリウスにも心当たりがあるようだ。彼の警戒がわずかに緩んでしまう。僕はルーピン教授に杖を向けたまま、シリウスに問いかけた。
「その裏切りは僕らにも納得ができるようなものなのですか? それがバレたくないから黙っている、それが十分理由になるような」
「学生時代のことなのか? リーマス」
シリウスも僕の言葉を追い、ルーピン教授に尋ねる。彼は慚愧の念を滲ませながら頷いた。
「頼む、私の話を聞いてくれ。私は今は絶対にシリウスと君たちの味方だ」
短絡的に考えるなら、この人を昏倒させて、シリウスとペティグリューをとっととホグワーツに連れて行きたい。けれど、シリウスはルーピン教授の話を僕らに聞かせたいようだった。おそらく僕らの最高戦力が教授側に立っている今、状況を理解するためにも説明してもらうほうが得策なのかもしれない。
三人組の顔を見る。全員困惑して、どう返事をしたらいいか測りかねているようだ。こうなっては仕方がない。僕はルーピン教授に対して杖を向けたまま頷いた。
「この話をするためには……まず、私がホグワーツに入学する前から人狼だった、ということを話さなければならない」
三人組の顔に驚きが広がった。ロンは明らかに恐怖を感じている。しかし、ハーマイオニーは理解を示すように頷いた。やはり彼女も気付いていたのだ。
「ドラコ、以前君とも話したね。ダンブルドアは、私が教師になることで人狼自体の地位を向上できると考えているのではないかと。それが、迫害を受ける私たちにとってどれだけ素晴らしい、想像することもできないような救いの手なのか。きっと、本当に人狼になったものにしか実感することはできない」
「それならなぜ、大恩あるダンブルドアを裏切るような真似をなさったんですか」
あの苦労人の校長のことが思い出されてしまい、僕はつい冷淡に返す。しかし、ルーピン教授はそれをただ受け入れた。
「昔の私はそれほどまでに愚かだったからだ。──いや、今もかな。そもそも人狼にホグワーツへの入学を許可すること自体、一生かかっても返しきれない恩を受けている。しかし、学生の頃の私は浅はかだった。目先の欲に溺れてしまった」
「リーマス、お前は悪くない」
シリウスが慰めるように口を挟む。しかし、ルーピン教授は力なく首を振った。
「シリウス──いいんだ、これは事実だ。昔は今と違って脱狼薬が無かった。月に一度、人狼は完全な怪物に成り果てるしかなかったんだ。そんな私のために、ダンブルドアはこの廃墟を用意し、学校へと続く通路を作ってくださった。入り口に暴れ柳を植えてね。変身した私の元に、誰も迷い込むことがないように。
しかし、私は折角ダンブルドアが講じてくださった安全策を蔑ろにした」
シリウスはやはり納得できていないようだが、ルーピン教授はそのまま話を続けた。
「私の得難い三人の友人達は、私が人狼であることに気付くと、動物もどきになり、満月の夜、私のそばに寄り添うことを考えてくれたんだ。人間以外の動物なら、万が一噛まれることがあっても人狼になることはないからね。そして五年生になった頃、ようやく三人は術を習得した。ジェームズは牡鹿に、シリウスは犬に。そして──ピーターはネズミに。
私はこの屋敷で一人自分を傷つけて夜を過ごすのをやめた。三人と共に校庭や森を駆け、一晩中冒険をした。若く、浅はかな私は時たま罪悪感を覚えることはあっても──それを都合よく忘れた。なんと無責任で愚かな行為だろう。誰かを噛んでしまってもおかしくなかった。私は……ずっと前からダンブルドアの信頼を裏切っていたのだ」
「……それで、その過去が判明することを恐れて、貴方はシリウス・ブラックが動物もどきだとダンブルドアに告げなかったと? 若い頃の火遊びが露見することの方が、貴方が殺人鬼だと思っていた男が野に放たれていることよりも重大だったのですか?」
正直、あまりにも論理的ではない言い訳なせいで、逆に真実なのではないかと思えてきた。もしこれが僕を説得するための嘘なのだとしたら、説得力がなさすぎる。
ルーピン教授はもう目を瞑っていた。それは、自分の身を苛む罪悪感に耐えかねている姿のようだった。
「私のおぞましい自己保身は否定できない。しかし、ダンブルドアが私を見限れば──君の言っていたような人狼の希望が潰えることになる。
私自身が破滅するだけでなく、私と同じ境遇のものに差し伸べられるはずだった救いの道が絶たれることになる。そんなことには、とても耐えられない」
ルーピン教授は懺悔を終えるようにうつむき、語り終えた。部屋に沈黙が落ちる。
本当は、いけしゃあしゃあと言い訳を言うなと言いたかった。ダンブルドアを裏切っておいて、都合のいいことを言うなと言いたかった。ダンブルドアの信頼に報いることができなかったお前の責任だと、言いたかった。
けれど、ルーピン教授の表情に浮かぶ辛苦に、僕は矛を収めざるを得なかった。僕は身をもって人狼の苦しみを知っている訳ではなかったのだから。
「分かりました──今のところは、信じます。でも、お願いですから変な真似はしないでください。
シリウス、念のため、ハリーとハーマイオニーに杖を返して下さい。ルーピン教授が何かしたときのために」
「もう、いいか」
シリウスの声が暗い部屋に響いた。彼はハリーとハーマイオニーに杖を返しながら、埃っぽい床に力無く横たわるペティグリューの頭を足で軽く転がしていた。
待て、「もう」ってなんだ? まさか、まだシリウスはペティグリューを殺す気を失っていないのか?
