音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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ハリー・ポッターと炎のゴブレット

 

 

 

 その後、しばらくの間ハーマイオニーはS.P.E.W.についての話をしに来なかった。ひょっとしたらもう諦めてしまったのだろうかと残念に思っていたのだが、それは杞憂だった。数週間ほど経ったある日、彼女は再びロンとハリーと共に僕のもとへやって来た。

 「あの件だけど、しもべ妖精の従者能力の発展への関心振興協会(The Society for the Promotion of Elfish Notice to the Development of the Stewardship)っていう名前に変えることにしたの。

 屋敷しもべ妖精を雑に扱っちゃいけないというところは変えないわ。でも、目的をもっと受け入れられやすいものにしなきゃいけないっていうことは分かった。だから、雇用関係を変えるというよりは、身体的な罰の禁止のような屋敷しもべ妖精が円滑に働ける雇用のあり方を提唱していくの。これから屋敷しもべ妖精に色々聞き込みをして、具体的なことについては決めていくつもりよ。会費2シックル。ビラ配りも続けるわ!」

 ハーマイオニーは以前よりも遥かに熱に浮かされた様子ではなく、しかし強い意志は変わらないまま、僕に変更点を説明した。ハリーは押し切られたのだろうか、カバンの自分の体で隠れる側にバッジをつけていた。

 ロンは相変わらず理解しきれないといった顔をしているが、もう止めようとは思っていないらしい。

「まあ、反吐(S.P.E.W.)よりは出資(S.P.E.N.D.S.)の方がマシだよな?」

 略称にハーマイオニーの最終目的が滲み出ているが、ロンの言う通り字面は遥かに良くなった。僕はバッジは受け取らなかったし、名簿にも名前を書かせなかったが、会費については払っておいた。最初に想像していたより、彼女の野望はずっと早く実現するかもしれない。

 

 それに、今回ハーマイオニーの意見をきっかけに思いついた、屋敷しもべ妖精を初等教育に従事させるというアイデアは非常に魅力的だった。元々マグルを親に持つ魔法使いの子ども達や、魔法使いが親でも教育に熱心でない子ども達の扱いは気になっていたのだ。いきなり学校を作るのは無理でも、屋敷しもべ妖精と言う人手を使って彼らの実態を調べる事ができれば……魔法界にとって本当に素晴らしいことなのではないだろうか?

 僕は降って湧いた発想に、新たな野望を抱き始めた。

 

 

 

 それにしても、この二ヶ月近くは随分と平和な日々が流れていっている。メインイベントらしきものが始まっていない以上、何かを疑うのも難しいということが一番大きな理由かもしれない。ここまで学校内のことに気を回さずに過ごせているのは一年生の頃以来だ。

 とても寂しくはあるが変身術に関しては免許皆伝をいただいてしまったし、去年あれだけ悩みの種だったスネイプ教授ですら、元闇祓いで死喰い人が大嫌いなムーディ教授が学校を闊歩しているせいか、いつもより遥かに大人しかった。ハグリッドは去年の蓄積もあって安定して質の高い授業をしてくれているし、クィディッチの試合もないので寮間の対立だって例年よりもずっとマシだ。

 ムーディ教授の過激な授業とファッジに送る資料作成はあるが、それでも僕はのんびりと日常を謳歌していた。

 

 

 ムーディ教授はいよいよ生徒に「服従の呪文」への対抗を学ばせ始めた。僕はトム・リドルのことを思い出すのであまりこの授業を楽しみにしていなかったし、他の生徒も大歓迎という様子ではない。しかし、有用さについては言うまでもない。ここで子ども達が服従の呪文への耐性をつければ、僕としても望ましいことだ。

 当然だが、みんな初めは全く抵抗できなかったし、ほとんどは今でも呪文に抗いきることはできていない。スリザリンの4年生の中ではクラッブが一番先に「服従の呪文」を破ってみせた。僕は抵抗方法は閉心術に似ていると聞いていたので心中で試していたのだが、効果はいまひとつだった。術中に意識を保つことはできるのだが、身体の支配を取り戻せないのだ。最終的に守護霊の呪文のように意思を強く持つ方が重要だと気づき、ようやく命令に抗えるようになった。

