音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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マクゴナガル教授の矜持

 

 学期末にマクゴナガル教授の研究室でダンブルドアと会うのは、それが意図したにしろ、そうでないにしろ三度目だった。

 しかし、今回は今までとは違うことがあった。ダンブルドアだけでなく、部屋の主人であるマクゴナガル教授も中にいらっしゃったのだ。ダンブルドアと向かい合って立っていた彼女は、ノックして僕が入って来たのに対し、勢いよく振り返った。一週間前の満月の夜と同じような、悲痛な表情をしていた。

 僕は想像していなかった状況に思わず怯んだ。それでも、いつもの調子を守ることを優先して、できるだけ普通に挨拶した。

 「こんにちは、マクゴナガル教授、ダンブルドア校長────あの、どうなさったのですか?」

 答えたのはマクゴナガル教授だった。彼女は口を引き結んで一瞬言葉に詰まり、考え込むようなそぶりを見せた。けれど、事情を語ることを決めたようだ。皺が寄るのも気にせずローブの胸元を握りながら、彼女は震えを抑えたような声で言葉を発した。

 「マルフォイ────ダンブルドア校長は、あなたの動物もどきの申請をしない方が良いとお考えだそうです」

 僕は思わず目を丸くした。しかし、予想していたわけではなかったが、そこまで驚くべきことではなかった。

 ダンブルドアは闇の帝王が近々復活することを知っているのだから、僕を信用しているのなら────というか、前年の事などで信用せざるを得ない部分はあるのだが────僕がどちら側に付かざるを得なくなるにせよ、この能力の露見は避けるべきだと考えるだろう。

 ダンブルドア側だったら敵に知られぬスパイにする。敵側だったらスパイに使われぬよう能力を秘匿する。合理的だ。

 

 僕が理解を示すように頷くと、マクゴナガル教授は目を見開き、唇を戦慄かせた。劇的な彼女の表情の変化に、僕は叱責されてしまうのかと首をすくめた。法律を破るような真似を生徒がするなんて、マクゴナガル教授は良い顔をしないだろう。

 しかし、彼女の矛先はダンブルドアへと向かった。

 マクゴナガル教授はダンブルドアに向かって、怒りと悲しみに満ちた声色で責め立てた。

 「アルバス────この子はまだ14歳になったばかりです! それを────それを、間諜にするおつもりですか? 

 ただでさえ今年一年あなたはこの子を────ええ、言いましょう。使い潰した! この子なら言わずとも自分の意図を汲んで駆けずり回るとご存じで────あなたは────」

 ダンブルドアはマクゴナガル教授の言葉を遮った。

 「わしはドラコを間諜にするつもりはない」

 マクゴナガル教授の主張を受け入れる気が全く窺えない、断固とした口調だった。ダンブルドアは医務室で会った時と同じように、一切微笑んでいなかった。

 この状態のダンブルドアの説得は無理だろうと感じる。しかし、マクゴナガル教授はそれでも全く怯まなかった。

 

 「しかし、この子はそれが他人にとって良いことだと思えば、貴方の命令などなくてもそうします! 自分の命も顧みないで! 今年で分かったはずです!

 貴方はそれをお分かりになっていながら、それを見過ごそうとしている! お分かりになっていながら、私に───私が、この子に動物もどきになるよう指導するのを看過なさったのですか?」

 口にしながら気付いたように、マクゴナガル教授は途中から愕然とした表情になった。

 僕が動物もどきで何になるかなんて、ハリーと守護霊の練習をするまでは予想できなかったのだから、それはない────そう言いたかったが、今僕がダンブルドアを庇うような真似をしたら、ここまで感情を露わにしたマクゴナガル教授がどんな反応をするのか想像もできない。僕はただ黙って成り行きを見守った。

 

 ダンブルドアはマクゴナガル教授の指摘に、それでも揺るぎない姿勢を崩さなかった。

 「違うと言って、ミネルバ、君は信じてくれるじゃろうか? しかし、一つだけ言わせて欲しい。ドラコが動物もどきになってしまった以上、この子がこの能力を使って危険に身を晒すのを止めることは難しい。

 この子は賢く、愚かな我々の過ちを正すのに奔走することを止められぬ。その時、他の人間を出し抜く手をもっていることが、この子の身を守ることになるとわしは信じておる」

 それでもマクゴナガル教授は全く説得された様子を見せなかった。彼女はいよいよ憤怒を漲らせながら反論する。

 「そんな状況に置くこと自体が誤りなのではないですか? アルバス! 我々は教職です。子どもを守る義務があります! 

 今回私たちはこの子の能力に甘えて、自らの責務を蔑ろにしました。であれば、私たちがやるべきことは責務を全うするよう努めることです! この子が私たちの尻拭いをする手段を増やすことではありません!」

 ダンブルドアに歩み寄ったマクゴナガル教授の目には涙が光っていた。頭を殴られたような衝撃を感じる。そんな、彼女にそんな気持ちになって欲しかったわけではないのに……僕がやりたいことをやりたいようにやっていただけなのに……自分に言われたものでもないのに、今までの誰からの叱責よりも辛さが胸を切り裂いた。

 

 思わず俯いた僕の頭の上で、黙ってマクゴナガル教授の話を聞いていたダンブルドアが重々しく口を開いた。

 「ミネルバ、ヴォルデモート卿が近々復活する」

 部屋に水を打ったような静けさが満ちる。まさか────僕の「記憶」のことをマクゴナガル教授に伝えるのだろうか? ハリーは本当に成長した。闇の帝王と戦う、あの姿にとても近くなった────それを警告するために?

