音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
マクゴナガル教授が部屋を去り、ダンブルドアは僕に向き直る。やはり、常の暖かさが消えた、感情が窺えない顔だった。
彼は重々しく口を開く。
「まずは謝罪をさせて欲しい」
今まで何度か聞いていた言葉だ。しかし、今回は僕も反論することなく頷いた。
「流石に今回は……受け入れます。ルーピン教授のことは、貴方にどうにかできたことだと思いますから。でも、これで終わりにしてください。分かっていることを確認しあっても無駄ですし、僕も辛くなってくるので」
ダンブルドアは、やっと悲しげな色を瞳に宿した。僕はそれを無視して今後の話を進めようとする。
「他の方を頼れなかったのですか? 人狼の管理について法整備を進めたがっている方とか。僕より貴方の方が遥かに広い人脈をお持ちのはずです」
ダンブルドアは痛いところを突かれたとばかりに、顔を歪めた。その表情に浮かんでいたのは、慙愧の念だった。
「口にするにも恥ずかしいことではあるが、君は魔法界の良識を良き方に見積もりすぎておる。
先の戦争でフェンリール・グレイバックを始めとした多くの狼人間が闇の側に付き、良識あるものであればあるほど、その脅威を心痛することになった。故にわしとルーピン教授は今回学校外の人間の手を借りるわけにはいかなかった。
学校内での理解を得るのにすら時間をかけ……しかし、わしはヴォルデモートによる呪いを甘く見たことで、今回全てを台無しにしてしもうた」
僕は少し恥を覚えた。ダンブルドアに手を打てなかったのか聞いて、これを感じることは珍しくない気がする。彼は基本的に僕より遥かに大局を知っていて、その中での最善を選び取ろうとしているのだから。
それを誤魔化すようにダンブルドアに言う。
「なら……それこそ僕にお申し付けくだされば良かったのでは? おっしゃる前にできなかった落ち度がありながらと思われるかもしれませんが……」
ダンブルドアは強くかぶりを振った。
「いいや、君に頼りすぎたこと自体がわしの最大の過ちじゃ。もし今回の計画が上手くいき、ルーピン先生が未来その正体を明かして我々の側に立つことになれば、君の彼に対する尽力は間違いなく露見する。そのとき、君の立場を取り繕うことはもはやできぬじゃろう」
冷や水をかけられたような気分になった。いや、確かに今までだって僕は自身の思考が大っぴらになることは避けていた。けれど、もうすぐ闇の帝王は復活するのだ。なのに────
「……取り繕う必要があるとお考えなのですか? つまり……マルフォイ家は闇の帝王側に付くことになるだろうと?」
声の震えを抑えてダンブルドアに尋ねる。彼はもうこちらを見ていなかった。窓の方に顔を向け、しかし何にも注視していないようだ。彼はそのまま、答えた。
「君一人なら、わしはいくらでも庇うことができよう。しかし、ルシウスは……難しい」
これには、我慢ができなかった。二年生のクリスマス休暇の時と同様、僕はダンブルドアを責めるように言い募った。
「何故です。去年貴方はおっしゃっていたではないですか! ──準備なさると。信頼を勝ち取れるよう、そうおっしゃっていた!」
ダンブルドアは窓の外を見たままだった。
「準備しておる。しかし、ヴォルデモートがそれを待たず復活することはもはや明白じゃ」
「明白なものですか──彼の復活などという大きな出来事であれば、この三年の例から考えれば、早くても来年の今頃! 一巻の締めくくりとして事は起こるはずです! まだ一年ある!」
ダンブルドアはついに窓の外を見るのを止めた。彼は、やはり恥ずべきことを言っているという表情を隠さず、疲れを滲ませた声で僕に告げる。
「繰り返しになるが、君は魔法界の良識を過大評価しておる。
確かに、君が三年でこの学校に起こしてきた変化は目覚ましいものじゃ。ヴォルデモート────いや、グリンデルバルドの頃から見ても、ここまで築き上げられてきた確執から子どもたちが解放されたことはない。
