音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
足元でピーター・ペティグリューが蠢いたことに気付いたシリウスは、すぐにスネイプ教授の手から杖をもぎ取り構えた。ルーピン教授もその後に続く。
幸いなことに、スネイプ教授が吹き飛ばされた音で起こされても、まだペティグリューの意識はハッキリしていないようだった。彼はようやく目を開け、辺りを見回し、状況を把握した。
「おはよう、ピーター。しばらくだったね」
普段からは想像もできないほど酷薄な口調でルーピン教授は挨拶した。その声色に気づいているのか、ペティグリューの顔には怯えが浮かんでいる。
「シ、シリウス……リ、リーマス……友よ……なつかしの友よ……」
ペティグリューはネズミの声帯がまだ喉に残っているかのような震えた声で語りかける。この状況でその台詞が言えるとは中々に面の皮が厚い。案の定、シリウスの顔は憤怒に染まった。
「よくもまあ──」
そのまま死の呪いでもかけんばかりのシリウスの腕を、ルーピン教授が軽く押さえる。教授はまだ、ペティグリューから聞き出したいことがあるようだった。
しかし、それに答えたのは殆どシリウスだった。ハーマイオニーのどうやってアズカバンから脱獄したのか、という問いや、ペティグリューはなぜずっと潜伏していたのか、何故ハリーの側にずっといながら危害を加えなかったのかなど。ペティグリューに関する問いでありながら、シリウスはその全てに答えた。
彼の話は説得力があった。
ペティグリューはポッター夫妻の秘密の守人になり、彼らを闇の帝王に売り渡したが、それによって帝王自身が破滅した。
ペティグリューは彼が裏切ったと気付いたシリウスに追い詰められたが、指一本を切り落として辺りを爆破することで、自身の死を偽装し、罪をシリウスに被せた。
その後、闇の帝王の失踪の責任を自分に求められることを恐れて死喰い人達から逃げ、ウィーズリー家のペットとなった。ホグワーツに入学したハリーの近くにいることで、闇の帝王が力を取り戻したというニュースが耳に入れば真っ先に彼を殺し、主人の元に馳せ参ずるつもりだった。
なるほど、理に適っている。しかし、シリウスの想像した部分が多いのもまた事実だ。
シリウスが滔々と語る間、ペティグリューは言い逃れの余地を探しているようだったが、言葉は溢れたそばからシリウスによって叩き潰されていった。
シリウスは語り終え、ハリーに向き直った。
「信じてくれ、ハリー。私は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。裏切るくらいなら、私が死ぬほうがましだ」
そして──ハリーは頷いた。シリウスの顔に報いを得た喜びが広がってゆく。ペティグリューは震え上がり、ネズミの叫びに似た金切り声をあげた。
これ以上罪を否認しても無駄だと悟ったのか、ペティグリューはその場にいる人に順々に命乞いをしていく。誰も、それに応えなかった。──僕以外は。
僕はペティグリューの味方であるふうに見えないよう、出来るだけペティグリューを無視してシリウスに訴えた。
「──待って下さい。彼はホグワーツまで連れていくべきです。何度も言いますが、シリウス、貴方の無実がかかってるんです」
しかし、シリウスは頑なだった。
「いいや、ダメだ。奴がここで逃げれば何もかもが無駄だ」
僕の言うことを聞き入れるつもりはないのが、ひしひしと伝わってくる。けれど、諦めるわけにはいかなかった。
「怒りで本当に求めるものを見失ってはいけない。失った時間が取り戻せないことは分かっています。けれど、貴方にはこの先の人生がまだ残ってる! 無実が証明できなければあなたに待っているのは処刑です。ハリーを……貴方の親友の子を守るために生きることはできないのですか?」
シリウスは一瞬怯んだようだった。けれど、ルーピン教授は僕の言葉を聞いて冷ややかに言った。
「君は、ハリーの前で両親の死の原因になった人間を庇うのか?」
ルーピン教授はまだ冷静だと思っていたのに──彼だって臆病風に吹かれてダンブルドアを裏切っていたのに。絶望的な思いが喉元に込み上げた。
思わずハリーの方を振り返る。彼は床で雁字搦めになっているペティグリューを見て、何か考え込んでいた。シリウスとルーピン教授も、ハリーの方を見た。
ハリーは一度ちらりと僕を見て、シリウスとルーピン教授に対して、静かに言った。
「ペティグリューのことは許せない。絶対に罰は受けてもらう。──けど、なんで両親を裏切ったのか。それを聞いてから決めても、まだ、遅くないと思う」
それは、敵ですらある相手を知ろうとする意志だった。彼は──覚えていてくれたのだろうか? 以前僕が言った、僕でさえ守れていない信条のことを。
シリウスとルーピン教授は明らかに納得しきっていない。けれど、ハリーの考えを尊重しようとしているようだった。
「嘘はつかないで。ちゃんと、話して」
ハリーはペティグリューをまっすぐに見つめて言う。
