音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
いまいち手応えがはっきりしない結果に終わりはしたが、ムーディ教授の態度が初授業の段階で改善されたのは僥倖だった。解決に時間がかかる可能性があった懸念が消えてくれて、他のことに手を回す余裕ができるのは本当にありがたい。三大魔法学校対抗戦開始まで日があるとは言え、その間にやりたいことは山ほどあるのだから。
喫緊の用事はファッジに送る予定になっていた昨年までの『防衛術』の実態調査だ。
ロックハート教授の年についてはそもそも作る側にいたため、何かに使うだろうかと指導案の写しを全学年分取っていた。家からビンクに送って貰えば、要約は作らなければならないとはいえ、ほとんどそのまま使えるだろう。
しかし、クィレル教授とルーピン教授についてはそうもいかない。ワールドカップから帰って来てすぐ後、クィレル教授の方は既に何人かの卒業生に援助を求める手紙を送っていた。しかし、十月に入るまでに全学年の内容を三年分全ては厳しいかも知れないという嫌な予感が胸中に湧いてくる。クィレル教授は授業の中身がスカスカだったからまだマシなのだが、ルーピン教授の実践形式指導を全学年分、文字に起こして報告書にまとめるのは手間なのだ。意外なところで実技主義による障害が出て来てしまった。
しかし、こちらは思わぬ方向から解決を見た。救いの手を差し伸べたのは、またしてもアラスター・ムーディ、その人だった。
僕は追加で必要になるかもしれない可能性を考えて、授業中にムーディ教授がどのような指導を行なっているかメモを取っていた。それを目敏く──彼の義眼は視力が利く範囲であれば何でも見通すようだ──見つけた彼は、再び僕を授業後に残らせ、理由を聞き出した。
敵対行動と見做されては敵わないと、事情をあらかた話した僕に、彼は研究室から羊皮紙の束を持って来た。それは去年ルーピン教授が何を生徒たちに教えていたのか、丁寧にまとめられた資料だった。ルーピン教授は後任者のため、昨年度の授業内容をムーディ教授に送っていたらしい。やっぱり教育者としてのルーピン教授は最高だぜ。
結果として言うなら、ムーディ教授はそれに倣うことは全くなかったのだが……しかし、ルーピン教授が見せた教師としての責任感ある態度は巡り巡って僕の助けとなった。
ダンブルドアの頭の上を飛び越してファッジに送るという行為に懸念を示される可能性も考えたが、こちらは杞憂に終わった。ムーディ教授はダンブルドアの「甘い」姿勢を変える機会だと捉えていると僕に告げた。今ですら「服従の呪文」を生徒にかけることを許可されているらしいのに、これ以上どう厳しくすると言うのだろう? 彼が耐性をつけるという名目で、磔の呪文の実践をし始めないことを僕は切に願った。
正直、ここまで協力的になられると逆に怖い部分もある。しかし、彼は闇祓いの後進育成にも力を入れていたそうだし、僕が想像している以上に教育の意義を重く考えている人物であるようだった。
仕方がないとは言え、ダンブルドアは策士能力値が教育者能力値を食ってしまっているし、ムーディ教授の協力があれば出来ることも増える。────彼がやっている授業内容は、魔法省的に全く受け入れ難いものだという懸念点を除けば。
僕はファッジにムーディ教授の指導内容を教えるのは来年にしようと密かに決意した。
土曜の昼近く、僕はファッジに送る報告書のための調べ物を終えて図書館から寮に一人で戻っていた。誰もいない廊下をメモ書きに目を通しながら歩く。すると突然、僕は見えない手によって、近くの小部屋に引っ張り込まれた。
一瞬で血の気が引いていく。この状況は、トム・リドルに拉致されたときにとても似ている。まさか、もう墓穴を掘ったのか? いつ? どこで? まだ新学期が始まって一週間も経ってないのに?