けれど、それは相手が子どもだったからじゃ。事実、君はこの一年でスネイプ先生の頑なな心を僅かたりとも変える事はできなかった」
反論しようとして、ダンブルドアに手で制された。実際何を言えばいいか思いついていた訳でもなく、僕はそのまま黙り込む。
「君には言えぬじゃろう。その人の罪を、その人が生きる場所に求める君が、『たまたま、スネイプ先生が悪人だっただけ』などということは。
その通りじゃ。あの時代、多くの人間が望むと望まざると手を汚すことを強いられ、そしてその罪は多くの拭い去れぬ遺恨を残した。無論、まだ罪を犯しておらぬものにまで、その責を問う人間ばかりではない。
去年、君に対してモリー・ウィーズリーとアーサー・ウィーズリーがどれだけ感謝を示していたか、知っておろうか? しかしそれは、君が子どもだからじゃ。モリーは君が優しい子だと知っていたとしても、自らの兄弟を殺し、そのままなんの責めも受けることなくのうのうと暮らす死喰い人たちの一員を、心から許すことはないじゃろう」
気付いていたことではあった。僕の影響が全ての場所に届く訳ではないと。だからこそ、僕はあれほどスネイプ教授に心を砕いて、少しでもその影響の範囲を広げようとしたのだから。
それでも、諦められない。僕はどうにか口を開き、反論を紡ぎ出した。
「でも……過去が変えられなくとも……父を抱き込めれば、純血一族の多くを抱き込めます……未来の争いが少なくなるかも知れないとは……お考えではないのですか?」
ダンブルドアは僕の想像通りの反論をした。
「その場合、わしはウィーズリー家やプルウェット家、ロングボトム家を始めとする、先の大戦でこちらに立った多くの人間の信頼を失うことじゃろう。ヴォルデモートが戻ったとき、我々は戦う手段を大きく減らすことになる」
それでも……それでも、何か道はあるはずだ。自分の頭の中を引っ掻き回して言葉を探す。
「父が……父が純血主義を諦めるよう……せめて、マグル生まれの差別を止めるよう説得します……そうすれば、理解は得られる……違いますか?」
殆ど自分ですら今から一年では無理だと思えることだ。けれど、今はそう言うしかない。そうしてすがる僕に、ダンブルドアは悲痛な表情で告げる。
「それをしてしまえぬのが問題なのじゃ」
予想していた父が意見を変えないだろう、という指摘ではなかった。だからこそ、僕は彼の言葉から不吉なものを感じ取った。
「何故です?」
懇願ではなく呵責を声に滲ませた僕の問いに、ダンブルドアは僕から目を逸らした。
「三たび言おう。君は魔法界の良識の程を見誤っておる。
ルシウスが我々の側に回ったとき、ヴォルデモートの陣営を除いて最もこちらに反発するのは誰だか、分かるかね?」
「…………誰なんです?」
「コーネリウス・ファッジじゃよ」
予想外の人間の名前だった。いや、確かに彼は権力の座にいるものではあるが、しかし────
「魔法大臣は、貴方が父の支援を得て権力を握り、彼を追い落とすとお考えなのですか? そんな────馬鹿馬鹿しい────」
「そう、君に取っては馬鹿馬鹿しい限りじゃろう。しかし、事実じゃ。既にファッジはわしの吸魂鬼の扱いについて、不満を漏らし、わしを邪魔者だと思うようになっておる。
もしルシウスを抱き込むことに成功したとして、コーネリウスがわしへの反感を募らせれば、ことはより厄介になる。ヴォルデモートが隠れて復活した場合、魔法省は我々の敵対者としてヴォルデモートの元に背後を晒すじゃろう」
けれど、コーネリウス・ファッジが問題になるのは、彼が魔法大臣なんて言う分不相応な職についているからなのだ。僕はそんな理由で諦めるわけにはいかなかった。
「じゃあ────じゃあ、事はもっと簡単です。貴方が魔法大臣になればいい。そうして、闇の帝王と戦う準備をすればいい」
ダンブルドアは額に手を当て、目元を覆った。
「それはできぬ」
弱々しい声だった。それがこちらの勢いを取り戻させてしまった。僕はダンブルドアになおも言い募る。