「ちょっと待って下さい。まさか、まだペティグリューを殺すおつもりなのですか?」
シリウスは返事をしなかったが、ロンの杖を持つ手をペティグリューの方に構えた。ルーピン教授もそれに追従する。
僕は慌ててペティグリューと彼らの間に身体を滑り込ませた。
「待って! 待って下さい。今ここで彼を殺しても、何にもならない」
僕の言葉に、シリウスが吠えた。
「いいや、私はもう十分待った! このネズミは十二年間も友を裏切り、一人のうのうとしていたんだ! 報いを受けるべきだ!」
「まっとうな報いの受けさせ方があると言っているんです! お願いですからやめて下さい────」
その瞬間、シリウスが構えていた杖が吹き飛んだ。入り口の方に振り返ったルーピン教授もまた、武装解除される。
そこには──今この場に最も来てほしくない人間ランキング第一位、セブルス・スネイプ教授が立っていた。
ああ、まずすぎる。この状況では、スネイプ教授の宿敵シリウス・ブラックとルーピン教授は僕に杖を向けているようにしか見えなかっただろう。奥で棒立ちのグリフィンドール三人組と、ペティグリューはいるが──果たしてそこから真実までたどり着いてくれるか? この場面を見て、スネイプ教授が正しい答えを導き出し、シリウスとルーピン教授を解放してくれると思えるほど、僕は彼を信用していなかった。
そして、案の定予想は的中した。
「ピーター・ペティグリュー──なるほど──ブラック、ルーピン。貴様らは三人がかりで此奴らを連れ出し、手にかけようとしていたと」
思わず目を瞑って天を見上げた。ああ、本当にこの人はどうしようもない。
「違うんです、スネイプ教授。お願いです……」
僕の懇願する囁き声は、シリウスの嘲り笑いによってかき消された。
「相変わらず救えないほど愚かだな、スニベルス。ペティグリューを見てなお、ことを理解できないとは」
「何が理解できていないと言うのかな? ブラック。どうせ貴様らは闇の帝王が消えた後仲間割れでもして、片方はアズカバンに入ることになったのだろう──そして脱獄してきた貴様らは再び手を組み、かつてのように傲慢にホグワーツを彷徨いていたと、そういうわけだ──」
「セブルス、頼むから話を聞いてくれ──」
もうメチャクチャだ。スネイプ教授はシリウス、ルーピン教授、ペティグリューがグルだったことを前提に話を進めているし、シリウスは煽るばかりで説得をするつもりもない。辛うじてルーピン教授だけが仲裁を試みていたが、この場に至っては焼け石に水だった。
いつものスネイプ教授だったら流石にここまで謎めいた状況で、ここまで独断的な真似はしないだろう。それでも、彼はかつての宿敵三人に正義の名の下に引導を渡すことへ、狂気的なほど執着しているように見えた。
いよいよ話が煮詰まって来て、スネイプ教授は校庭に三人を引き連れて行き、そこで吸魂鬼にキスを──つまり全員処刑させると言い出す。
頼むから学生時代の恨みだけで、今本当に犯罪者かどうかもわからない人間を三人も殺そうとしないでくれ、本当に──
僕の願いも虚しく、大人達は口を挟む余地を与えてくれない。ハリーもスネイプ教授を説得しようとしたが、火に油だった。自分が助けているはずの子どもに反論されたスネイプ教授は、いよいよ脳の血管が切れてしまうのではないかという勢いで激昂する。その血の気の引いた顔つきは、もうほとんど正気を失っているようにさえ見えた。
どうすればいい? こちらの話をもう聞いてくれないだろうスネイプ教授に対して、僕は何ができる? 言葉を口にすることもできず、僕はその場に棒立ちになるしかなかった。
答えを示したのはハリー達だった。スネイプ教授の前に立ちはだかり、シリウスを庇おうとする彼を、教授は押し除けようとした。
「エクスペリアームス!」
三人分の声が重なった。破裂するような音が響き、スネイプ教授は宙を舞って壁に激突し、そのまま下に崩れ落ちた。
──流石、グリフィンドール。スネイプ教授に対して実力行使という選択肢は僕にはない。けれど、今は三人の決断力に心の底から感謝した。
流石に子ども達に手を下させてしまったことにシリウスとルーピン教授が悔悟の念を示す中、床に横たわっていた人間がもぞもぞと動いた。
この状況の一番の原因────ピーター・ペティグリューが目を覚ましたのだ。