しかし、その手の主は慣れ親しんだ人だった。何もないところから姿を現したのは、グリフィンドールの三人組だったのだ。
流石にこの強引な行為に僕は声を荒らげる。
「ちょっと────本当にやめてよ! びっくりするじゃないか!」
三人組は僕の剣幕にちょっぴり怯んだが、さっさと謝ると本題に入ろうとした。……勘弁してくれ。寿命が縮んだぞ。それにしても、よく僕を待ち伏せできたものだ。一人でいるところを狙ったんだろうが、何故だろう?
その答えは彼らが話したい内容にあった。
最初に僕に用事を切り出したのはハリーだった。
「あの────シリウスが、こっちに帰って来ちゃってるかもしれないんだ。それで、君なら魔法省が何か勘付いたとか知らないかなって思って」
なるほど。確かに、この内容を他のスリザリン生がいるところで話すわけにはいかない。
しかし、まだ三大魔法学校対抗戦も始まっていないのに──つまりハリーが目に見えて危険に晒され始めたわけでもないのに、シリウスが危険を冒してホグワーツを再び訪れようとしている理由がわからない。
「何故? ホグワーツの吸魂鬼の監視をやめさせるためにわざわざ遠くで目撃されるようなことをしていたんだろう?」
僕の問いに、ハリーは事情を説明し出した。
夏休み、ハリーは闇の帝王がマグルの老人を殺す夢を見て、そのときに傷跡の痛みを感じたそうだ。それを相談する手紙をシリウスに送ったのだが、二週間近く経った昨夜、ようやく返事が来たらしい。
見せてもらったシリウスからの返事には、すぐ北に向けて出発することと、次またそのようなことがあったらダンブルドアに相談するようにというアドバイスが書いてあった。
これは確かにハリーにとっては大きな心配事だ。自分が少し泣き言を言ったせいで後見人が危険を顧みず飛んできてしまうとあれば、罪悪感にも駆られてしまうだろう。
「……今のところ、ペティグリューなしで捕まっても魔法省は即処刑できない。それに、去年シリウスが姿を見られたのは全てペティグリューを探しているときだった。
絶対に大丈夫とは言い切れないが、彼もそう簡単には捕まらないはずだし、ダンブルドアも手助けしてくれているだろう」僕はなんとかハリーの慰めになるような事を探した。
ダンブルドアはシリウスとペティグリューが動物もどきだと公表しなかった。ペティグリューは正体が割れても隠れることに困らないのに比べて、シリウスは格段に見つかりやすくなってしまうからだろう。幸か不幸か、スネイプ教授はシリウスとペティグリュー両者の変身シーンを見なかったし、彼は僕を含めて三人の動物もどきの存在を秘匿されている。
……まあ、後から気づいたのだが、スネイプ教授にしてみれば、僕がどうやって数時間もの間ルーピン教授の相手をしていたのか全く不明になっているはずだ。勘付かれるかもしれないと思ったが、そもそも変身した動物もどき相手に狼人間の感染が起きないこと自体、広く知られている話ではない。僕だってルーピン教授に教えられるまでは知らなかったのだから。
それゆえに、二ヶ月前のスネイプ教授の僕に対するキレっぷりも頷けるというものだ。彼からしてみたら、僕は完全にラッキーで死ななかっただけなのに犯人を庇う狂人である。
しかし、ハリーの話の中には一つ、シリウスの帰還以上に気がかりなことがあった。
彼が今までも傷跡に痛みを感じることがあるという話は聞いたことがあったが、夢で闇の帝王の現況を覗いたというのは初耳だ。二年前の学期末、マクゴナガル教授の研究室でダンブルドアがハリーに語ったことを思い出す。ハリーがヴォルデモートの力の一部を引き継いだという話。それは、心や魂といった精神的なものなのではないか、というのが僕の仮説だった。
「夢」はその説をかなり強力に裏付ける。ハリーと闇の帝王の間には、闇の帝王が自身の死の呪いの反射によって肉体のみが滅ぼされた際、なんらかの精神的繋がりを得た。そして──その精神の分裂というのは、トム・リドルの日記の不可解な動力源としても考えられるのではないか。そういう推理が成り立つのではないだろうか。
だとすれば、状況は極めて悪い。ハリーが闇の帝王の今を覗きうるということは、逆もまた然りである可能性は否定できないのだ。しかも、それは日記帳にも言えることだ。
日記帳は、そしてハリーは僕の事情をどこまで知り得ただろう?
