音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第三巻 完

 

 

 あれだけ格好を付けてダンブルドアの下を去っておいて、僕は見通せない未来にやっぱり怯えていた。もう、彼の庇護下に、仮初でも安住することは出来ないのだから。けれど、振り返ってみればもっと早く気付くべきだったとも思う。去年の父の愚かな企みが人死を出して成功していれば、この決別はもっと早く訪れていただろう。

 闇の帝王は復活する。父が闇の陣営に付いてしまうこと込みで、動き方を考えないといけない。実際に魔法界が戦火に包まれるのは、つまり、死喰い人達が表立って人を殺し始めるのはいつになるだろう。

 ダンブルドアは、魔法省がダンブルドアの側に付かなければ、闇の帝王には早々に自分の復活を知らしめる利がないと考えていた。……それでも当然だが、時間はそこまで残されている訳ではないのだろう。どちらの陣営にも血を流させたくないのなら、その間に闇の陣営側が人を殺さないことによって得る利益を提示しなくてはならない。

 この状況下で、子どもの僕はどうしようもなく無力だった。でも、これからはダンブルドアの意思に沿って動く必要はない。彼の計画内の穴埋めの域を越えれば、今までより出来ることは増えるだろう。

 一歩間違えればダンブルドアの、いや、この物語の筋書きを台無しにしてしまうかも知れない。それでも、自分が野望を抱くことを止められないのにはとうに気付いていた。

 

 ならば、寂寥にいつまでも駆られていても仕方ない。ダンブルドアが捨てざるを得なかった人々を守る道は完全になくなってしまった訳ではないと、僕は信じているのだから。

 

 

 

 ダンブルドアとの会話の後、学校の生活はなんだか現実味が感じられなかった。もうすでに戦争に突入しているとすら感じている僕に、変わりのない日常というのは半ば夢想的だ。それでも、例年通り学期末は締め括られていく。

 

 今年度の寮杯はスリザリンが獲得した。正直なところ、グリフィンドールがクィディッチで優勝していたので厳しいかと思っていた。しかし、僕らが入学してから、スリザリンは着実に勉学の面で功績を重ねていた。僕だって、ダンブルドアからは受け取らずとも、他の先生からなら点数を貰う。「制度」の事もあって、スリザリンは他の寮を出し抜いた卑屈な悦びではなく、矜持を持ってこの勝利を祝った。

 他寮の態度も二年前とは違っていた。学期末パーティの席は、あの三寮が共通の敵対者を打ち負かせなかった敗北の雰囲気ではなく、ごく普通の悔しさや諦め、負け惜しみ、後はほんの少しの祝福で満ちていた。

 

 

 成績も発表された。流石に今年はハーマイオニーに勝てないだろう──それに、取ってる科目が違うから合計点の話になり辛いし、もう父上はあんまりお気になさらないだろう──と思っていたのだが、予想は外れた。

 彼女と重複している科目は、というか彼女は占い学を除いて全ての科目を取っていたのだが、必修科目と魔法生物飼育学、古代ルーン文字学だった。魔法生物飼育学はハグリッドが真っ当なことに100点満点で採点したため同点、古代ルーン文字学は僕が僅かに上回った。

 あとの科目の勝敗は一年生の時と変わらず。強いて言うなら魔法薬学の点数が下がり、変身術と防衛術の点数が上がった。ハーマイオニーは防衛術の実技でポカをやらかしたらしい。

 それもあって僕は「ハーマイオニーと被っている科目の総合でなら一位」というありがたいんだかそうじゃないんだかな称号を得た。僕は占い学でかなり悪い点を取ったし、彼女の方が数占いやマグル学も取ってるんだから別に誇れはしない。それに、八百長と言う人間がもはやいなくても、魔法薬学で一位を貰っているのは恐ろしかった。

 

 

 帰路に就くホグワーツ特急の、僕のコンパートメントはいつもよりずっと空いていた。ザビニとパンジーはこちらに荷物を置いたらさっさとウィーズリーの双子の方にとんずらしたし、ミリセントはレイブンクローの女の子達と夏休みに遊ぶ計画を立てに行ってしまった。ゴイルすらロングボトムの魔法薬学のテストを見に行ってしまったので、残ったのは僕とノット、クラッブだけだ。

 あんまりワイワイと話す気分ではなかったので、少しありがたい。ノットとクラッブが窓際でチェスをしているのを横目に、僕は今年結局殆ど手をつけられなかった授業引き継ぎのための要領を作成していた。ダンブルドアを迂闊に頼れなくなった以上、今年のように後援を貰うことはしないほうが良いだろうが……どう使おうか。

 

 何にも身が入らない僕のコンパートメントを、突然誰かがノックした。ハーマイオニーとロンだった。クラッブはやっぱりあまりいい顔をしなかったが、彼もそろそろ諦めの境地だ。ルーピン教授の件が露見していたらいよいよまずいことになっていたかも知れないので、そう言う意味でもスネイプ教授が折れてくれて助かった。