ペティグリューはしばらく甲高い声で何かを呻いた後、ガックリと肩を落とし、絞り出すように語り出した。
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……どこから話せばいいか分からない。いつから、私がこんな望みもしない、命のやり取りの場に放り込まれたのか。もしかしたら最初からだったのかもしれない。このホグワーツこそがそうだったのかもしれない。
私たちの時代のホグワーツでは、今よりはるかにグリフィンドールとスリザリンの仲は険悪だった。戦争の時代だ。二つの寮は殺し合いの関係者で、根っからの敵同士だった。グリフィンドールに組み分けされてしまった私もまた、その中に入らざるをえなかった。
学校の中でスリザリン生にいじめられず平和に過ごすには、強いグリフィンドール生の陰に隠れるしかなかった。私にとっては、それがジェームズとシリウス、リーマスだった。幸い、リーマスが私をジェームズとシリウスの輪の中に入れてくれた。私たちは仲を深め、スリザリン生とイタズラと呼ぶには過ぎたやり取りをしながら七年間を過ごした。
卒業するときになって──私は恐ろしくなった。私たちとやり合っていたスリザリン生の多くは、闇の帝王の下に馳せ参ずるだろう。そうすれば、私は彼らに簡単に殺されてしまうだろう。彼らと敵対してきたことを後悔したが、もう遅かった。
怯える私を見て、ジェームズとシリウスは私を不死鳥の騎士団──ダンブルドアの私兵団に誘った。私はこれだって嫌だった! 騎士団に入れば、私たちはいよいよ「あの人」の敵だ。常に命を狙われ、いつ終わるとも知れない戦いに身を投じることになる。けれど、シリウス、君はそんな私の恐怖をただ笑うだけだった。私のいつもの臆病だと、真に受けることはなかった。
結局、私は騎士団に入った。自分の身を守るためには、それ以外方法はなかった。
卒業して、しばらくは平和だった。しかし、リリーが妊娠した頃だろうか? 本当に突然──闇の帝王が私の前に現れた。
闇の帝王は尋ねた。取るに足らないようなことだった。──三日前、チャリングクロスロードで私と一緒にいた者は誰かと。まさか──まさか、それが重要な情報だなんて私は知らなかった。言っても害にもならないものだと。それに、闇の帝王は、言わなければ母もろとも私を殺すと脅した。
私は言った。言うしかなかった。その後、その人── キャラドック・ディアボーンは消え、彼と一緒にいたはずのベンジー・フェンウィックは肉片となって見つかった。私は裏切り者になった。
そのときに、ダンブルドアに告白すべきだったか? いや、あの人は私を許さなかっただろう。あの人は、確かに多くの人を救い、守ったが、すべての人間にそれができるわけではなかった。特に──臆病風に吹かれた裏切り者に寛容じゃなかった。
ダンブルドアは闇の帝王と違って、私を殺しはしなかっただろうって? ああそうだろうとも。でも、あの戦争の下にいたものにしか分かるまい。
ダンブルドアは裏切り者とその家族を、他の守るべきものより優先なさることは決してない。彼の庇護下に入れてもらえないということは、闇の帝王の前にただ打ち捨てられるということだ。そうなってしまえば、一度目をつけられてしまった私たちは死ぬしかない。
裏切り者の命を保証してくださるほどには、ダンブルドアは偉大ではなかった。
私は情報を流し続けた。止める機会など、どこにあったのだろう? いつなら、私は今まで自分が売ってきた仲間の犠牲を無視して、自分と母の命を捨てる決心ができただろう?
シリウス──君には分からない。自分から捨てられるような家族しか持たず、勇敢な闘う人々だけを友とする君には。
そして──闇の帝王は私に、ジェームズたちの元へ、あのお方が向かえるよう手筈を整えろと命令された。
私は秘密の守人は、シリウス、君になると思っていた。みんながそう思っていた。だから、私はジェームズを本当に闇の帝王の前に差し出すことにはならないだろう。そう思っていた。
しかし──君は得意げに言った。自分は戦いに出るから、いや、出たいから──ジェームズの守人になることはできない。もしものために、私を、戦うことを拒む臆病者の私を、秘密の守人にすべきだと。
私は言った。何度も君に言った。私にするべきではないと。
君は聞かなかった。いつだってそうだ。君は私の意見なんて聞き入れやしなかった。君は自分が臆病だと感じる意見の価値を全く認めなかった。どうせ私が狙われることなどないのだからと、私を軽んじた。不死鳥の騎士団に入ったときと同じく、君は私の臆病さを笑い飛ばし、ジェームズを説得した。
闇の帝王はいつも通り私の隠れ家にやって来た。
そして、私はジェームズを売った。
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みをふるわせながらペティグリューは語り終えた。途中から本当にペティグリューを殺そうとしていたシリウスをルーピン教授が押さえつけていた。シリウスの怒りに満ちた荒い息遣いだけが部屋に響いていた。