ハリーに対する僕の態度は、ある程度言い訳が利くだろうと今までは考えていた。……思い返してみても、相手が闇の帝王だとハリーが気づいている段階で、僕が決定的に敵対の姿勢を見せたことは一度もないはずだ。僕はダンブルドアの命で彼に多くの事情を伏せて動いて来たのだから。
ルーピン教授やペティグリューの件を知られてしまっているのは大きな痛手だが、まだ「自分の味方として取り込むため」のような、口先での誤魔化しが利く。そもそも夢の中にペティグリューまで出て来たそうなので、ここはもうバレてしまっていると考えていた方がいいだろう。
問題は日記帳だ。あれは一部らしいとはいえ、僕の心を覗いた。ダンブルドアのところに駆け込んだのも知られているし、ジニー・ウィーズリーを命懸けで庇ったのも知っている。
楽観視するなら、「夢」が見られたのは、ハリーが闇の帝王との繋がりを何らかの原因で強めたからかもしれない。つまり、過去の出来事については情報が行っていない可能性はある。しかし……過信はできない。
もはやダンブルドアを頼れない以上、この件を闇の帝王に詰められないように事情を捏造する必要が出て来てしまった……行けるだろうか? 例えば、トム・リドルがヴォルデモート卿だとは気づかなかったとか……どうだろう。実際に闇の帝王の前に立ってみないと、彼がどれだけ慈悲深いかは分からない……
その上、さらにハリーに僕の事情を知られるわけにはいかなくなった。僕が実際はダンブルドアの支援者であることや、「記憶」について知られてしまったら、何もかもおしまいだ。「忠義者」の存在もあるが、これからは本当に闇の帝王の目を意識して行動するべきだろう。
過去最大級の懸念事項が降って湧いてきてしまった僕をよそに、ハリーはシリウスの件を随分と心配しているようだった。
シリウスみたいな重要キャラが、主人公と全く関係ないところであっさりとっ捕まるわけがないから大丈夫だろうと、僕はタカを括っているが、彼はそんなことを知る由もない。目撃情報が入ったらすぐに連絡することと、ファッジにそれとなくシリウスを丁重に扱うように進言することを約束し、何とかハリーの気を落ち着かせた。
やらなければならないこともあるし、さっさと寮に帰りたかったのだが、彼らはまだ僕に用事があるようだった。
次の用件を切り出したのはハーマイオニーだった。
ロンとハリーが何故か顔を顰める中、彼女は僕にしっかりと向き合い、口を開いた。
「しもべ妖精福祉振興協会に入って欲しいの」
「しも──え、なんだって?」
予想外すぎて聞き返す僕に、ハーマイオニーは腕を組んで答える。
「
「
呆れ顔で口を挟んだロンを、ハーマイオニーはぎろりと睨みつけた。
「…………なるほど」
ハーマイオニーはクラウチ氏の屋敷しもべ妖精の扱いにとても怒っていたので、動機は分かる。しかし、彼女がここまで積極的に他種族の擁護者になるのは少し意外だった。
一応返事を返した僕に、彼女は話を続ける。
「短期的目標は、屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保すること。長期的目標は、杖の使用禁止に関する法律改正や、しもべ妖精代表を一人、『魔法生物規制管理部』に参加させることよ!」
……この時点で僕はこの活動に参加する熱意をほとんど失ってしまった。……いや、尊い志だとは思う。しかし、これは……
僕はできるだけハーマイオニーを刺激しないように尋ねる。
「……ちなみに、どうやって活動するつもりなんだ?」
彼女は手に持っていた箱を側の机に置き、中身を僕に見せた。
「ビラ撒きキャンペーンよ。入会費二シックルで、このバッジを買ってもらう。その売り上げを資金にするの」
ハーマイオニーの期待に満ちた目が僕に向けられる。しかし、それに応えられないことは明白だった。
彼女の目標と手段は良識があり、とても正しく、それ故に悲しいほど無価値だった。
ロンとハリーの呆れた様子を全く見ずに微笑むハーマイオニーに、僕は恐る恐る返事をした。
「何から言えばいいかな……いや、ハーマイオニー、君は僕から何を聞きたい?