「何故です! 確かに貴方は今年失態を犯したかも知れない。それでも、貴方は偉大だと思われている魔法使いです! 幾らでも選挙に勝つことなどできるでしょう!」
「できぬのじゃ」
ダンブルドアらしくない返答の仕方だった。
「理由を教えてください! 闇の帝王に対して取りうる最大の策を講じず、犠牲が足元に積み上がることを看過する理由を!」
「わしにはできぬ……」
顔から手を離したダンブルドアの目に涙はなかった。けれど、僕は彼の声が泣いているかのように震えるのを聞いた。
「わしは、権力を持った自分を信用できぬ。
たとえヴォルデモートを退けたとして、そのときわしが奴以上に悪しき支配者にならぬと言えるじゃろうか? 誰もわしを止められぬ……。
わしは今以上に敵に対して残酷になるじゃろう。短絡的に、それらを除けばわしの好む人間がより幸せになれる存在を除くじゃろう。
誰にも歯止めはかけられぬ。わしはその良識を持ったものたちこそを言いくるめ、自らの配下に従えることに長けておる。今抑えられている無能力な者への蔑みを、誰にも悟られることなく現実の鉄槌としてわしは下すじゃろう」
その声に滲んでいたのは恐怖であり、悔恨であり、懺悔だった。去年、同じ時期にここで話をしたときのことを思い出す。そんな弱音はやめて欲しかった。
僕はこの弱った人になお言い募る罪悪感を何とか抑え込み、言葉を紡ぐ。
「…………それを、ご自覚なさっているなら問題ないはずではないですか」
項垂れていた顔を上げたダンブルドアは、いつもよりずっと若く見えた。しかし、顔に現れたそれは、若々しさではなく、未熟さだった。
「試すようなことはしない。私はもうこの権力欲で妹を失っているのだから」
ダンブルドアの目には涙が光っていた。
僕もダンブルドアも言葉を続けることができなかった。しばらく、部屋に沈黙が落ち、再びダンブルドアは口を開く。
「……もし君が、もう少し早く生まれていたならば。何もかも違ったのかも知れない」
そんな「もしも」はいらない。慰めにならない評価はいらない。僕は気圧されていた心をなんとか取り戻し、反論を紡いだ。
「僕はそれが買い被りにならないよう努力します。貴方を止められる力を得るよう努力します。だから────」
ダンブルドアは僕の声を遮り、言った。
「一年では……間に合わない。私は君を抑え込める。簡単に」
「父だけでも、どうにかすることはできないのですか?」
僕は殆どダンブルドアへの説得の気力を失っていた。父だけ助かることは、僕が一番望んでいたことではなかった。
それを感じ取ったのか、ダンブルドアは少し調子を戻しながら、悲しげに言う。
「君も分かっておるじゃろうが、ブラック家がほぼ滅亡した今、マルフォイ家は純血一族の中でも最有力であり、また、お母上のナルシッサの姉ベラトリックスは裏切り者を絶対に許さぬじゃろう。
そして、そうなってしまっては、わしはヴォルデモートを打ち砕くために必要な策に回すべき手を割いて、君たちに差し伸べなければならぬ」
「ルシウスがヴォルデモートに下ったとしても、今までの背信により罰せられることも、すぐに矢面に立って手を汚させられることもないじゃろう。
ルシウスの最大の力である他者を取り込む能力を毀損したいとヴォルデモートは考えぬじゃろうし、忠誠心あるものがアズカバンにいる今、復活してから奴が頼らざるを得ぬのはその背信者たちじゃ」
「では、僕はどうすればいいのですか? 指を咥えて父が闇の帝王の下に降るのを見ていろと?」
思わず皮肉な言葉が漏れる。ああ、この人を責めたい訳ではないのに。それでもダンブルドアは僕に反感を覚える様子を見せず、今までよりしっかりした声で話を続けた。
「君の『記憶』や、わしの知り得ることから言って、次の戦いは長くは続かぬ。
ヴォルデモートが復活してから戦いが長引けば長引くほど、我々の勝ち目は薄くなってゆく。我々の手の内は明かされ、恐怖が人々をあやつの元へ導くからじゃ。そうなる前に戦争が終わるとすれば……四、五年以内。そこまで、君は出来る限り渦中に身を置かぬようにするのじゃ」