 まあ、見ようによっては便利なのかも知れない。服従の呪文をかけられた際、支配のスイッチを好きに切り替えられれば、術者に見破られることなく何かすることもできるだろう。

 

 ムーディ教授は僕とクラッブに手本になれと言って、みんなの前でひっきりなしに服従の呪文をかけた。あの気味の悪い恍惚感を何度も味わわせられるのは精神的によろしくない。しばらくの間、『闇の魔術に対する防衛術』の後僕ら二人はへとへとになって教室を出ることになった。

 

 

 

 ファッジ大臣への報告書もつつがなく完成し、送付できた。ビンクの尽力もあって、見た目にも立派なものができたと思う。実は彼が時間が経つことで熱意をなくしていることを懸念し、一ヶ月弱という短期間で資料を上げたかったのだ。送った後にも未だ心配は残っていたのだが、ファッジは僕の要望通り、カリキュラム作りにゴーサインを出してくれた。

 それまでに数度手紙をやり取りしたのだが、その中でファッジの人柄も見えてきた。彼は僕が想像していたより遥かに善性の強い人間だった。極めて保守的で短絡的、視野が狭い上に現実逃避に陥りやすく、容易に自分で自分を騙す人間ではあるのだが、良くも悪くも「悪」に対する嫌悪感はしっかり持っている。これはとても手玉に取りやすい。父は言うまでもないが、かつてはダンブルドアにとってもそれなりに扱いやすい駒だったことだろう。

 

 彼はちょっと表現を工夫すれば僕の意図通りに動いてくれた。直接顔を合わせずとも言いくるめられる権力者なんて美味しいことこの上ない。十月中旬の段階で、ファッジ大臣は今年度の全体授業アンケートの実施を理事会で承認させ、魔法試験局のトフティ教授に僕への支援の話を通してくれた。その上、父の知人のマーチバンクス教授もカリキュラムへのアドバイスを約束してくれた。ムーディ教授の授業を含めたこの四年間を下敷きにすれば、来年度は『闇の魔術に対する防衛術』の指導要領を試験的に運用できるだろう。

 完璧だ。ここまで事が順調に進んだのは明らかにファッジ大臣と、彼の提案を受け入れる側に立ってくれたダンブルドアのおかげだ。この科目を第一歩として、全体に指導要領制度を提案し、より良いカリキュラムについての議論を活性化させたい。僕の野望はどんどん大きくなっていっていた。

 

 

 

 そうこうしている内に十月も終わりに近づいた。今日はいよいよボーバトンとダームストラングの生徒が学校にやって来る日だ。それは同時に、ハリーを無理矢理代表選手にねじ込む何かが今日明日のうちに起こると言うことでもあった。

 今に至るまで、僕はそれを阻止しようとするかどうかすら決めかねていた。選出基準は未だに公表されていないのだが、もしダンブルドアが関わっているのであれば、そもそもハリーが選ばれること自体が計画通りだと言う可能性がある。もちろん、彼は闇の帝王の復活に備えて国外との交流を盛んにしたいだけにも思えるし、ハリーを対抗試合に参加させる大きなメリットは僕から見えてこない。しかし、知り得ないところで闇の帝王絡みの策略が動いている線は消せなかった。

 それにダンブルドアがハリーを単なる競技で死なせるなんて、実際にダンブルドアを知っている僕からしても、「物語」の彼の役割としてもあり得なさそうだ。故にそこで入るだろう横槍にこそ警戒せねばならない。その横槍こそを、ダンブルドアは待っているのかも知れない。

 久々に憂鬱な気分になりながら、僕は他のスリザリン生とともに城の前で他校生がやって来るのを待った。

 

 

 ダームストラングは湖から帆船で、ボーバトンは空から馬車でやって来た。両校ともに、学校の名声を高めんと勇壮な訪問だ。

 