結論として言えば、僕は君のやり方で屋敷しもべ妖精の待遇を改善できるとは思えないんだけど」
ハーマイオニーの顔から笑顔が消える。訝しげに彼女は言葉を返した。
「……何で私のやり方だったらダメだと思うの?」
そこに気づいていないということは、彼女は本当に屋敷しもべ妖精の実情をしっかり調査したわけではないのだろう。図書館に通い詰めていたのはこの活動のための調べ物だったのだろうが、やはり「教科書通り」のやり方では、特にこの屋敷しもべ妖精の労働問題は解決を見ない。
出来るだけハーマイオニーの気に障らないように、僕は言葉を探す。
「まず一つは、今の段階では短期・長期両方の目的を利益だと考える存在がいないからだよ」
「屋敷しもべ妖精のためになるわ!」
ハーマイオニーは既に実情をある程度知っているだろうロンなどから指摘を受けたのだろうか、素早く僕の言葉に反論した。これは手強そうだ。
「それはそうかもしれないけど、現状のしもべ妖精はそういう捉え方をしてくれない。最初にこの目的を提示してしまったら、彼らは君を敵だと見做すだろう。
分かりやすいのが『正当な報酬』かな。それを与えようとすると屋敷しもべ妖精は酷い侮辱を受けたと考えてしまうんだ。屋敷しもべ妖精の矜持とは、奉仕を目的とした奉仕にある。彼らは見返りなく主人に献身することが生きる目的であり、それに報酬を求めることは不純な考えだとして軽蔑する」
「だからと言って、あの子たちを無償で人権を無視してこき使っていいわけじゃないでしょう?」
自分が正しいと確信したハーマイオニーは頑なだった。明らかに彼女に正義があるはずなのに、周囲の人間に全く理解されなかったというのも拍車をかけているかもしれない。これは僕ではなく、「本人」から話を聞いてもらった方が話が早そうだ。幸い、僕はまさにぴったりの相手と今日の午後約束があった。
「その理念の立派さは、しもべ妖精がその理念を理解してくれることとはほとんど無関係なんだよ。この……S.P.E.W.について、屋敷しもべ妖精から意見は貰った?」
一応確認してみると、ハーマイオニーは首を振った。
なぜ当事者から話を聞く前に目標を決めてしまったんだ。弱い立場の者のために義憤を感じられるのは美徳だが、彼女の猪突猛進グリフィンドールなところがもろに出てしまっている。僕は内心苦笑いしながらも、出来るだけ誠実にハーマイオニーに語りかけた。
「じゃあ、実態調査として一回会ってみると活動のためになるかもしれないね。多分ホグワーツの子たちは君の話を聞いた途端逃げ出すと思う。今日の昼、うちの屋敷しもべ妖精が学校に来るから一緒においで」
ハーマイオニーは「うちの屋敷しもべ妖精」の段階で眉を跳ねさせたが、ハリーが口を挟んでくれたため、追及は避けられた。
「その子ってあの、ビンク?」
「そうだよ。家の書類整理を任せてて、学校内で会う約束をしていたんだ。流石に、自分の家の屋敷しもべ妖精をホグワーツ校内にいきなり『姿現し』させるのはちょっと失礼だから、マクゴナガル教授に許可は取っているよ」
険しい顔で腕組みをしたハーマイオニーは、僕をジロリと睨んだ。
「……あなたの屋敷しもべ妖精は、ちゃんとお話しできる子なのかしら。つまり、奴隷制のもとで働かせられているせいで、主人の不利益になるようなことは言わないとか、そんなことはない?」
当然の懸念とはいえ、あまりにも相手の自由意志の存在を軽んじる言葉に、今度こそ僕は少し笑ってしまった。
「ビンクは僕が知っているどの屋敷しもべ妖精よりも思慮深い。ハーマイオニーの聞きたいことにも答えてくれると思うよ」