音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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見舞いと報労

 

 

 

 あの後、僕は表向きには「期末試験が終わったことに浮かれて高レベルの変身術で失敗し、医務室で治療を受けている」ということになった。変身術は安易に使うと事故が起こりやすいし、本当に変身術を使って事故が起きたように見せるのも容易いからだ。

 マダム・ポンフリーは良い顔をしなかった──というか隙あらば見舞い人を追い出そうとしていた──が、証人作りのため面会を謝絶しないように取り計らってもらった。僕が拵えた鱗まみれの顔を晒すことで、ルーピン教授に遭遇したと公然に言う人間はいなかったが……来年度、満月の夜に夕食に出ているのを見れば、今疑念を持っていた人間がいたとしても問題ないだろう。

 

 ルーピン教授がホグワーツを去った日の夕方近く、ハリー達がやってきた。やっぱりとても心配をかけてしまったようだ。ハリーとハーマイオニーは僕の命に別状がなさそうなのを見て、あからさまに安堵の表情を浮かべた。

 ペティグリューが逃げたことや、ルーピン教授が辞職したことにも、彼らは責任を感じていた。特にハリーは。僕は何も言えなかった。彼らに全て責任を与えてあげることも、僕が全て責任を引き受けることもできない。

 

 落ち込んだ雰囲気を変えたのはロンだった。昼頃にハグリッドに会ったらしい。そこで昨日結局放り出してきてしまったアンケートのことについて話したそうだ。

 「ハグリッドはアンケートの点数で魔法史と数占いに勝ったぜ! まあ、『授業内容についての説明の分かりやすさ』はこれからってところだけど……魔法生物飼育学で誰がそんなところ気にする?」

 いや、大事だろう。ハーマイオニーも明らかに物言いたげな顔をしていた。彼女の場合は数占いが好きだというのもあるだろう。ロンはそれに気付かず続ける。

 「スネイプはすっごく面白くなさそうだったな。アンケートの許可を出してないやつは、自分が評価されるのにビビってるってスリザリン生にすら思われてる。スネイプもそうだけど、トレローニーとか……まあ、間違ってないよな?」

 スネイプ教授は、ルーピン教授のことで良くなった機嫌に早速水を差されたらしい。

 昨日までの僕だったら、彼がヘソを曲げることを心配していただろう。けれど、今はなんだかどうでも良くなっていた。彼がまた憎悪を振り撒き始めるまで放置する気は毛頭ないが、スネイプ教授に対して今持てる感情の中に、慈悲も憐憫もない。だったら、何も思わないようにする方がマシだった。

 「でも、これで先生方も来年は全体でアンケートを取るようになるんじゃないかしら? フリットウィック先生なんかとっても喜んでらしたわ。みんな『元気が出る呪文』とかが好きで、氷結呪文なんかはつまらないと感じがちだって分かったって。来年度は氷結呪文の授業でアイスクリームを作るとか、もうちょっと工夫されるそうよ」

 ハーマイオニーが補足したことに、ロンが声を上げた。

 「えーっ、それ、今年もやってくれたら良かったのに! 四年生の方の授業でもフリットウィックは何か新しいことしてくれるかな?」

 こういうとき、ロンがいてくれるのは本当に救われる。彼の剽軽さで一人ベッドで考え込んでいたときよりずっと心が軽くなった。三人組は他の生徒がホグズミードから帰ってくる頃合いになって、寮に戻って行った。

 

 

 三人組のすぐ後に、クラッブとゴイルがマクゴナガル教授から話を聞きつけてやってきた。クラッブは明らかに僕がここまで派手な失敗をしたことを怪しんでいた。しかし、僕が何もいうつもりはないと理解したら引いてくれるのが、僕がつい甘えてしまう彼の良いところだった。

 ゴイルはロングボトムから渡されたと、見舞いの花を持って来ていた。彼らがいつの間に仲良くなっていたか知らなかったが、ゴイル曰く自分も僕に魔法薬学を教えてもらったからほっとけなかったらしい。

 ロングボトム本人は流石に病棟までやってくることはなかったが、彼がくれたサンザシの花は──僕の杖の材質を知っていたのだろうか?──僕がスネイプ教授に歯向かってでも彼の手助けをしたことを肯定してくれているようで、大きな慰めになった。

 クラッブとゴイルと話し終わるところにやって来たザビニとパンジーとウィーズリーの双子が、僕の腕の鱗を採取し始めた辺りでマダム・ポンフリーの堪忍袋の緒が切れ、その日の面会は打ち切りになった。何に使うつもりだったんだろう。嫌な予感がする。僕は奴らに関してはいつもそう思っている気がする。

 

 それから学期末パーティまでの一週間、僕は病棟に缶詰になった。マダム・ポンフリーは早々に退院させて欲しいという要望だけは絶対に叶えてくれようとしなかった。ゴチャゴチャ言っていると面会謝絶にされそうだったので、僕は大人しくベッドの住人になった。

 僕の変身術の失敗が気になるのか、かなり大勢がお見舞いに来た。

 

 翌朝、一番にやって来たのはハグリッドだった。彼は初めはひどく心配そうにしていたが、僕が元気だと分かると忽ち笑顔になって何かを伝えたいのかソワソワし出した。

 「例の……ほら、来年の教材なんだが、魔法省からの許可が下りたぞ!」

 嘘だろう。驚愕を全く隠していない僕に気づいているのか分からないが、ハグリッドはそのまま、僕の膝三つ分ほどある羊皮紙の束を取り出して説明を続けた。

 「いやー、色々準備せにゃあならんが、親がどんな奴らかとか、掛け合わせるやり方とか、それぞれの特徴がどう出るかを見ることにしたんだ。

 どんなふうに成長するか、分からんところもあるからな。アンケートでニーズルを見てみたいと書いとるやつもおったからそれも扱ってやりたいし……とりあえず観察だけだ! 他の生きもんと並行してな。