 実は、ダームストラングの校長は僕が「忠義者」候補者だと考えていた人だった。校長──イゴール・カルカロフは元死喰い人だ。かつて彼は、イギリス生まれの魔法使いでもないくせに、わざわざブリテンにやって来て闇の帝王の配下に加わった。闇の帝王が姿を消した後は父のような責任能力なしで無罪になった訳ではなく、しっかり罪状をつけられた上で知り得た仲間の死喰い人を売ることで放免になった。それからたかが十三年でダームストラングという大陸有数の魔法学校の長になったのだ。

 彼に限らず、三大魔法学校対抗試合の関係者は──この国の魔法使いでは当たり前のことではあるが──死喰い人と関係を持っていたものがほとんどだ。ルドビッチ・バグマンはオーガスタス・ルックウッドに情報を流した罪で一度裁判にかけられているし、バーテミウス・クラウチの息子、バーテミウス・クラウチ・ジュニアは僕の伯母と共にロングボトム夫妻を拷問した罪で獄中死している。

 彼ら以外にも今年学校には大量の部外者がやって来る。容疑者候補は例年より膨大になっていくだろう。

 僕は到着した客人達に目を走らせる。ボーバトンの校長は──随分体が大きい。僕はハグリッドのことを思い出した。ひょっとしてダンブルドアは彼女に会うことも目的だったのだろうか? であれば、彼はいよいよ本格的に戦争への準備を整えたいと考えているのだろう。

 

 ぼんやりと考えに没頭しながら大広間に戻る。周囲の子供達は珍しい訪問者に随分と盛り上がっていた。ボーバトンとダームストラングの生徒達が各々好き好きの場所に座っていく中で、僕らのところにもダームストラングの男子生徒がやって来たようだ。僕の隣に座っていたゴイルが後ろを振り向いて席を空ける。

 なぜ四年生ばかり固まったこの位置に、十七歳以上しかいない他校生がやって来たのだろう──僕の疑問はその隣に座ったダームストラング生の顔を見てかき消されてしまった。────その人は、ビクトール・クラムだったのだ。

 

 あまりの驚きに、僕は一瞬固まってしまった。若いとは聞いていたが、本当にまだ学生だったのか。ブルガリア出身の彼がダームストラング生だったなんて、僕が予想していたよりかの学校は東にあるのかも知れない。

 衝撃のあまり意識が明後日の方向に行っている間でも、僕の体は自動で海外の来客に恥ずかしくない態度をとってくれた。

 「遠方より遥々よくお越しくださいました。お目にかかれて光栄です、ミスター・クラム。こちらはグレゴリー・ゴイル、僕はドラコ・マルフォイと申します」

 僕の差し出した手を握り、ビクトール・クラムは無愛想なりに僅かに微笑んだ。相変わらず彼がここに来た理由は不明なままだったが、それはゴイルとも握手する中で自分で説明してくれた。

 「ワールドカップの後、オブランスク大臣が君の話をしていました。ホグワーツに行くのであれば、きっと頼りになるけれど、失礼のないようにと」

 「恐縮です」

 妙なところで人脈が繋がってしまった。それにしても、学校の中にいる身としては三、四歳も年上の人間に、周囲をよそに突然親しげにされると面食らってしまう。しかも彼も僕もブルガリア語で話すせいで周りが話について行けていない。他のダームストラング生も近くに座ってくれたので、僕はなんとか状況を他の子達が自己紹介をする場へと持ち込んだ。

 

 皆、つい二ヶ月前のクィディッチ・ワールドカップで大活躍したヒーローに大盛り上がりだ。客人の無礼になりかねないあたりで切り上げさせ、全員を席に着かせる。しかし、それは再びビクトール・クラムと話をせざるを得ない状況に置かれることを意味した。

 僕としては隣のゴイル──次のスリザリンのシーカーに僕は彼を推していた──と話をして欲しかったのだが、悲しいかな、クラムは何故か僕の方に興味を示してしまっている。こういう、初対面の人間に好かれることに慣れていそうな人は苦手だ。普段接する子たちと違いすぎて、どう扱えばいいのか測りかねる。