 

 しかし、僕の予想は外れた。ダンブルドアは少し沈黙した後、話を続けた。

 「トレローニー先生が予言をなさった。それをハリーが聞いた。

 『闇の帝王は、友もなく孤独に、朋輩に打ち棄てられて横たわっている。その召使いは十二年間鎖につながれていた。今夜、真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、ご主人様の下に馳せ参ずるであろう。闇の帝王は、召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう』

 ……ヴォルデモート卿は戻って来る。また、あの戦いの時代が訪れる。そのとき、ドラコの動物もどきがどれだけ役に立つのかは、貴方が一番良くご存知かと思う」

 予言? まさか、ハリーが言っていたトレローニー教授が「変になった」というのはこのことなんだろうか? 魔法界に信憑性が高い予言が存在することは知っていたが、まさか当代にそれを行える人間が────それもトレローニー教授が────いるとは思っていなかった。ダンブルドアがそれを信じている以上ある程度確かなんだろうが──いや、なんでダンブルドアはそれを信じているんだ?

 

 マクゴナガル教授が言葉を失ったままでいるのをよそに、ダンブルドアは言葉を続ける。

 「ミネルバ、貴方の動物もどきは猫だった。隠密性に優れ、たとえ姿を知られていても見破られ辛い。前回、我々もそれにずいぶん助けられた。

 しかし、ドラコはちと目立つ。毛色が白いし、大きいしのう。であれば、スパイではなく、いざという時に逃げる手段として、彼に命綱を持たせておくべきじゃ」

 そうなのだ。本当はもっと目立たない、それこそ虫とかネズミとかが良かったのだが、犬だった。幸いにして、今年は多少それが役に立つ形になったが、今後はそうもいかないだろう。猫とは違い、街角なんかを飼い主もいない、でっかい真っ白な犬がフラフラ歩いていたらとても目立ってしまう。

 

 僕も同意を示そうと思わず口を挟んでしまった。

 「マクゴナガル教授、僕もそうした方がいいと思います──」

 マクゴナガル教授はまだ涙の引き切っていない目で僕をキッと睨んだ。僕はすぐさま口を閉じた。

 「ええ、マルフォイ。貴方はもちろんそう言うでしょうとも! アルバス! 私のこの教職にあった三十八年を懸けて言いますが、この子は自分が逃げるためだけに、この能力を使うことは絶対にない!」

 そんなことはないと言いたかった。実際、「自分が逃げられる」というメリットがそれに併発するデメリットより大きければ絶対にそうするだろう。けれど、今の悲しみと怒りに打ち震えるマクゴナガル教授にそれを言って説得するのは、ほとんど不可能に思えた。

 ダンブルドアはマクゴナガル教授に対して首肯する。

 「そうじゃろう。しかし、それだけが彼の心を守る」

 マクゴナガル教授はそれに対しては返事をしなかった。再び部屋に沈黙が落ちる。僕はかなりいたたまれない気持ちになっていた。先生二人が僕のことについて、それぞれ僕のために口論すると言うのは本当に居心地が悪い。それも、二人とも僕を責めたりは全くしないのだから尚更だった。

 

 しばらくして、静寂を破ったのはマクゴナガル教授だった。彼女は僕の方に向き直り、やはり悲痛な口調で言葉を発した。

 「────マルフォイ、約束しなさい。もう二度と、自分の命が危険に晒されると分かっていながら、他人のために動物もどきになることはないと。もし貴方がそのような真似をしたと私の耳に入れば、私はホグワーツの教師を辞めます」

 前者も後者も中々受け入れがたい内容だった。僕は思わず意見しようと口を開いたが、マクゴナガル教授はそれを阻止するように言葉を被せた。

 「約束しなさい!」

 選択肢はないようだ。ここでいいえと言えば彼女は動物もどきの申請をしてしまうだろう。僕は頷くしかなかった。

 「……分かりました。でも、マクゴナガル教授がお辞めになる必要は──」

 今度も僕の言葉は遮られた。マクゴナガル教授は少しだけ先ほどまでよりもしっかりした口調で言う。

 「今回貴方が被った被害を考えれば、今すぐにでも取るべき行動かも知れません。それに────他人のことを思う貴方には一番いい脅しかと思います。貴方は私がこの学校を去る損失を高く評価してくれているでしょうから」

 僕をまっすぐ見つめる彼女の目に、反論することはできなかった。それに、彼女が学校からいなくなるなんて考えたくもなかった。

 

 

 「ミネルバ、すまぬ。また、席を外していただいても構わぬかのう?」

 ダンブルドアは先ほどまでよりも柔らかい声でマクゴナガル教授に頼む。マクゴナガル教授は全く気に食わないと言った顔でダンブルドアを睨んだ。

 「構いますとも。けれど──ええ、いいでしょう。アルバス、貴方がマルフォイに危険な真似をさせたと分かっても私は教職を辞します。それはご理解ください」

 ダンブルドアは深々と頷いた。

 「肝に銘じよう」

  マクゴナガル教授は本当に僕が一番尊敬する先生だ。彼女にここまでさせてしまったことが悔やまれる。彼女は教職としての矜持をダンブルドアに示し、自分の研究室を後にした。

 

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