 飼育作業は七年の希望者だけだな。それだったらマニュアル通りにいけるだろう」

 ハグリッドの勉強机サイズの授業案は読みやすい文字とは言えないものの、計画がきっちり立てられており、安全管理マニュアルに則って作られていた。

 これなら、いい授業だと言えるのではないだろうか。ハグリッドの脅威の品種改良──改良?能力や遺伝がどのようにして起こるのか学べる。正直僕ですらかなり興味を惹かれてしまう内容だった。

 「この授業案、一人で作ったの?」

 誰かの手を借りたんだとしたら、いつの間になんだろう。まさかダンブルドアが?

 けれど、僕の予想は裏切られた。

 「おお、流石に試験も近いのにお前さんらに手伝ってもらうわけにもいかんだろう。この一年でどんなふうに授業を作っていきゃあいいか、少しは分かっちょったしな。こう、文字に起こしておくと説明するときにも迷わんでええ。いっつもは無理だが……」

 「すごい、本当にすごいよ。ハグリッド」

 僕は心の底から嬉しかった。思わずハグリッドの方に身を乗り出して彼の巨大な胴を抱きしめる。この、インクを消した跡だらけの、よれた羊皮紙にはハグリッドの努力が現れていた。

 彼は文字を書くことだって得意じゃない。綴りだって怪しいし、そもそもペンのサイズが手に合っていない。ホグワーツを三年で辞めさせられて、授業というものにだって生徒の四年生以上の方が馴染みがあると言える。

 それなのに、彼は今年僕らが手助けしていたことの意味を自分なりに考えて、自分の力で「先生」になったのだ。

 

 ハグリッドの毛羽だったベストに顔を埋めて泣きそうになる顔を隠す僕の背中を、彼は優しく、傷に響かないほど優しく撫でた。

 「お前さんらのおかげだ……俺も初めの頃よりずっと自分が良い先生になれてると思う。子どもらも楽しそうだ。あのとき、俺の小屋に来て、そのあと色々気を回してくれて、ありがとうな」

 

 その日の午後にはジニー・ウィーズリーを筆頭に縁のある下級生がゾロゾロとやって来た。彼女が兄から渡されたと僕に渡した蛙チョコレートが、何故か増殖を始めベッドの上が満杯になったところで、マダム・ポンフリーによって全員が叩き出された。

 僕はかなりウィーズリー家が好きになっていた。

 

 

 退院一日前にやって来た意外な人は、ジェマ・ファーレイだった。僕は今年は彼女と殆ど縁がなかったので、かなり驚いた。ジェマは七年生。これでホグワーツは卒業だった。

 「私、闇祓いになることになったわ。だから、一応報告にって思って」

 ジェマは凛々しく笑った。彼女は初めて話したとき──僕に、スネイプ教授に歯向かわないよう忠告したときより、ずっと自信に溢れた女性になっていた。

 お祝いを言う僕に、彼女はちょっとだけ考え込んで、口を開いた。

 「ねえ、私、今年はスリザリン以外三寮の五、六年生にも『闇の魔術に対する防衛術』をちょこっと教えてあげたりしていたのよ。知ってた?」

 全然知らなかった。目を丸くする僕に、彼女は少し得意げに続ける。

 「去年の努力の賜物ね。ロックハートはろくでなしだったけど、おかげで防衛術に関しては私、パーシー・ウィーズリーにだって負けてないのよ。

 ウィーズリーの人望がなくて助かったわ。彼、N.E.W.T.で追い込まれて下の学年に当たり散らしてたらしいから……マクゴナガル先生の研究室で、六年生のグリフィンドールの監督生に相談されたのよ」

 僕は本当に心の底から驚いていた。確かに、今年に入ってから妙にグリフィンドールの上級生からの目が優しいと思っていた。フレッドとジョージの影響が大きいのかと思っていたが、それだけではなかったのだ。

 ジェマは僕に悪戯っぽく、皮肉を込めて微笑み言う。

 「グリフィンドールの上級生がスリザリンとそこまで険悪じゃなくなったのは、貴方以外にも色々やってた人間がいるからなのよ。

 お礼はいらないわ。貴方のためじゃなくて、私たちスリザリンのためだもの。無駄に敵を作るのは「狡猾」じゃないって、教えたのは貴方かも知れないけど、私たちだって考える頭くらい持ってるのよ」

 「……うん、本当にそうだね」

 それしか言えなかった僕に、彼女は手を振って病棟を出て行った。

 

 

 学期末パーティの日の朝、ようやく僕は退院を許された。あの日の夜に聞いた通り、制服を着ていて見える場所の傷は全て消えた。背中と脇腹、太ももにはまだ赤みがしっかりと残る傷跡があるが、誰かに見られそうになったとしても問題ない。僕は変身術の達人なのだから。

 自信過剰なことを考え、他の思い出したくないことを頭から振り払いながら、僕は鏡に映る傷跡を消す練習を少しだけした。

 

 その日の昼過ぎ、僕はマクゴナガル教授の研究室に呼び出された。

 

 

 


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