 結局、僕は当たり障りのないことを話題にした。彼の故郷ブルガリアの様子や、ダームストラングでの生活、逆にこちらはホグワーツの一年の様子など。幸い彼は僕だけと話したいといった様子でもなかったので、英語で話すようにお願いすれば自然と周りの子も会話に加わった。クラムにばかり注目して他のダームストラング生を疎かにしているのではないかと都度あたりを確認していたが、幸いそのような不届きものもおらず、僕らは無事ダームストラング生との初対面を終えた。

 

 

 食事が終わり、ダンブルドアが前に進み出る。彼は三大魔法学校対抗試合について、説明を始めた。もちろん、代表選手の選考方法についても。

 それは「炎のゴブレット」と呼ばれる魔法道具だった。名前を入れた人間の資質を見極め、一校につき一人ふさわしい人間を選ぶらしい。ダンブルドアが「年齢線」を周囲に引き、未成年の申請を防ぐ手筈になっているそうだ。

 ……これでは、ダンブルドアが意図してハリーを選ばせたいのかどうか、分からない。あまり使いたい手ではなかったのだが、僕はこれを確認しないわけにはいかなかった。去年に誰にも知られない方法を色々と試した結果、僕はメモ用紙を羽虫に変身させ、時間で切れる目眩し呪文をかけてマクゴナガル教授の下に送ることで、ダンブルドアに連絡しようと考えていた。そもそも僕が変身させるところを見られなければ気づかれようがないし、文言を工夫すれば、たとえ羽虫の正体を見破られたとしても問題ない。僕は早速この方法を使うことに決めた。

 

 

 予想していたとはいえ、久々に心に暗雲が立ち込める。宴会が終わり、僕はさっさと人気のないところに行きたかったのだが、クラムを取り巻く子どもたちの中からいち早く離脱するのは怪しいような気がする。結局、僕はカルカロフがクラムを回収しにやって来るまでその場に留まった。

 

 図らずともそこで僕はカルカロフの人となりの一部を知る機会を得た。しかし、はっきり言って期待はずれだった。彼はクラムを人前で贔屓することに躊躇いがなく、他の生徒を露骨に冷遇した。ハリーを公衆の面前で無遠慮に見つめ、ムーディ教授が嫌悪感を全身から漲らせて現れるまで、それをやめなかった。

 カルカロフは権威を好み、それ以外のものを軽視する。他人からどう見られているかを気にする矜持はなく、生徒であるクラムに阿ることを厭わない。全体的に挙動は軽率であり、一見して信念は見えてこない。

 あまりにも小物かつ内面が分かりやすすぎる振る舞いに、僕はすでに彼を容疑者から外したくなっていた。「忠義者」も矛盾した人物像が浮かんでいたが、それにしたって酷すぎる。しかし、もしこれが作られた姿なら恐るべき演技力だ。変わらず注意してみる必要があるだろう。

 

 

 僕はカルカロフを怯えさせるためか玄関ホールから出ていくムーディ教授を見送り、近場のトイレに駆け込んでメモを書いた。

「一年目のように、彼はあなたの下にいると言えますか?」

 ……これで伝わるだろうか? しかし、ゆっくりして人混みから外れ、目立ってもいけない。僕はメモをポケットに突っ込んでその中で変身させ、玄関ホールの生徒の群れに紛れてそれを放した。

 

 返事は予想以上に迅速に返ってきた。寮の部屋に戻ると、そこには既に僕の作ったものとは少し形が違う羽虫がベッドサイドに止まっていた。

 僕が触れた瞬間、羽虫の体が開いて一枚のメモになる。そこには特徴的な細長い文字で一言だけが書かれていた。

 

 「いいえ(No)

 

 

 翌日、三校の代表者が選ばれた後、ハリー・ポッターの名前が炎のゴブレットから吐き出された。

 

 

 


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