 扉を開けたハーマイオニーが僕に声をかける。

 「ねえ────貴方の答案、やっぱり、見せてくれない? 出来れば私たちのコンパートメントで」

 言い訳としては悪くないが、喋り方で他に用があると言っているのがバレバレだ。思わず少し笑って、クラッブに謝って僕は二人に連れられ、その場を後にした。

 通路でロンは僕に尋ねる。

 「ねえ、君、フレッドとジョージがパンジー達と何してるか知ってる? あいつら、最近ずっと顔を突き合わせて何かコソコソやってるんだ」

 「さあ、知らない。人の鱗をひっぺがして飲み薬か何かに使えないか考えてたみたいだけど、あれはただの変身術だから無駄だったろうね」

 正直少しは知っていた。ザビニが「だまし杖」や「ひっかけ菓子」といった何やら怪しげな悪戯グッズを同寮に売りつけようとしていたところを捕まえたのだ。しかし、どれもひどい怪我を負わせたりしないし、「菓子」は自分たちで試している「らしい」ということを言っていたので、取り敢えず管理を徹底することを約束させて解放した。無害で面白いものであれば、僕も歓迎だ。あれは間違いなくウィーズリーの双子が後ろにいるのだろう。

 

 彼らのコンパートメントではハリーが待っていた。彼は羊皮紙を握りしめじっと見つめており、異様に小さいフクロウがピヨピヨと辺りを飛んでいる。中に入って扉を閉じると、彼は僕に手元の封筒のようなものを見せた。

 「シリウスから僕に手紙が来たんだ! ホグズミードの許可証が入ってた。これで、僕も来年はみんなと一緒に遊びに行けるよ。

 魔法省もペティグリューの疑惑で吸魂鬼を要所に配備しなくなったから、前よりずっと楽に移動できてるって」

 けれど、ペティグリューを捕まえない限りシリウスの無実が完全に証明されることはない。彼の喜びに水を差したくないからそれを口に出すことはなかったが、僕の気持ちは少し沈んだ。

 「あと……貴方の『動物もどき』のこと、ダンブルドア校長に口止めされたの。「例のあの人」が戻ってくるかも知れないから申請しないだなんて──バレたらどうするつもりなのかしら?」

 ハーマイオニーは不安そうだ。もっともな懸念である。それでも、そこにそれ以上追求されたくなくて僕は誤魔化すように笑った。

 「ダンブルドアは僕らのことを考えて仰ってる。マクゴナガル教授も折れてたし、まあ僕がほとんど使わなければ、大丈夫だろう」

 ロンは少し呆れ顔だ。

 「君、たまに異常なほど大胆だよな」

 そう見えるものだろうか。肩をすくめる僕に、ハリーが何かを差し出した。

 「シリウスから君に手紙だよ。他の人がいる前で開けたらまずいだろう?」

 本題はそれだったのか。僕は三人からの視線が集まる中、封筒を開けた。

 

 

 「私の従姉の息子殿へ

 

 まずは、ムーニーのことについてお礼を言いたい。情報が入ってきているわけではないが、君が惨殺されたというニュースが新聞を賑わせていないということは、上手くやってくれたのだろう。ありがとう。

 

 私は初め、君がハリーを救ったスリザリン生と分かったとき、君は私のように家の家風にそぐわない者として生きてきたのだろうと思った。けれど、ワームテールを庇う君は明らかに私とは違った。正直に言って理解できないと思ったよ。けれど、その優しさを今後もハリーに向けてくれていると嬉しい。君は勇敢で人を守る能力に優れている。

 

 もし、私の無実が証明されて、君がその家を出たいと思うなら、私はいつでも君の支援者になる。容易く来るとは思えない未来だが、私の叔父も私にそうしてくれたし、私もそのようにありたいと考えている。君がこの申し出で不愉快になってしまったら申し訳ないが、万が一のことを考えておきたくてね。

 

 パッドフット」

 

 シリウス・ブラックを頼る日が来るとは思えないし、彼にそんな気を回させてしまうのも申し訳ない。それでも、ダンブルドアの手を離れざるを得なくなった今、闇の帝王側ではない親族が僕の身を案じていることに、僅かだけ心強さを感じてしまった。

 

 「じゃあ、もしペティグリューが捕まって、君がルシウス・マルフォイに愛想を尽かしたら、君と僕とは後見人が同じ同士になるってこと?」

 横から覗き込んでいたハリーが言う。

 僕はその未来を選ぶつもりは全くなかったが、やはりハリーの夢に水を差すのは躊躇われた。曖昧に笑う僕に、横からロンが茶化す。

 

 「その場合、ハリーは散歩が大変そうだな……大型犬二頭か」

 僕は持っていた手紙でロンの頭をぶった。みんな笑っていた。

 

 そうして、ホグワーツ三年目は幕を閉じた。

 


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