いきなり楽観的な予測が出た。確かに、僕も一年一巻ならそんなに長々とした話にならないだろうとは考えていた。しかし、最終巻だけ十年分ありますみたいな可能性はゼロにできないのだ。
だから、彼の予想は僕の「記憶」だけに基づいた訳ではない。先ほどダンブルドアがマクゴナガル教授に語ったことを思い出し、僕は問いかける。
「予言ですか? 貴方がトレローニー教授を信じるに至った予言。それが戦いはいつ終わるのか告げていたのですか?」
ダンブルドアは頷きはしなかったが、肯定するように眼を閉じ、開けた。
「君ならそこまで辿り着くと思っておった。閉心術の訓練は正解だったのう。
しかし、それは戦いがいつ終わるか読んでいる訳ではない。それが示し、現実に表れている今の状況を読む限り、という話じゃ」
つまり、その理由を僕が聞けばさらに危険を抱え込むことになるから話せないと。理解を示し頷く僕に、ダンブルドアは続ける。
「ヴォルデモートは人の価値を過小に見積もる悪癖がある。学生でいるうちは、君がどれだけ優れて見えようと、仲間に引き込む価値を見出すとは思えぬ。奴にその見地が薄いからこそ、わしは今も昔も変わらず、ホグワーツにいるという面もあるのじゃから。
君は、君自身が罪に手を汚さぬことに専念して、この時代が終わるのを待つべきじゃ。君の狡猾さは危機的な状況では余りに迂遠で遅鈍じゃ。闇が退いた後、世を導くときまで耐えるのが得策だと言えよう」
ダンブルドアが僕のことを思って、今この言葉を口にしているのは伝わってきた。しかし、それは全く受け入れ難いものだった。僕はダンブルドアに確かめるように言った。
「あなたは僕に家族を見捨てろと言っている。彼らが悪行を犯すのを、黙って見ていろと言っている」
思わず固い口調になった僕に、それでもダンブルドアは説得するよう言葉を続けた。
「言ったように、ルシウスはすぐに言い逃れできぬほど罪を犯す訳ではない」
ダンブルドアが言うなら、そうなのだろう。それでも、僕は父だけを救いたい訳ではないのだ。それでは、父をずっと守る理論を作り上げられる訳ではないのだから。
僕はどこか凪いだ心でダンブルドアの目をまっすぐに見つめた。
「僕は────僕にはできることが残っていると思う。それが何かは、まだ分からないけれど。でも今、何もできなさそうだからと言って、一度抱えた野望を捨てたりしません」
ダンブルドアはかぶりを振る。
「ヴォルデモートが復活するのには、間に合わぬ」
そうなのだろう。けれど、僕はそれでもダンブルドアに微笑んで見せた。
「ヴォルデモートが戻るから、何だと言うのです? 彼の下でだって僕は自分に出来ることを探します」
「…………君一人なら守れる」
「僕だけ守って頂くことに、正義も意義もない」
「……私と君の繋がりをヴォルデモートに知られれば、今までの前提は崩れる」
ダンブルドアはだから、僕にこちらに来いとでも言っているようだった。けれど、僕は彼がそれを漏らすことはしないと確信していた。
「分かっています。もう、僕から貴方にお伺いすることはないでしょう。貴方から何か聞く必要もない。僕は貴方がより多くの人々の幸せのために動いていると信じていますから」
ダンブルドアは僕が信頼を示すときほど、痛みを感じるような顔をする。自分が救えなかったと思っている人間から信頼を向けられるのに罪悪感を覚えるほど彼は優しいのに、自分を信じられないダンブルドアが痛ましかった。
正直なところ、絶望感が心に這い上がってくるのは無視できない。けれど、それが受け入れるしかないものであると僕はもう悟っていた。だったら、絶望して何もしないでいるなんてことは、ありえない選択だった。
「心配しないでください、ダンブルドア校長。マクゴナガル教授に怒られちゃいましたから、危ないことはしません」
笑顔で話を締め括ろうとする僕に、ダンブルドアは項垂れ、口を開く。
「何と言えば君に許してもらえるじゃろうか」
「去年と同じことを返します。
多くの孤独はその人のせいではない。貴方が自分を信じられないほどに孤独なのも、そうです」
そして、僕はダンブルドアを残して研究室を去った。